E strano!
いつもの逢引にはない晴天が眩しい。
それはどこか暗渠を暴いていく執行者のようで、テイエムオペラオーはぼんやりと太陽が恐ろしいなと思った。
思い返せば珍妙なスラップスティックのように、現実味のない約束が取り付けられてからはジャングルポケットとの関係を捉えあぐねていた。何かを重ね何かから目を逸らしているお互いを白日の下に晒せば、心地よい後ろめたさは失われる。
「この辺りでダチが走っててさ。あっちの壁の落書きがスタートで──」
それを既に彼女は承知していたのだろう。澱みないエスコートの筋書きは、ジャングルポケットをよく知らない者の為に書かれていた。喧騒の中を先導する彼女の髪色は陽光を弾いて、明るく軽やかに揺れている。
それを似ていないと思うほど、此方を見つめる黄金の瞳が愛おしいのに苦しくて、これからどうすればいいのかわからない。いや、わかっていた。慕うようになったのなら尚の事、この歪んだ関係は断たなくてはならないのにずるずると、交わした何もかもを暗がりに押し込めていて、それが今報いのように、真逆の決意の前に晒されていた。
(どうすればいいのだろうか)
目を落とすと、見慣れないスカートのレースが揺れている。
「────おい、どうしたんだよ?」
しまった、と思った時には怪訝そうな顔が近付いていた。ただ心配そうな表情だ。
どっと心臓が跳ね上がる。一瞬、行動の順序が吹き飛んだ。
「……ぁ、その、」
「テメェジャングルポケット!よく追い出してくれたな!」
なんとか謝ろうとしたその時、背後からの罵声が会話を切った。
「……お前ら…」
現れた一団を認識したジャングルポケットの形相が、レースの時とも違う、有り体に言えば物騒なものに入れ替わる。
(……あ、)
するりと入れ替わった剣呑な目に吸い寄せられる。
「ちょっと下がってろ」
低く呟かれた声が──格好いい、そう思った時には既に背中に庇われていた。守られて、いる。
か、と頬が熱くなる。
背丈の差など殆どないはずなのに、鉄火場に慣れた、凄みを利かせて唸る後ろ姿が頼もしく、庇われている、守られている、ああ格好良いとそればかりをぐるぐるとめぐらせるばかりの五月蝿くなった心臓のせいで、言い争いも聞こえない。先ほどまでの憂悶はどこへいったのだろう、もう地を這うような声に意識が削られていて他の何もかもが飛んでいた。
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「クソが!覚えてろ!」
気づけば争いに決着がついたらしく、別の一団がジャングルポケットに対して頭を下げていた。
「すんませんポッケさん!あいつら最近また調子乗り出して…!俺らでシメときます!」
「気ィつけてけよ、アイツら何するかわかんねぇからな」
「はい!デート中すんませんした!」
「あっおい!……その、悪ぃ──」
振り返った顔を見られない。もはや当初とは別の意味で直視できそうもなかった。
「──うん、えぇと、ずいぶん……とてもかっこよかった、よ」
もう少しまともな賛辞があるはずなのに、ただ恥ずかしくて俯くしかできずにやっと絞り出す。返事がないこと暫し、辛うじて彼女の方を伺う。
「……ぉう…..」
なんとか短い返答を拾った。戸惑ったようなジャングルポケットの顔がじわじわ赤くなってとうとう互いの目が逸れた。
「……パフェ行くか」
守られたのが嬉しいとか、ずっと考えていた後悔だとか、格好良いなとか、愛執もなすべき決別も混ぜこぜになって脳内をめちゃくちゃにして、大騒ぎをする心臓も収まらないし結局どうすればいいのかわからない。
「……ああ」
だが、先に進むために繋がれた手が熱いのは自分だけのせいではないことを、今はただ喜んでいい気がした。
デートはまだ始まったばかりである。