FILM WHITE 4

FILM WHITE 4


広場では、1人黙々とラベルを巻き続けるローを手助けしながらロビンがルフィたちに珀鉛病について話していた。

「珀鉛病は16年前に北の海のフレバンス王国で広まった感染症よ」


北の海・フレバンス王国。

かつて珀鉛によって栄え、『白い町』として人々の憧れの的だった童話の中のような幻想的な国だ。

16年前、国民に発症した白い痣が特徴的な感染症、珀鉛病によって『白い町』は滅亡の一途を辿る。未知の病に政府は隔離政策を取ったがこれに反対したフレバンス国民により戦争が勃発し、たった1人も残さずフレバンスは滅んだ。


「治療法はねェのか?」

ベッドに寝かされた患者の熱を測りながらフランキーが問いかけた。

診察する手を止めずにチョッパーが答える。

「今までいろんな医者が珀鉛病のことを調べたんだ。ドクトリーヌも研究してた。」

しかし、もう患者のいない病気の研究は思うように進まない。

人々の夢の国・フレバンス王国も、その国の人々も、今はもう何一つとして残っていないのだ。

悲惨な一国の末路に沈黙が訪れる。

苦しそうに呻く患者の声を縫うように、チョッパーの耳に病院の扉が開く音が届いた。

「誰か来た」

チョッパーの声にサンジが鋭く反応する。

音一つ立てないように受付カウンターまで走り、壁の裏に張り付くように隠れた。

「すみませーん!」

「おーい、誰かいるかー!?」

聞き覚えのある声だ。

コビーと、ドフラミンゴの弟の声。


ガン!!


サンジの足と、廊下から飛び出してきた十手の先が鈍い音を立てて衝突した。

「何の用だ」

「こっちの台詞だ、海賊がここで何してる!」

まさに、一触即発。

互いに一歩も引かずに睨み合う。

「これはお前らの仕業か?」

「スモーカーくん、今は患者が優先よ!」

「同意だな。念の為に言っておくが、おれたちの仕業では断じてない。今日のおれたちはただ島を訪れた観光客だ」

「…」

十手を下ろしたスモーカーの後ろには、悪魔の実の能力による白煙に包まれた患者たちが眠っていた。

ロシナンテやコビー、ヘルメッポも眠る患者を背負っている。

「病院の状況はどうなっていますか?」

「医者も看護師も全員罹患してる。院内にいた患者はチョッパーとフランキーが様子を見てるが、大半は広場で他の奴らが診察中だ」

院内の白い廊下に足音を響かせながら、患者をチョッパーのいる部屋まで運ぶ。

一味やローと同じく、海軍の6人も未だ症状は出ていないようだ。

「お前らのとこの船医と話をさせてほしい。珀鉛病について、知ってることを共有しておきたい」

「ああ、分かった」

右手に少年を、肩に男性を担いだロシナンテが口を開いた。

先ほど飛び出してきた部屋の前で、フランキーが待っていた。足音に気づいたチョッパーも飛び出してくる。

「サンジ!誰だっ…海軍?!」

「チョッパー、患者を連れてきてくれたんだ」

フランキーと共に患者を預かりながら、サンジはチョッパーの耳に口を寄せて呟いた。

「ロシナンテが話したいことがあるらしい」

「…分かった。サンジ、フランキー、皆を頼めるか?」

「任せろ」

「スーパー任せとけ!」

サンジに解熱剤の瓶を、フランキーにラベルを手渡し、患者を2人に預けたロシナンテと共に、チョッパーは廊下に出た。


夕日は、いつのまにか沈んでいた。

窓から見える空は満月の明かりだけが輝いている。





ステージの淵に座るローに、ブルックがマグカップを手渡した。

「…?」

「ココアです。ナミさんから」

意識が落ち着いた子どもたちと手遊びで遊んでいたナミに顔を向けると、眠たげな表情から一転ニコリと人好きのする微笑みを作ってピースサインを見せた。

その奥ではルフィとゾロが子どもたちに混ざって眠っている。何があるか分からない状況だから、直ぐに戦闘に入れる2人の(元から有り余る)体力を温存しようと言ったのはナミだった。

