FILM SNOW小ネタ①

FILM SNOW小ネタ①



※過去スレにあったSNOW概念のうち、イチャイチャ度の高いネタを拾ったやつ

※島名だけ過去スレの神SS(BLACKネタ)からお借りしています。名前だけですが問題があれば書き直します!

※同一人物ネタで最も困るのは「地の文でどうやって二人の区別をつけるか」なかなか筆が進まなかった原因の9割はコレ




 ──ドールハート島南東部。

 島全体を巻き込む大騒動などなかったかのように賑わいを見せる港町。活気ある表通りの陰で、麦わら帽子を目深に被った少女が走っていた。

「こんな日に限って〜!わーん、助けてトラ男ぉ!!」

 名を、モンキー・D・ルフィ。

 この島を…世界中を狂乱の渦に叩き落としたオークションの『商品』として虜となり──見事誰のものにもならずに逃げおおせた、新世界に名を轟かせる新たなる皇帝のひとり。

 その首に賭けられた懸賞金は額にして三十億ベリー。“最悪の世代”と恐れられる大海賊である。

 もちろん、かの逃走劇にはさまざまな思惑や他の大物海賊たちの介入があったのだが…。今は関係のない話だ。

 今現在ルフィを追い回しているのは、かの“煽り屋”とは特に関係のない、ただのチンピラであるので。

「クソが!待ちやがれェ〜!!」

「誰が待つかバカヤロウ!」

「なンだとぉ〜!!!?」

 おいあの女ぶっ殺せ!という声を背にルフィは疾走する。今戦うわけにはいかないのだ。

 それは、約束が違うから。

 彼女の脳裏に過ぎるのは、『主治医』と交わした会話。海賊同盟を組んでいるハートの海賊団、彼らが有する海賊船・ポーラータング号、その医務室でのことだ。


 船のあるじはカルテを眺めて言った。

「まだまだ自重するに越したことはねェが、経過は順調だ。珍しく頑張ってるな、麦わら屋」

「ほんと!?」

「あぁ。正直驚いてる」

 うっすらと笑んだローがルフィの頭を撫でる。相手を甘やかす触れ方に、彼女の目がぱちりと瞬く。こちらから撫でてと甘えることはあれど、ローからというのはあまりないことだったからだ。

 降って湧いたごほうびに、ルフィはひっそり頬を赤らめた。

「だがまだ過度な運動は禁物で、…あー、戦うな。喧嘩を売るな買うな。とにかく能力を使うな。分かったな?」

「えー!」

「えーじゃねぇよバカ。お前自分が何されたかちゃんと分かってんのか?」

 ローは瞬時に渋面を作る。「やっぱり早まったかもな…」とぼやき、手元のカルテに視線を走らせた。

「過剰な薬物摂取、精神操作、それから悪魔の実による支配。後遺症なく完治する見込みになったのが不思議なレベルなんだからな」

「ウン」ルフィはこくんと頷く。

「本当に分かってるのか…?」

 ルフィの頭がゆらゆらと揺れる。すらりとした指がぐい、と額を小突いていた。

「まぁいい…実際、もうほとんど快復してるのは事実だからな。…ん?あぁ、」

 悪ィ、という呟きとともにルフィの頭が自由を取り戻す。まろい額を突いていた指がこつ、とカルテを叩いた。

「そんな感じだな。さてと…麦わら屋。ずっと外に興味持ってたろ。出航前にいろいろ見てくるといい」

「いいの!?やった!いってきまーす!」

「はいはい、いってらっしゃい」

 歓声をあげたルフィがぴょん、と医務室を飛び出していく。廊下でぶつかったのだろう。ローのクルーたちがぎゃあぎゃあと騒いでいる。

「走ンな麦わら、あぶねーから!」

「待てバカ、先に自分のとこのクルーにも声かけ…待たんかァ!」

 一気に姦しくなる船内。バタバタバタ、と足音が振動に乗って聞こえてくる。はしゃぐ少女の声も。ローは目を細めた。

「…なにやってんだアイツら」

 揃いも揃って、麦わら屋の親か。苦笑を浮かべたローは医務室の扉に手をかける。バインダーごとくるりと手を回し、扉を開け、そのまま部屋を出ていった。


「げほ…っ」

 ルフィはぜぇ、と息を吐いた。

 普段ならけろりとしているような運動量でこの始末。しばらく医務室漬けの生活だったもんなぁ。肩で息を整えながら思考を回す。

「どこいったあのアマァ!」

 耳に届く怒声に、ルフィはげんなりとした。なるべく穏便に済ませたい。紛れもない本音なのだが、入り組んだ小道に逃げ込んだのが災いし事態は悪化していた。今のルフィは土地勘がない逃走者。その選択は悪手だったというのに。

