Fall into the “BLACK”(5)

Fall into the “BLACK”(5)


 スカイランド王都を見晴らす丘の上に、一面咲き誇るオレンジ色の花々。その中央で二人の男女が抱き合っていた。

 女の名は、ソラ・ハレワタール。


「お母様……?」


 キュアホライゾン:ソラミの母親。

 そして男の名は、


(お兄ちゃん?)


 キュアマリナージュ:ゆみは一瞬、そう見違えた。だけどすぐに違うと気がついた。あれは兄とよく似ているけれど、違う。全くの別人だ。

 そう、あの男の名は、品田拓海。


「パパ……?」


 ソラミにとっては母親が、そしてゆみにとっては亡くなった父親が、知らない相手と抱き合っている光景が、そこにあった。

 しかし同時に、お互いが口からこぼした「お母様」「パパ」の言葉に二人はハッとなって顔を見合わせた。


「ゆみさん……今、何と?」

「ソラミちゃんも、今、お母様って……」


 呆然とする二人の耳元に、抱き合う二人の声が聴こえてきた。


──忘れ草、二人で植えた花がこんなにも咲いている。綺麗だな……

──はい

──来年もこの景色を一緒に見よう。俺と、お前と……子供の三人で、な?

──拓海さん、気づいて!?

──当然だ。

──あ……っ


 美しき花々の中で、深く心を通わせた二人の影が重なり合う。塞いだ唇を離し、拓海はソラの耳元で囁いた。


──ソラ、俺はお前を守ると誓う。この一生をかけて、お前の笑顔とお腹の子を守ると誓う。


 それは微かな囁き声なのに、ソラミとゆみの耳にはっきりと届いていた。


「どういうことですの!? どういうことなんですのこれは!?」


 取り乱すソラミの横で、ゆみが呆然と呟いた。


「パパが……ソラミちゃんのお父さん……?」

「幻覚ですわ!!」


 ソラミが、抱き合う拓海とソラへ向かって駆け出した。


「私たちを惑わすふざけた幻覚は、この拳でぶち砕いて差し上げましてよ!」


 キュアホライゾンが拳のグローブに嵌め込んだスカイジュエルの結晶を青く輝かせながら、拓海とソラを取り囲む忘れ草の群れへと踏み込んだ。


「ヒーローガール、スカイパ──」


 踏み込んだ脚が蹴散らした花弁が舞い上がり、強い香りがホライゾンを包み込んだ。


「──ッ!?」


 ホライゾンの意識が飛び、足から力が抜けてそのまま崩れ落ちた。


「ソラミちゃん!?」


 倒れ伏した彼女に向けてマリナージュも駆け寄ろうと花の群れに足を踏み入れた。


「あ──」


 視界がぼやけ意識が遠のく。平衡感覚を失い、マリアージュもまた沈むかのように地に臥した。

 咲き誇る忘れ草の花々がその数を増し、香りが一層強く周囲に立ち込める。デリシャスフィールドが共鳴を起こし、オレンジの花弁が淡く光を放ちながら泡のように舞い上がり始めた。

 その中を──赤黒の銃士と紫の戦乙女が並び立って駆け抜けた。


「トリシューラウィンドエレメント!」


 アスラが風のフィールドを自分とブラックペッパーの周囲に展開し、香りを撹乱しながら花の中に踏み込んでいく。二人は倒れたホライゾンとマリナージュを抱き上げると、そのまま地を蹴って大きく後方へ飛び退った。

