FILM WHITE 2

FILM WHITE 2


ルフィ、ゾロ、フランキーはルフィの嗅覚を頼りに食事屋台を練り歩いていた。

目を離すとフラフラと違う方向に歩いていくゾロの軌道をフランキーが修正しつつ順調に腹を満たしていた3人は、他と比べ異常な人の集まりを見せる店を見つけた。

『フライ・ハイト』

店に入ると客の真っ白な衣装が眩しく映る。

内装は外見よりもずっと広く、2階や地下に続く階段も見える。

3人は丁度空いていたテーブル席に座った。

奥のテーブルには賭博ルーレットが設置されているらしく、白だの黒だのと言った声も聞こえる。

なるほど、カジノか。

ドレスローザの港町・アカシアでの光景を思い出す。

海軍大将・藤虎に初めて出会ったのはあの店のような雰囲気だ。

今回はサンジと錦えもんがいないが。

混んだ店内では他人との相席が当然だが、4人掛けの席に名の知れた海賊が3人で構えていては堪らない。

祭りの目的は「世界を平和に、平等に」だと言いつつも、やはり海賊への恐怖は抜けないらしい。

その身体のどこに吸収されるのか。山ほどの料理を夢中で頬張る3人に、1人の男が声をかけた。

「ここ、良いか?」

ゾロは男の方に顔を向け、記憶を掘り起こす。

どこかで見た顔だな、誰だったか。

「おう!いいぞー!!」

元気な声で呑気に返事をしたルフィに礼をいい、男が椅子を引いて座った。

細い指を包む、黒い手袋。

「…ぁ、お前さっきの!」

「ゾロ、知り合いかァ?」

記憶のピースが合致した。

中央広場でチョッパーとぶつかった黒尽くめの男だ。

男の方はゾロが記憶にないらしく、「さっきの」という言葉に小首を傾げた。

「広場でチョッパーとぶつかったやつだよな?」

「チョッパー…、ああ、あのタヌキのことか?」

「チョッパーはトナカイだぞ!!」

ぶつかった、でやっと相手を認識したらしい。

毎度のことながらタヌキだと思われていたチョッパーはトナカイだと訂正しておく。

男が斑模様の白い帽子を脱ぐと、癖のある黒髪が広がった。

目元の隈のせいもあるだろうが、随分と目付きの悪い男だ、とフランキーは思ったが口に出すのを留めることに成功した。

海で遭っていれば間違いなく海賊だと誤解しただろうが、今この男から敵意も殺意も感じない。

黒い服のせいで浮いてはいるが、恐らく普通の一般客だろう。

海賊3人が座るテーブルに相席を持ちかけるあたり、警戒心が薄いのか世間知らずか、それとも抜けているのか。

「お前!名前なんていうんだ?」

「…」

男は一瞬口を噤んだが、直ぐにルフィの問いに答えた。

「トラファルガー・ローだ」

「トラファ、トラフォル……あー、じゃあお前はトラ男だな!おれはモンキー・D・ルフィ!海賊王になる男だ!!」

「なんだそれ」

「諦めろ、ルフィはそういう奴だ」

「人の名前を諦めるなよ」

トラファルガー・ロー、改めトラ男。

ルフィに倣って(?)ゾロとフランキーも名乗ったが、ローは特にリアクションもなく「そうか、よろしく」と言い放った。