「悪いな」

「いえいえ。それにしても、お医者様だったなんて驚きました」

「知識はあるが、資格があるわけじゃないからな。トニー屋を落ち着かせるために言っただけで、半分嘘みたいなもんだ」

子どものときは、なりたかったんだけどな。

懐かしむように遠くを見るローに何か掛ける言葉を探したが、どの言葉も何処か違う気がしてブルックは口を噤んだ。

「…」

「骨屋?」

「…いえ、なんでもありません。それよりトラ男さん、本当に眠らなくて良いんですか?」

「ああ。元から寝るのは好きじゃないんだ」

子どもたちを寝かしつけたらしいナミも、こくりこくりと船を漕いで、やがて地面に横たわった。

「そうですか…では、私とロビンさんも仮眠させていただきます」

「おやすみ…また、明日の朝に」

「何かあったら直ぐに起こしてくださいね!では、おやすみなさい」

ロビンとブルックも少し離れたところで患者に紛れるように眠りについた。

祭りで歩き回り、人の波に流れて、突如発症した珀鉛病患者の看病をしていたのだ。名のある海賊団と一戦交わしたあとのような疲労感だった。


満月が空高く、大きく、明るく輝いている。


「〜♪」

か細い声で、ローが口遊む。

幼い頃に、母に歌ってもらった歌だ。

あの頃はまだ、幸せだった。


『こういう手術はこっちの血管を使うんだ』

『お兄さま!おまつり行こうよ〜〜!』

『ロー!!行こっ!!お祭り』


あの日、あの時、全てが変わってしまった。


『お外はどうしてうるさいの…?』

『子供達だけは逃がしてくれるという海兵さんが現れたの!!』

『ロー!!来ねェのか!?一緒に行こう!!』

『おれ゛絶対生ぎる゛んだよ!!!』

『ね?ロー君、この世に絶望などないのです……慈悲深い救いの手は必ず差し伸べられます』

『「珀鉛」を体から除去する方法は必ずある!!!』


『感染者2名駆除』

『母様ァ〜〜っ!!父様ァ〜〜っ!!』

『病院がァーー!!ラミ〜〜!!!』


破壊衝動は治らない。


『3年以内にたくさん殺して…全部ブッ壊したい!!』

『何を恨んでる』

『もう何も、信じてない』

『おれは必ずお前に復讐するからな…!!!』


『おれはお前を…10年後のおれの"右腕"として鍛え上げてやる!!』


『私達本名教えたじゃない!!』

『トラファルガー・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ロー』

『ーー本当は人に教えちゃいけねェ名前なんだ…!!』

『兄の様なバケモノになるな!!出ていけロー!!』


世界を、どうしようもないほど憎んだ。


『お前はおれの大切な右腕だ。裏切るなよ?なァ、コラソン』

『いつになれば壊せる』

『焦るなコラソン。今は目の前のことに集中しろ』


目を瞑れば今も鮮明に思い出す、燃え上がる町、白い防護服、大切な人たちの顔、声、言葉、そして最後。

16年前のあの日から、あの町を出た日から、あのファミリーに入った日から、あのファミリーを出た日だって、おれがやることは1つ。ずっと、変わらないはずだ。


『世界を壊してくれるんだろ?』


まだ幼い姿の虚な目をした自分が、あの日からずっと語りかけてくる。

世界を壊せ。腐りきった政府を、汚れきった正義を、おれの全てを奪ったこの世界を、


「『ブッ壊してやる』」


時刻は丑三つ。

「DEATH」の字が踊る指に大太刀を掴んだ青年が、闇夜に紛れるように右手を掲げた。


「ROOM」





「そんな…!珀鉛病は中毒…!?」

「ああ、そうだ。政府と王族はその有毒性を知りながら金儲けの為にフレバンス国民に珀鉛を掘らせた。親から子へ、またその子へ珀鉛中毒は遺伝し、やがて大人になれない世代が生まれる。16年前の悲劇は身体に溜まっていた珀鉛の毒が一斉に発症して起こったんだ」

「それじゃあ、あの戦争は…!」

チョッパーは知っていた。珀鉛病を患ったフレバンス国民がどんな扱いを受けたかも。フレバンスへの隔離政策は感染を防ぐ為だった筈だ。それが、感染力などない鉛中毒だったなら、それを政府が知っていたなら、

