FILM SNOW小ネタ②
「ねえトラ男、わたし屋台行きたい!お腹空いた!」
好きな人といようが欲望に忠実な少女に苦笑したローは、
「そりゃ構わねェが、先に行きたいところがある」
そう言って通りを指差した。
「別にいいよ。でもどこ行くの?」
「……こっちだ」
ぐい、と手を引かれて連れてこられたのは何故かブティック。
店内に入った瞬間、ローはあれこれとルフィに服を当てがい始めた。目をきょときょとさせたルフィが「服、買う予定ないよ?」と言ってもお構いなしである。
そのままルフィは流されるままに、ローから「着てみろ」と押し付けられたものと共に試着室に押し込められた。
「やっぱり、ルフィは向日葵がよく似合うな」
ふんわりとしたワンピースに身を包んだルフィをひとしきり眺めると、ローは唇を穏やかに緩ませて微笑んだ。
一方のルフィは困ったような顔をした。所在なさげに裾を握りしめ、細めた声で苦言を呈する。
「トラ男、これ動きにくい」
確かに普段ボーイッシュな服を好んで身につけるルフィの趣味ではないだろう。先ほどから足元に絡みつく布も、彼女へ落ち着かなさを与えているようだ。今にも試着室に戻りそうなルフィを見て、ローはゆったりと微笑む。
「可愛いのに」
さらりと放たれたローの発言に、ルフィの顔がみるみる真っ赤に熟れた。激しく動揺するルフィを見咎めたローは、にやりと笑って身を屈める。
「ああ……言葉が足りなかったか、許せ。別に服は関係ねェよ……お前はいつでも可愛い」
「……か、……」
ばふん!
煙を吹いたルフィはたたらを踏んだ。
熱を持つ頬をぱたぱた扇いで冷ますと「やっぱりこれ買う」とレジへ駆け出す。
「おばちゃんこれちょうだい!お金はこれ、」
「待てルフィ、……会計はこれで頼む」
ナミから貰ったお小遣いの袋。それを放り出そうとするルフィを制し、ローはそのままルフィの背後からレジを覗き込むと、懐から無造作にベリーを取り出してぽいと放った。
そのまま片腕でルフィを抱き寄せると「釣りはいらねェ」とブティックを後にする。
嵐のように去ったふたりをぽかんと眺めていた店員たちが顔を見合わせた。
全員凍りついたように動けない中、ひとりが
「かわいい」
とこぼした瞬間、わっと全員が騒ぎ始める。
「とんでもねぇもん見た」
「かっっわ……え?かわいい……今のって確か四皇の……?可愛すぎない……??」
「乙女だ〜!!“麦わら”さん、真っ赤になってたよ、こっちまで顔熱くなっちゃった!」
「なんか健康になった」
きゃあきゃあとはしゃぐ声が店内に響く。
先ほどの光景の甘酸っぱさにすっかりときめいてしまっているらしい。
一気に姦しさの増した店内に「仕事しな!」と一喝する声が響く。
はぁい、と返事は返るものの、その日店内はずっと浮き足立ったままだった。
「というか額が多いよ……後がちょっと怖いんだが、大丈夫なんかね……」
げぇ、と渋い顔をした店主は、そのままがっくりと肩を落としたのであった。
ようやく熱の引いた頬をぱたりと仰いで、ルフィはちらりとローを見た。
「なんだかトラ男、さっきから楽しそう」
先ほどまであった、ぴんと張り詰めるような気配が和らいでいる。ルフィの言葉を聞いてきょとんとした顔をするくらいには、気分が落ち着いてきたらしい。
「そう見えるか?……ルフィがそういうなら、そうなんだろうな」
する、とローの手がルフィの頬に触れる。ゆっくりと細められる双眸に、どぎまぎしながらルフィは後ろを振り向き、ぱっと目を見開く。
「あ」
「よォ、お騒がせチビ……。ついにトラファルガーの野郎に愛想尽かしたか?」
