Eat Me

Eat Me


「ふぅ……良い感じでしたね!それじゃあ、今日の練習はここまでにして、皆でアイス食べに行きませんか?」


「さんせーい!私ストロベリーにしよっかなー?ナツとカズサはー?」


「むむぅ…アイスですか…バニラ&チョコクリームの濃厚かつ絶妙なマリアージュを楽しみたい!…ところなのですが、今日はちょっと用事があるので遠慮しておきます…」


「私も…。今日はちょっとアイスって気分じゃないんだ…。悪いんだけど、今日は二人で行ってきて?」


「えー?二人揃って行かないなんて、随分珍しいじゃない?それじゃー今日はアイリと二人でデートしちゃおーっと!怒らないでね、カズサ〜!?」


「わわっ!ヨシミちゃん押さないで〜!?ええっと…じゃあ、二人ともまた明日!セムラ目指して頑張ろうねー!」


イタズラっぽく笑みを浮かべるヨシミにグイグイ押されながらも、ひらひらと手を振りながら去っていくアイリの姿に微笑み返しながら、振り向いた先にいるであろうナツの様子を伺うのに怯えていた。


―――――――――――――――――


「ねぇ、カズサ。あの日、この部屋を訪れたのがアイリだったら―――君はどうしていたんだい…?」


そんな事を私の目を真っ直ぐ、じっと見つめながら聞いてくる。新作のスイーツを見る時のような、キラついて落ち着きのない目つきではない。もっと静かで暗い…普段のナツからは滅多に見られない目つきだった。


「そ、れは……」

考えたくない。答えたくもない。

もし、あの日アイリに出会って幻滅されるような事があったなら私は―――


「だから、私で良かったんだよ」

「何、言ってるの…?」


あまりの最悪の想像を前に言い淀む私の心を見透かしたかのように、いつにも増してナツが突拍子も無いことを言い出す。


「だから、さ、あの日…あの時の“出来事”はお互いにとって不幸にして偶然の気の迷いだったとしてもね…?あの時のキミに激しく求められたのが“私”で良かったってことだよ…カズサ…」


「……本気で言ってるの?……ナツ」


あの日の罪悪感に満ちた私の肺から、居心地の悪さに震える声帯を通して響いた音が、喉と口の動きを介して言葉になったのを聞き届けたナツは、私たちのバンドTシャツの首元をズラし、小さな撫で気味の左肩を晒した。


「コレ、覚えているかい?」

その小さくて白い肩には少し大きめな絆創膏が貼ってあった。

抑えの利かなくなったあの日。袋小路に追い込まれた獣欲が暴れた末、喉の渇きと熱に浮かされるままに、小柄なナツの無垢な身体を貪った私の牙の痕がその下に秘められているのがすぐに分かった。


「ナツ…本当に、ゴメンなさい……」

深々と謝る。今更、どんなに言葉を尽くしても許される事じゃない。

勢いに任せてナツを呑み込むように押し寄せた熱狂の波が急に引いて、凪を取り戻すかのように冷めた現実に立ち返ったあの瞬間。いつ正義実現委員会に突き出されたとしても受け入れる気持ちでいた。なのに、ナツは。


「ううん。もう良いんだ…カズサ。顔を上げて?もう済んだことだろう…?もう…良いんだよ…」

許されたんだと勘違いしてしまうほど優しい声色と慈しみに溢れた顔。

春めいた爽やかで穏やかな表情…かと思えば、そんな穏やかさは内側に溜め込んだ熱情を徐々に主張するような…彼女を示す次の季節の火照りとなって純白の頬を染め上げていた。


「君が犯してしまった罪は変わらない…なら、その牙が私たちの可愛いアイリとヨシミを求め出す前に―――」


ごくり。飲み込めない状況に関わらず無節操な喉が鳴る。あの日の再演。

不協和音に満ちたデタラメで即興の楽譜。書き上げてしまったのは……私。

忘れられるはずがない。

でも、今日の奏者は違う。


―――ダルセーニョ

脳裏を掠めるあの日の即興に書き加えられた反復記号


じりじりと渇いては焦げ付く熱狂の渦の中、舌の上を踊る湿った肉の感触。

まるで不揃いなトーンの嬌声。


―――セーニョ

ひたすら爛れ合った記憶が五感を揺さぶりながら鮮烈に蘇る


「これからもさ、“私”と罪を重ね続けようじゃないか、カズサ……」

「ナツ…?」

するり…とビッグシルエットのコートを脱ぎながら、ゆっくりと蠱惑的な顔つきで私に歩み寄るナツの小柄で華奢だったはずの背丈は、錯覚と分かっていても戸惑ってしまうほどに大きく見えた。


―――フィーネ

記憶の反復が終わり現実へと回帰するアウトロ


「セックス&スイーツ&ロックンロール……。うん。悪くない響きだ…そう思わないかい…カズサ?」

聞き慣れたいつもの変なロマン語り。

いつものトーンが…いつもとは違うテクスチャで…近づく。小柄な背を伸ばし、小さな手を添えて。

曲調を変えて絡み合ったリミックス。

違う、リマスター。


「………どうなっても知らないから」

―――クレッシェンド

穏やかに始まり徐々に強まっていく互いの心臓の拍数


また二人だけのセッションが始まる。

罪と蜜を分かち合う唇が重なり、重い静寂の楽譜に音符が記されていく。

新たに奏で始めたメロディの辿り着く先を私たちは知らない。


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