Dの縁①
頂上戦争編byジャンバール視点。
565話冒頭~ルフィ回収後海に潜った辺りまで。
その不平不満の声を、おれ達は停泊した船の中で聞いていた。
「マリンフォードはどうなったんだ!?」
「なんで映像が途切れたんだよ!」
「復旧しないのか!?」
大将・黄猿の手から生き残って暫く。当人の自己申告としては骨が折れたぐらいの衝撃だったと言っていたペンギンの怪我が日常生活に問題ない程度にまで治り、更に酷かったシャチの怪我もだいぶマシになった頃にその日となった、白ひげ海賊団幹部であり海賊王の実子である火拳ポートガス・D・エースの処刑中継を一目見ようと、シャボンディのいたるところに置かれた巨大テレビの前には大量に人が集まっていた。それはそうだ、ここまで海軍が大体的に処刑を行うのは海賊王が処刑された時以来であり、火拳を処刑すれば白ひげ海賊団との全面戦争は避けられないのが道理。未曽有の大混戦になる事必須であろう戦場を安全に視聴できるとなれば、やじ馬が大量に湧くのも仕方ない事だ。……分かってはいるが、それが胸糞悪いと感じてしまうのは一度奴隷となった身だからだろうか。十分距離があれどはっきり聞き取れる声に知らず息を吐きだしたところで、ポスポスと叩かれる感覚。
『・・-- ・-・-- -・- -・--・ ・- ・-・』
「む……今のは『乗って悪いな』でいいのか、『キャプテン』。大丈夫だ、これぐらいは役に立たないとな」
「合ってる合ってる」
ポーラタング号の甲板の上、他よりも高い位置で立ってテレビの方を見るおれの頭の上には、おれの髪に隠れるように埋もれる白いオモチャが1つ。ところどころ毛が抜け落ちたこのユキヒョウのオモチャが『キャプテン』だと聞かされたのはこの船に転がり込んだその日の事だ。もう奴隷として今後一生を過ごさなければならないのだろうと諦めていたところを救われたヒューマンショップで、キャプテンなのかと思ったペンギンが代理だという事や何故キャプテン本人が出てこないのかと疑問に思っていたが、そりゃ舐められたら終わりの海賊稼業でこの『キャプテン』の存在は隠さなければならないものだろうと初めて対面した時に思ったし、手のひらの上でどう見てもオモチャなそれが動いている事に固まる経験をすることになるとは思わなかった。正直漸く見慣れてきた今でも潰しそうで怖いから必要最低限の接触で済むようにしていたのだが、それに業を煮やしたかこうして足場代わりにされているのである。まぁこの海賊団クルーの中で一番身長が高い上、今一番手が空いているのもおれだからな……『キャプテン』がおれの頭を叩いていたのも、入ってすぐ学ぶよう指示されたモールス信号によるものである。
この海賊団はこの船に来てから詳しく聞いたように、ピースメインかつ隠密行動がデフォルトの珍しい海賊団である。『キャプテン』の存在がトップシークレットかつ会場でも他の船に気づかれないよう海底から近づける潜水艦、かつ戦闘スタイルも陸上よりも海上戦が主というまるで暗殺者のような立ち回りが求められるこの海賊団において、おれという存在は現状どこにおいたものかと立ち位置を測りかねているらしいというのは入ってすぐに感じ取る事ができた。いや恐らく戦闘面では陸上戦特化になるのだと思うのだが、問題は潜水艦内部での仕事の割り振りに関するところ。おれは図体がデカいし、細かい仕事もできなくはないが、奴隷時代の体罰のせいで癒えない傷を抱えていた事もあってすぐには難しいのが現状だ、まず体をちゃんと直してからできる事を見極め、それから仕事のルーティンに組み込むと言われたため今のおれに特に仕事はない。そのため今のおれのやる事と言えば怪我の経過観察と『キャプテン』の下につく以上必須となるモールス信号の習得ぐらいで時間が余っているというのも事実だった。そのおかげですぐ大体どの組み合わせがどの単語に当てはまるのかを覚えるのは早かったし、こうして『キャプテン』との会話もどうにか成立しているのである。
