Death&Girl/前編

Death&Girl/前編



 すぐ横で赤子が泣き始めた。少女は体を捻り、隣で泣きわめく赤子を見つめる。

「…………?」

 両手を床につけ、上体を起こす。

 ほんの少し前まで"赤子だった"少女は呆然としながら己の体を眺めた。齢にして五つを数える程度の幼い体を、小さくなってしまった上衣が覆っている。

 少女は小首を傾げ、思考を巡らす。覚えているのは優しげな女性と暖かな体温、微睡みの中で見た光景。そして「少し出かけるから良い子にね」という言葉。

 徐々に理解が追いついた少女は微睡み中で得た知識から、女性が戻ってくるのを大人しく待っているのが"良い子"だと判断する。

「……わたし…いいこ……おるすばん」

 未だ幼い少女は己に起きた異常な現象も、戻ってきた女性がひっくり返るであろう事にも気づけない。そんな事より、隣でわんわんと泣き続ける赤子の方が気になった。

 少女はその赤子が己の半身だと、知識に無くとも理解する。そして、引き寄せられるように赤子の顔をのぞき込み--息を呑んだ。


 一つの眼に三つの瞳孔。先程の悪夢と重なり少女は身をこわばらせる。


 とはいえ好奇心には勝てず、頬をつついたり頬を引っ張ったり、見様見真似で抱えてみたりする少女。赤子は当然のごとく泣き止まない。

「…………わかった、ゆらせばいい」

 閃いた少女が抱えた赤子を揺すり始めた、その矢先のことだった。


 ドカァンと。爆音が立て続けに響き、地震のような衝撃が家屋を揺らした。次いで悲鳴が聞こえる。

 少女は簾の隙間から、そっと外を覗き込んだ。


 そこに在ったのは地獄だった。


 村落に舞い上がる砂塵と炎。僅かに混じる血と遠目に見える飛び散った肉片。

 熱風が肌を焼くのを感じながら赤子を抱え直し、静かに一歩、部屋の奥へと後退した。

 --血煙の向こう側にいる、肉体と精神を蝕むような感覚を少女へと齎した"化け物"から逃げるべく。

 「あぅ...?」

 先程の様子が嘘のように涙を引っ込め、呑気に此方を見上げる赤子。

「…………どうしよう、目あっちゃった……」

 背後で破砕音がした。振り返るまでもない。簾から見える範囲だけでも化け物は数体居たのだから。背後がどうなっているかなど、火を見るより明らかである。

 唯一の活路はこの家屋を飛び出し、化け物達の隙間を掻い潜って逃げ切ること。躊躇っている猶予はなかった。少女は迷わず簾を潜り、外へ出る。 


 しかし外へ出てすぐ、少女は膝から崩れ落ちた。

 息がまともに出来ず、手に力入らない。地を映す視界の端に化け物達の足が見えた。囲まれたのだ。

 辛うじて持ち上げた額に、化け物の爪が当たる。


 微睡みの中でよく見聞きした「虚」と呼ばれる化け物は、仮面の奥の瞳を不気味に光らせ、その大きな顎を開いた。


「ソレヲ...渡セ。小娘」



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