Fall into the “BLACK”(1)

Fall into the “BLACK”(1)


 むかしむかし おそらにうかぶ くものうえに とてもおおきな スカイランドという くにがありました。

 スカイランドには やさしいおうさまと おきさきさまと かわいいおひめさま……


 ……そして、スカイランドを守るヒーローガール、青の騎士と呼ばれる少女がおりました。


 これは、そのヒーローガールの物語です……


ーーーー


「ヒーローガールは、いじめっ子のブタさんにこう言いました。“よわいものいじめは、メッ、ですよ”。ブタさんはみんなにごめんなさいと謝って、プリンセス・エルや森の動物たちと仲なおりしました。めでたし、めでたし……ですわ」


 ソラミが絵本を閉じると、それを食い入るように見つめていた園児たちからワァっと歓声が上がった。


「おもしろかったー!」

「もっかい! もっかいよんで!」

「えー、つぎのがいい! ソラミおねーちゃん、あおのきしのにかん、よんで!」

「ひーろーがーるごっこやろ! ぼくヒーローガールやるから、ソラミおねーちゃんがブタさんね!」

「あら、この私におブタさまを演じろ、と…? 望むところですわ! 青の騎士シリーズを代表する最強ヴィランの魅力をあなたたちに叩き込んで差し上げましてよ!」

「ソラミちゃーん、そろそろ帰るよー?」


 ゆみが読み聞かせ用の絵本を片付けながら声をかける。しかしソラミは、


「俺ツエエエエエ──ですわ!」

「きゃーにげろー♪」


 園児たちと鬼ごっこを始めていた。

 ここはソラシド保育園。


「あははは、ソラミちゃん、今日もアゲアゲだね〜。子供たちも楽しそう」


 二人の知り合いである保育士のあげはが、ゆみと一緒に教室を片付けながら言った。


「ゆみちゃんも、いつもみんなのお世話をしてくれてありがとう」

「んー、お世話というか、あたしたちが遊んでもらってるというか」


 気が向いたときに顔を出して園児たちと一緒に転げ回っているのをお世話と言っていいのだろうか。ゆみは少し不安になりながら、運動場で鬼ごっこをしているソラミと園児たちを眺めた。

 これじゃむしろ保育士さんたちの邪魔をしてるんじゃないだろうか。と来るたびに思うのだけど……


「ぜーんぜん、そんなことないって。ていうか、君たちを呼びつけてるの私だし?」

「ですよねー」

「みんながね、今日ソラミちゃん来るの? 来るの? って毎日しつこいんだ、もう」

「あれ? あたし呼ばれてない!?」

「二人でセットだと思われてるから大丈夫だよ。ソラミの“ミ”担当って認識っぽい」

「ミ扱い!?」


 思わず手にした絵本を取り落としたゆみに、追いかけっこに興じていた園児たちが声をかけた。


「みーちゃんもおいかけっこしよー!」

「みーちゃんがおにね、じゅうかぞえるんだよ、みーちゃん!」

「マジでミ扱いだった!? ぎゃー、もう、わかった。あたし、やったるからね!!」


 ゆみは十秒数えてから園児たちめがけ運動場へと全力ダッシュして行った。

 あげははそれを微笑みながら見送ると、床に置かれっぱなしになっていた絵本「ひろがるえほん、ヒーローガールものがたり」を拾い上げ、本棚に戻した。


 その背表紙には、こう書かれている。作・虹ヶ丘ましろ、と……


〜〜〜


 園児たちとの交流は体力勝負だ。三歳から六歳の幼児たちとはいえ、大きな子となれば体重は20キロにも達する。それが群れを成して襲ってくるのだ。


「腕と肩と腰がやべーですわ……」


 保育園からの帰り、休憩がてら立ち寄った人気カフェチェーン店で、ソラミがテーブルに突っ伏していた。


「子供たちって高い高いが好きだよね〜。鬼ごっこで追いかけてたのに、一人捕まえて担ぎあげたら、逆にみんな“ぼくもやって、ぼくもやって!”って寄ってきちゃうもんね」


 と、ゆみは言いながら自分の顔の半分近いサイズの大きなバーガーにかぶりついた。


「んー、デリシャスマイル〜💕 運動した後のコ◯ダは最強だね!」

「一時間連続で高い高いと人間ブランコをこなした後とは思えないタフぶりですわね」

「ソラミちゃんは子供たちに大人気だもんね。いっつも、あたしよりたくさんの子たちに囲まれてヒーローガールごっこやってるし」

「うっふっふ、羨ましくて?」


 テーブルに突っ伏したままのソラミからそう言われても反応に困るゆみだった。

 ごっこ遊びでいつも悪役を全力で演じるせいで、興奮した子供たちの群れに襲われてもみくちゃにされているソラミの姿は毎回見ててドン引きする。


「ソラミちゃん、ブタさん役がガチすぎるんだよ。だから子供たちも熱くなりすぎちゃうんだ」

「さまをおつけなさい、デコ助娘」

「誰がデコ助じゃい」

「おブタさまはヒーローガールシリーズになくてはならない重要なキャラでしてよ。二巻以降から構築されていく青の騎士と強敵と書いて友と呼ぶ関係性は作品のテーマそのものと言っても過言ではありませんわ!」

