Error RABBIT

Error RABBIT


これは…流石に潮時かねぇ…

今から数ヶ月前…アビドスで妙なものが流行りだして、俺の屋台『柴関』に妙な客が寄り付くようになった。

アイツらは俺のラーメンを一口食べただけで「まずい」と言い放ち、屋台を去っていくことを繰り返していた。

どんな客も分け隔てなく接するのが俺だが、流石に冷やかしは勘弁ならなかった。

バイトのセリカちゃんやセリカちゃんの友達もどういうわけか、店に来なくなったこともあり、

後ろ髪を引かれる思いもあるが、俺も他の奴らと同じように、アビドスの外に屋台を移すことになった。しかし…

『ラーメンねぇ…本当に大丈夫なの?最近『危ない調味料』が増えてるらしいから…どうしてもねぇ…』

『塩ラーメン…悪い、最近『塩』って単語を見ると身構えちまってな…』

『あんた、あのアビドスから来たんだって?『例のアレ』…入ってるんじゃないのか?』

売り上げは一向に伸びることはなかった。

この時にアビドスから『砂糖』や『塩』と呼ばれる『薬』が売られていることを知った。

自分の故郷がそのようなことになっていると知り、俺は悲しくなった。

危ないものが売られていることじゃない。

そこまでしないといけないところまでアビドスが追い詰められていたことが俺にとって悲しかった。

それはともかく、風評被害もあって、俺のラーメンはあまりアビドスの外では売れなかった。

そしてつい最近になって、『薬』の元凶が倒されたと知り、故郷に戻ってきたら…

ザッパーン!

そこは水浸しだった。

俺の屋台も砂漠は移動できるが、流石に水辺の移動はどうにもできなかった。

今の持ち金じゃあ、屋台を改造することも出来ず…

砂ではなく、水で浸った故郷を見て、俺はため息をついた。



「はぁ…どうするべきか…」

そして現在…一旦アビドスの外に出て

思い悩んで…引退も考えていた時…

「」ピョン

いつの間にか目の前にウサギがいた。

そのウサギはどういうわけか、包帯のようなものが巻かれていた。

俺はそんなウサギが気になって、じっと見つめていたら…

「」タッタッタッ

ウサギがまるで、案内するかのように路地の方に入っていった。

俺はウサギに誘われるまま、路地を覗いた。そこには…


奥の方で誰かが路地の壁を背に、倒れている姿があった。


「お、おい!?」

俺は倒れている誰かに近づいた。

どうやらどこかの学校の生徒のようだが、制服に見覚えは無かった。

俺を案内したウサギはその生徒の傍でじっとしていた。

倒れている生徒の手にペット用のキャリーケースが握られていることからも

生徒がウサギの飼い主であることがわかる。

きっと、倒れた拍子にキャリーケースが開いたんだろう。

そして、飼い主を助けるために近くにいた俺を案内したというわけか…

しかし…なんとなく違和感が…

って冷静に分析してる場合じゃない!早く助けないと!