 花の群れの外へ着地するや否や、ブラックペッパーが大地にその手をつく。


「焔ッ!」


 花咲き誇る大地が、一瞬にして灼熱し、赤々と輝きながら液状化した。

 そう、溶岩だ。花の根本の地面が高温を発しながら溶けて湧き立ち、あたり一面を埋め尽くすように咲き誇っていた花々が一斉に燃え上がって火の海と化した。

 間髪入れずアスラが叫んだ。


「トリシューラハリケーン!」


 アスラに従った風のエレメントの導きにより、火の海と化した花々の群の上で竜巻が発生した。渦巻く風が炎を天高く巻き上げ、焔の柱がそそり立つ。

 辺りに広がっていた忘れ草の香りも竜巻に吸い込まれ火に焼き尽くされていく。


「デリィィアア!?」


 火炎竜巻の中心で、メガデリビョーゲンがその身を焼かれながら絶叫を上げた。その叫びが、倒れていたホライゾンとマリナージュの意識を呼び覚ました。


「うっ……私、どうしてましたの…?」

「あたし、気を失ってた? …あっ、見て、ホライゾン!」


 マリナージュが指し示した先、二人を庇うように立つブラックペッパーとアスラの背中越しに、火炎に焼かれるメガデリビョーゲンの姿があった。

 ブラックペッパーが立ち上がった二人に気が付き、振り返る。


「今だ、浄化を!」


 二人は即座に頷き、浄化武器を構えた。


「「プリキュア、ヒーリングッドバイデリシャスシャイニング!!」」


 光の奔流が火炎竜巻に直撃し、燃え盛る大地ごとメガデリビョーゲンを浄化した。後に残されたのは、冷えて真っ黒に固まった不毛の大地と、そして──


──焼け焦げた一冊の絵本だった。


「やったね、ホライゾン♬」

「ざっとこんなものですわ」


 はしゃぐマリナージュが掲げた手に、ホライゾンが余裕振りながらハイタッチをかわす。

 その二人の様子に、アスラは眉を顰めた。


「あんたたち、さっきの幻覚のことはもういいの?」

「ん? 幻覚?」

「アスラ、何のことですの?」


 首を傾げた二人に、アスラはハッと目を見開いた。

 その一方で、ブラックペッパーが焼け焦げた絵本を手に取りページを開いた。

 表紙は黒く焦げていたが、中身は周りが変色したもののある程度は読める状態で残っている。ブラックペッパーは絵本を読み進め、あるページで目を止めた。


「これは……!」


 そこに描かれていたのは、白の王子と青の騎士がオレンジ色の花々に囲まれて抱き合う光景だった。


──青の騎士は願いました。どうか私への愛と引き換えに、消え去った姫を王子の元へ呼び戻して下さい、と……

──忘れ草はその願いを叶え、王子から青の騎士の記憶を消しました。

──そして行き先を失った王子の強い愛は、世界の狭間を漂っていた姫の元へと届けられ、彼女を再び王子の元へと引き戻したのでした。


「ブラックペッパーさま?」


 絵本に意識を向けていたブラックペッパーは近くに寄ってきたマリナージュから声をかけられ、顔を上げた。


「どうかしたんですか?」

「………」


 彼は少し迷ってから、同じく近くへ歩み寄ってきたホライゾンへ、絵本を差し出した。


「私に何か?」


 怪訝な顔をするホライゾンに、ブラックペッパーは言った。


「これは君が読むべきだと思う」

「これ?」


 ホライゾンは差し出された絵本に一瞬だけ目を向けたが、すぐにブラックペッパーを睨みつけた。


「いったい何を読めと? 意味がわからないですわ」

「何って、この絵本を──」


 ホライゾンの反応に戸惑いながら絵本を差し出し続けるブラックペッパーに、マリナージュも首を傾げた。


「絵本って何? ブラックペッパーさま、何も持って無いよ?」

「まったくですわ。おふざけも大概になさいまし」


〜〜〜


 ソラミとゆみは、あのメガデリビョーゲンが見せた幻覚に関する記憶を失っていた。

 それだけではない。二人は、ましろが描いた絵本の存在を認識することもできなくなっていた。

 ましろはその事実を、家に見舞いへ訪れた二人の反応から改めて思い知らされた。


「お姉さま、お体の具合は本当にもうよろしいんですの?」

「うん、病院で精密検査をしてもらったけど、どこにも異常ないって」

「なら良かったですわ」


 ソラミは安堵の笑みを浮かべながら紅茶を啜り、そのカップを乗せたソーサーをテーブル上にある【白の王子と青の騎士】の原案スケッチブックの上に置いた。

 ましろが凍りついた目でそれを眺める前で、ソラミの隣に座っていたゆみが無邪気な笑みを浮かべて訊いた。


「ましろさん、新作の絵本ができたんですよね。見せてもらっても良いですか?」

「そ、そっちはまだ出版社で編集中だから、まだ見せられないの。ごめんね」

「なぁんだ、残念」

