『E.57 書籍データが壊れています。ストアから再ダウンロードしてください』

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「これ本当に次で終わるのか……?」

『22〝HOPE!!〟(完)』の字を見届け電子書籍アプリのビューアーを閉じた。

クラスのオタク友達に勧められてワンピースを23巻分電子で買ってしまった俺は一日中それを読みあさっていた。総巻数が100巻を超えていることもあってなんとなく忌避してたけど、さすが国民的漫画と言われるだけあってとてつもなく面白い。気づけば夜中になっていた。

「次でアラバスタ最後だし読むか」

本棚メニューの端、23巻〝ビビの冒険〟をタップした。ビューアーが起動し映ったのは麦わらの一味6人に真ん中には笑顔のビビ。俺はページをめくる。めくる。めくる……

話が進むごとにルフィの絵がだんだん崩れてきて気持ちが悪い。先生疲れてたのか……?字も判別不可能なほどに歪んでいって、次のコマでルフィの首がぽん、と飛んだ。

!?バギーじゃあるまいし、そんな……慌てて次のページをめくるとなんと、そこには何も無かった。

なんだこれ、バグか?また次のページをめくる。また真っ白なページ、しかしさっきと違い小さな手書き文字で文章が綴られていた。

『アーアー…壊れちまったか…?これくらいなら直せ……いや、これならアイツを消すほうがよっぽど簡単じゃねェか?……クハハハ!まァ試してやるか…』

これって……思考停止している間に勝手に表紙までページが戻ってしまった。画面に右上のルフィの顔だけが真っ白に塗りつぶされた表紙が映る。

なんだよこれ、夢か?もう一度ページをめくってみると、ルフィ以外の麦わらの一味全員が血だらけで横たわっているコマだけがあった。ウニフキダシの中には文字化けした変な文章が書かれている。何回も何回もページをめくる。一味から流れる血の量が増えて干からびていく経過に突然白い丸フキダシを連れたクロコダイルの姿が挟まる。

『てめェずっとこんなモン見てやがったのか……?まァいい…』

白いペンのようなものを持ったクロコダイルによって少しずつ死体が塗りつぶされていくコマが連続する。

コマ割りだけのページが表示された瞬間また表紙に遷移した。次はもう誰も映ってはいなかった。真っ白な世界にアラバスタのヴィランだけが存在していた。

『……空虚なモンだな』

あまりにも現実離れしすぎた光景を見ると人は受け入れざるを得なくなるらしい。

『おれはこの世界が作り物の世界だということと、作られたおれ達を見ている……いや、“読んでいる“てめェのような野郎が外の世界に存在しているということを知覚している』

ページの端っこのクロコダイルと目が合う。ページをめくればまた話の続きが始まった。

『そこにいるんならまァ説明くらいはしてやるさ』

はあ…と小さなコマの中で彼はため息をついていた。

『この”23巻”よりずっと先でおれは鷹の目……とピエロとである組織を立ち上げることになる、その瞬間に脳天に雷が落ちてきたような衝撃を食らった』

『てめェには分からねェだろうなァ、周りの人間がこの世界での役割を果たすためだけに存在するからくり人形だったと気付かされたときのおれの心情は』

葉巻を咥えた彼は大コマいっぱいに自嘲的な笑みを浮かべている。

『絶望なんて言葉じゃ表現できねェよ』

もしこの世界が作り物だったらと思うと……背筋に得も言われぬ寒気が走った。ただ自分が気づいていないだけで世界は“そう”なのかもしれないという独我論的思考に苛まれる。

『知ってるか?この世界ではこんなインクだけで自分の存在さえ抹消できちまう……全く恐ろしいこった』

黒い背景に白と黒のインクの絵が描かれている。さっき一味に塗ったインクはこれだったらしい。もうこのワンピース世界に彼らは存在していないのだろう。

『おれはこれで世界も時間も描きかえてやった。だがやはりというべきか、この世界には妙な必然性が刻まれてるらしい。』

『麦わら……麦わらだけはどれだけ世界を変えようが抗ってきやがる。で、ヤツを消した瞬間世界ごとイカレてこのザマだ。この世界の主人公は麦わらだったのさ……

まあこれを読んでるてめェには分かりきってたことだろうがな』

めちゃくちゃに描き換えられた上に主人公を失ってしまったことで完全な崩壊を迎えたワンピース世界……血だらけで横たわる一味の姿が脳裏に浮かぶ。

『おれは歴史の本文の中身もラフテルの場所もひとつなぎの大秘宝の正体も、この世界のなにもかもを知った……だがこんな知識に意味はねェ。おれが“海賊王”になる結末なんざこの世界にはハナから存在しねェって証拠を嫌というほど見せつけられてきた』

震えるようなフォントで綴られた言葉を何度も読み返す。

『世界にゃ知らなくていいことがごまんとある。おれは今まで知らない幸福ってのを存分に享受していたわけだ……!“おれはどうやったって海賊王になれねェ”……クハハハハハハ!せいぜい他のおれが気づかないよう祈っといてやるしかねェよなァ?』

大口を開けて笑う表情に乾ききった笑い声の幻聴さえ聞こえる。クロコダイルはバシャ!という描き文字とともに自らの体に白いインクをぶちまけた。

『……完全に頭がイカレちまう前に自分の意志を持つ“人間”に会えたのは幸運だったのかもしれねェな…』

そう書き残して彼は全てのページから消えていった。と同時に俺も意識を手放した。午前3時頃の出来事だった。

















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