FILM WHITE 3

FILM WHITE 3


12時53分。

最初に約束の食事処に着いたのは、ロビンたちだった。

3人の手にはそれぞれ紙袋を抱えていて、目的の本を買えて気分が良いのは一目瞭然だ。

昼食の時間をやや過ぎていることで客足の鈍い店内の、10人掛けの一番大きなテーブル席に座った。


12時57分

次に着いたのはナミたちだ。

大量のファッションショップやジュエリーショップのブランドロゴの入った紙袋を持つサンジとウソップを後ろに引き連れている。

先に来た3人が座っていたテーブル席に腰を下ろし、残りの3人を待った。


1時12分。盛大に遅刻である。

予測不能人間ルフィ率いる4人が店に到着した。

「ルフィお前、勝手に誰連れて来てんだよ」

「あ、そうだった!こいつはトラ男!おれの友達になったんだ!」

「トラ男じゃねえし友達でもねえ。おれは巻き込まれただけだ」

「あ!お前広場で!」

ナミとチョッパー、ロビンとブルックには見覚えのある人物だ。

漆黒のロングコートに、手を隠す黒い革手袋。斑模様の白い帽子。

「なんだチョッパー、知り合いか?」

「サンジくんたちがいない間に、広場でチョッパーとぶつかったのよ」

「お前、怪我なかったか?おれ小人たちを見てて、気づいてなかったんだ。ごめんなぁ」

「別に。怪我もしてないし、おれの方こそ悪かったな」

ルフィによって強制的にルフィとチョッパーの間に座らされた男は早くも一味の空気に馴染んでいる。

ルフィが気に入ってるなら、少なくとも悪い奴ではないのだろう。警戒心の強いゾロが全く警戒していないのも含めて。

「それで、トラ男くん?」

「違う」

「本当のお名前はなんと?」

「トラファルガー・ローだ。トラ男じゃねえし、麦わら屋の友達でもねえ」

ブルックに尋ねられ名前を名乗ったローは、数回目の否定を繰り返した。

すかさずルフィが反論する。

「何だよトラ男!友達だろ!」

「違う」

キィーー!と悔しそうな表情を見せる船長に8人の空気も和みだした。

そこからは質問責めだ。

ゾロはここまでに分かったローの情報を思い出した。

痩せた見た目に反して意外と飯を食う。ヘンテコな能力を使う。ルフィの友達。4人で運試しして分かったが、ルフィ並みに運が強い。思ったより押しに弱い。ワガママ。基本的に良いやつ。北の海出身。26歳。この国に住んで11年くらい。祭りに来たのは初めて。

「ん?この島に11年も住んでるのに、初めて祭りに来たのか?」

「興味なかったからな。それに俺はこの島が解放されたときはここにいなかった。参加する決まりはねえし、人が多いところは苦手だ」

「今年はどうして参加したの?」

「この国にいるのは今年で最後だからな、記念みたいなもんだ」

「エンゲル島を出るの?」

「ああ。どっかの商船に紛れて北の海に戻ろうと思ってる」

「ほー、そりゃ大変だな。頑張れよ」

「あ、そう言えば」

ローへの質問責めに一区切り付いたとき、ナミが思い出したように声を発した。

「さっき海軍に遭遇したわよ。スモーカーたち、コビーもいたわ」

「そうだ!ドフラミンゴの弟がいたんだよ!」

「ミンゴの!?」

「…」

「あいつ弟なんていたのか」

「弟は海兵なのかァ?」

「ヨホホホホ!王下七武海の弟君、私もひと目見てみたいですねえ。私、目ないんですけど!」

「海軍も来てんのか。厄介だな」

反応は三者三様。

ローもドフラミンゴは知っているようだ。

「祭りの規則で海軍は捕縛できないらしいの。だ・か・ら!ルフィとゾロ!あんたたち特に!問題起こさないでよね!」

特に食い逃げ!あんたたちどうせここに来る前も何か食べてたんでしょ!

