Crossed Wands

Crossed Wands

requesting anonymity

まだ日が高いホグワーツ領内、湖にほど近い丘に、全ての教職員と全ての生徒が集合していた。ポップコーンを抱えて浮かぶピーブズですらも観衆の内の1人に過ぎず、ドラコ・マルフォイとハリー・ポッターは隣同士にも関わらず一言の口論もしない。

生徒たちを守るように立っている寮監3人の顔にも幾ばくかの好奇心が浮かび、まだ車椅子を使用しているマクゴナガルの隣に立つハグリッドに至っては、ドラゴンの卵が目の前で孵った時と同じ眼差しを向けていた。2羽の不死鳥が飛び回りながら歌っているのに、誰もそれを気にかけない。

「なあ、どっちが勝つと思う?」とロンが小声で訊く。

「校長先生が負けるはずないわ!」とハーマイオニーは言うが

「でもあの先生が負けるところも僕想像できないや」とネビルが言った。

その隣のハリーはまっすぐに、杖を構えて向かい合う2人を見つめている。

「どっちだとしても」とハリーが言う。

「見ものだ」

そう言ったドラコは、ハリーと全く同じ表情をしていた。観衆の誰一人として話しかける相手の顔など見ていない。そこに集まる全員の視線はただ1点に注がれていた。

「先輩とこうするのって、何年ぶりですかね」

そう言ったダンブルドアは、いつもの年寄り然とした口調ではなくなっていたが、本人はそれに気づいていないようだった。

「それこそ僕が卒業する時の、最後の杖十字会以来じゃないかい?」

杖を構えた青年は、目の前で同じように杖を構えているダンブルドアの目を真っ直ぐに見つめる。

「やろうか、アルバス」

「やりましょう、先輩」

短く言葉を交わした2人はクルリとお互いに背を向けて距離をとり、そして再び杖を構えて向かい合う。

「ステューピファイ!」

ダンブルドアが放った失神呪文を青年は気軽な動きで避ける。ダンブルドアが呪文を声に出して唱えている事自体、そこにいる殆どの人にとって初めて見る光景だった。

「お互い歳をとったねえアルバス。みんな歳をとった」

青年とダンブルドアは呪詛を撃ち合い防ぎ躱しながら、2人とも笑っていた。

「おかげさまで、とても楽しい日々でしたよ先輩」

青年が気軽に放った緑の閃光を、ダンブルドアが避けも防ぎもせずに受け入れた事でハリーは息を飲んだ。

「あ、やっぱアルバスは騙せないか。そう『ペリキュラム』と同じ感じなんだよね」

それが単に「緑色の光を飛ばす魔法」だとハリーが一瞬遅れて気づいた時に、飛んできた呪詛を防ぎながら青年がそう言って笑った。

「僕もアルバスも苦手だったはずなのにねえ。『占い学』」

青年はそう言って不意に動きを止め、杖を真っ直ぐダンブルドアに向ける。

「ペスティス・インセンディウム!」

青年が唱えたその呪文は、見守る教授達全員と一部の上級生達に杖を取り出させた。夥しい数のネズミとコウモリを象った「悪霊の火」はダンブルドアに殺到していく。

「ほんとですよ。茶葉占いも水晶玉もさっぱりわかんないのに、嫌な予感だけはしっかり的中するんですから」

そう言ったダンブルドアがサッと杖を横に払うと、鼻先まで迫っていた「悪霊の火」は煙すら残さず全て色とりどりの蝶の群れに変わって飛んでいった。

「的中しないでほしいのにねえ。オブリビエイト!」

ダンブルドアはその「忘却呪文」を、杖を持っていないほうの手で払い除ける。

「忘れるわけないでしょう、先輩。あのころの事も。アリアナの事も」

そう言ったダンブルドアに、青年はさらに呪文を飛ばした。

「レジリメンス(開心)!」

しかしその呪文を防ぎもせず受けた上で楽々と「閉心」してみせたダンブルドアに、青年は呪詛やら何やら飛ばしなから穏やかに語りかけた。

「ほんとに頑固だねえアルバスは。忘れられなくたって、少しぐらいどっかに仕舞い込んでリラックスする時間があってもいいんじゃないかい?」

そう言われたダンブルドアは、呪詛を尽く防ぎながらニッコリと笑う。

「今、リラックスしてますよ先輩。それにアリアナの事も、ゲラートの事も、僕が抱えていなければいけないものです。僕がやったんですから」

「バカだねえアルバスは」

2人は束の間、呪文を撃ち合うのをやめた。そして同時に唱える。

「アバダ・ケダブラ!」

「エクスペリアームス!」

見守る全員が息を飲むが、当の2人は真剣な表情で杖を操りながらも、相変わらず楽しそうに笑ってもいた。

「わー、やーっぱりシンプルに出力で勝負しちゃ勝てないや!」

青年は押し返されてきた緑の閃光と、迫る「武装解除術」を飛び退いて躱すと、そのまま「姿くらまし」した。

特に追いかけようともしないダンブルドアは、先輩が自分のやり方に合わせて杖と普通の魔法だけで戦ってくれるのはここまでだと悟っていた。

「噛み噛み白菜だ!!」

一瞬現れてすぐまた「姿くらまし」した青年が投げた植物らしき何らかをひと目見てネビルが叫んだ。

「ディフィンド!!」

白菜に対応しているダンブルドアの背後に「姿現し」した青年は何の躊躇もなくダンブルドアの首を刎ね飛ばそうとするが、その瞬間ダンブルドアは唐突にしゃがんだ。

「うわ、あっぶねえ!」

ロンが思わず叫ぶ。

「ほら、お返しします。先輩」

ダンブルドアは白菜を抱えて立ち上がり、それをヒョイと青年に投げてよこした。

「いーらないんだよねえ!」

青年はその白菜を赤く塗られた樽に「変身」させるが、そこにダンブルドアが杖を向ける。そこから溢れ出た大量の水は杖で制御されて青年だけを飲み込み、そのまま球体を形作って青年を捕らえた。

