Can I have this Dance?
空色胡椒「すげぇな」
「そうですね。人がいっぱいです」
学校付近までたどり着いた轟の運転する車。その後部座席に並んで座っている2人が窓の外を見ると、自分たちと同じように着飾っている生徒たちの姿がちらほらと見える。自分たちのようにロータリーまで車で来た学生、校門の前まで車移動でそこから歩く学生、学校内に用意されている更衣室から出てきたらしい学生と様々である。ただ共通して全員の顔に、今日のプロムへの期待の表情が見える。
「みんな楽しみにしてたんだな」
「はい。私も、楽しみでした」
「そうだよな。俺もちょっとワクワクしてた」
いよいよ到着である。乗降エリアまであと数台分の待ちである。
「拓海様」
と前を向いたまま運転中の轟が声をかける。
「轟さん?」
「改めてではございますが、ここね様のお願いを聞いてくださりありがとうございます」
「そんな。俺の方こそ色々お世話になってしまって。それに、まだ始まってないですよ」
「確かに。ただそれでも先にこれだけはお伝えせねばと思いまして」
「?なんですか?」
「ここね様の幼いころの願い、叶えてくださることありがとうございます。どうかここね様のことを、よろしくお願いいたします」
轟さんが軽く頷くように礼をするとほぼ同時に、車が乗降エリアに辿り着く。穏やかな笑みを浮かべている轟のその言葉にどれほどの意味が込められているのかは、拓海には正確にくみ取れなかった。ただそれでも、その言葉に返すことは初めから決まっている。
「はい。任せてください」
その言葉に満足げに轟が頷き、車を停車させてから運転席を離れる。降り口は車の左手側、拓海が座っている側のドア。そこへ回って轟は扉を開けた。
「では、いってらっしゃいませ」
「はい。ありがとうございます、轟さん」
車から降りながら轟と視線を交わしあった拓海は続いて降りるここねのためにその手を差し出した。
「ここね。手を」
優し気に細められた瞳と、どこか甘さすら感じるような優しい声。落ち着いた声音は彼の変身後の姿をどこか連想させ、似た衣装に身を包んでいることから、ともすれば劇の王子役のようだ。はっきりと速まった心臓のドキドキを自覚しながらも、ここねは拓海の手に自分の手を重ねて車から降りた。
「轟さん、ありがとう。いってきます」
「ここね様、楽しんできてくださいませ」
一礼してから轟はすぐに運転席に戻り車を出した。終了時間位に迎えに来てくれる手はずになっているから、後の心配は何もない。車が遠ざかるのを見送ってから、拓海とここねは顔を見合わせる。
「緊張してるか?」
「…少し。拓海先輩は?」
「もちろんしてる。緊張してるし、ワクワクしてる」
「それって…ふふっ」
ドレス選びの時に自分が言った言葉を返しながらいたずら気に笑う拓海に、昨日の夜から感じていた若干の緊張がほぐれるのをここねは感じた。
ゆいが楽しむように言ってくれた。拓海も楽しもうとしてくれている。
だったら自分も─
「そうですね。緊張してるし、ワクワクしてます」
「それじゃあお姫様、参りましょうか?」
「あ、もう…行きましょう、拓海先輩」
茶化すような言葉とともに腕を差し出す拓海。笑いながら少し頬を膨らませてから、ここねはそこに自分の手を置いた。周りの向かう先がプロムの会場にもなる大広間。アイコンタクトを交わしてから、2人はそこへと向かうのだった。
──────────
「わぁ」
「これ、本物のろうそく…じゃないか。けどすごいな」
会場に入ってすぐ目に入るのはその装飾。クリスマスということもありそれらしきデコレーションも施されているが、ひときわ目を引くのは壁に並べられている燭台のデザインの照明である。まるで本物のろうそくの火のような揺らめき方をする明かりは、その周囲をどこか幻想的な形で照らす。