「どうしよっかなぁ」

 実際、手はあるのだ。ブン殴る。表通りに出る。以上。ローに辞めろと言われているから我慢しているだけで、その気になればこの程度の“ワル”はルフィの拳ひとつで沈められる。

 見た目こそ小柄な少女ではあるが、新世界にナワバリを持つ四皇のひとりであるので。この程度、敵にすらならない。

 さらに今のルフィは、先の騒動の影響で沸点はいつもより格段に低い。普段であればさらりと受け流せることにもイライラが募っていく。

 ローの言葉には従うべき。頭では理解しているのだが、既にぎりぎりだった怒りのゲージが理性を削りにくる。ここ数日、我慢して退屈な生活に甘んじていたのにこの仕打ち。

 ちょっとくらい怒っても許されるのでは?とルフィは首を傾けた。

「トラ男には悪いけど」苛立ちを隠しきれない表情。凶悪に笑った彼女はぐっと拳を握る。

「もーいい加減、我慢できない!つまりは技さえ使わなきゃいいんでしょ…!」

 びりびりと拳を包む覇気。ワノ国で見せたもの、その百分の一にも満たない圧力。それでもその色は違えようもなく。猛禽類の眼差しでルフィは構えを取る。

 ゆっくりと、その腕が湾曲し──。


「そこのお嬢さん、こちらへ」


 黒革に包まれた手が横から伸び、その手をすくい取った。ふいをつかれ、ルフィはぽかんと目を見開く。全身を包む影。人の気配。そのままゆっくりと目線を上へずらす。

 長身の男がルフィを見下ろしていた。

 体型を曖昧にしている丈長のコートに黒い靴。目深に被ったフードの隙間からは結ばれた口が見え隠れしている。むし暑い夏島の気風にそぐわぬ厚着。土ぼこりと硝煙のにおい。

 長閑さを取り戻した島とは不釣り合いなものを、全身にまとわせたような出で立ちの男だった。

 薄い口元が動く。

「この辺りはああいう親切な方がたくさんいますから、一旦離れた方がいいですよ」

 慇懃な口調で促し、ルフィのことを掴んだ手を握り込んだ。それをじっと眺めたルフィはふと、にっこりと笑う。

「わかったわ!ありがとう、…えっと」

 男は、感謝の言葉を口にしようと言葉を辿る彼女を遮り、

「話が早くて助かります…ひとまずこの通りは抜けましょうか。少なくともここより安全になりますから」

 そう続けると、ふらりと走り出した。


 ルフィが先ほどから逃げ回っていた小道を離れてしばらく。ぎゃいぎゃいと彼女を探し回っていた声は次第に遠ざかっていき…やがて完全に聞こえなくなった。

 思わず安堵の息を吐く。うっかり怒りに駆られて、ローを怒らせてしまうかもしれないところであった。

 心配をかけるのは本意ではない。

 どきどきとする胸を撫で下ろしていると、静かな声がルフィの耳に届いた。

「もう大丈夫だと思いますよ」

 ルフィは弾かれたように振り向いて、にししと笑った。

「本当に助かったわ!今日、私はいろいろやっちゃダメ!て決まってる日だったから!」

「困ったときはお互い様というでしょう。どうかお気になさらず、お嬢さん」

 穏やかな口調でにこりと唇を綻ばせる男。

 そんな彼をまじまじと見つめたルフィは、こてんと首を傾げ、