確信は持てずとも訳した内容に近くに居たベポから正解を貰いつつ、『キャプテン』に向けていた意識を正面へ戻す。今何故こうしておれ達がシャボンディの地を踏まずわざわざ船からこの中継を見ているのかといえば、やはり先日の対大将戦による警戒が大きかった。このシャボンディ諸島に来た時点で、覇気を使うものはごく僅かである。おれも存在は聞いた事があれど、使えていたら奴隷などやっていなかっただろう。新世界より前の海では能力者が強いと言われるが、そうなった時に一番強いのはやはり自然系の能力者となる。その自然系に攻撃を加えられる存在が、このシャボンディ経由時点で海賊団に居るというのは明らかに警戒される基準となる。このハートの海賊団はかろうじて超新星と呼ばれる1億の懸賞金はかかっていたもののそれは個人でなく海賊団単位だったし、所謂ポッと出の海賊団程度の印象しか持たれないように印象操作していたが、覇気を使える時点でもっと跳ね上がってもおかしくない。しかも不可抗力かつ生き残るために全力で逃げに徹していたとはいえ、ペンギンとシャチは黄猿の攻撃を数発耐えていた。いくら海兵が一度火拳処刑のために引いていったとはいえ、警戒するに越したことはないと、必要な物資の補給などまだシャボンディ諸島でしなければならない行動は一般人に紛れ込んだクルーが少人数で行い、それ以外は常に船で待機して、また海兵に追われることがあってもすぐに逃げ出せるようにしていたが故に、こんな遠くから見ることになっているのである。おれや『キャプテン』、ベポ以外も手が空いている者は甲板で中継を眺めていた。そんな中、中継が途切れたのが先程のことだったのである。
「中継トラブルかぁ……」
「大方、向こう側の電伝虫がダメになったんだろ」
「あ、シャチ。腕大丈夫?」
「ベポそれ今朝も聞いたぞ? 動かさなきゃ大丈夫だっての……むしろ武器で庇ってたから明確に攻撃受けたのが初っ端と最後だけとはいえ、おれと違って武装色の覇気を纏ってなかったのに普通に攻撃受けたはずのペンギンの方に投げかけるべき質問だと思うんだけどそれ」
「だってペンギン普通に指示出ししてるじゃん……」
「頑丈なんだな、2人は」
「へへっ、まぁな。伊達に『プロキシ』役3人で回してねぇよ」
真っ暗になった画面を眺めていれば、近づいてくる足音が1人。顔は動かさず横に立った人影に視線だけ向ければ相手はシャチで、その腕にはまだ矯正器具が付けられていた。肩をくすめたシャチに背後へ視線を巡らせれば、物資補給に行っていたクルー達の買っていたものをテキパキ指示しつつ仕訳けているペンギンの姿が目に入る。怪我の治りが速いのはいいことだ、と頷く(と頭の上の『キャプテン』を落としそうなので心の中だけに留めた)おれに対して、ベポと会話していたシャチがこちらを見つつ口を開く。
「やっぱり思うところがある?」
「……まぁ、少し。こうしておれがここに立っている事は、おれ自身が決めた事だ。しかし、おれというキャプテンのことを、おれのクルー達はどう思っているだろうかとは思わなくはない。……四皇と呼ばれる白ひげ程の海賊でも、部下とのいざこざが起こりうるのだと見せられては、なおさらな」