他にも所々にまるで雪原のように綿が敷かれていたり、これまた本物そっくりの暖炉(電気で動くため、前に立つと実際に暖かい)が用意されていたり、曲を奏でるためにおいし―なタウンで活動する音楽団が招待されていたり、ダンスフロアから少し離れた場所に休憩や食事用の円卓とテーブルに並べられた料理が見えたりと学生が参加するパーティーにしてはかなり豪華である。
更に大広間にはツリーが運び込まれており、クリスマスオーナメントやクリスマスライトで彩られている。
「綺麗…」
「そうだな。これはみんなプロムに向けて準備を色々するわけだ」
ダンス自体が始まるまではまだ少し時間があるため、2人は並んで会場の様子を見て回っていた。
「にしても…」
「?どうかしましたか?」
「いや。やっぱり注目されてるな、って思ってさ」
「…そうですね。私もですが、拓海先輩も見られてますね」
「みたいだな」
拓海の言う通り、並んで歩く2人はかなり周囲の注目を集めていた。
言うまでもなく芙羽ここねは美少女である。拓海のクラスメートが力説していたように学年はもちろん、下手すれば学校一の美少女として認定されてもおかしくない。そんな彼女が普段しっかりと来ている制服から一転、煌びやかなドレスに身を包めば、それだけで男子の注目を集めないはずがない。
加えてそのパートナーである品田拓海。彼についてはこれまであまり学校での話題にならなかった。それは単純に彼が料理を学ぶことに集中していたことがあり、目立つポジションに立つことをしなかったからである。あの芙羽ここねと並ぶ奴がどんな相手なのか、それは男女問わず興味の対象だった。
蓋を開けてみると程よく高い背、シャープさの中にまだ幼さを感じさせる顔立ち、綺麗な姿勢とそれを維持したまま歩き続けている体幹と気品、そして近くを通るときに耳をくすぐる優しい声。白のタキシードを着こなす彼はここねと並んでなお霞まない。注目の的になることもある種当然であった。
「まぁ、気にしてても仕方がないか。ここね、何か飲むか?」
「あ、はい。そうしましょう」
近くを通りかかったウェイターさんに声をかけ、持っていたトレーから小さなグラスを受け取る。グラスの中には赤ともピンクとも見える色の飲み物が入っており、小さな泡がシュワシュワと上っている。
「これって何の飲み物ですか?」
「こちらはシャンメリーでございます」
「あぁ、なるほど。高校だからお酒が出るはずないと思ってましたけど、シャンメリーですか」
「ええ。クリスマスシーズンにぴったりなドリンクですし、少しでも大人な気分をぜひとも味わってください」
「「ありがとうございます」」
一礼してから去っていくウェイターさんを見送ってから、それぞれの手にあるグラスを近づける。
「「Cheers(乾杯)」」
小さな声でそう呟いてからグラスを軽く触れ合わせる。チンと2人にしか聞こえないくらいの大きさの音が鳴り、中のシャンメリーが少し揺れる。それを確認してから2人は同時にグラスに口をつける。
「おっ、結構美味いな」
「はい。ぶどうの風味だからなんだかワインを連想させて、確かに大人になった気持ちになれますね」
口に広がる甘みとくすぐるようなシュワっとした感覚はどこか懐かしさを覚える味わい。入っているグラスの形状のおかげか大人の世界の仲間入りをしたみたいで少し楽しくなる。
しかしここねが覚えている限り、クリスマスパーティーを行ったのは自分がまだ本当に幼いころと、ゆいたちと関わるようになった2年前からだけ。その中でシャンメリーを味わう経験はまだなかったはず。
どうして懐かしさを覚えたのか不思議に思いながらも、自分が今日こうして親しい先輩と共に、ドレスアップしながらグラスを傾けられていることが、どこか現実離れしているようにも感じられた。
「私、シャンメリー飲むのは初めてでした」
「俺もだ。別にお酒ってわけじゃないから子供でも飲めるものだけど、なんか特別感あるな」
「拓海先輩がまだだったってことは、ゆいとのパーティーでも出なかったんですか?」
「まぁな。ゆいは昔からいちごジュースとか好きだったからそういうのが多かったし。一昨年と去年もなかったろ?」