「おめェ、海賊知らねーのか?」

「いや、知ってる。"麦わらのルフィ"だろ、"海賊狩り"ロロノア・ゾロと"鉄人"フランキー、お前らだけか?」

「今は別行動してるだけだ。お前、海賊怖くねーのか?この町の奴らは結構ビビってたからよ」

「祭りの目的は「全人類平等に」だろ。怖がる方がおかしいし、何かあっても自分で対処できる。」

「お前つえーのか!?」

「知らねえ」

よく分からない上に掴めない男だ。

テンポ良く会話をしながら山盛りだった料理皿が空になりかけたとき、店の奥の賭博ルーレットの方から派手な音が聞こえた。

「乱闘だ!!」

「なんだァ?」

奥から男の楽しそうな叫び声が聞こえた。

カジノスペースの方でトラブルがあったらしい。

何かあるかもしれない。

ゾロが掛けていた刀に手を添えると、ローが小さくそれを制した。

琥珀色の瞳が、ゾロをジッと見つめる。

「待て、一般人がいるんだ。そんな物騒なモン出すんじゃねェ」

そう言ってゾロの肩を押さえて椅子に座らせると、テーブルの上に置かれていた未使用の小さなナイフを手に取った。

「脅しだけなら、これで十分だ」

今まで気付かなかったが、立ち上がったローは随分と背が高い。ルフィは勿論、ゾロと並んでも10cmは差があるだろう。

コツコツ、とやや高いヒールを鳴らして乱闘騒ぎのあったカジノスペースの筋骨隆々の大男たちの間に細い身体を滑り込ませていく。

「あいつ、何する気だ?」

「知らねー!でもあいつ強えんだろ?」

「それとこれとは話が別だろ」

何かあったときに対処できるように、フランキーも立ち上がって奥を見つめる。

突如しんと静まりかえったスペースに、嘲笑を含んだ男の大声が響いた。

「なんだァ?兄ちゃん、男の喧嘩に首突っ込むなら、それ相応の覚悟決めてんだろうなァ?」

「お前らの喧嘩に興味はない。邪魔だ、やるなら裏でやれ」

小さく僅かだがローの声も聞こえる。

どうやら乱闘の中心にいたリーダー格の大男を嗜めに行ったらしい。

ルフィはローの強さに期待しているようだが、ゾロもフランキーもイマイチあの大男に勝つ姿が想像できない。

体格や身長だけが物を言うわけではないのは重々承知だが、それでもローの身体を鷲掴みに出来そうな巨大な男だ。

その上、対するローは上品なステーキ用ナイフ一本。

「このクソガキ!テメェから始末してやる!!」

大男が右手を振り上げ、ローの襟を掴みにかかる。

同時にローが右手に持ったナイフを振り上げ、男の手首を切り落とした。

キャア!と甲高い悲鳴が上がる。

「なんだ、あれ…」

切り落としたのだ。

柔らかい肉を切るためのナイフ一本で、筋肉と骨の詰まった男の腕を。

切り落とされた男の手首から先が、木製の床に鈍い音を立てて転がった。

血は、全く出ていない。

ゾロは店の中全体を覆うように、青い膜が張っているのに気付いた。

手を伸ばすが、膜には触れられない。

何かの能力か?ローの?