そう、恐らく、胸糞悪いと感じたのはそこだろう。電伝虫の中継が途切れる寸前に流れていたのは、仲間である筈の男から刺されている白ひげの姿と、白ひげ側を混乱させるに足る情報。火拳を既に死んだ海賊王の息子として、当人すら他言していなかっただろう過去を理由として処刑を行おうと考えているのだ。必ず敵対するだろう白ひげに対して何の対策もしていなかったとは考えにくいし、まるでここまでなら見てもいいと言わんばかりに海軍側に都合がいいタイミングで途切れた中継に嫌な想像ができてしまうのも仕方がないだろう。白ひげは仲間思いで有名だ、白ひげをオヤジ、クルーを息子として呼ぶ程距離が近い事は有名で、そんな存在がわが身可愛さだけで自分の海賊団と火拳は助かる代わりに他を見捨てるような恩を仇で返すような真似はしでかさないだろう、という考えができてしまったのも当然の帰着だった。刺した相手の事も息子だと言われていたからな。情報操作らしき片鱗が見える一連に、そしてそれに気づかずただ処刑される様を求める民衆に、おれは胸糞悪さを感じているのだろう。奴隷に落ちたのはおれが弱かったからとはいえ、当人達にとっては娯楽のように消費されていい事ではないから、なおさら。
若干横柄におれの頭の上に乗った(直後に断りは貰ったが)『キャプテン』が唐突におれにモールス信号で伝えたのも、そう考えて視線が下がってしまっていたのに気づかれたからだろう。シャチの質問に後悔とも諦念とも言えない表情を浮かべてそう返せば、そういうもんか、とシャチはちょっと感心したような表情をした。彼も『プロキシ』として『キャプテン』の代わりに立ち回る事が多いとはいえ、本当にイチからキャプテンとして振舞っている訳ではないからだろう、キャプテン経験のあるおれとは感じ方が違うのかもしれない。なのでそういうものだ、と返して視線を前に戻そうと思ったのだが……それを、頭上から告げられるリズムとふっと頭上から消えたかすかな重み、そしてピク、と反応したシャチ・ベポに止められた。
『・-・ ・・・ ・・-・- -・-・ ・- ・・・- ・-・・』
「え」
「お? 『キャプテン』? ……分かりました」
「シャチ?」
「お前ら、出港するぞ! 準備しろ!!」
「「「「「「「「アイアイ!!」」」」」」」」
なら見に行くか、と告げる内容に戸惑い、ついで指示を伝えられたシャチからの――いや、『プロキシ』からの指示に慌てて声を揃える。見に行くってまさかあの戦場に? と呼ばれ積み荷の整理をしていたペンギン達を手伝いに走れば、一連の流れを唯一見ていたベポがにっこりと笑った。
「大丈夫だよ、多分『キャプテン』、最初から行く気満々だったみたいだから」
「え」
「白ひげがどうなったか気になってるんでしょ? 向かってる最中に中継が復活するかもだけど、それでジャンバールが知りたい情報が流れるとは限らないし……あ、映像電伝虫置いてくつもりみたいだから中継復活しても見れるね」
「い、いや、最初から行く気だったのなら、一体何のために……」
「んー、なーんかこの戦争の中継の途中から気になってたみたいではあったけど……多分聞いた方が早いと思うよ。――ま、とりあえず出港準備準備!」
駆け足! と急かされ、おれは釈然としないまま船内に戻った。現在のマリンフォードは、四皇白ひげ海賊団と海軍の戦力が真っ向からぶつかる大混戦になっているはずだ。先日の対黄猿戦でほぼ逃げるしかなかったおれ達では行ったところで何かできる筈もないだろうに、一体何をするというのか。本当におれが気にしていたからだけというのはベポの口調からもないだろうし……。
