Dive to DEEP"ONE"

Dive to DEEP"ONE"


物心ついた頃から、ワタシには“声”が聞こえていた。


『頭の中に誰かが居る』とか『心に直接語りかけてくる』とかそういうのとはちょっと違う。

例えるなら、どこかの誰かから一方通行の電話がかかってくるような感じ。

ワタシから話しかけることは出来ないけど、聞きたくないと思ったら聞かないことも出来る。


“声”は自分を神だと言った。

どんな事でも知っている。知りたいならば教えようと。

……いかにも胡散臭いけど、そう言ってるんだから仕方ない。


“声”はワタシに知識をくれた。

この世界のこと。別の世界のこと。

些細な出来事から大きなニュースまで。


幻聴と言われればそうかもしれない。

ワタシ以外には聞こえていないみたいだし、むしろその方が正常なんだろうし。


お父さんやお母さん、お姉ちゃんにも相談した。

病院にも何度か行った。

……結局は、誰も何も分からずじまいで。

ワタシは『変な子』としてのレッテルを貼られた。


そんなワタシが最ものめり込んだのは、子供だけでやる模擬レースだった。


走っている間は他のことを忘れられるし、自分より速い相手と競うのはこの上なく楽しかった。

勝ち負けよりも、ゴールする瞬間の快感を楽しんでいたんだ。


でも……ワタシには走りの才能があった。あってしまった。


レースを繰り返しているうちに、同年代の娘よりも圧倒的に強くなった。

競り合いを嫌って逃げの手を打つ娘も居たけど、ワタシの末脚はいつもその数バ身先に届いてしまう。


それが『面白くなかった』。ワタシはもっと速い相手と戦いたい。でも、それを叶えられる娘がいない。


……いつしか、ワタシの周りからは人が離れていった。



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突然だけど、ワタシにはとある親戚がいる。

アメリカ人のダゴンさん。そしてその奥さんのハイドラさん。


ダゴンさんは人をいっぱい従えてるらしくって、たまーに会う以外はどこに住んでるのかも知らない。

ハイドラさんはウマ娘で、自分のことを『千の顔を持つウマ娘』って言ってた。役者さんなのかな?


遠縁ではあるけど、時々メールとか電話とかで連絡するぐらいには仲良しだよ。ただ、住所が分からないから手紙が返せないのはちょっと困るかな。

英語も教えてもらったから、ワタシ宛の手紙はたまに英語で書いてあったりするんだよね。お姉ちゃんは『全然分からへーん!』って泣いてたけど。


そして、そのダゴンさんたちがこの前送ってくれた手紙に、ちょっと気になることが書いてあったんだよね。

簡単に訳すとこんな感じ。


『ハロー、ディープ! 元気かい? この前レースをしてくれる娘が居なくて困ってるって言ってたけど、それならアメリカに来るのはどうだい? アメリカのレースは日本とはいろいろ違うから、ディープでも楽しめるはずさ! フロリダのトレセンなら知り合いが居るから、手続きぐらいならこっちでも出来るよ!』


アメリカのトレセンに行く。つまり、留学。

そんなこと考えたこともなかったけど……うん。

それなら『面白く』なるかも。


そうと決めたら、ワタシはアメリカのことをとにかく色々調べた。“声”からもアドバイスを貰いながら、お母さんも説得した。

住むところに関しては、『ダゴンさんの信頼できる知り合いの家にホームステイさせる』という話で決着。どんな人なのかな〜?


それと、ダゴンさんは向こうでのトレーナーさんも探しておいてくれたみたい。結構実績のあるベテランの人らしくって、ダゴンさんは友達なんだって。

あ、顔写真も付いてる。ワイルドでカッコいいねぇ。



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そんな感じで準備を進めて。ちゃんと留学生向けの入試も通って。


そして上陸しました、アメリカ。

相変わらず凄いところだね~。何かいろいろとスケールが大きいし。


さてさて。確か空港を出たところに、ホームステイ先の人が待ってるんだっけ?

プラカードを持ってるからすぐ見つかるって言ってたけど……。

…………お。あれかな?『Welcome to US!日本から来たMr.ダゴンの親戚へ』って書いてあるし。


『すみませ~ん。ダゴンさんの紹介で来た留学生なんですけど~』

『よく来たね! 僕はトレセンでトレーナーをやってる――』


……あれ?