ローは床に転がる男の手を拾い上げ、呆然とする男の前に差し出した。

ナイフを首に突き付けるのも忘れずに。

「次は首だ」

「ひ、ひぃぃいぃ!!」

身体に見合わない情けない声を上げた男は、床に尻餅をついて後退り、切れた右手もそのままに抜けた腰を引き摺るように外へ逃げて行った。

青い膜が、消えた。

「スッゲェな!お前!!何の能力だ?!」

「アーウ!!スーパーイカした能力だな!」

「悪魔の実」

「何の実だ?」

「言わねえ」

「何でだよ!」

「何でも、だ」

何事もなかったかのように席に戻ってきたローは、ルフィの質問責めをのらりくらりと躱す。

ローも、悪魔の実の能力者なのか。

ゾロは、ローがナイフを振り下ろした瞬間無意識に再び刀にかけられていた右手を下ろした。

あんなナイフで敵うわけないと思ったのか、それとも、ローの目に確かに浮かんだ殺意に気付いたのか。

「お前、この後どーすんだ?」

「特に何もする予定はない。昼の間は適当に店を回る」

「じゃあおれたちと一緒に行こう!おれの仲間に紹介してやるよ!」

「断る。誰が好き好んで海賊と連むか」

「何だよー!友達だろ!」

「友達じゃねえ!!」

皿の上の料理を綺麗さっぱり食べきったルフィがローに持ちかけた誘いは直ぐに断られたが、ルフィはまるで諦めていないようだ。

およそ5分に渡る論争を続けた結果、ルフィのしつこさにローが根負けした。

「にしし!おれの勝ちだな!」

「黙れ。勘違いするな、友達になったわけじゃねえからな」

トラ男はフランキーに数枚の金貨を投げて渡した。

テーブルの上の空の皿の分を払っても十分余る額だ。

摩訶不思議な能力を持つ男、トラファルガー・ロー、もといトラ男。

物騒な能力と人相の悪さの割に、彼は結構善良な人間らしい。




街の隅の喫茶店『リーベ』

ロビン、ブルック、チョッパーは、本屋巡りの休憩に街の端に隠れるように立った古い喫茶店に入った。

外装の古さとはチグハグに、店の中は随分新しく見える。

客はまだ居らず、カウンターの奥に立ってコーヒーカップを磨く初老の男性だけだった。

「失礼、マスター。コーヒーを頂いても?」

「ええ、勿論ですとも。お掛けになってお待ちください」

優しい声だ。暖かく、落ち着く声。

直ぐにコーヒーの香りが広がるのを感じながら、3人は男性の前のカウンター席に腰掛けた。

「良い雰囲気の本屋でしたね」

「医学書がたくさんあったぞ!」

「私も、歴史の本がたくさん読めて良かったわ」

「フレッドの本屋のお話しですかな?」

ロビンとブルックの前にコーヒーを、チョッパーの前にはホットミルクのカップを置いたマスターが会話に混ざった。

フレッドは本屋の店主の名前だ。

「彼は昔この店の常連だったんですよ。本屋が忙しくてあまり顔を見せませんが、ここへ来ては奥の本棚から本を持って行くんです」

店の奥に顔を向けると、壁に埋め込まれた歯抜けの本棚と、大きめのソファーが目に入る。

「では、あの店の本は貴方の?」

「いえいえ、私の孫が持って来た本ですよ。一度読んだら覚えてしまうので、あの子が読み終わった本はお客様が自由に読めるように本棚に置くのですが、いかんせん小難しい本ばかり読むもので、フレッド以外に持って行く人がいないのですよ」

「もし気になる本がございましたら、一声かけて頂ければご自由にお持ち帰り下さって大丈夫ですよ」と言って、マスターはまた、カップを磨き出した。

彼の首元には白いロケットペンダントが飾られ、胸元に付けられた名札には、『マスター エドガード・オリバー』の名前が綴られている。

撫で付けられた柔らかそうなグレーの髪と、穏やかな印象を与える丸眼鏡の奥のエメラルドグリーンの瞳。

彼もこの店のアンティークの一部のように、ピタリとハマっている。

誰もが一度は思い描く、理想の喫茶店だろう。と、ロビンは口にするでもなく思った。

「おかわり、頂いても宜しいでしょうか?」

ブルックがオリバーにカップを渡した。

ロビンも空になったカップを渡し、本棚の方へ向かう。

歯抜けの本棚に並ぶのは、上級者向けの医学書に随分古びた歴史の本、世界の観光地や街の写真集から単純な物語小説まで様々だ。

悪魔の実の図鑑まで置かれている。

「お孫さんは、お医者様なの?」

「いいえ。昔は医者を目指していたんでしょうけど、色々あって諦めてしまったらしくてね。それでも私の病気を治してくれたんだから、優しい子ですよ」

「マスター、病気だったのか?」

「ええ。でも今は、あの子のお陰でこの店も続けていられる」

孫の話をするオリバーの目が、懐かしむような愛おしむような暖かさを持っているのを見て、ロビンは再び本棚に視線を戻した。

「これは…」

「ロビン、どうしたんだ?」

「いいえ、懐かしいものを見たと思って」

「懐かしいもの?」

「ええ」と返事を返したロビンの手元を2人が覗き込む。

『白い町 フレバンス』

表紙に描かれた雪国のように白い町は、かつて北の海で栄えた、人々の記憶の海に浮かぶ今はもうない過去の国だ。




「麦わらの…!!」

「海軍!?」

同時刻、エンゲル島北街。

3人の海賊と6人の海軍がエンカウントしていた。

ナミ、サンジ、ウソップはナミの見つけたジュエリーショップから、ロシナンテ、スモーカー、ヒナ、たしぎ、コビー、ヘルメッポはジュエリーショップ横の屋台から出たところで鉢合わせたのだ。