流石というか、『キャプテン』の指示1つでクルー達は素早く出港準備を終えシャボンディ諸島を出港した。船のコーティングはシャボンディ諸島に着いて最優先で取り掛かったらしく既に新世界へ進んでも問題ない状態になっていたのが幸いして、黄色い潜水艦は民衆に気づかれる事なく海中へ沈んだ。時折鉢合わせる船に邪魔されないよう静かに慎重に、船はマリンフォードへ進む。そんな中邪魔にならぬよう『キャプテン』を探せば、『キャプテン』は見当たらなかったが代わりにいつものマントを羽織ったシャチを手術室として紹介された部屋の前に見つける。何やらペンギンと話しこんでいる様子に、話しかけてもいいものかと躊躇していれば、ペンギンが去っていった後気づかれ向こうから手招きされた。
「ジャンバール、こっちこっち」
「しゃ、ではなく、『プロキシ』。どうかしたか」
「おう、多分この後この船の中も別の意味で戦場になると思うから、先に指示しておこうと思って」
「別の意味……?」
「そ!」
別の意味とは……? と不可解な言い回しに首を傾げたところで、手術室の中からクルーが出てきて中の様子が垣間見える。いつでも使えるようにと準備万端な様子に、この船に来たその日に伝えられたこの海賊団のもう1つの特徴に思い至って『プロキシ』の顔を見る。にっこり、……というには圧が混じった表情の彼と目が合って思わず少し後ずさった。
「ジャンバールには言ってなかったけど、おれ達シャボンディに来る前にちょっと金が入る事やって懐が暖かかったんだよな。具体的に言うとちょお~~っとお高い医療機器買ってもお釣りがくるぐらいには」
「……そうか」
「うん、そう。で、まぁうちの海賊団って『キャプテン』の影響もあって医療団やれるぐらいの医療バカばっかりというか『キャプテン』がその筆頭――いだだだ痛い痛い痛い『キャプテン』叩かないでくださいよ褒め言葉褒め言葉ですからァ! あー痛てて……ともかく! 新しい医療機器を買ったら使いたくなるのも道理なわけだ」
「……『プロキシ』、大体展開が読めてしまったんだが」
「ハァイ今からおれ達は十中八九大怪我してとてもとても治療しがいがあるだろう麦わらとその兄火拳を回収しに行きまァす『麦わら屋がこんなところで死んでもつまらねぇ』だそうです確かに気に入ってるっぽかったけども!! ……なので多分ジャンバールは状況によっては戦場の中で患者を回収だなんてトチ狂った状況になるかもしれないとだけは覚悟しといてくれ」
「……了解、した。したが、……正気か?」
「悪いが早めに慣れてくれ。これがうちの海賊団だ」
どん! と言い切った『プロキシ』(=『キャプテン』)に頭が痛くなって額を押さえた。いくらなんでも全滅の可能性があるのに行くのか、……いくんだろうな、と短い期間ながら彼らの非常に高い医療技術とおれの怪我の状況を見るや否や自分が手当てすると皆が近寄ってきていたことを思い出して目が眇む。『キャプテン』のもろもろの事情がなければアグレッシブな医療団になっていたんじゃないのかと思ってしまうのも仕方がなかろう。おれの反応に『プロキシ』含め他のクルー達も苦笑はしていたが否定していなかったのですなわちそういう事だ。……やっていけるだろうか、と今さら思ってしまったのはさておき。
流石に戦場を駆け抜けなければならないなら体を解しておくべきだろう。今は特に仕事が割り振られている訳でもなく、『プロキシ』にも聞けば甲板に繋がる扉の前で待機でいいと言われ一緒にシャボンディで中継画面を映す映像電伝虫の受信機も渡された。中継の画面はまだ真っ暗のままで、辿り着く前に復活するのだろうかと嘆息する。そこに、ベポが近寄ってきた。
「どう? ジャンバール、写った?」
「いいや、まだ暗転したままだ。これが海軍のパフォーマンスを兼ねていることを考えれば、どこかで復活するとは思うが……」
「まぁ白ひげ討ち取ったり〜! してから再開されるって可能性もあるもんね……今の速度だったら早々につくよ。着いたらおれと一緒に飛び出すことになるからね」
「了解した」