「そう、でしたね」
「つまり俺とここねだけ、一足先に経験したってわけだな」
そう言いながらいたずら気な笑顔。なんだかちょっと深読みができそうなセリフだけれども、そこに他意がないのはよくわかっている。それに自分も、その言葉が少し嬉しかったのだとここねは改めて思う。「俺とここねだけ」というフレーズが。
シャンメリーを楽しんだ後、2人はゆいやらんへのお土産話のために料理が並べられているテーブルの方へ向かう。前に拓海が作ったのに似ているクラッカーと合わせるカナッペやミニサンド、カラフルにまかれた寿司等のフィンガーフーズや、小さな小鉢に入れられているプリンやマカロンとプチシュークリームを組み合わせたようなスイーツと馴染みのあるものもあれば少し凝った珍しいものもあった。中でもおいしーなタウンを象徴する招き猫をモチーフとしたスイーツは学校側の遊び心の表れだろうか、視覚的にも楽しめた。
そんな風に料理を観察したり、少し食べて互いに感想を言ったりをしているうちに会場の雰囲気が変わってきていた。中央のダンスフロアに集まっている人と、その周りを囲むように並ぶ人たち。
「そろそろですね」
「そうだな」
いよいよダンスの時間が始まるのだと、会場の雰囲気が教えてくれる。拓海とここねもテーブルを離れてフロアを囲む円に加わった。
「最初は最上級生とそのペアだけだったか?」
「そうみたいですね。私たちは後から加わることになるみたいです」
フロアに並んでいる着飾った男女。もう間もなく曲が始まるらしく、手と手を取り、体を寄せ合うようにしている。楽しそうにしている人もいれば、緊張で少し表情が硬い人もいる。それでも全員、曲がかかるのを今か今かと待ちわびている。
指揮者が音楽団の前に立ちその指揮棒を構える。少しの静寂と合図とともに、その場に音楽が溢れた。
奏でられる音楽に合わせてフロアのペアが踊り始める。既に参加したことあるからか余裕のある動作で踊る者、初めてだからかやや緊張した様子で音楽に合わせて踊るよりも動く形の者、大きく動かず少し控えめに踊る者。流石に手本を見せてくれた轟達ほど洗練された動きをする人はいないが、それでもいろんなタイプの参加者が見られる。ただそれでも全員に共通することは、もれなくみんなが笑顔で踊っていることだった。
「楽しそうですね」
「ああ。にしても、轟さんからの教育、かなり役に立ちそうだな。こうして周りに人だかりができるなら、ここねのパートナーとして恥をかかせるわけにもいかないし」
「拓海先輩…でも」
「わかってるよ。まずは折角の機会を楽しむこと、だろ?」
「ふふっ。はい」
視線を交わしあって、再度ダンスフロアへと2人は目を向ける。拓海も、ここねも、踊るペアへと視線を向けながらその動きをしっかりと見つめる。ここねはその雰囲気全体を楽しむように。拓海は少しでも学びを得られそうな動きがないかを探るように。それぞれなりに集中していながらも、耳をくすぐる音楽に合わせるように自然と指先や足先がリズムを取るように動いてしまう。互いに言葉には出していなかったもののきっと2人ともが待ちきれないのだろう。そのフロアへと降りて、共に踊ることを。
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最上級生のためだけの曲は最初の2曲。そのあとはいよいよ2年生以下だけのペアが参加できる時間。2曲目の最後の音が響いた後、わずかな静寂の後に拍手が起こり、ダンスフロアにいた彼ら彼女らに贈られる。残る者もいれば手を取りながら円の外へと向かう者もいる。そして逆に今度は3年生がいないペアが何組かフロアへと進んでいるのが見える。
ちらりとここねが拓海の方を見上げる。フロアの方へと視線を向けていた拓海が、ちょうどそのすぐ後にここねの方へと顔を向けた。
「じゃ、行くか?」
「はい。お願いします」
