Dの縁②
頂上戦争編byジンベエ視点。
581話~590話+591話になるまでの間に当たる部分ちょっとだけ。
ホビローさん要素どことかは言ってはいけない、いいね?
……目が覚めたのは、近くでカチャカチャと何か金属質の物を触っているような音が聞こえたからだった。うすぼんやりと思考がまとまらないまま目を開けて、見慣れぬ部屋の天井が目に入る。どこだろうか、と見上げながら思った。
「……お? あれ、目が覚めたのか」
「……、」
「……あー……意識がまだはっきりしてないか。自分がどうなってたかは分かりますか、海峡のジンベエ」
「……おぬしは……」
問われ、思わず体を起こそうとして激痛が走る。うぐ、と呻きその原因に手で触れようとして、怪我そのものを負った経緯とそこに至るまでの流れを思い出して血の気が引いた。痛みを度外視して――といいつつ麻酔が打たれたのか耐えられないほどの痛みではない――起き上がろうとするのを、声をかけてきた男に制止されかけるのに思わず声を荒げる。
「っちょ、っと今動いたら治療した傷口が開く! 安静に――」
「――る、フィ、君はっ、彼はどこに!?」
「――麦わら? あぁ、それなら横を見りゃあいい。体を起こさなくても見える筈だぜ」
その言葉を言いつつ背中を押され、背をベッドに付けながら指さされた方を見れば、様々な管に繋がれ、目を閉じているルフィ君が視界に入った。嫌になるほど今寝かせられている部屋は静かで、ルフィ君の横に置かれた心電図の音が定期的に鳴る以外の音は聞こえない。しかし裏を返せば鳴っている間は彼が生きていると示されているようなもので、思わず息が漏れた。そのまま息を吸おうとして痛みに悶絶する。
「い、……ぐ、ぅ……!」
「ああ、縫合したとはいえ、体に穴が開いたんだ。息はゆっくり吸った方がいい。……それだけ話せてるなら、検診しても大丈夫そうだな」
「……すまぬ……」
「とりあえず今あんたにできる事は動かない事だ。さっき終わったばっかりの麦わらもだが、あんただって手術終わってさほど時間たってねぇんだ。余計に痛い思いをしたくなきゃ動かない事だ」
「……さきほど……」
ツナギの上から白衣を着て、ペンギンの文字が書かれた帽子を被るその男が呆れ交じりに言って手の中のバインダーに対して何かを書き込む。痛みに呻きながらも彼の問う内容に答え、それがひと段落したのをみてとって今度こそ体を起こした。視線を外した瞬間だったため、視線を戻した頃には体を起こしあまつさえ立ち上がろうとしているわしに、男がぎょっとした顔で慌てて近寄ってくる。
「ちょっ――安静だって言っただろ!? 怪我に手術までやって消耗してねぇ筈がねぇんだ、動いたら余計に――」
「――分かっておる、ハートの海賊団のクルー。じゃが、じっともしていられん……」
「! おれ達の事知ってるのか」
「海賊団としてのマークは見た事がある……わしや、ルフィ君の手術をしたのは、おぬし達の船長か?」
「……ああ。会わせられないけどな」
「知っておるよ。『キャプテンが出てこない海賊団』というのは有名じゃからな」
わしが起きるという意思を強固に見せたからか、ルーキーのクルーはため息を吐いてわしが起きるのを手伝ってくれた。包帯が外れないようきつく巻き直してくれたのに礼を言い、そっとルフィ君が眠るベッドへ近寄った。死んだように眠る彼の近くには、抜身の刀が突き立てられている。妖刀の類か、と思いながら彼の頭に自身の包帯に覆われた手を当てた辺りで、感情が決壊した。
「ルフィ君……すまぬ、すまぬ……!」
「……」
兄を助けたい、その一心でアウェーの中飛び込んできた彼。その彼の目の前で死んでしまったエース君に、今だけは恨み言を言いたい気持ちになった。あそこで反応しなければエース君ではない、だがそれでも、この後起きるであろうルフィ君が落とされる絶望を思うとどうして、と思わざるを得なかった。ルフィ君にとっては、エース君が生きていてくれればそれで十分だっただろうに。……そしてそれ以上に、あの場で動けなかった己に腹が立って仕方なかった。その思いから、眠るルフィ君の傍で何度も謝罪を口にする。
