Deipnosophist.

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#宇沢レイサ #メイドレイサ

 メイドはあらゆる命を熟さなければならない。

 メイドはご主人様に逆らってはならない。

 それどんなに理不尽で、無茶苦茶で、非常識で、人の道から外れていて──

「はい、お口は開けたままにしてねぇ~」

 ──どんなに理解不能でもだ。宇沢レイサの口内に、人肌より少しだけ温かいエスプレッソティーが注がれてゆく。

「…………」

 主人の声掛けに反応しないなどメイドにとって言語道断であるはずだが、今の宇沢レイサはメイドでありメイドでない。主人から課せられた命令は「ティーカップになりなさい」。すなわち、今現在の宇沢レイサとは自我を持たない食器。テーブルの上で横になり、ただ黙して口を開く。

 命を繋ぐための行為、または、人生において最も手軽で根本的な娯楽である「食事」を支える役目を与えられたのだ。ならばむしろ、身動ぎする方が命令に反していると宇沢レイサは考えていた。

 静かに食器としての職務を全うするレイサの頭をひと撫でし、主人は口内の紅茶にフォームドミルクを小匙で浮かべ専用の串でエッチングを施す。

「……やかに降る流星雨を大事に集めて、函に閉まっては……」

 上機嫌で歌を口ずさむ。宇沢レイサの小さな口の中で星の模様が描かれる。綺麗な五角星だ。

「……あ〜、内側の小さい星は崩れちゃうわねぇ」

 どうやらレイサのヘイローを再現しようとしているらしい。

「えっと、金型(ステンシル)がこの辺に……あったあった」

 ゴソゴソと茶道具入れから取り出されたのはこれまた星型に穴の空いた金型。それをレイサの唇に乗せ、上からぽふぽふとココアパウダーを振りかける。

 すると、綺麗な黒い星がレイサの口内にフォームドミルクのさらに上に浮かびあがる。しかし、これではただの黒い星だ。主人は一回り小さい星型の穴の空いた金型に変え、今度は粉砂糖をぽふぽふ振りかければ、縁取りされた星マークの完成である。

「んふっ……」

 愉快そうに笑う主人はパシャリとその様子を写真に収め、モモトークでどこかの誰かに送信した。

「……さって、さてさて。レイサ、口を閉じてゆっくり起き上がりなさい」

 言われた通り、レイサは口内に紅茶を溜め込んだまま起き上がる。

「ん、よし。口の中で紅茶を混ぜて」

 ぷくぷくと静かに、ゆっくりと紅茶が混ぜられる。描かれたヘイローはレイサが口を動かすたびに形を失い、濃い紅茶にレイサの唾液が混じっていく。

 ヘイローと、ミルクと、紅茶と、唾液と。全てが均一になった頃、主人はレイサの両頬に手を添える。そしてそのまま“ティーカップ”から紅茶を飲んだ。

「ん……。んっ……んっ……」

 こくりこくりと美味しそうに喉を鳴らす主人。食器に徹するレイサは主人が飲みやすいように一定の速さで唾液混じりの紅茶を主人の口内に注ぎ込む。

 ほとんどレイサの唾液だけになり透明な最後の一雫までを飲み干すと、主人はニコリと微笑んだ。

「ぷぁ……、はぁ……。ふふっ、ちゅ……ちゅぷっ、ひひっ、ちゅっ」

 もう何も入っていないティーカップに何度も唇を乗せる主人に、レイサもキスのお返しをする。

(ありがとうございます。食器なんかに愛情を注いでいただき、私はとても幸福です)

 そうして午後の業務が始まるまで、空になったティーカップには愛情と情欲と執着心と独占欲が注がれ続けるのであった。

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