組んでいた腕を一度放してから、拓海がここねに自身の掌が上に向くように手を差し出す。ここねがそっとそこに自身の手を重ねてから、2人は並んでフロアへと歩き出した。2人がフロアに向かうのに気づいた人たちが円に隙間を作るように道を開ける。単純な親切心からではなく、そこには明らかな好奇心が込められている。芙羽ここねとそのパートナーが踊る、それだけで見たいと思う人は多いだろう。
視線がやや集まっているのを感じながらも、既に慣れを感じていた拓海にとってそれは緊張の種にならなかった。ここねは言わずもがなである。2人は重ねてきた練習の通りに、重ねられた掌から感じる相手だけを意識しながら、迷いのない足取りでフロアへと進む。
「注目の的、だな」
「そうですね。いやでしたか?」
「いや、流石にもう気にならないよ。むしろいよいよ参加者みんなをびっくりさせられると思うと、楽しみだ。それに、ダンス中俺が見ている場所は、一つだけだしな」
「ふふっ。そうですね。私も楽しみですし、いつも同じ所だけを見てますから」
冗談めかしたやり取りも、今更緊張を和らげるために交わす必要もない。それでも言葉を交わして、笑いを交わして、2人は心を普段通りの状態へと持っていく。フロアでいい場所についた2人が今度は向かい合うように並ぶ。拓海が軽く礼をすると、ここねわ小さくカーテシーで返す。いよいよ始まるダンスへと期待を高めながら、ここねは差し出された拓海の手を取り、同様に拓海はここねの腰へと反対の手を回す。
再び構えられた指揮棒に合わせて、音楽団も学期を構え直す。指揮者からのアイコンタクトと腕の動作。それを受けて音楽団が奏で始めた曲に合わせて、またフロアの人々は踊りだした。
「…すげぇ」
「綺麗…」
そんな呆けた声を上げたのは誰だったかわからない。それはもしかしたらその人たち以外からも同時に発せられていたかもしれない。ただ一つ言えることは、多くの視線がやはりフロアの一か所に集中していたことだろう。
回る度にふわりとスカートが揺れ、照明の光に照らされて施された刺繡やラメに反射するようにきらめく。決して長くはないブルーの髪はそれでも彼女の動きに合わせてふわふわと優しく揺れ、ヘアピンやイヤリングがきらめく。優雅に、華麗に舞う彼女は回りながら、移動しながらも決してその視線を外すことはなかった。
青みがかった緑の瞳がずっと見つめるのは、深く包み込むような青。その瞳もまた彼女の視線を捉えて離さないと言わんばかりに、ずっと彼女だけを見つめている。白のタキシードを少し翻しながら、一歩また一歩と彼がリードする形で2人は踊る。その動きに戸惑いも迷いも何もない。ただ感じるままに踏み出すステップはそれでもパートナーの少女のスカートや足を踏む様子などみじんもなく、どこまでも滑らかに彼らを舞わせる。
曲の盛り上がりに差し掛かったところで拓海がここねの手を放し、両手をここねの腰に添える。そのことに特に驚く様子もなく、流れるようにここねは離れた手も拓海の肩に乗せる。曲の転調に合わせて拓海にリフトされるようにここねの姿がひときわ高く宙に浮かぶ。細いとはいえ人間一人分の重さはあるはずなのに、それを一切感じさせないような軽やかさでそのまま一回りすると、拓海がここねを地面に下ろす。一連の動きは全く無理に力んでいる様子がなく、降りてからもまた最初のように手を取りそのまま踊り始める。
まるでパズルのピースが綺麗にはまっているかのように、或いは精巧に作られたダンシングドールのように、彼と彼女はぴったりな動きで踊る。周りから注目されていることも、フロアに出ていた人の何人かが思わず足を止めてしまったことも2人は気づいていないのかもしれない。ただずっと、耳に届くその音楽と、絡み合う視線、手で感じ取れる熱が2人にとってのリアルだった。
2年前に出会った時はそんなに近づくことはなかった。
去年はみんなうちの1人だった。
でも今は─
互いに感じた思いは奇しくも同じ。
((─まだまだ音楽に、身を任せていたい))
そう思えるほどに、今の2人は近づいたのだった。