「『キャプテン』から理由は聞けた?」
「……聞けた、のは聞けたんだが……」
『プロキシ』から告げられた『キャプテン』の言葉をかいつまんで告げれば、ベポはやっぱり『キャプテン』だなぁと予想できたらしく笑う。確か彼もこの海賊団の旗上げ組の1人だったか、と慌てている様子がないことに納得する。おそらくいつものことなのだろう……おれもいずれ慣れるのだろうか、と思っていれば目ざとくおれの様子に気づいたらしいベポが首を傾げた。
「何か気になる事でもあった?」
「その……おれの海賊団は、ここまで医療に傾倒してはいなかったから。今のマリンフォードは、言っては悪いがこの海賊団よりも格上ばかりだろうの戦場だろう? 船員を危険に晒しても、余所の海賊団の船長を助ける義理はあるのか、と……」
「あーそっか、普通は助けないんだっけ。でもまぁ『キャプテン』だしなぁ……」
「よくある事なんだな」
「性分なんだと思うよ、怪我してる人を放っておけないの。今回のだって、ほんとに麦わらをこんなところで死なせるのが惜しいと思ったから、ってのが一番の理由だと思うし」
「……ついていきたいと思った『キャプテン』がこうだと、大変ではないのか?」
「逆だよ逆、そういう『キャプテン』だから、ついていきたいと思ったんだよ」
なるほど、と返ってきた答えに笑みを漏らす。そこは大事だな、と頷いて見せたところで、近くの壁に写していた電伝虫の映像の中に変化が起こる。それと同時に肩に少しの重みが加わり、背後から声がかかった。
「映ったか」
「『プロキシ』に『キャプテン』! 手術の準備は大丈夫?」
「おう、抜かりねぇよ、って、うわ……」
『---- --- -・・・ --・・- ・・-・・ ・・ ・- ・-・(これは酷いな)』
「あぁ、確かに……酷い」
電伝虫に映ったのは、満身創痍で自身の武器を振り回す白ひげ。その姿は医療知識がないおれでも手遅れだろうと言わざるを得ないもので。火拳は、と目を凝らすもそもそも電伝虫がある場所が遠いのかよく分からない。だが処刑台の上には人が居ない――それどころか処刑台だっただろう場所が潰れていないだろうか。となると白ひげ海賊団の士気から見るに火拳は救出されたのか……?
「ハクガン! 到着まであとどれぐらいだ!?」
「25……いや、20分!」
「もっと早められねぇか!?」
「グラグラの能力の余波で海が揺れてるんだよ! いくら海に潜ってるとはいえこれ以上は無理だ!!」
『プロキシ』とハクガンのやりとりを右から左しつつ、返された言葉を裏付けるように大きく揺れた地面に慌てて肩に手を添える。『キャプテン』といえばおれの手に反応するでもなく、電伝虫を食い入るように見つめていた。見やすいようにできないだろうかと少し身じろぎした辺りで、ひときわ大きい声が上がって視線を向ける。
――そうして、絶句した。
「火拳が……!」
恐らく、麦わらを庇ったのだろう。火拳の胸を貫くように、大将の1人である赤犬のマグマの腕が貫通していた。庇われた麦わらの腕の中で力なく頽れ、何事かやり取りし、……動かなくなった火拳に麦わらが慟哭しているのが、狭い四角の中に映る。ドッ、といきなり走った衝撃にそちらを見れば、ユキヒョウが堪えるようにおれの肩にしがみついていた。火拳は間に合わなかった、その事実に臍を噛む心地だろう『キャプテン』に、せめて麦わらは……と映る映像を注視する。追撃を加えられそうになっていた麦わらは近場の海賊(遠すぎるのと噴煙で遮られ見えにくいのだ)に助けられ、大将からの攻撃を受けないよう逃走しにかかっている。ぽすぽすぽす、と連打された肩に、一も二もなく頷いた。
『-・ ---・- -・-- -・--・ ---・ ・・(助けるぞ)』
