Capter.2『青い薔薇と、”お兄様”。』

Capter.2『青い薔薇と、”お兄様”。』

飛羽真『お兄さま』概念の人

 ・小洒落た男「…ふぅ、あったあった。」

 月明かりが照らすファンタジック本屋かみやま、その奥から売り場の側に出てきた店主…小洒落た服装の男の腕には絵本が抱えられていた。

 表題は『幸せの青いバラ』、その題の通り、表紙には自信に満ち溢れているかのように悠々と咲き誇る青いバラが描かれている。

 新作のネタを求め府中市で行っていた取材を終え、夕焼けに照らされながら帰宅する途中で”幼い少年”…いや、『黒い小さな本』に宿る蒼いドラゴンから聞いた話にあった『馬耳のお姉ちゃんが読んでくれた絵本』で、「そこに出てくる『お兄様』が『お兄ちゃん』みたい」だと、蒼く幼いドラゴンは何時にも増してはしゃいでいた。

 男は自分の机に向かい、腰を落ち着けると絵本を開く。ステンドグラスをクレヨンと水彩絵の具で描いたような、引き付けられる絵と共に数行の文章が振り仮名も含め出来るだけひらがなで書かれた、結構特徴的ながらもありふれた絵本。男は文章と絵を眼で追うようにしてその絵本を読み始める。


・・・

『あるところに、色とりどりのバラが咲いた、お庭がありました。そのお庭に咲きほこるバラ達は、お庭を訪れた人達に、幸せをあたえます。』

『ある日、そんなお庭で、青いバラが蕾をつけました。しかし、青いバラなんて、人々は一度も見たことがありません。』

『人びとは青いバラを怖がり、「青いバラなんて気味が悪い」、「きっと悪い魔女が植えて行ったんだ」などと、心ない言葉を浴びせてしまいます。』

『心ない言葉を受け続け、やがて「ボクは咲いちゃいけない悪い花なんだ」。そう考えるようになってしまった青いバラはその蕾を開かないまま、日に日に萎れていってしまいます。」

『枯れそうなくらいに萎れていってしまう青いバラ、しかしある日の朝、お庭に『お兄様』がおとずれます。』

『朝の涙に濡れ、今にも枯れてしまいそうな青いバラを見つけた『お兄様』は、「やあ、なんて素敵な青いバラなんだ。でも、とっても萎れているね・・・」少し悲しそうな顔をして考えた後、優しく笑うとお庭の持ち主を探して声をかけます。』

『「青いバラが枯れそうになってるけれど、大丈夫ですか?」お庭の持ち主は「ごめんなさい、私ではどうにもできません。」悲しそうなお顔で言いました。」

『お兄さまは言います。「じゃあ、代わりに僕がお世話をしたいです。」それにお庭の持ち主は心配そうに言います。「ほんとうに大丈夫ですか?ほかの人々のように、青いバラの事があなたは怖くないのですか?」』

『お兄さまは穏やかに笑い、「いいえ。全く怖くありません。むしろ、とても素敵なお花だと思いますよ。是非買い取らせてください!」と言って、青いバラをお庭の持ち主から譲り受けました。』

『お兄様の手に渡った青いバラは、鉢に植え替えられ、お兄様のおうちに置かれました。』

『いまにもかれそうなくらいにしおれていた青いバラは、お兄さまに毎日お水と一緒にたくさん声をかけて貰い、日に日に少しずつ、少しずつ元気になっていき、やがて蕾を開いて綺麗な花を咲かせました。』

『「やっぱり、すごく素敵だ。とっても綺麗に咲いたね。」お兄さまは暖かく笑います。「咲いてくれてありがとう。僕は、とっても幸せだよ。」そういって、お兄さまは綺麗に咲き誇った青いバラを窓辺に移しました。』