「強敵で友かぁ……うーん、よくわかんない。でも、ブタ青ってカブ…蕪? があるってどっかで聞いたような気がする」

「そんなカプは解釈違いでしてよ!? 百万歩譲っても青カバでしてよ!?」

「意味わかんないよ、ソラミちゃん!?」


 いきなり立ち上がって興奮する相棒の肩を掴んで椅子に押さえつけているとき、店の扉が開いて新たな客がやってきた。

 それは二人の女性。一人はスーツ姿のオフィスレディ。そしてもう一人はそれとは対照的な、シンプルながら趣味のいい私服に身を包んだ綺麗な女性だった。


「あ、ましろさんだ」

「お姉さま?」


 私服の女性は虹ヶ丘ましろ。あげはと同じく二人の知り合い、いや、ソラミにとってはむしろ親戚にも近い距離感で親交がある女性だった。

 そして、子供たちに大人気の「広がる絵本、ヒーロガールシリーズ」の作者でもある。

 席に着こうとしたましろが、二人に気がついた。


「ソラミちゃんにゆみちゃん? わぁ久しぶり。こんなところで会えるなんて偶然だね」

「ご機嫌よう、ですわ。お姉さま♪」

「ましろさん、こんにちわー。もしかして、今日はここで打ち合わせ?」

「うん、そうなんだ」


 ましろの横でオフィスレディが軽く頭を下げた。


「ドレミファ出版で編集を勤める東堂と申します。ソラミ・ハレワタールさんと品田ゆみさんですね。虹ヶ丘先生からお話はかねがね伺っておりました」

「お姉さまが私たちのことを?」

「ええ。特にソラミさんはブタさんの厄介──熱心なファンだとか」

「いま厄介って聞こえましてよ」


 しまったと口を押さえた東堂編集の腕をましろは慌てて掴んで引っ張った。


「ご、ごめんねソラミちゃん、わ、私たちこれから新作の打ち合わせがあるから!」

「お姉さま! 普段私のことをどう話しているんですの──って、ゆみさん引っ張るのおやめなさい!? まだ話は終わってませんわよ!」

「ほらほら帰るよ〜。ましろさん、編集さん、お邪魔しました〜」


 レジに引っ張ってお会計を済ませ、ゆみとソラミは帰って行った。

 静けさを取り戻した店内で、ましろは東堂と向かい合わせに席に着く。


「では先生、次の新作についてですが……」

「あ、あの…ッ!」


 東堂の言葉を遮り、ましろは持参していたスケッチブックを差し出した。


「つ、次の新作は……これを描かせて欲しいんです」

「おや、もう原案ができていたのですね」


 失礼します、と東堂はスケッチブックを受け取り、内容を確認した。


「青の騎士と……白の王子様? へえ、新キャラですか。いいですね」


 肯定的な意見を述べた東堂だったが、ストーリーを読み進めていくうちに、その眉間に微かに皺が寄り始めた。

 ましろが固唾を飲んで見守る中、東堂はスケッチブックを閉じ、微かにため息を吐いた。


「あ、あの……東堂さん、どうでした……か……?」

「駄目ですね。これはボツです」


 彼女は遠慮なくはっきりとそう言った。ましろはぐっと息を呑んだが、それでもメモを取り出して身を乗り出すようにして訊いた。


「ご意見をお願いします!」

「新キャラを出すという展開は良いと思います。デザインも悪くない。ですが問題はストーリーです」

「ストーリー……どの部分ですか?」

「全部です」

「え…」


 編集は作家に対してはっきりモノを言うのが仕事だ。だから東堂のダメ出しには慣れていたつもりだったが、しかし、ましろは思わず声を漏らしていた。


「ストーリーが全部、だめ…?」

「重すぎるんですよ。記憶喪失になった白の王子と、青の騎士が親しくなる。それはまあ、いいでしょう。けれど白の王子が記憶を取り戻すかわりに青の騎士と過ごした記憶を失ってしまうなんて、こんな終わり方はあんまりです。青の騎士だけが思い出を抱えて生きていくという悲劇は子供たちには重すぎます」

「悲劇……そうですね。悲劇、ですよね……」

「こんなストーリー、先生らしくありませんよ。いったいどうしたんですか?」


 俯いたましろに、東堂は心配そうな目を向けた。


「絵本は、子供たちと同じ目線に立ってこそです。先生はそれをよく理解されていたじゃないですか。でもこの作品は……誰に向けたものなんですか?」


 東堂の問いに、ましろは微かに肩を震わせた。

 そう、これは……俯いていたましろは顔を上げ、窓の外を見た。けれど、もうそこに彼女たちの姿はなかった。

 ソラミとゆみの姿は、もう無かった。

 ましろは目を戻し、東堂に頭を下げた。


「ごめんなさい。私、ちょっと自分を見失ってたみたいです。昨日夜中に色々アイデア考えてたら、これがパーッて浮かんじゃって、そしたら、ほら、深夜テンションってのあるでしょ。なんかもう止まらなくて、つい……」


 言い訳するましろに東堂は苦笑した。


「まあ確かにそういうことはよくありますよね。私も若い頃に覚えがあります。夜中に書いた詩なんかを朝になって読み返したら、自分でもびっくりするぐらい恥ずかしくて」

「そうそう、あるあるですよね! って、えー!? 東堂さん、詩を書くんですか!?」

「ちょっと大きな声でやめてください!? は、恥ずかしながら、その、若い頃は詩人を目指してまして……」

「やーん、読みたいですよ。東堂さんの詩、きっと素敵だろうなあ〜」

「だ、だからやめてくださいってば先生〜!」


 東堂が羞恥でわたわたしている隙に、ましろはテーブル上のスケッチブックを引き寄せて自分のバッグにしまった。


(やっぱり、ただのわがままだよね、こんなの……)


 東堂に笑顔を向けたまま、ましろは心の影を胸の奥底に押し込めた。

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