咄嗟に十手に手をかけたスモーカーをロシナンテが制した。

「スモーカー、海賊とやり合うのは規則違反だ」

「チッ…分かってますよ」

「お前ら、何でこんなとこに?」

ナミを庇うように前に出たサンジが問いかけた。

サンジの問いにコビーとヘルメッポが答える。

「休暇兼警備任務です。祭りの規律上ここで争うわけにはいかないんです」

「人気ないんだ、この仕事」

なるほど。

海軍が海賊を捕縛すれば、"海賊"という立場を敵視したことになり、海賊が海軍を襲えば"海軍"という立場を敵視したことになる。

測らずとも、祭りの規則とやらに互いに守られたらしい。

「で、あんた誰?見ない顔ね」

ナミが初めて見る金髪の長身の男に顔を向けて言った。

ロシナンテも顔をナミに向けて答える。

「海軍本部ドンキホーテ・ロシナンテ中将だ」

「ドンキホーテ…ドンキホーテ!?」

ドンキホーテという名前には聞き覚えがある。

つい先日我らが船長が倒したばかりの元王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

王下七武海の肩書きは伊達ではなく、イトイトの実を駆使し一味を苦しめた。

珍しい名前だ。他人の可能性は低いだろう。

「ああ、そうか。麦わらが倒したんだったな。ドンキホーテ・ドフラミンゴは一応、おれの兄にあたる」

「兄ィ!?」

「ってことは、ドフラミンゴの弟!?」

「そうだ」と平然と言って退けるロシナンテと対照的に、空いた口が塞がらない一味の3人。

「って言っても、もう13年間会ってなかったし、会話したのなんかこの前インペルダウンで話したので30年ぶりくらいだ」

「ドフラミンゴの弟ってだけで十分恐ろしいわよ…」

「ロシナンテさんは優しいですよ!」

「ドジだけどね」

すかさずたしぎとヒナがフォロー(?)を出す。

どうやらドフラミンゴとは反対に優しくてドジな海兵らしい。

ドジな海兵とは、それで良いのだろうか。

「とにかく、おれたちはここでやり合うつもりはないんだ」

「こ、ここ、こっちだって!祭りに来てんのに海軍中将とやり合いたくなんてねーよォ!!」

情けない声を上げるウソップに笑顔で頷いたロシナンテは、ドフラミンゴの親族だとは思えないほど似ても似つかない。

顔立ちは似ているのかもしれないが、浮かべる表情は真逆だ。ドフラミンゴは食えない不敵な笑みを浮かべるのに対し、ロシナンテは太陽のような明るい笑みを見せる。

何故兄弟なのにこうも違うのか、真相は謎のままだ。

楽しそうに次の屋台に向かって行く6人に、ウソップは考えることを諦めた。





簡単な用語解説的なもの

エンゲル島→ドイツ語で天使

かつて凶悪な海賊団に占領されていたが、耐えかねた国民たちが結託しが反乱を起こす。国軍が勝利を治めた日を解放記念日とし、「世界を平等に」の目的のもと解放記念祭を開いている。

現在は世界有数の貿易大国でもある。


フライ・ハイト→ドイツ語で自由

ルフィたちが入った店。カジノスペースが設けられているのでやや治安が悪いが料理の味は絶品。屈強なディーラーのバイト募集中。


リーベ→ドイツ語で愛

ロビンたちが入った店。街の隅にひっそり佇む隠れ家的喫茶店。マスターのエドガード・オリバーが1人で切り盛りしている。フレンチトーストが美味しい。

Report Page