「ああ、麦わらの回収は任せてくれ、『キャプテン』」
『……-・・- ・-・・ ・---・ -・(任せた)』
「任された」
「あーっ、『キャプテン』! おれも行くからね!」
映像の中はどんどん変化する。乱入してきた黒ひげ海賊団と名乗る一団と白ひげの戦闘、白ひげのワンピースが実在するという宣言、白ひげの死亡、本来ならありえない筈の能力2つ持ちとなった黒ひげの大暴れ、元帥センゴクの仏化。特にかつての海賊王、ゴールド・ロジャーとも面識があった白ひげによるひとつなぎの大秘宝は実在するという宣言には、思わずクルー全員の手が一瞬止まったほどだ。目まぐるしく変化する戦場において麦わらの位置を補足し続けるのは難しいのではと思ったが、白ひげ海賊団は麦わらを逃がす事を目標と定めたらしく、そして大将・赤犬は彼を殺すことに執着しているらしく、電伝虫の視線はその周辺に向けられていたため位置を割り出すのは容易い事だった。……麦わらを抱え逃走している海峡のジンベエが再度庇うも、赤犬のマグマの攻撃を受け、満身創痍の麦わらに追撃が入ってしまっているのも見えてしまって、ぽすぽすぽすと叩かれた言葉をどうにか訳して『プロキシ』に伝えた。
「『プロキシ』、『ベッドもう1つ追加』、だそうだ」
「あ゛~~了解。『キャプテン』、そろそろおれの方へ来ててください。――浮上するぞ!」
その言葉に気を引き締める。――ザバァアッ!!! と海水をかき分け浮上し、扉のロックが解除された瞬間に甲板へ躍り出る。周囲に視線を走らせれば、上空に浮かぶジンベエと麦わらを抱えた海賊――キャプテン・バギーの姿が見えた。
「――『麦わら屋をこっちに乗せろ!!』」
「ム・ギ・ワラヤ~~~!? あァ!!? てめぇ誰だ小僧!!」
「『麦わら屋とはいずれは敵だが悪縁も縁、こんな所で死なれてもつまらねェ!! そいつをここから逃がす!!! 一旦おれに預けろ!!! おれは医者だ!!!』」
「だからどこの馬の骨だってんだ」
「『急げ!!! 2人ともだこっちに乗せろ!!!』 ――ッアンタだって死にたかねぇだろキャプテン・バギー!!! 厄介ごとこっちに押し付けろって言ってんだ!!!」
「『プロキシ』!! 軍艦が沖から回りこんできた!!!」
「ちっ、さーすが海兵数が多い!!」
ドン、ドンと飛んでくる銃弾に、流石に沖からの軍艦に視線を向けた時だった。チュイン、と軽い音がしたと思った直後、視線を向けた更に先の沖で爆発が起こる。今のは、と音源に視線を向ければ、いつの間にか近くの船の帆の上に、1人の男が立っている。
「置いてきなよォ~~……”麦わらのォルフィ”をさ~~……!!」
「”黄猿”だ!!」
「よしっ!! 任せたぞ”馬の骨”共~~~!! せいぜい頑張りやがれ!!!」
「ジャンバール海峡の方を!!」
「ああ!!」
「よし、海へ潜るぞ!!」
「うわァ、ひどい傷だよ生きてるかな!!? 急ごう!!」
上空から降ってくる海峡のジンベエを衝撃がいかぬよう腕で殺しながら受け止めれば、ナイス! と麦わらの方を受け止めたベポから声が飛ぶ。そのまま中へ連れて行こうと踵を返したその時、視界の端を強い光が襲った。反射で振り返れば、強い光を湛えた手をこちらに向けている黄猿が。
「シャボンディじゃ、よくも逃げてくれたねェ~……ハートの海賊団……!」
「ッ急げ! 早く中へ!!」
「”麦わらのルフィ”を連れてかせはしないよォ……!」
「くそ……!」
『プロキシ』が、いつの間にか持っていた刀の柄に手をかける。あの刀は確か『キャプテン』が能力を発動するのに使うと聞いたものだ。だが、キャプテンの能力で避けるのが間に合うのか!? とせめてこれ以上怪我を負わないようジンベエを庇えるように間に自分の体を滑り込ませて、