……だがいつまでも悔悟に囚われている訳にもいかなかった。助けられたのは事実だが、何を思ってハートの海賊団がわし達を助けたのかを知らねばならぬと思ったし、何より……目が覚めた頃から、少し離れたところに知っている気配がある。この様子だと今わしが居る船に並走しているようだし、戦闘の気配は感じないから大丈夫なのだろうとは思うが……感じている気配が本当に予想通りの人物なのであれば、わし達が回収された後どうなったかを知る事もできるだろう。わしが無茶しないよう見張りの為か近くに待機しているペンギン帽の男を振り返れば、わしの顔を見るなりまたため息を吐かれた。
「……甲板に出たい。どう行けばいいじゃろうか」
「……はぁ……『キャプテン』に怒られるのおれなんで、ちゃんとあんたが強行したと主張してくださいよ……こっちです」
「すまぬな」
「あんたに暴れられる方が困るんで」
わしが最悪強行突破するつもりでいたのが顔に出ていたらしい。仕方ないと言わんばかりの顔で踵を返した彼について部屋を出る。船内はクルーが居ないのか閑散かつ静寂に包まれていて、それ故に近づく甲板からの声がより耳につく。少し歩くだけで切れる息に鍛え直す事を誓いながら重厚な扉をくぐれば、甲板に出ていた者達の視線が一斉にこちらを向いた。
「! ジンベエ……!」
「ハァ……ハァ、おぬしが……今の『プロキシ』じゃな」
「何だ意外と知られてるんだな……あぁ、今はおれが『プロキシ』だよ」
「”北の海”のトラファルガー・ローが、必ず代役を立てるというのは噂になっておる……ありがとう、命を救われた……!!」
「じゃあこれは『キャプテン』からもおれからも言いたい事なんすけどね。『寝てろ、死ぬぞ』」
「心が落ち着かん……ムリじゃ……わしにとっても今回失ったものは、あまりにもデカすぎる……!!」
視線を巡らせば、甲板に居たのは目が覚めた時から感じていた気配の主であるハンコック、あの戦場でルフィ君をフォローしていたエンポリオ・イワンコフ、そしてわしをここまで連れてきてくれたペンギン帽の男と同じツナギを着たクルー達に、その中で唯一何層にも布を重ねたマントを着けている男が居た。他のクルー同様シャチのような帽子を被って顔が見えない彼が今の『プロキシ』――名前だけが判明しているこの海賊団の船長、トラファルガー・ローの意向を伝える役割を担うクルー――であると判断し感謝を伝えれば、返ってきたぶっきらぼうながらも心配する言葉に思わず苦笑いを零した。クルーだけでなく、彼らの船長も噂よりも遥かに「お人好し」らしい。首を振って言いつのれば、その場の人間の顔が曇った。
「それゆえ――ルフィ君の心中はもはや計り知れん……あの場で気絶した事は、せめてもの防衛本能じゃろう。……命を取り留めても……彼が目覚めた時が最も心配じゃ……」
「そうじゃな……ケモノ! 電伝虫はあるか?」
「あるよ、あ……! ありますすいません」
「なんでお前女帝のしもべみたいになってるんだ……?」
「ふん。九蛇の海賊船を呼べばこの潜水艦ごと凪の帯を渡れる……!! ルフィの生存が政府にバレては必ず追手がかかる。わらわ達が”女ヶ島”で匿おう。わらわがまだ”七武海”であるなら安全に療養できる」
思ってもみない申し出にそれならば時間は稼げそうだと、知らぬ間に止めていたらしい息を吐く。ハートの海賊団も否を唱える事はなく、さっそく電話を始めるハンコックの横で方針が決まった事にイワンコフが頷いた。
「――じゃあ、麦わらボーイを援護するというヴァターシの使命はここまで!! ヒーハ~!!! 後の事は任せッティブルけど、いいかしらジンベエ!!!」
「――ああ。わしもまだ自由に泳げん。せめてこのままルフィ君の回復まで見届けよう……何ができるかはわからんがな……」
「あなたなら、麦わらが暴れても止められるわ!!! それじゃ、ヴァターシ達はこれで失礼するわね!!! ご縁があっティブルならまた会いましょう!!!」