「お嬢ちゃん!?大丈夫か!?意識あるか!?返事しろ!」

俺はお嬢ちゃんの身体を起こして、必死で声をかけた。

しかし、お嬢ちゃんは全く起きない。

「…よし」

ひとまず病院へ連れていこう。

そんな事を考えて、俺は一旦、意識がないお嬢ちゃんを背負って屋台まで連れて行った。

ペットのウサギも乗せて、近くの病院まで屋台を走らせた。


幸いなことに、お嬢ちゃんの命に別状はなかった。

医者の人が言うには、栄養失調らしく、しばらく入院させれば治るそうだ。

しかし、昏睡状態はいつまで続くかわからないとのことだった。

そして、それとは別に問題があった。

身元がわからないのだ。

どういうわけかお嬢ちゃんは、銃以外の物を持っておらず、

制服も、現在運営されているどの学校の物とも違うそうで身元を割り出すのに時間がかかるそうだ。

そして…二週間ほど経った頃

「…お嬢ちゃん、起きたかい?」

俺は、お嬢ちゃんが飼っていたウサギを預かりつつ、ほぼ毎日、様子を見に行っていた。

この日も、お嬢ちゃんの様子を見に来ていたが、

相も変わらず目を覚ます様子がないので、今日も起きないのかと残念に思い、

帰ろうと部屋から出ようとしたら…

「…ん」

お嬢ちゃんのベッドから声が聞こえてきた。

俺はひょっとしてと思い、振り返ると…


お嬢ちゃんが目を覚ましていた。


俺は急いでナースコールを使って、人を呼んだ。

人が来るまでの間、目を覚ましたお嬢ちゃんの様子を見ていた。

「……あの」

突然お嬢ちゃんから話しかけられた。

「どうかしたかい?」

「…どうして…私…」

どうやら、目を覚ましたら病院だったことに驚いているらしい。

「お嬢ちゃんが倒れているのを見つけて、俺がここまで運んできたんだ」

そういうとお嬢ちゃんは納得したように

「そう…でしたか…」

そう答えた。

「ぴょんこ…」

「?」

ぴょんこ…というのは…

「傍にいたウサギの事かい?それだったら俺が預かってる。この病院、ペットはダメだって言うからな」

そういうと、お嬢ちゃんは安堵した表情を浮かべて…

「良かった…です…」

そう言って、また気絶してしまった。

その後、ナースコールで呼び出した医者の人から、目を覚ましてないじゃないかと言われてしまった。

次の日、会いに行くことが出来なかったが、再び目を覚ましたという話を聞き俺は安心した。

その時はそう思っていたが…


最初の目覚めと違って、彼女は一切何もしゃべらなくなった。


「……」

最初の目覚めから二週間…

何度見に行っても同じような状態だった。

お嬢ちゃんは心ここにあらずといった体で、一日中ベッドの上でボーっとしていた。

いくら声をかけても反応せず、お嬢ちゃんは黙ったままだった。

病院食も一切食べようとしないらしく、医者の人は難儀しているそうだ。

このままだとあのお嬢ちゃんは…

「…まさか」

不意に、最悪な予感が頭をよぎった。

何の証拠もないし、ほとんど勘のようなものだが…

もしそうだとしたら、絶対に止めないといけない。


そして俺は意を決して、医者の人に二つの提案をした。

もしかしたらお嬢ちゃんの回復に繋がるかもしれないという理由で、特別に許可が下りた。

「……」

病室では、お嬢ちゃんは変わらずにボーっとしていた。

「…なぁ、お嬢ちゃん、ぴょんこに会いたくないか?」

俺はお嬢ちゃんにそう言った。

「……」ピクッ

どうやら、反応してくれたようだ。

俺はお嬢ちゃんを車いすに乗せて、病院の食堂に運んだ。

そこには、本来なら病院に入れちゃいけないぴょんこがいた。

「」タッタッタッ

ぴょんこはお嬢ちゃんに駆け寄って、お嬢ちゃんのひざに乗ってきた。

「ぴょ…んこ…」

その姿を見て、お嬢ちゃんは嬉しそうな顔をしていた。

「…なぁ、お嬢ちゃん?」

俺は、思い切って聞くことにした。

「ひょっとしたら間違いかもしれないが…ほとんど勘で、違ってたらきっぱりと言ってもいいし、このまま聞き流してもいい」

「……なんでしょう?」

俺は、一番最悪な予感を、お嬢ちゃんに聞いた

「お嬢ちゃん、あんた…


死ぬつもりなんじゃないのかい?」


正直に言えば、間違っていて欲しかった。

『違いますよ』と言って欲しかった。しかし…

「……」ビクッ

お嬢ちゃんの反応が本当だったと物語っている。

伊達に長年、ラーメン屋をやっていない。

お客さんの反応で本当か間違いかを見分けることぐらいはできる。

思えば、最初に気絶したお嬢ちゃんを見つけた時の違和感、

倒れてキャリーケースが開いたにしては、キャリーケースがキレイに置かれていたのだ。

おそらくあそこで身体の限界が来たのは事実だが、

お嬢ちゃんはそれを受け入れて、キャリーケースのフタを開けて置いたのだろう。

ぴょんこを逃がすために。

そして今、路上での餓死に失敗した後、改めて餓死しようとしていた。

『良かった…です…』

あの時の安堵した表情は、

ぴょんこが無事だったからだけではなく、

ぴょんこが誰かに預けられたと知ったことで、

安心して死ぬことができると思ったからだろう。

「……お嬢ちゃん、何があったか知らないけど、自分から死のうとするんじゃない。

そもそも、ここは病院だから自殺なんてできるはずが…」

そこまで言ったところで…俺は話をするのを止めた。

…お嬢ちゃんが泣いていたからだ。

「…そん…な…」

その顔は酷く絶望しきっていた。

「お願い…お願いします…死なせて…死なせてください…」

お嬢ちゃんはまるで、命乞いをするように、自分の死を望んでいた。

「私…壊れて…大事なみんな…傷つけて…目指していた物が…とどかなくなって…

私…何も…なくなって…こんな私…生きている資格がない…」

お嬢ちゃんの事情がわからないので、詳しくはわからないが

悲しんでいることだけは、痛いほど伝わってきた。

「…それでも、自分から死ぬのは間違ってる。そんなことをしたら悲しむ奴だって…」

「いません…私にそんな…」

「少なくとも、今お嬢ちゃんのひざの上にいるだろ」

「!!」

「…俺がなんでお嬢ちゃんを見つけたかわかるかい?」

「……わかりません」

「…お嬢ちゃんの膝の上にいるお嬢ちゃんの友人が教えてくれたんだ」

「!?…ぴょんこが」

「それに、助けたお嬢ちゃんが死んだら俺が悲しむし、病院の医者の人や働いている皆が間違いなく悲しむ。そんなことになったらここにいる患者はみんな悲しむはずだ」

「……」

「ほんの短い間の俺たちがそんなに悲しむんなら、もっと長い期間お嬢ちゃんと過ごしてきた人たちだって間違いなく悲しむ。だから、絶対に自分から死のうとするな…」

「…でも、私、目指していたものを…何度も間違えて…」

「その目指しているものは、間違えただけでとどかなくなるものなのかい?」

「!?」

「間違いなんて砂漠の砂の数ほどあるんだ。そのうちのたった一つや二つがなんだっていうんだ」

「…でも、大きな間違いを」

「…俺の知っている生徒のみんなは、簡単じゃないものを目指して必死に頑張っていたんだ。でもこの前、とんでもなく大きな間違いをしてね。それでも、そんな間違いを取り返そうと今必死にまた頑張ってるんだ」