なんか見たことある顔の人だ。

でもこんなワイルドな顔つきの知り合いなんて――


………………あ、この前見た写真の人か。

ってことはこの人がトレーナーさん?

あれ? でも迎えに来てるってことは、ホームステイ先もトレーナーさんの家ってこと?


……あ、電話かけてる。


『おいダゴン!! 親戚とは聞いてたが女子とは聞いてねぇぞ!!? しかもコイツ俺の契約相手だろ!? 一人暮らしの成人男性が中等部の教え子を家に住ませるとか、普通に逮捕案件だろうが!!?』


…………あー……これはダゴンさんやってくれましたねぇ。

ダゴンさん、変なところで勘繰りするからなぁ。


『あっオイ! ……クソッ、切りやがった……。今度会ったときにぶん殴ってやる……』


携帯電話をポケットにしまって、頭を抱えるトレーナーさん(仮)。

そこからゆっくり顔を上げて、ワタシの方を見る。


『…………一応聞くけど、ダゴン以外にアメリカの知り合いっているか?』


無言で首を振る。

もう一回頭抱えちゃった。


数分後。

何かを諦めた表情で、ようやく顔を上げてくれた。


『…………未成年のお前を変なところに泊まらせることは出来ない。だから、少なくとも他の手段が存在しない間は俺の家に住んでもらう。それでいいか?』

『ワタシとしては、屋根があるならどこでも』

『……何と言うか……歳にそぐわない感性してるな……。可能な限りプライベートは守るつもりだが、生憎男の一人暮らしだからな。ある程度は妥協してもらうぞ』


今度は縦に首を振る。

ボソッと『調子狂うな……』って小声で言ったのが聞こえた。ウマ娘の耳は良いんだよ。


…………あっ。そういえば忘れてた。


『トレーナーさんの家って、ペット居ても大丈夫?』

『ペット? 家は大丈夫だし、なんなら今は猫を飼ってるが……何かあったか?』

『えっとね……“出て”おいで〜』


声をかけると、ワタシの横の空間からぬるりと『ナニカ』が出てくる。


『紹介するね。ワタシの眷属ちゃん。実家はペット駄目だったからずっと隠してたんだけど、トレーナーさんちが大丈夫なら出しちゃおうかな~って』

『………………………………ぁ』

『あれ? トレーナーさーん?』


…………あっ、白目剥いて泡吹き始めちゃった。



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『…………何かを見た気がするんだが……思い出せないな』


トレーナーさんが何故か気絶しちゃったから、一旦起きるのを待って家に向かうことに。

急に気絶しちゃうなんて……体調でも悪いのかな?

とりあえず、眷属ちゃんを出すのは家に着いてからにしとこう。


『……まぁ、思い出せないならいいか。それより、ここが俺の家だ。覚えておいてくれ』

『おぉ……トレーナーさんって結構お金持ち?』

『正確には親が、だな。まぁお前一人増えた程度で困るような家計はしてないが』


到着したトレーナーさんの家は、外観からでも分かるぐらいには広い一軒家だった。

一瞬『アメリカ規格だからアパートでもかなり大きいのでは?』とも思ったけど、周囲の家と比べるとトレーナーさんの家はそれ以上に大きい。一人暮らしの家どころか、普通に

……ダゴンさんはどこで知り合ったんだろう?


『帰ったぞー』


ドアを開けてトレーナーさんが声をかけると、廊下の奥から黒い猫ちゃんが走ってきた。かわいい。


『ほら。うちの猫の“ラト”だ。これから仲良くな』

『にゃ』

『わ、こっち来た』

『おっ? 珍しいな、初対面なのにいきなりラトが懐くなんて』


近寄ってきた黒猫……ラトちゃんは、そのままワタシに体を擦りつけてくる。

……これは、ちゃんとご挨拶しないとだね。


『ハロー。ワタシはディープワン。これからよろしくね』

『うにゃ』

『あと、ワタシの眷属ちゃんも。ほーら、“出て”おいで~』

『ッッ!? フシャーッ!!』

『ん!? どうしたラト!?』


……あれぇ? 何か急に威嚇されちゃった……。

しかも眷属ちゃんも出てこない……なんで?