すっかり顔馴染みとなった“同じ世代”のひとり。燃え立つような深紅の髪を逆立て、鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒す姿。
ユースタス・“キャプテン”・キッドが、相棒と並んでルフィたちの背後に立っていた。
「ハァ!?未来から来ただァ!?」
「未来か……。何年経とうが、麦わらはあのままなんだろうな」
呆れ返ったように首を振ったキラーはファッファ、と声をあげて笑う。彼の相棒は「だろうな」とだけ返し、じっとライバルの顔を見つめる。
「確かに……ジジイにはなってるが、このツラはトラファルガーだな……」
ピク、と米神を動かしたローの「テメェ誰がジジイだって?」と非難する声を意に介さず、ぎろりと眼差しを強くした。
「おれは別に興味ねェが……こんなとこで油売ってていいのか?テメェの時代のバカザルほっぽり出しやがって」
そこまで口にした後、キッドはにやりと不敵に笑んだ。
「しっかし面白いモン見させて貰ったなァ。あの朴念仁が数年後には女誑しときた」
数秒の間。ローはふっと目を逸らした。
熱のない双眸におお、と感心したようにキラーが息を吐く。そこは未来から来た男。過去の人間が吹っかけた喧嘩は買わないらしい。さてどうするキッド、と横を見て、キラーは愉悦の声を上げた。
彼の相棒はニヤリと笑って言う。
「あのバカ女に一生振り回されっぱなしだとばかり思ってたが、結構上手く手懐けてンじゃねぇか」
その瞬間、ローの瞳の色がじんわりと濃くなった。キッドは畳み掛けるように口を開く。
「ま、テメェら格下の乳繰り合いなんざどうでもいいがなァ!もともとテメェらは」
「ユースタス屋」ふんわりと唇をほころばせたローがキッドの口上を遮った。その双眸は北の海よりも冷たく凍りついている。
「テメェの考えはよく分かった。そろそろ殺していいか?」
「ジュリエットであんだけお膳立てされといてキスのひとつもできなかったのはテメェだろ、トラファルガー?耄碌して忘れたか?」
「ア゛ァ?」
カーン、とあるはずのないコングが鳴る。
「“ROOM”……」
「“磁気”……」
一気に険悪な様相に変わる二人に、キラーはファッファッと笑い声を上げた。
「結局乗るのか」
「まー、トラ男だかんな」
「麦わらはいいのか?」ちら、とキラーを見てルフィは頭を振った。
「“トラ男に怒られる”から、今日はいい」
珍しい反応に、キラーは妹を見る兄のような顔になった。
「そうか、麦わらは病み上がりだったな。手頃なところで止めるから少し待て」
当然といえば当然ではあるが、キラーがキッドを回収しにかかるまで、彼らの喧騒は続いていた。
「何か気になることでもあるのか、キッド?」
ルフィたちと離れてから、険しい表情のままの相棒にキラーが呼びかける。
「ア?……いや、ちょっとな」ぎりぎりと皺の寄る眉間を揉み込んで、キッドは不意に足を止めた。
「つい愉しくなっちまって煽ったが……マジでなんなんだ、あのトラファルガーは」
「なんだ、……というと?」
相棒の問いかけに、キッドはいよいよ眼差しを鋭くさせた。
「トラファルガーの野郎が、いまさら麦わらから長時間離れてああも冷静でいられるハズがねェ。あの女がバカやってる情報がニュース・クーで手に入るンならまぁ、気にもしねェだろうが。……今の状況は違うだろ」
目を離すと何引っかけるかわからねェ爆弾みたいな女だぞ、と呻いたキッドはそのまま虚空を睨んだ。
そこに、先ほど見た男の顔を見出すかのように。
「なんでヤツから焦りを感じねェ。むしろ、あの目は……。あの野郎……何企んでやがる?」
to be continue…