「あの戦争は、政府が不都合を隠す為にフレバンスごと消そうとした末の戦争だ。王族は政府の手助けで脱出し、国民だけが国内に取り残された」

近隣国はフレバンスの四方を鉄の柵で囲み、逃げ出そうとするフレバンス国民を、まるで檻から逃げようとする猛獣のように扱い攻撃した。

ロシナンテの言葉に、悍ましい光景がチョッパーの脳裏に浮かび上がった。

実際に見たわけではない。ただの想像でしかない。それなのに、酷くリアルで残酷な光景だ。

「やがてフレバンス国民は近隣国に反撃を始めた。皮肉なことに、鉛玉は腐るほどある」

フレバンス国民による反撃。近隣国にとっては有り難くもある状況だ。フレバンスからの攻撃があった、つまり、正当な理由でフレバンスを滅ぼすことができるということだ。

「だが、病で弱った国民の身体は強くない。一方的に嬲られるだけの状況に拍車をかけるように病は悪化し、人々は殺され、建物は燃やされた」

珀鉛病を患ったフレバンス国民は「ホワイトモンスター」と呼ばれ迫害を受けたのだと、ドクトリーヌが話していた。ただ生きていただけだったのに。

「ロシナンテは、何でそんなに詳しいんだ…?」

何年も歴史を追い求めた一味1番の博識者のロビンでも知り得なかった。知らないはずの情報。

まさか。チョッパーの頭に、最悪の可能性が思い浮かぶ。

「まさか、フレバンスの戦争に参加して…!」

「違う!!絶対に!!」

ロシナンテが声を荒げた。

まるで、獲物を見つけた肉食獣のような勢いだ。

「わ、悪い…」

「いや…声を荒げて悪かった。実は13年前までおれはドンキホーテ・ファミリーに潜入してたんだ」

「ドフラミンゴのところに!?」

「ああ…目的は兄を止めることだった。結局は、途中でいろいろ想定外が重なって大した成果はなかったんだがな」

チョッパーは、後悔を重ねた赤い瞳を見つめる。

兄を止めるために、スパイとして潜入していた。この兄弟に過去に何があったか、チョッパーには計り知れないが、きっと簡単なことではなかったはずだ。

「16年前だ。珀鉛病を患った10歳の子どもが、爆弾を身体に巻いてファミリーを訪ねてきた。フレバンス1番の、医者の息子だった」

「え!?生き残りがいたのか!?」

「ああ。だが、余命は3年と2ヶ月。あんな悲劇の後だ。世界を憎んで、「3年以内に世界を壊す」とまで言っていた。その子を、ドフラミンゴはいたく気に入って、10年後の右腕にすると言い出した」

「ドフラミンゴの、右腕…」

ロシナンテは、16年前ファミリーを訪れた濁った琥珀色の瞳を思い出す。死体に紛れて国境を越えたと話していた子どもの身体は、随分と小さかった。その痩せ細った背中に、どれほどの酷い経験を背負っていたのか。

「ドフラミンゴはずっと、「究極の悪魔の実」とも呼ばれる超人系オペオペの実を狙っていた。おれがファミリーを去った後、それを手に入れた奴はその子にその実を食わせた」

「それじゃあ、珀鉛病は治ったのか!?」

「恐らくな。だが、奴の狙いは医療技術じゃない。オペオペの実の最上の技である不老手術、ドフラミンゴが狙っていたのはそれだ。永遠の命を与える代わりに、能力者は命を失う」

「そんな…それじゃあその子は…」

「それなんだ。おれはその子にスパイであることを話しちまったせいでその後のことを詳しく知らないんだが、ドフラミンゴとインペルダウンで一度話したんだ。奴はその子がドレスローザ奪還作戦を前に姿を消したと話した。つまり、まだどこかで必ず生きてる。おれはその子に会いたいんだ」

ロシナンテは、真剣な眼差しでチョッパーを見つめる。

「珀鉛の採掘されていないこの街で珀鉛病が広まっていることは、きっと偶然じゃない。何か知ってることがあるなら教えてほしい。頼む」

「頭上げてくれ…!!もちろん協力するよ!」

「本当か!?」

「ああ!患者の中に同じ名前の人がいないか確認するよ。名前を教えてほしい。広場の方にも連絡する!」


「ありがとう!あの子の名前は…」


ブゥー…ン!!

鈍い音が、街に響いた。


「トラファルガー・ロー」


時刻は丑三つ。

不可侵の青い膜が、島を包み、大地を揺らした。


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