『…………何故かは分からないが、急に警戒しだしたみたいだな。多分少しすれば落ち着くと思うが……先に部屋に行っておいてくれ。2階の奥から二番目の部屋だ。届いてた荷物は運んでおいたから』

『了解でーす。うーん……眷属ちゃんもどうしたんだろうねぇ』


考えていても仕方ないので、言われた通りに新たな居住地へ向かう。

2階の奥から二番目。……思ったより広い部屋。我が家の居間より広いのでは?

こうなるとワタシの持ってきた荷物だけでは無駄スペースが出来ちゃう……。


まぁ、空いた場所に何を置くかは後々考えよっと。

これで一通り荷解きもできたし、ワタシはもう一つの準備をしましょうかねぇ。


これからホームステイをさせてもらうわけだから、初日から何もかもお世話になっちゃうのではいただけない。

というわけで、一つぐらいは初日にお手伝いをしようというわけです。

ついでにニッポンの文化を教えて差し上げようという魂胆もございまして。


作りますか……お好み焼き!



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アメリカに来て二日目。

昨日のお好み焼きはトレーナーさんもすっごく喜んでくれたし、初日からいい感じだったのでは?


『マズハ、コノコースデ、ハシリヲミセテモラオウカ』


うんうん。トレーナーさんも元気そうだねぇ。


さて。今日は朝からトレーナーさんに走りを見てもらうことになっていまして。

やってきたのは公園の一角。簡単なコースならこんな街中でも走れちゃうのは流石アメリカって感じ。

ダート1マイル……つまり大体1600m。


……よし。


『準備OKでーす』

『イクゾ……ヨーイ、スタート』

『ふっ!!』


ペースはまずまず。

競争相手がいないのはちょっと物足りないから、その分の集中力をタイムに向ける。


残り2ハロンを示すハロン棒が見えた。

ここで踏み込むっ……!


『はあああああっ!!』

『……!』


景色が一気に後ろに流れる。

ウマ娘でも人間でもないナニカが横を駆けていくような感覚。

それよりも速く。何よりも強く。

ワタシの脚で、駆け抜ける……ッ!


『……っ、はぁっ……はぁっ……』

『…………なるほどな。なかなか癖のある走りをするじゃないか』

『……どうだった?』

『言葉では表しにくいが……非常に面白い走りだった。つい目を奪われるというか……いや、そんな無意識のものじゃなくて……』


……トレーナーさんは感じた感覚を何とか言葉にしようと考え始める。真面目な人だね。


『………………話を変えよう。お前は何かやりたいことはあるか?』

『やりたいこと?』

『ああ。具体的じゃなくてもいい。何か目的があってアメリカに来たんじゃないのか?』

『うーん…………特には。ワタシはとにかく色んな強い娘と勝負したいだけだから』


本心を言った。

するとトレーナーさんは目を丸くして……そして笑い出した。


『ハッハッハ! 神聖なレースを、「ただ戦いたいから」というだけで蹂躙する気か!? こりゃまたとんでもないのが日本から来たもんだ!!』

『……そんなに?』

『そうだ。お前はそれだけの才能がある! 栄誉も、大義も目的とせずに、ただの強さでレースを勝利する! 何とも冒涜的な話じゃないか!!』

『冒涜的……! ……いい響きだね』


何というか、ゾクゾクする。


今までただ走るだけだったのに。

そこに意味が。理由が生まれる。


『そこで、だ。俺はお前の戦いを見たい。冒涜的なまでの蹂躙を、最も近くで見ていたい』

『……いいの? ワタシ、自分で言うのもなんだけど、変な子だよ?』

『それはもう分かってるさ。むしろ、癖のある方がトレーナーとしてはやり甲斐がある!』


楽しそうに、それはそれは狂気に染まった目で。


『改めて。……俺に、君のトレーナーをさせてくれないか?』


この人は……いや。


『……最後まで、ついて来てくださいよ?』


この人とワタシは、深淵へと足を踏み入れたのでした。

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