「なんか、ちょっと…んん…?」

 眉をしかめて、先ほどから感じていた疑問を口にした。

 覚えのある気配だったから。

「…トラ男?」

「…」

 少女は黙する男を気にすることなく「そんな服着てたっけ」とにこにこ笑う。

 ルフィをしばらく見下ろしていた男は、くつくつと喉を鳴らした。ぱさ、と姿を覆っていたフードが外れる。

「…やっぱりお前は気付くんだなぁ、“ルフィ”」

 先ほどよりやや低まった、すっかり耳に馴染んで久しい声。ルフィが焦がれてやまない初恋の君にして、海賊同盟を結んだ同業者。トラファルガー・ロー。

 先日の騒動で囚われの身となった彼女を救い出した男が不敵に笑った。



 うららかな午睡の時間。

 めいめい楽しんでいたゆるやかな空気は、次の瞬間消え失せた。

 バタバタバタ!と凄まじい音が甲板を揺らしたからだ。足音の主は朝、同盟相手のクルーからせっつかれ「出かけてくる!」とだけ言い残して行った、サニー号の船長。ルフィだ。

「みんなーー!!大変!!!トラ男もうひとり見つけた!!!!!」

「離せ、離してくれルフィ!」なぜか片腕に男を抱えて。…男?

 見慣れない黒服に身を包んだその人は、昼食を摂りサニー号の甲板で愛刀を研いでいたはずの同盟海賊団の船長。では、さっきからここにいるのは一体…? 

 バッ!と一同は後ろを振り返った。

 そこにいたのは、目を見開いて凍りつく同盟者(船長)の姿。前に向き直る。いつの間にかルフィの腕から逃れた、そっくり同じ顔の男。

「えぇええぇ!!?と、と、トラ男がふたり〜〜!!?」

 どよめく仲間たちにししし、と笑いかけるルフィ。

 諦めたようにため息をついた『トラ男』は「結局こうなるのか…」と首を振る。

 波が一際高く打ち付け、騒然とするサニー号を揺らす。

 ──嵐は近い。


「未来から来たというのは流石に驚いたが」

 湯気を立ちのぼらせる料理を両手にしたサンジがにやりと笑う。「予想外だな、こりゃ」

 世界中を振り回し続ける我が船長の愛しの君は、どうやら無事絆されきったらしい。話を聞かずともそう確信できるくらいには、眼前の光景は言葉より雄弁に物語っていた。

「ほらルフィ、口を開けてくれ」

 未来から来たのだというローは食事を摂っていた。もちろんルフィと。

 すらりとした両足を器用に絡め、ルフィを背後から抱え込んで。己の口に豪快におにぎりをねじ込んだかと思うと、それとは裏腹に丁寧な手つきでルフィの口元にサラダを差し出す。甲斐甲斐しいことこの上ない。

 ルフィが嬉しそうに頬を染めると、蜂蜜色の眼差しはとろりと甘く溶けた。

「美味いか、ルフィ?」

「と〜っても!さすがサンジ!今日のサラダも美味し〜!!」

「ふふ、まだ食べるだろ?次は何が食べたい?おれが取るから教えてくれ」

「ありがとトラ男!えーっと、じゃあ…あっちのやつ!」

 声まで甘い。

 しかしながらこの男、日頃兄貴然とした振る舞いでルフィに接しているローと同一人物である。普段のローであれば、死んでもルフィには向けないものを振り撒いているが。年月を重ねると、ふたりの船長はこうなるらしい。

