Coffee&Cigarettes

Coffee&Cigarettes


「…クッソ、あんだけ必殺技使ってHPも削ってやったのに、なんで画面端から巻き返せんだよ!…ったく、思い返すだけでもイラつくぜ…」

今日もあのチビと格ゲーで対戦して良いとこまで行けてたのに、あともう少しってところでやられちまった…。


けど、次こそはぜってー負けねぇ…。気分悪ぃけど、次に備えて“秘密の場所”で気分転換してくか…。


〜ミレニアム・屋上〜

「ふぅ〜…やっと一息つけるぜ…」


学園都市のビルからの光がキラキラと乱反射してる絶景を眺めながら夜風を受けてイラつく気分を入れ替えよう。

……って、あん?何だこの焦げつくような匂いと煙?どっから漂って来てんだ?火事でも火薬の匂いでもねぇし…そもそも、ここはあたしと先生だけの…ってまさか…!


漂って来た煙の風上の方に向かって早足で歩き出せば、そこにはミレニアムの街並みを眺めながら黄昏てる黒スーツ姿の大人の女がいた。


「あっ…ネル…。バレちゃったか…」


思った通り、そこにはタンブラーと小さな革のポケットみたいなものを片手に、煙草を咥えてバツの悪そうな顔した先生がいた。


「ったく、驚いたぜ先生?まさか隠れて悪ぃことしてるワルなオトナだったなんてな?」


煙草を口から離した瞬間のやさぐれた感じの先生が、正直ちょっとカッケーなって思ったのは内緒だ。


「……そうだね。ごめんなさい、ネル。先生なのに生徒の大切な場所を利用するようなことしちゃって…」


「あ…あん?何だよ、先生。急にしんみりしちまって…。別にあたしはここが他のヤツらにバレなきゃ、後はどうってことねぇよ。ここはあたしと先生…“二人の”秘密の場所だろ?」


「ふふっ、そっか…ありがとう。私がコレ吸ってたのも内緒にしてくれる?」


イタズラがバレたガキんちょみたいな顔して、まだ煙の出てるタバコを指に挟みながら、そのタバコで『しーっ』ってジェスチャーをしてくる。


「…おう。あたしだって生徒が吸ってたんならともかく、さすがにオトナが煙草吸ってんなら別に咎めたりしねぇよ。それに、あたしだってココにサボりに来てんだからさ…こーいうのはお互い様ってヤツだろ?」


初めて嗅ぐ煙草の匂いにはまだ慣れないけど、それでもなんの理由もなしにこの場所を悪用するような大人じゃないってのは、あたし自身よく分かってるつもりだし、先生もそのつもりでココに来たんだろう。


「ネルは…優しいんだね」

「なっ!急に辛気臭ぇ顔でなーに言ってんだよ!はっ倒すぞ!」

さっきまでのガキっぽい顔から一転、急にすげぇしんみりした顔しながら、平気でさらっと誰彼構わず褒めるようなマネするのが、この先生の悪ぃ癖だと分かっちゃいるけど…それでもこのむず痒い感じには慣れない。


「ネル…私ね?大切な人の命日には、あの人のオイルライターで好きだった煙草に火を付けて…コーヒーを飲む事にしてるんだ」


「それでココに来たってワケか…?」


「…うん。シャーレだと生徒の出入りが多かったりするから…。それで、この秘密の場所を思い出して…。今日の夜だけは静かなココで“先生”をサボろうかな…って思ってね」


辛気臭い顔でそう言う先生の指先には、遮るものが無くてコロコロと変わる風向きにパニクるかのように煙が右往左往している。


「…そっか。まぁ事情はどうあれ、あんま問い詰めるようなこともしねーからさ…。今日はあたしとサボってこーぜ…?」


「……うん。ありがとう、ネル。」

先生は重苦しそうな声を出した後、手元の厚手な革ポケットの中で、短くなった煙草を揉み消してからタンブラーのコーヒーを啜った。


「そういや、なんでコーヒーなんだよ先生?そういう時って酒とか飲むもんじゃないのか?」

今日は妙にワルな雰囲気出してるから、辛気臭さを少しでもふっ飛ばそうとちょっとからかってみる。


「うん。あの人はコーヒーが大好きだったけど、お酒はからっきしダメでさ…小さなグラス一杯分のビールでもすぐ潰れちゃってた。だから…いつも煙草とコーヒーを持って、こんな風に外の景色を眺めながらベランダで煙をくゆらせてた…」


そっから一息吸い込むと、少しもったいぶった感じでこう言った。


「曰く、『早朝と深夜の景色に、コーヒーと煙草は最高の組み合わせなんだ』…なーんて言ってたっけ…ふふふっ」

「おっ、やっと笑ったな先生?」


ビルが建ち並ぶ街より先のどっか遠くを見つめたまんまだった先生が、思い出し笑いをした瞬間、あたしも釣られて口元が緩む。

重たかった雰囲気がふわりと夜風に乗ったように少しだけ軽くなった。


「そうだ。ここを使わせて貰ってるお礼にネルにも一箱あげないと…」

「は、ハアァッ!?何言ってんだよ先生!?あたしはまだっ…!」


学生だぞとか言おうとした瞬間、目の前に差し出されたのは、見たことの無いほんのり甘い匂いのする小さなタバコみたいな形の何かだった。


「コレね?キヴォトスの外から煙草を取り寄せるついでに買った、ここじゃ売ってないラムネ菓子なんだ。もし、ネルが来たら渡そうかと思って…」

「なんだよ!ビビらせやがって!紛らわしいことすんな!…ったく…でも、まぁ、一応礼は言っとく。ありがとな…。」


「こちらこそ、こんな話に付き合ってくれてありがとう。もし、ネルが良ければさ、形だけでも一緒に付き合ってくれないかな?」


「へへっ…!そっちこそ先生の立場で生徒にそんなこと言っても大丈夫なのかぁ?」

先生から貰った小指くらいの長さのラムネを軽く口で挟んでから、カッコだけマネして、口の中で少しスーッとするココアの風味を楽しんでみる。


「ふふっ…ネルがさっき言ってくれたでしょ?今日の夜だけは二人でサボろうって。今だけはさ、誰かと秘密を共有したい気分なんだ…」


そう言い終わると、胸ポケットから表面に擦り傷の入った鈍い銀色のライターを取り出して、また煙草を咥え始めた。

そっから、手の中のライターを軽くもてあそんだ後に、キンッ!カシュッ!パチッ!…って音を鳴らし終えると、口元を覆った片手の隙間から煙が立ち上り、もう片方の手の指の間には火の点いた煙草があった。


「へっ…またあたし達だけの“秘密”が増えちまったな…」

「そうだね…。本当は独りで抱えていくつもりだったけど…時には昔の話を誰かにするのも悪くないのかもね…」


指先の煙草を大きく吸い込んで、ゆっくりと煙を空に吹きかける先生は、今まで見たことないほど満足そうな顔だった。


そうして、夜景の中に溶けていく煙の先を二人して静かに見守ってった。

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