「じゃあな麦わらァ~~!!! シャバの光をありがとう!!! 目ェ覚ましたらよろしく言っといてくれ~~!!!」
「死ぬんじゃねェぞ~~麦わらァ~~!!!」
「気をしっかり持つんだぞ~~!!!」
「頑張れよォ~~!! 頑張れ麦わらァ~~!!!」
恐らく海軍から奪ったのだろう船にイワンコフが飛び乗り、インペルダウンから逃げたのだろう囚人達と共に離れていく。遠ざかりながらも届けとばかりに叫ぶ彼らの言葉をルフィ君に聞かせたいと思った。その船からの声がだいぶ聞こえなくなった辺りで、九蛇との連絡がついたのだろうハンコックが振り返った。
「すぐにわらわの船が来る。この船の操舵者は誰じゃ? 合流地点が少し離れたところになった。そこまで移動する必要がある……」
「ハクガン」
「アイアイ、おれです。海図持ってくるんで……!」
「急ぐのじゃ! 早くルフィを安全なところに連れていかねば……!」
気が急くあまりにか海図を取りに行ったクルーを追いかけるように船の中へ入っていってしまったハンコックに、本当に熱を上げているのだな……と思いながら見送っていればいつの間にか横に『プロキシ』が立っていた。確認するようにわしの体を視線で往復し、僅かに血が滲んだ包帯に眉根を寄せる。
「『アンタもベッドに戻れ。重症患者なのは変わらねぇんだぞ』」
「む……しかし」
「どうせ合流地点までは安全を取って潜水しながら向かう事になるっすよ。……『心が落ち着かないと言っていたが、アンタに必要なのは休息だ。眠れとは言わねぇが横になれ』」
「……わかった。世話になる」
「じゃ、ついてきてください」
『プロキシ』が一体どうやって今この場に居ないトラファルガーとやり取りしているのかは分からないし検索する気もないが、存外滑らかに反応が返ってくる『プロキシ』本人とは違う口調に言われ頷く。潜水できるように準備を急ぐ他のクルー達の間を縫い、たなびくマントを追いかけていれば、段々周囲が静かになっていく。潜水艦には初めて乗ったが……と時折窓の外に見える海に視線を向けていれば、他にクルーが居なくなったタイミングで『プロキシ』が言いにくそうに口を開いた。
「……あとこれはちょっと言いにくいんすけど」
「む?」
「あの女帝サマそのままの勢いで病室に飛び込んできかねないんで抑えてもらえると嬉しいんすけどね、元七武海サマ」
「ううむ……善処しよう……」
……今の彼女ならやりかねないな、と想像ができてしまった懸念に頷いたところで、病室へとたどり着いた。中にはわしが目が覚めた時に隣にいたペンギン帽の男がルフィ君の点滴を替えていて、わしと『プロキシ』に気づいてこちらを振り返る。
「ルフィ君は、大丈夫そうか?」
「今は落ち着いてますよ。手術の範囲でやれる事はやってます。あとは当人次第……ただまぁ無意識で声聞き取れる事もあるんで、心配なら声かけ続けてやってください。どうせ眠る気はないんでしょう」
「ああ。……恩にきる」
「おれ達は『キャプテン』の意向に従うだけですから。『プロキシ』、こっちは見ておく」
「ああ、頼んだ」
パタン、と扉を閉じ出ていった彼を余所にわしに割り当てられていたベッドへ腰かければ、取り換え作業を終えた彼がテキパキとわしの血が滲んだ包帯を取り換え始める。その手に逆らわないようにしつつ、目の前で揺れる帽子の上のペンギンに、そういえばと口を開いた。
「名を聞いてもいいかのう」
「……あ、名乗ってませんでしたっけ。おれはペンギンですよ」
「まんまじゃのう」
「大体そんなもんですようちは。……麦わら、自棄にならないといいですね」
「……そうじゃな」
はい終わりです、と軽く叩かれた包帯を上から押さえ、渋面になりながら隣のベッドのルフィ君を見つめるのだった。
◆◇◆◇
そうして問題なく女ヶ島に移動し、経過を見守って時間が経った2週間後の事。ルフィ君はある日唐突に目を覚まし――それが当然のように、暴れ始めてしまった。
「エ~~ス~~~!!」
「危ねェよ!! 鎮まれ麦わらァ~~!!」
「どこ行くんだ暴れるなァ!!! 火拳ならもう……」
「うわああああああああああ!!! エースはどこだァ~~!? エース~~!!」