「そこまでだァア~~~!!!!」
戦場を劈いた大声にその場の全員の動きが止まる。視界の端に若い海兵が赤犬の前に立っているのが見えて、なんという無茶を……! と思った直後に我に返った。黄猿の視線もそちらに向いていて、今のうちに!! と扉の中へ滑り込む。手術室の場所は知っていた、なるべく手の中を揺らさないようにしながらベッドに横たえれば、中で待機していた仲間達が外の様子を気にしつつもテキパキと応急処置を始めた。怪我の具合から見ても、先に手術を始めるのは麦わらからになるだろう。邪魔にならぬよう手術室を出ようとしたところで麦わらを連れてきたベポとかち合う。
「外の状況は!?」
「赤髪が来た! 今のうちに船を出すって!!」
「赤髪……!?」
四皇の2人目が来たのか、とさらなる戦禍が予想される単語に慄きつつ、邪魔にならないよう部屋の前から退く。すぐに船が動き出す感覚が足元からして、麦わらを渡して戻ってきたのだろうベポが甲板へ繋がる扉の前で外を見ている『プロキシ』に向かって叫んだ。
「『プロキシ』!! ”四皇”珍しいけど早く扉閉めて!!」
「待て、何か飛んでくる……、! 麦わらの帽子か!」
「もう閉めても問題ないな!?」
「ああ! 全速力で潜るぞ!!」
ガチャン、と海底の水圧にも耐える扉を固く閉める。直後水に沈んだのだろう、壁越しとはいえ聞こえていた音が更に遠のいて、一息。――直後、パキパキパキキ!! と凍り付く音に総毛だって窓の外を覗けばすぐそこまで氷が迫っていた。
「攻撃されてる!!」
「うわうわうわ!!」
「あぶ、あぶねぇ……!」
「――いや、まだ来るぞ、避けろ!!」
幸い船が氷に引き留められることはなかったものの、海の中なのに海上と同じぐらい光った海中に『プロキシ』が叫ぶ。その言葉を裏付けるように海上から降り注ぐ光に当たらないよう船が器用に避けながら更に海底へと潜っていく。十数分続いたように感じた光が止んでも暫くクルー達はピリついていたが、『プロキシ』の――いや、シャチの背中から『キャプテン』が飛び出して来るまでだった。
『警戒は一旦解いていい』『オペを始めるぞ』
「「「アイアイ、『キャプテン』!!」」」
「――あ、ジャンバールはこっち!」
「分かった。……『キャプテン』も入るのか」
手術のための服に着替えていたクルー達が手術室の中に入っていくのに続いて入っていった『キャプテン』を見て、ベポに誘導されながらそう口にする。確実にこの船で一番知識があるのは『キャプテン』だろうが、その見た目はオモチャだ。精密な作業が必要な手術で執刀などできるのだろうか、との問いに答えたのは、『プロキシ』としてのマントを脱いだシャチだった。
「勿論『キャプテン』の手じゃ細かい作業は無理だから、メインの執刀医は別だ。ただ、『キャプテン』の能力はオペオペの実だぜ? なまじ下手な助手がつくよりも、『キャプテン』の能力で補助した方がはるかに早く終わるんだよ。おれ達の『キャプテン』だぜ?」
「なるほど、そういう事か。……シャチは追い出されたのか」
「役立たずが生死にかかわる手術の場に居たところで邪魔だからな。あ~~くそ怪我が治ってりゃあ『キャプテン』の手術見れたのに……っ!!」
「ハハハ……でも心配だね、麦わら……」
「……『キャプテン』が補助する手術なのだろう。失敗などしないだろうさ」
できるのは無事に終わるのを待つ事だけ、と言外に言われ、外が見える窓の方へ視線を向けた。喧騒から遠ざかった海底は静かで、音を立てなければ手術中の指示の声さえ聞こえてきそうな程である。そわそわと落ち着かないベポに対して、おれはとりあえず座ったらどうかと声をかけるのだった。