De-3DA

De-3DA



De-3DAは1943年にウマムスタンが実用化した艦上攻撃機である。1940年、初の国産艦上攻撃機Laz-40DAを実用化したウマムスタンは即座に次期艦上攻撃機の選定を開始した。Laz-40DAは艦載機と陸上機の共通化を前提としていたウマムスタンの事情から雷撃機と爆撃機両方の役割を果たせるよう設計された先進的な艦上機であり、次期艦上攻撃機も同様に二つの役割を果たす航空機として設計された。当時要撃機として設計が進んでいたDe-3Fがその予定エンジン馬力から、攻撃機型の製造が検討されていたことに注目した海軍はこれの艦上攻撃・爆撃機型を製造することを考えた。


De-3Fは元々高高度迎撃機であり、その航続距離の短さが問題視された。しかし、搭載量増加のため翼の大型化、改設計は地上攻撃機化の際にも必須と見られており、海軍仕様として設計すれば燃料タンクの大幅な増加が期待できた。また、高高度性能が迎撃機型に比べ必要ないためにターボチャージャー機構は大幅に削減され、重量減少とダクト部分の燃料タンク化も可能だとされた。


De-3F向けに設計されたF4Uなどのダート海軍の艦上戦闘機並の大馬力エンジンにより、De-3F-21などと同様にその搭載量は膨大であった。1943年の配備型の時点で搭載量はDe-3F-21と同様の3000kgに達し、他国の艦上攻撃機を圧倒する搭載量を誇った。その代償として後のA-1スカイレイダーシリーズと同様に速力強化のため後部銃座は省略され、パイロットの負担は比較的高い機体となっていた。また、その搭載量をフルに活用するためには最大8tを超える同機を空母から発艦させる射出能力、すなわちカタパルトの性能強化が必要であったが、1936年の実用化より着々とカタパルトの強化を進めていたウマムスタン海軍は何とかこの要求をクリアした。


同機の開発が進められていた頃にはウマムスタン自身の防空能力の大幅な進化、それに伴い予想されるアルビオン(そしてそれを支援するダート)の防空能力の進化が予想されていた。ウマムスタン海軍はこれに対抗すべく、アキツが鹵獲したダートの主力艦が搭載していた防空両用砲、Mk 12 5インチ砲の分析を進め、これの射程外から攻撃可能な攻撃手段を模索した。結果として開発されたのがDe-3DA向けの新型航空空気魚雷であり、これはダートの対空砲の射程外からの攻撃を可能とするほどの長い射程距離とそれに比例した炸薬量を誇っていたものの、重量はアキツの試製魚雷M以上の2t超えとまさに同機専用の武装となっていた。




Report Page