「先生どうするのかしら……」

「無言呪文でどうにかするしかないんじゃないかな」

「それでどうにかなるか?ダンブルドアがやってるんだぞ?」

ロンとハーマイオニーとネビルが自分を飛び越して会話してるのを聞きながらその光景を見ていたハリーは、青年がなにやら取り出して口に含んだのに気づいた。そして直後の青年の体に起きた変化を察して叫ぶ。

「鰓昆布だ!」

「は?じゃ今度は水の中でしか呼吸できないだろうに。湖にでも逃げるつもりか?」

ドラコは首を捻っている。

ダンブルドアが操る巨大な水球の中に閉じ込められたまま鰓呼吸になった青年は、ダンブルドアに笑顔でヒラヒラ手を振るなどしてから、杖を自分の頭に当てる。そこから引き出された銀色のぼんやりした何かを青年は杖でクルクルと操り、そして杖をダンブルドアに向けた。

青年を覆う水は漆黒に染まり、中が伺い知れなくなった。そしてそれはやがて形を崩し、煙か霧のようにぐるぐるドロドロと蠢いている。

「これは、僕の『憤り』そして『不安』ぶつけてやるんだ。アルバスに」

青年はその中で、誰にも聞こえない声量で呟く。

「全部自分1人だけでやろうとする悪い癖、とうとう治らなかったね。アルバス」

その声を合図に、煙のような泥のような黒いそれは、ダンブルドアに襲いかかった。

「なんだろう、あのものすごいの」

ネビルが誰にとも無く訊くと、その答えはなんとスネイプから返ってきた。

「『オブスキュラス』だロングボトム。ごく幼い魔法使いが酷いストレスに晒されると、魔力を内に溜め込み続けるようになる事がある。すると満足に魔法を行使できないまま、ひたすらに溜め込み続ける。それが爆発するとああなる。…………あやつはそれを再現してしまえる様だ。『どうやって?』などとはまさか訊かんだろうな?」

ダンブルドアは杖を黒い奔流に向け、どうにか身を守っている。そしてその向こうに「姿現し」した青年はしかし自分がもうしばらく鰓呼吸なのを察して、小さな薬瓶を取り出しその中身を一息に飲み干した。

「ゔうおぇ……だーーーー!ありがとうギャレス!」

かつて友人が考案したその「魔法吐き戻し薬」によって鰓昆布とその効能を口から排出した青年は吐瀉物と空き瓶を「消失」させる。

そして尚も漆黒の濁流に呑まれたままのダンブルドアに、青年は杖を天に向けて、振り下ろして落雷を見舞った。

霧か煙か泥かといったその蠢く濁流はそれと同時に薄れて広がり、深く抉れた地面とその中央で無傷のダンブルドアが姿を現した。青年はそれを見て、あたりに漂う薄れた黒いものを杖で操って手元に集める。

「先輩のお心遣いはありがたいですけど、それでも僕は逃げちゃいけないんです」

青年が黒いモヤモヤを銀色に戻して自分の頭の中に収めるのを見ながらダンブルドアが穏やかに語った。

「『ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる』それは、君だって例外じゃないんだよ。アルバス」

そう言われたダンブルドアは青年に歩み寄り、そしてまた杖を構えた。

「でも君が助けてほしいのは、君の事じゃないんだろう?アルバス」

青年もダンブルドアに杖を向け、寂しそうに笑う。

「僕はもうあのころ充分先輩に助けてもらいましたよ。だからどうかこの生徒たちを。助けてあげてください、先輩」

そして2人は、同時に叫ぶ。

「「エクスペリアームス!!」」

閃光は空中でぶつかり、やがて片方がもう片方を押し戻し始める。

青年の杖はその手を離れて真上に飛んでいき、歌い飛び回る不死鳥達の頭上を超えて飛んでいく。

「まーた負けちゃった!強いねえアルバスは」と笑う青年にダンブルドアが訊ねる。

「今使ってらっしゃった杖は元々は誰のなんです?」

「あ、えっとね、………このへんか、な。コレね、闇祓いしてた頃に倒した人さらいが使ってたやつ。お察しの通り予備の予備だよ」

青年は、やっと落ちてきたその杖を見事にキャッチしながら言った。

「またいつでも、ホグワーツに戻って来てください。先輩」

「また会えると信じてるよアルバス。………ほら、行くよ!」

青年に呼びかけられて、生徒たちに紛れて見ていた若い闇祓いの魔女と、フォークスと共に空を飛んでいた1羽の不死鳥が青年の側に寄ってくる。

青年は若い闇祓いの魔女を抱き寄せ、不死鳥は青年の頭の上に留まる。

「じゃ、『またね』。アルバス」

そして青年の頭の上の不死鳥が翼を広げて輝き、若い闇祓いの魔女と共に炎に包まれた青年は「姿くらまし」した。もうダンブルドアの背後に現れるような事はなく、校長先生はいつもの年寄り然とした話し方でみんなに解散を促したが、最後まで自分の口調が学生時代のそれに戻っていた事に気づくことはなかった。


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