ナミが口酸っぱく2人に釘を刺した。

ロビンがふと目を向けると、店の壁掛け時計は2時を指している。

いつの間にか1時間近くも経っていたらしい。

愉快な船長のお友達はトラ男呼びが定着してしまい、本人は不本意そうに眉間に皺を寄せているが、ルフィは心底楽しそうだ。

「そろそろ行きましょうか」

「おう!次はどこ行くんだ?」

「30分から中央広場で子どもの劇があるみたいなの。折角だから見に行こうと思って」

子ども好きのナミらしい提案だ。

ルフィがナミから受け取った広告チラシを、いつの間にかローの膝の上に移動していたチョッパーと反対側のウソップが覗き込む。

「『自由の町』…?」

「童話にもなってるこの国の言い伝えなんですって。町を襲った白い悪魔を、勇敢な騎士たちが倒して平和を取り戻すの」

「へー!面白そうだな!」

いかにも元気な子どもたちの憧れのような物語にウソップが笑顔を浮かべる。

「朝の舞は端っこでしか見れなかったから、今回は早く行って良い場所取るわよ!」

ナミに急かされるように9人は店を出た。

どさくさに紛れて一味から離れようとしたローの腕をルフィのゴムの腕がぐるぐる巻きにした。

「お前も、能力者なのか?」

「おう!おれの身体はゴムなんだ!」

「ゴムゴムの実か…」

「知ってんのか?お前頭良いんだなー!」

「図鑑に載ってる。馬鹿でも分かる」

今いるのは街の東側だ。

中央広場までは直ぐに着くだろう。






「すっごく面白かった!」

「子どもの劇だと思って甘く見てたな」

最前列で見た演劇は、本格的な舞台装置から炎が出たりワイヤーアクションがあったりと、10歳前後の子どもたちが演じているとは思えない迫力だった。

最後のカーテンコールでは、さっきまで勇敢な騎士や邪悪な悪魔を演じていたとは思えない朗らかな笑顔を浮かべた役者の子供たちが並んで手を繋いでいた。

楽しそうな8人の後ろで、ロビンは気がかりなことがあった。

「トラ男くん?顔色が悪いように見えるけど、どこかで休んだ方が良いんじゃない?」

「いや、ただの人酔いだ。それより早くお前らの船長から解放して欲しい」

「貴方が大丈夫なら強くは言わないけど…ルフィのことは早めに諦めることをおすすめするわ」

ローの顔色がさっきより悪いように感じていたが、思い過ごしかもしれない。祭りに来たのは初めてだと言っていたし、人の多い前列は苦手だったのかも。

ロビンはローを少し気に掛けながら歩くことにした。


そのとき、

「誰か!医者を読んで!!」

演劇の余韻に浸る広場を、女性の甲高い叫び声が劈いた。

一味が声がした方を振り返ると、ステージの上で先程まで悪魔を演じていた子どもが倒れている。

それだけではない。

叫び声を上げた女性も騎士を演じた少年もヒロイン役の少女も、広場の観客までもがドミノのように倒れ始めた。

異様な光景に、いち早く船医であるチョッパーが飛び出した。初めに倒れた子どもの顔を覗き込み、その肌を見てハッと息を呑む。

「これ…」

子どもの幼い顔は苦痛な表情を浮かべ、肌には白い痣が広がっていた。

この症状は、知ってる。ドクトリーヌのところで本を読んだんだ。16年前、北の海で一国を滅ぼした感染症。

「皆、触っちゃダメだ!!」

「チョッパー?」

「白い痣、高熱、爆発的な感染力…これは、珀鉛病だ…!」

「珀鉛病…フレバンスの?」

ロビンが返した。

チョッパーは小さく頷くと、苦しそうに喘ぐ子どもを息のしやすい体勢に変える。

そうしている間にも、炎が燃え広がるように国民が、屋台の店主が、観光客が、1人また1人と倒れていく。

一国を滅ぼした、強力な感染症だ。

きっと自分も既に罹患している。

「チョッパー!おれたちは何をしたら良い!?」

サンジの声が聞こえる。

チョッパーは迷っていた。この国に入った時点でもう全員罹患しているだろう。それでも助かる可能性は、助けられる可能性は0じゃない。

一刻を争うこんなときに、自分は迷っている。