「お姉さまの新作、保育園の子供たちも楽しみにしてましてよ」


 そうやって他愛のない会話を交わしている間、ソラミとゆみは一度たりともスケッチブックの存在に気づくことはなかった。


…………


………


……



 二人が帰り、再び静けさが戻った虹ヶ丘邸で、ましろは独り呆然とテーブルに目を落としていた。

 感情のない目で見つめる先に、スケッチブックの上にソラミが無造作に置いたティーカップがあった。

 作家にとってオリジナル原稿がどれほど大切な存在か、ソラミにだって当然わかっていたはずだ。それなのに……

 ましろは緩慢とした手つきでティーカップとソーサーを手に取り、キッチンへと向かった。


 数歩も進まない内に、手元からカップとソーサーが落ちて、足元で音を立てて砕け散った。


 やってしまった。しゃがみ込み、バラバラになった茶器を見つめた。

 拾わなきゃ……

 片付けなきゃ……

 そんな考えが頭の中を虚しく過ぎていく内に、視界が滲んだ、


「ふぇ……ぅぐ……っ」


 しゃがみ込んだまま、膝を抱えて、


「うぇ……ふぐ………ぅぅ……」


 ましろは声を押し殺して泣いた。


 読んでもらっても伝わらないことは覚悟の上だった。

 それでも読んでもらえさえすれば良いと思っていた。

 いつかソラミたちが真実と向き合う時に、この絵本の存在が心の片隅に思い浮かんでくれたなら、それだけで良かった。

 それだけでこの絵本を描いた意味はあるはずだった。


 だけど現実は、それさえも許してくれなかった。


「おばあちゃんの言うとおりだった……」


 あのノートに感情も露わに書き殴られていた一文を思い出した。


──代償を求める奇跡など、奇跡ではない。あれは禁忌の法。奇跡に見せかけた禁忌の代償を取り戻すために別の禁忌を重ねてしまえば、それは世界の歪みをさらに助長させる結果となろう……


 その禁忌に自分もまた触れてしまったのかもしれない。


「私……バカだ……バカだよ……」


 ごめんなさい、と謝罪の言葉が口からこぼれ落ちた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、言葉が涙と共に砕けた茶器の破片に降り注ぐ。


「あなたのせいじゃない」


 咽び泣くましろの背中に、青年の声がかけられた。


「……あなたは悪くない」

「だったら、どうしてこうなっちゃったの!?」


 顔を上げ振り向いた先に、雅海が佇んでいた。

 彼は、ソラミとゆみが見舞いに来るのに先んじて虹ヶ丘邸を訪れ、ましろに事情を説明した後、そのまま部屋の外で様子を見守っていた。

 雅海はましろに歩み寄ると、その向かい側にしゃがみ込んで、ハンカチを広げて破片を拾い集めた。


「雅海くん……」

「あなたが描いた絵本は、無駄じゃない」

「でも、あの二人には……ソラミちゃんには、もう届かないんだよ!? 物語を伝えることさえできないんだよ!?」

「そうかもしれません。それでも──」


 拾った破片をハンカチで包み、雅海は立ち上がった。


「──俺はあなたの絵本を読んだ。そこに込められた意味を知った」


 破片を持った方とは反対側の手が、ましろに差し伸べられた。


「忘れ草がもたらす奇跡の法。かつて、ゆいさんをこの世界に引き戻した方法を俺に教えてください」


 それは世界を歪める禁忌だとヨヨは書き残していた。だけど……


「父さん──品田拓海をこの世に呼び戻す。その代償は、俺が払います」


 彼は鬼子、呪われた子、世界を歪ませた元凶の子……


……花寺雅海が差し伸べた手を、ましろは握った。


 それは振り払えない亡霊のような過去。終わることのない宿命。抗い、もがきながら伝えようとしたメッセージさえも阻まれて、感情と記憶がもつれ、誰もが特別な何かを奪われていく。


 ましろは戸棚から取り出した鍵を手に、書斎の扉の前に立つ。

 鍵を差し込み、押し開いた先にあるのは、夜の闇だった。奥に遺されているのは、祖母が書き残したあの研究ノート。

 それは混沌に響くヨヨの慟哭のような祈りであり、ソラが正しいと信じて選んだ過ちの道だった。この果てに答えはあるのか、それは神のみぞ知る。

 だけど進むしかない。この宿命に抗うならば、闇の奥へと──


 研究ノートを受け取り、去っていく雅海を、ましろは見送った。その胸に、焼け焦げて黒く染まった【白の王子と青の騎士】の絵本を固く抱きしめて。

 その頭上で、細い月が嗤うように二人を見下ろしながら、夜風に吹き寄せられた黒い雲に翳っていく。


 そう、全ては──黒に堕ちていく。

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