「手に負えねぇ!! 麦わらァ~~!! 止まれ~~!!」
ドゴォ…ン!! と大きな音を立て木々がなぎ倒されていき、森の奥へ奥へと進んでいくルフィ君をハートの海賊団が慌てて追いかけていく。わしはといえばある程度回復したものの、追いかける側には回るなと言われたのもあって『プロキシ』と共に女ヶ島で立ち入りを許された海岸に座り、その様子を眺めていた。
「アレを放っといたらどうなるんじゃ……」
「……。――まあ単純な話……『傷口がまた開いたら今度は死ぬかもな』」
「……」
戦争の日と同じ『プロキシ』――クルーとしてはシャチという彼――からの『キャプテン』の言葉に黙り込む。ルフィ君の心情を思えば暫く止まる事はないだろうが、どこかで止めに行かなければならないのは明白だった。そして、その役目は自分が行くべきだとも。
意を決して立ち上がれば、『プロキシ』故に船からあまり離れずにいた彼の視線がわしに向く。ルフィ君の声は遠ざかってしまったが、音の方角は聞き取れるし最悪見聞色の覇気を使えばいいだろう。それに……ハートの海賊団は言ってしまえば助けてくれた時点で多大な恩があるのだ。ルフィ君を止めるために走り回らせるのは申し訳ない、と見上げる彼に告げる。
「ルフィ君に関しては、任せてほしい……おぬし達はあまり散らばるべきではないじゃろう。それに今の彼に声が届くとしたら、わしぐらいじゃろうしな」
「……分かりました。あー……『おれ達は何かなければ戻ってくるまではここに居る。十中八九また傷を新しく拵えてるだろうから、戻ってこれそうならここに来い。』……だそうっす」
「何から何まで感謝する……」
「おれ達も覇気の訓練見てもらったしそれでいいって言ったじゃないっすか」
「ううむ……一言二言程度だったと思うんじゃが……」
いやあれめっちゃ助かったんすからね、と真顔で(彼の顔は大半隠れているが)言う『プロキシ』にたじたじになりつつ彼らと別れる。追いつかず途方に暮れているクルーを見かけてはわしが行くと口にし、1人進む中思い返すのは覇気についてだった。ハートの海賊団はエース君の処刑日の2週間前、ルフィ君がシャボンディで天竜人をぶん殴ったという一件(これに関してわしはハートの海賊団の愚痴という形で聞いた)の時点で覇気をまだ不完全ながら使えるようになっており、そのお蔭で大将・黄猿と接敵したものの逃走に成功していたそうだ。ルフィ君が目覚めるまでの間体が鈍らないよう鍛錬しているのを見て気になり少し口を出した結果、覇気の精度が上がったとかで想像以上に感謝されてしまったのが先程の会話なのだが……それはさておき。ルフィ君の戦闘スタイルは完全に能力に頼ったものだ、これで彼が武装色の覇気を身につけていれば、あの時大将達に対してもっと有効打を与えられていたかもしれない……とそこまで考えて頭を振った。たらればを考えても仕方がない。今は……目の前に見えたルフィ君を止める方が先だった。
「消えろォ――!!! ウウウ~~~!!! ああああああああァ!!! ハァ……ハァ……ッ、アァアアアアアアア」
ザッ……! とわざと音を立て彼からも見えるところまで進めば、気配に気づいたかルフィ君の視線がこちらに向く。少し離れただけというのに、覆われた訪台はいたるところが土と血で汚れぐちゃぐちゃになっていた。彼の上がった息がそれだけ絶望を表していて、ギロッ!! と眼光鋭く睨んでくるルフィ君に言わねばならぬのか、とわずかに躊躇する。
「!! ハァ、ハァ……」
「……戦争は終わった。……エースさんは……」
「言うな!!! ……なんも言うな……!!! ハァッ」
「!」
「ほっぺたなら……ハァ、ちぎれる程つねった……!! ハァ、夢なら、醒めるハズだ……!!」
「……」
「……夢じゃねェんだろ……? エースは……!!! 死んだんだろ!!!?」
ボロボロと、彼は涙を零していた。見ていられないほどに泣いている彼も、本当は分かっているのだろう。分かっていて、それでもわしから、他人から確定情報として教えられる事を待っているのは、死刑宣告を待っているようにしか見えず。……ぎゅっと目を閉じ、せめて目を逸らすわけにいかぬと彼の目をしっかと見つめて、その言葉を口にした。