「やってることは割と似てるんだけどな…」

 呆れたようにサンジが呟く。

 ふたりの周りだけ花が咲いている幻覚が見えたナミが、

「胸焼けしそうだわ」

 と苦笑してパフェを口にする。

「うふふ、いいじゃない。ルフィったらあんなにはしゃいじゃって….」

「ルフィさんは本当にあの方が大好きですからね。ああ、とても素敵な笑顔をしていらっしゃる…」

 ロビンとブルックは朗らかに笑いあった。

 一味はわりあい好意的に眼前の景色を受け入れていた。敬愛する船長が幸せそうならよし、というわけである。もともとルフィはローが好きだったわけでもあるし。


 ──とはいえ、それは一味に限った話。


「ちなみにあっちのトラ男はそろそろブチ切れそうだぞ」

 酒を呑んでいたゾロがちらりと甲板の端に目を向ける。

 そこにいたのは、すっかり顔色をなくしたローだ。己と同じ顔をした男を無表情で睨みつけている。全身に覇王色もかくや、と言わんばかりの覇気が蠢かせて。

 尋常ならざる様子を視界に入れたウソップは「うわ…」と引き攣った顔でうめいた。

「拗らせると人はああなるのね…」

 ふう、とため息。ナミの目には呆れが浮かんでいる。

 と、その時、ローが空中に手をかざした。

「“ROOM”──“シャンブルズ”」

 サニー号の色相が丸い形に変わる。パッ、とルフィの姿がかき消えたかと思うと、能力を発動させたローの手に引き寄せられた。

「わっ、…、えっトラ男ッ!?」

 一瞬の混乱の後、ルフィの顔が真っ赤に染まる。愛しの人に抱きしめられている、という現状にキャパオーバーを起こしたようだ。

「あらぁ、珍しく積極的」

「そう?つい最近も、ずいぶんと情熱的に私たちの船長さんを抱きしめてたような気がするけれど」

 楽しげな女性陣に目を向けかけ、

「げっ」視界に入った男の様子に、サンジはぞっと顔を強張らせた。


 先ほどまで浮かべていたとろりとした微笑みは幻覚だったのではないか。そう思ってしまうほど昏い眼をしたローが、ルフィを抱えた男のことを歪んだ表情で見据えている。

 宿敵を睨み据えるかのような眼差し。間違っても自分自身に向けているものとは思えないような、殺意に満ちた…。

 その口元が歪に吊り上がる。

 先ほど今の時代のローが見せたものと全く同じ動きで、彼の手が空を舞う。

「“ROOM”──」

 ローの全身から殺意が滲んで、びりびりと空気が揺れる。周辺の海域さえ巻き込んで色相がぐにゃりと歪む。瞬く間にルフィが元の場所に飛ばされた。

「…テメェ、」

「…なんだ?」

 ぎろ、とふたりのローが睨み合う。

 凄まじい覇気のぶつかり合いに、ウソップが「ヒィ!」と息を呑んだ。

「麦わら屋にベタベタ触るんじゃねェよ」

「おれに指図するな、青二才」

「ジジィに嗤われる筋合いはないんだが」

「餓鬼みたいな煽りしかできねェのか?こんなのが過去のおれだと思うと恥ずかしくて死ねそうだな」

 とんでもない舌戦を繰り広げるふたりの間を凄まじい速度で、シャンブルズされるルフィが行ったり来たりする。

「おぇ…っ、目が…回る…ぅ、」

「わー!バカバカバカ!」非論理的な物理法則に連続で晒され、酔いを起こしたルフィのもとへチョッパーがすっ飛んでいく。


 船医じきじきの叱責により“ROOM”こそ解除したものの、ローたちはゼェゼェと息を切らして互いを罵り合っている。完全に頭に血が昇っているようだ。

「もー!何してるんだよ〜!そんなに能力連発するから、すっかりふらふらじゃんか…!」

 チョッパーの怒りの声がサニー号に響き渡った。にわかに船上が賑わい始める。

「トラ男ったらバカだなぁ」

 てて、と駆け寄ったルフィの手がローの頭を撫でる。大丈夫?と笑う顔を見上げた彼は、愛刀を抱え直して首肯した。


 ふと、ゾロは静かに目を開く。

「あン…?」じぃ、とルフィが連れ帰ってきた“ロー”を見つめる。

 気のせいならいいが、しかし。ゾロは目を眇めた。

「おいトラ男」

 一瞬の間。ゆったりと未来のローが瞬きをした。

「…ああ、おれの方を呼んだのか。ゾロ屋」

 男は鈍い所作でふらりと振り向く。どうした、と発される声は根を張っている。能力連発の代償はしっかりと払っているようだ。

 直感を杞憂にするべく、ゾロは口を開いた。

「お前、ルフィ泣かせんじゃねぇぞ」

 言葉を受け、ローは虚をつかれたような表情をした。すぐさま自分の反応に恥じ入るように顔を背ける。

 ややあって、ぽつりと彼は口を開く。

「…泣かせる気は、ねェよ」

 陽射しが傾き、影が差す。隠された表情は窺い知れない。

 が、次の瞬間。技を発動した彼はゆらりとルフィのもとへ歩いていく。

 いつの間にか、ゾロの足元には酒瓶が転がっていた。


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