Don't You Worry 'bout a Thing

Don't You Worry 'bout a Thing


藍染惣右介は毎朝髪型を整えている。

下ろした前髪で親しみやすさと優しい雰囲気を意識しつつも、黒縁眼鏡で野暮ったさの中に知性も感じさせるように。

襟足を長めに残して清潔感を出しながら、頭頂部の毛量を増やしボリュームを出すことで男らしさをアピールする。

そして、何よりも大事なのが眉。

眉山から眉尻にかけて薄くすることで、顔全体をスッキリさせながらも凛々しさを感じさせる。

藍染本人もここまで拘らなくても良いかとは思うが、美しさとはどの様な状況であっても損なわないものの一つだ。藍染は自分の容姿に自信を持っているし、その証拠に彼の周囲には常に隊士達が我先にと群がってくる。


だが女の上官は違う。

「隊長、ご準備宜しいでしょうか?」

今日も藍染は極上の笑みで平子を迎え入れるが、その姿を見た平子はこの上なく不機嫌そうだった。

いつもの平子だ。

だが藍染は昨夜、死覇装の下に誰も知らない淫らな痩身が隠されている事を、切なげに眉を寄せ、焦点の合わないぼやけた瞳から涙を散らす様は非常に唆るのだと知った。

処女を抱いたのは初めてだったが、たまたま上手くいった訳ではない。相性が良かった。そして何より女としての素質も大したものだ。


「おはようサン惣右介」

昨夜の情事が嘘のように、何食わぬ顔で藍染の前に立つ平子はいつもと変わりない。

だがそれが逆に昨夜の痴態とのギャップを生み出し、加虐心を煽ることに気づいていない。平子にその気はないだろうが呼べば応じる相手としてでなく、愛人として側におきたいと好色な藍染は本気で思っている。


「では行きましょうか」

二人長廊下を歩く。

平子が歩けばその後ろを藍染が付いて来る。常日頃と変わらない光景の筈が、藍染の距離感は違っていた。

「ぁえっ?今日お前近ない?」

「いつもこのくらいの距離です。隊長が気づかなかっただけではないですか?」

傍から見るといつも通りに見えるやり取りをしつつ、流れる空気はどこか今までとは違う。

長い指先を見ると爪を立てて抵抗する様を、軽薄そうな薄いくちびるを見ると絡み合う舌の温度や、唾液の味を思い出し…一度関係を持ってしまった事で平子の見え方が変わってしまったのだ。


おかしな話だが事故みたいなもので、信用もしていない男と関係を持ってしまった。

昨夜、平子はとても疲れていた。問題は依然山積み。とにかく誰でもいいから優しくされたかった。今日だけは誰かに必要とされたかった。自分で自分の機嫌を取れない日が三百年間生きていれば四日ぐらいはある。本当に誰でも良かったから、この男の手を取ってしまったのだ。


逃れようとしたのに腰に力が入らなくなった。閉じようとして身を捩ると、藍染に阻まれて。

ぐっと脚を開かされ、その内に、ぴったりとはまってしまった。この下手くそ、と伝えたものの、本当に言いたかった『    』という言葉は唇ごと食べられた。


整った容姿、完璧なセリフ、逞しい腕、柔らかい舌使い、そして女を堕とす優しい手つき。

身体をゆすられながら視界の先の藍染は、意識を飛ばすその時まで熱を孕んでいた。


抱かれてみてわかったことは、藍染の手練手管は巧みでかつ繊細。だが生まれて初めての経験をした平子は、結局最後まで快楽を得ることはできなかった。

藍染はそれすらも見抜いていたようで、「慣れれば隊長も良くなりますよ」と言った。そんな予定は無い。

下半身に違和感があり仕方がない事を気づかれたくないので、もっと離れて歩いて欲しいが、今日はやたらと絡んでくる。


「お前、一回寝た相手は自分の女扱いする奴?」

「まさか。そんなことを言い出すわけがないでしょう」

「そらそうやな」

ならば何故こんなにも距離が近い。

鬱陶しいと思いつつも突き放しきれない平子は自身の女の性分が憎い。

「言いたいことがまだあるなら早ョ言え」

視線を感じて後ろを見ると、藍染はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

「本当に何でも…いえ、今日は少し歩きづらそうなので支えが必要では?…凄い目つきですね。僕は部下としてお助けしようとしただけですが」

「副隊長なら何も言わんと大人しく上官に着いて来ぃや」

コイツはこんな男だっただろうか?

疑問は尽きないが、それを問い質しても無駄だということだけは分かる。

「……ホンマに近すぎやろ。こんなん訴えたら余裕で勝てるわ」

「分かり合えない事は悲しいですね」


心底面白そうに逆撫が笑っている。キャラキャラキャラキャラ、馬鹿女。お前は何も分かっていない。藍染惣右介を信用も信頼もしていないなんて、どの口が。

そう問いかけて来る無邪気な笑い声は今の平子の身には不快に響く。


平子の機嫌が降下していることに気がつかないフリをしつつ、藍染は短い逢引を楽しんだ。

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