「……それって」

「何度間違えたかも、どう間違えたかも大事だと思う。でもな、その間違いをどう正していくかも大事なことだ。そして、間違いと正すことを繰り返すのが、生きるってことだと俺は思うんだよ。だからお嬢ちゃん、」

「……グスッ」

「生きろ。生きていれば、また必死に目指していたものにとどくはずだよ」

そこで、お嬢ちゃんの限界が来たのだろう。

「……う…うっ、うわぁあああああああああああん!!!」

今まで以上に、お嬢ちゃんは泣き始めた。

その慟哭を、俺は黙って聞いていた。

そして…しばらくした後、

「ヒグッ…ヒック…ヒック…」

泣き疲れたのか、だいぶ落ち着いてきたようだ。

「落ち着いたかい?」

そして俺は、お嬢ちゃんのために作ったものをテーブルの上に置いた。

「そ…れは?」

「特製にゅう麺だ」

「にゅう…麺?」

「本当はラーメンにしたかったが、流石に患者にラーメンはダメだと医者の人に言われてな…食べてくれるか?」

「……はい」

その答えを聞いた俺は、お嬢ちゃんの車いすをテーブルの前まで動かした。

そして、膝の上にいたぴょんこを抱えて、少し離れた場所に座った。

「……いただきます」

そうしてお嬢ちゃんは、にゅう麺を食べ始めた。

食べている途中も泣いていたが、お嬢ちゃんは黙々とにゅう麺を食べていた。

「美味しいか?」

「…はい」

「そうか…腹が減ったら、どんなことでもネガティブになるもんだ。辛いなら、まずは何か食べなよ。そうすれば、少しは落ち着いて考えられるものさ」

「…ありがとうございます」

微笑みながら、お嬢ちゃんはお礼を言った。こんどこそ、もう大丈夫だろう。

そういえば…

「お嬢ちゃんの名前を、まだ聞いてなかったな」

お嬢ちゃんは少し思案して…

「…ミヤコ…月雪ミヤコです」

私にだけ聞こえる声でそう答えてくれた。


その後、ミヤコちゃんの身元は俺が引き受けることになった。

そして、ミヤコちゃんの体調はだいぶ回復し、退院も間近に迫った時、もう一つ問題が発生した。

…入院費である。

当たり前だが、入院費用もタダではない。

幸い貯金で何とかなったが、流石にこれでは経営は難しい。

どうしようかと頭を悩ませていたら、

「私を働かせてください!」

ミヤコちゃんがバイトを申し出てきた。

それからしばらくの間、俺とミヤコちゃんの二人で屋台経営に乗り出した。

ミヤコちゃんはどういうわけか、砂糖や塩を使わない料理に詳しく、

キヴォトス各地で売り上げを伸ばすのに尽力してくれた。

そして丁度、売り上げの一部を使い、屋台を水浸しになったアビドスでも活動できるように改造した頃、

ミヤコちゃんはゲーム開発のために、バイトを辞めることを伝えてくれた。

その頃には、ミヤコちゃんの入院費分もとっくに返済していたため、俺は快くミヤコちゃんを見送った。

そして…

「久々のアビドスだな」

すっかり水の都になっていたアビドスで、俺は経営を再開した。すると…

「大将!」

セリカちゃんが、戻ってきてくれた。

「おう、セリカちゃん!久しぶりだな」

「『久しぶりだな』じゃないわよ!今までアビドスを離れてどこに行ってたの!?」

「いやぁ、屋台の改造に時間がかかってね」

「言ってくれれば、対策委員会の方で何とかしたのに…アビドスに住んでいた人は無料で改造できたのよ…」

そうだったのか…ということはあんなに思い悩むことはなかったということか…

「…いやぁ間違えたな」

「?でも大将、その割には、嬉しそうな顔してるけど?」

「なに…間違いがすべて間違ってるってわけじゃないってことさ」

あの間違いのおかげで、あのお嬢ちゃんは立ち直ったからな。

「?」

「こっちの話だ。さぁ『柴関』、アビドスでの経営再開だ。今のアビドスに慣れておかないとな」

「そうね。大将がいない間にいろいろ変わったんだから」

「こっちもいろいろ変わってるから、セリカちゃんも覚えておいてな」

「はい。大将!…大将、ウサギまんじゅうって何ですか?」

「あぁ、新メニューのうちの一つさ。食べてみるかい?」

こうして俺も、少し変わったいつもの日常に戻っていった。


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