「……ああ」
「……!!」
「死んでしもうた……!!!」
「……ウゥ、うわああああああああアア!!!! あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ルフィ君の慟哭が響き渡る。体の水分を全て出し切るのではないかと思うほどの勢いに、彼の体の事を思えば悲嘆にくれてくれた方がよっぽどマシだと思った。ハートの海賊団の患者となったわしやルフィ君に対しての対応は誠実で、何一つその言葉に偽りはなかった。その彼らがああ言ったという事は、ルフィ君の体が危険な状態という事も事実だ。彼が自傷に走る可能性が下がるならと泣きじゃくる彼を見守っていたわけだが……不意に彼の手が振り上げられ、ゴッ! と痛みを度外視した速度で拳が地面にたたきつけられた。
「くそォオ~~~~!!! おれは、弱い!!! 何一つ守れねェ!!!」
「……ルフィ君」
「ハァ、ハァ、向こうへ行け……!!! 一人にしてくれ!!!」
紡がれる言葉が増える度、彼の自傷行為はエスカレートしていく。見ていられず声をかければ、額を地面にめり込ませたルフィ君がわしを拒絶した。それに、彼の気持ちを尊重したくもそれでは駄目だと頭を振る。
「そういうわけにもいかん……これ以上自分を傷つけるお前さんを見ちゃおれん」
「おれの体だ!!! 勝手だろ!!!」
「――ならばエースさんの体も本人のもの、彼が死ぬのも彼の勝手じゃ」
「……お前黙れ!!! 次何か言ったらブッ飛ばすぞ!!!」
「それで気が済むならやってみい……こっちも手負いじゃが今のお前になど負けやせん……!!!」
売り言葉に買い言葉とはこの事か。敢えて彼が過剰に反応するであろう言葉を選べば、彼はすぐさま殴りかかってきた。しかしその軌道は簡単に避けられる程度しかなく、顔面に向けられた拳を逸らしながら腕の内側を掴んで地面に叩きつければ、ルフィ君が咳き込む。
「!!! ぐ……!!! ゲホ……ハァ、ハァ……」
意識が揺れたか、叩きつけられたルフィ君が動きを止めたのを見てその横に座り込む。ハートの海賊団の言葉を無視してしまったなと思いながら浮かべるのは、獄中でのエースさんの言葉。この様子だとルフィ君は、目の前の悲しみでせっかく持っているものまで蔑ろにしかねない。最悪言葉で説得も、と思った直後だった。わしの横で転がっていたルフィ君が跳ね起き、わしの右腕に噛みついたのは。
「いっ!!! ……痛で……!!! ででで……でで!!! 痛いわァア!!! このガキャア!!!」
「……!!! ウ……!!!」
勢いのままに近くの岩に叩きつけ、その首に手を回す。わしの手で十分囲えるだけあってルフィ君は抵抗できず、手を外させようと蹴ったりもがくもろくな抵抗になっていなかった。こうなったら言わねばならぬと強く彼の目を睨みながら怒鳴った。
「もう何も見えんのかお前には!!! どんな壁も超えられると思うておった”自信”!! 疑う事もなかった己の”強さ”!!!」
「……!!!」
「それらを無常に打ち砕く手も足も出ぬ敵の数々……!! この海での道標じゃった”兄”!! 無くした物は多かろう。世界という巨大な壁を前に次々と目の前を覆われておる!!! それでは一向に前は見えん!! 後悔と自責の闇に飲み込まれておる!!」
ルフィ君の抵抗が止む。目を見開きわしを見つめる彼に、これなら届くと僅かに息は普通にできるように手の拘束を緩めながらじっと諭すように言いつのる。
「今は辛かろうがルフィ……!! それらを押し殺せ!!! 失った物ばかり数えるな!!!」
「……!!!」
「無いものは無い!!! 確認せい!! お前にまだ残っているものは何じゃ!!!」
「!!?」
ルフィ君――いや、ルフィの首に回していた手を放す。ずるずるとその場にへたり込んだ彼は、のろのろと自分の手を見て、ゆっくりゆっくり指を折り――ボロッとまた涙を零した。その水量はまた増えていき、しゃくりあげながら彼がその