『窓辺に飾られた青いバラは、道行く人達を沢山幸せにしたのでした。』


・・・

 ・小洒落た男「…」

一通り読み終えたのか、最後のページを少し眺めると男は一度絵本を閉じる。

内容自体は善人の優しさによって主人公が救われ、ハッピーエンドを迎えるありふれた童話。

 ・幼いドラゴン『どう?飛羽真お兄ちゃん。』

『飛羽真お兄ちゃん』と呼ばれた男の横から顔を見せた蒼いドラゴンが絵本をのぞき込みつつ横目で男の顔を見るように顔を僅かに男の方に向ける。

男は何か思うところがあるのか、男はドラゴンじゃなく絵本に目線を向けたまま、

 ・飛羽真「そうだね、うん…とても素敵なお話だ。」

 ・幼いドラゴン『そうでしょ?このあと、青いバラは幸せにできた人たちと友達になれたんだって!』

絵本の内容にない、おそらくその後の事であろう話をおもむろにしだす蒼いドラゴン。あまりに急だったため、飛羽真は思わず聞き返してしまう。

 ・飛羽真「そうなのか?」

しかし男が聞き返してきた事実には意にも介さずに蒼いドラゴンは頭を上下させて首肯を表した。

 ・幼いドラゴン『うん!ライスお姉ちゃん…黒い馬耳のお姉ちゃんが言ってたよ!』

 ・飛羽真「黒い馬耳…」


…恐らくドラゴンの宿っていた『黒い小さな本』を拾ってくれた黒鹿毛のあの子の事だろう。

とても優しい子であるのだろうと思うとともに感じる。やはり、子供の夢想する力とは凄いものだ。子供の想像力には毎回目を見張るものを感じさせて貰ってきているが、やはり小さい子のそれはその最たるもの。

蒼いドラゴンの話し方から見て、この子の出した疑問に答える形で考えたものなのだろうが…それでも『物語のその先』を想像することは『本を書き、思い思いの世界を描き出す』ことにも通じている。

 ・幼いドラゴン「青いバラも怖がられて独りだったけど、『お兄さま』のおかげでが独りじゃなくなったんだって!…まるで飛羽真お兄ちゃんみたいでしょ?」

かつてはこの蒼いドラゴンも独りだった。独りぼっちな欠けたまま、未完のまま終わるはずだった存在だ。それを変えてドラゴンの心を救い、こうして”人間”と再び楽しく話せるようになったのもその『物語のその先』をかつて飛羽真が紡ぐことが出来たが故である。

 ・飛羽真「…かもな、君も、今まで色々とありがとう。これからもよろしくな。」

今度はしっかりと、蒼いドラゴンを見て微笑みながら飛羽真は答えた。

一通り話し終え満足したのか、頷くようにその頭を大きく上下させると黒い小さな本の中へとその姿を消す蒼いドラゴン。

飛羽真は夕方の公園で少しだけながらも会ったあの子の事を思い返しながら、『夢想』への最早何度目か分からない感嘆と尊敬の念を噛みしめつつ絵本をもう一度、今度はぱらぱらとページをめくりながら内容と絵を流し見ているとふと、

 ・飛羽真「…?」

妙な違和感を覚えた。違和感…というよりは妙な懐かしさに近いのだが…近いもので言い表すのなら…

 ・飛羽真「…ルナ。」

誰かの名を呼んだ飛羽真は机に置かれた別の絵本、


『Wonder Story』と、『著・神山飛羽真』と表紙に書かれている二冊の小説、そしてあの時と変わらず置かれている、赤いドラゴンの描かれた小さな赤い本を見やる。

それは、かつて彼とその”戦友達”がこれまで歩んできた文字通りの『軌跡』であり、その『軌跡』が再び刻み始められた今では殆ど人々からは忘れ去られている記録。

 ・飛羽真「…流石にこれ以上忘れてたことがあったとは…思いたくないな。」

月明かりと暗めに設定された照明が照らす店内で一人、飛羽真はどこか影を感じさせる横顔を浮かべていた。

 ・《prrrr…prrrr…》

 ・飛羽真「…ん?ぉわっと!?」

眼を伏せていた飛羽真は自分のポケットが震えていることに数秒気付かず、驚いてポケットからスマートフォンを半ばお手玉にするように取り出し、慌てて通話に出る。

 ・飛羽真「はいっ!…はい、神山です。はい…はい…え?えぇぇ!?」

しばらく応答を繰り返した彼の眼は、大きく見開かれていた。


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