病を患った人たちか、まだ症状の出ていない仲間か。

「ナミさん!」

「きっと私たちも罹ってるんでしょ!なら、元気なうちに出来ることをやらなきゃ!」

ナミが、近くに倒れ込んだ少女の身体を抱き上げた。

自分が危機に晒されても、苦しむ子どもを放っては置けないのだ。

「チョッパー、指示を!」

「分かった!一度患者全員を広場に集めよう!サンジとフランキーは病院の状況を見てきてくれ!ウソップとブルックはありったけの布を!皆頼む!!」

「了解!」

チョッパーの指示に従い各々が動き出した。

サンジとフランキーは街の西側にある病院へ、ウソップとブルックは広場の外へ走り出す。

ルフィ、ロビンは能力を駆使して広場中央へ倒れた人々を集め、ゾロとナミも協力した。

「トラ男、お前は…!」

「ゾロ屋、代われ」

確認を取ろうとしたチョッパーの声が届く前に、ローは騎士役の子どもの気道を確保していたゾロを退けた。

コートの下のウエストポーチを開き、白い錠剤の入った小瓶から一錠取り出して子どもに飲ませた。

同じ瓶を、チョッパーに投げ渡す。

「トニー屋!気休めにしかならねーが、熱が高いやつに飲ませてやれ!」

「これ…これ、解熱剤か!?ありがとう!トラ男!」

ローから受け取った解熱剤を子どもに飲ませたチョッパーはまた別の患者の診察に向かう。

ロビンの腕によって規則的に並べられた患者を一瞥し、ローはナミに3色のラベルを渡した。

「ナミ屋、ラベルを切って患者の腕に巻いてほしい。白い痣が身体の5割を超えた奴は青、熱が40度を超えてる奴は赤、その他の症状を訴える奴は白いラベルに症状を書いてくれ」

「分かったわ!ゾロも手伝って!」

「おう」

広場北側からウソップとブルックが帰ってきた。

ウソップが引いている台車にはタオルや衣服、麻布まで大量の布が敷き詰められている。

「チョッパー!これで足りるか!?」

「分からない…でもありがとう。患者の頭の下に置いてやってくれるか?」

「お任せください」

「チョッパー、恐らくこれで全員よ」

「ルフィ、ロビン、ありがとう。ウソップとブルックを手伝ってあげてほしい」

「任せろ!」

大量の珀鉛病患者は広い中央広場を埋め尽くした。チョッパーは人と人との間を縫うように忙しなく走り回り、ナミとゾロは患者と会話を交わしながらラベルを切っていく。ウソップ、ブルック、ルフィ、ロビンは布を畳み、地面に仰向けに寝かされた患者の頭の下に敷いていった。

「チョッパー!」

「サンジ!病院はどうだった?!」

「病院どころか何処もかしこもこんな状態だ!発病してる人たちは一旦病院のベッドに寝かせてきた、あっちはフランキーに任せてある」

「ありがとう、ここが落ち着いたら病院に…」

「トニー屋、ここはおれが預かるからお前は病院に向かえ。珀鉛病と他の病気が同時に発症すれば重症化のリスクが跳ね上がる」

「でも、…!」

こんなに人が多い広場を任せていいのか。ローのことを信用していないわけではない。それでも、この場に医者は自分だけなのだ。

不安げな表情を見せたチョッパーに目線を合わせるようにローがしゃがみ込んだ。

「お前の医者としての腕は信用してる。だからお前もおれを信用しろ」

「トラ男…?」

「おれも医者だ。だから、ここはおれに任せろ」

トラ男も、医者。

思い返せば解熱剤やらラベルやら、やけに対応が早かった。ローなら、信用できる。

「分かった…!ここはお前に任せるよ!何かあったらすぐ電伝虫で知らせてくれ!サンジ、一緒に病院に来てくれ!」

「ああ!」

脚力強化で獣型に変化したチョッパーの背にサンジが乗り、病院へ向かって走り出した。

その背中を見送るローは再び患者に視線を戻し、苦しそうに喘ぐ少年を見つめてその耳元に口を寄せた。


「もうすぐ、楽にしてやるから…」

白く染まった少年の腕には、青いラベルが巻かれている。


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