「仲間がいる゛よ!!!!」
「……。……そうか……」
「ゾロォ!! ナミ!!! ウソップ!! サンジィ!! チョッパー!! ロビン!! フランキー!! ブルック!!! おれには……仲間がいる!!! ……おれ達集合場所があるんだよ。……行かなきゃ……」
「ふぅ……!!」
「……すぐ会いてェ……あいつらに゛会いてェよォオ!!!!」
わぁあ、と泣きじゃくり始めた彼に、その横に今度こそ腰を落ち着けて安堵のため息を吐いた。立ち直ってくれたと胸をなでおろし、彼の涙がマシになってきたのを見計らって声をかける。
「集合場所で待ち合わせをしていたという事は、クルー達は待ちわびているじゃろう。場所は何処じゃ」
「あ……! シャボンディ諸島だ、そこで待ち合わせしてるんだ」
「シャボンディか……ここから向かうのであれば、九蛇の海賊船に連れていってもらうのが確実じゃろうが……今ルフィが九蛇に匿われていると知れればハンコックにも迷惑がかかる。それはおぬしも本意ではなかろう?」
「! なーんか見覚えあると思ったら、ここ女ヶ島だったのか! ……そうだな、みんなに会いてぇけど、ハンコックまで追われるのはちげぇだろ」
「……本当に関わりがあったんじゃな……ハンコックに言ってはならんぞ、本気で受け取りかねん。他の方法は……」
ふと、海岸に居るであろうハートの海賊団の事が脳裏に浮かぶ。彼らの船は潜水艦だ、凪の帯は越えられないにしても、隠密性においては他に追随を許さないだろう。彼らは元々ルフィが目覚めるまでという話でここ女ヶ島に入る事を特例として許されている身である。彼らが今もとどまっているなら、彼らに送ってもらえないか頼めないだろうか、と思ったのだ。……流石に一度助けた相手とはいえ敵船の船長をわざわざ送る義理はないな、とその選択肢は消したが、そういえばルフィは彼らについてどう思っているのだろうかと思い水を向けてみる。
「――ルフィはハートの海賊団の事をどう思っておる?」
「ハートの海賊団?」
「わしと、ルフィ君の治療をした者達だ。あちらはシャボンディ諸島でおぬしと会ったと言っておったが……」
「はーと……あ! クマが居たとこか!?」
「くま……そうじゃな、間違ってはおらぬな」
「――でもなんでそいつら、おれの事を助けてくれたんだ? 会ったの、ほんのちょっとの間だぞ?」
「気まぐれと言っておったが……聞きたいのであれば当人に聞くといい。おぬしの怪我が悪化しているかもしれぬから、落ち着かせられたら連れて来いと言われておったんじゃ。とりあえず彼らの下に行ってから、合流するための方法に関しては相談すれば良かろう」
ほら、と彼に背中を向ける。怪我をさせた上で更に追い打ちをかけるような真似をしてしまったため、これ以上余計に悪化しないようにするにはわしが背負って運ぶのが一番だった。ルフィは一度きょとんとわしを見たものの、運ぶと言えば素直に背中に乗った。落ちないように支えつつ、生きる鼓動を感じながら踵を返せば、わしの背に顔を埋めたらしいルフィのくぐもった声が背中から聞こえた。
「……ジンベエ」
「なんじゃ?」
「……わりぃ。おれ、八つ当たりしちまった」
「なに、わしとて己の不甲斐なさに少し前まで自責の念に駆られておった。……強くなればいいんじゃ、二度と同じ事を起こさないように」
「おう。……ハートのやつら、どんな奴らなんだ? ジンベエはおれより先に起きてたなら知ってんだろ?」
「そうじゃな……」
話をせがむ彼にほほえましい気持ちになりながら、彼を揺らさぬようにしつつわしは海岸へ向かったのだった。
なおこの後予想外の冥王シルバーズ・レイリーという大物の登場にわしは硬直する事になるし、その冥王とルフィが知り合いという事にも驚く事になるのだが……それ以上に、レイリーと九蛇、かつわしの存在があるからか、わし達が戻る前に出航してしまったハートの海賊団に会えなかったとルフィが予想以上に残念がった事に慌てて機嫌を取る羽目になるのだが、それはまた別の話。