Borsch

Borsch


キヴォトスはサラダに蹂躪された。

誰かの悪意がぶち撒けられた皿の中で、サラダが人を嬲りものにしていく。崇高も理解もない、ただただ下品な悪夢が世界を襲っていた。

このまま滅ぶだろう、と悲観的な誰かは言った。このまま支配者が変わるだろう、と悲劇を望む誰かは言った。しかし、我々はそうは思わない。


何故ならば、レッドウィンター連邦学園にとって「学園存亡の危機」など、多くて月に3度あるからである。


「勇敢に行くぞ、突撃ィーッ!!」

「「「オォーッ!!」」」

保安委員長、池倉マリナの指揮のもと、一気呵成に突撃する保安委員たち。

酷寒のレッドウィンターではサラダの活動も鈍るのか、凍りついた同胞を纏って無理矢理突っ込んでくるサラダたちを、銃弾で砕く優勢な戦況を最初の内は見せていた。

しかし1日36時間の出撃の末、とうに矢弾は尽き、弾はふたりにつき1丁分の支給となった。当然撃ち尽くし、棍棒と化した銃で打ち据えて対抗しているのである。

「うぎゃぁー!? もご、もごごっごおおおお♥♥♥」

「あぁっ、委員長がまたやられた!」

「火炎瓶投げろ! よーい!」

貴重な燃料で作った火炎瓶で救出こそ間に合っているが、既にマリナ含め、保安委員たちの出産経験は十数回に及ぶ。

いい加減に対応策を練らなければ、如何に生徒が畑で採れると評判のレッドウィンターとて、その人材畑をサラダのプランテーションにされるのは明白であった。

「それで、その機械が?」

「はい。ミレニアムの技術者が発信した設計図を基に、工務部が作り上げたものです」

事態の対処に賢明にあたっていた連河チェリノは、腹心たる佐城トモエの指し示したその装置を首を傾げながら眺めた。

一見するとそれはマスクとパンツのように伺えた。だが、本来覆うべき部分には布地が見つからず、ぽっかりと空いた穴を不可思議な装置が囲んでいる。

「これは雪原を脅かしているサラダたち、それを正しく“食べる”為の装置なようです」

「あのサラダのおばけを、食べる?」

「はい。この装置を通して体内に侵入したサラダは、私たちの身体の中で分解されやすくなるよう組成が変化する……つまり、たくさんサラダが食べられるようになるようです」

「いったい誰が、あんなおばけサラダを食べたいと思うんだ……」

チェリノの言葉に、発表したトモエでさえ重々しく頷く。彼女自身さえ半信半疑のそれは、しかしミレニアムの才媛が作ったものであると誰も疑いは持てなかった。

如何に工務部が優秀とはいえ、ミレニアムの最新兵器をレッドウィンターの乏しい資産で易易と作れるものではない。最初からどこでも、誰でも作れる、誰もが反撃に挑めることを念頭に置いた設計になっているのだろう。設計した技術者の優秀さに、トモエは内心で舌を巻いた。

「ううむ。おいらはサラダなんて食べたくないぞ」

「ですので、保安委員や工務部に装着するように命じました。効果は期待薄ですので、保険程度のものかと思いますが……」

そうまで言って、窓の外で繰り広げられる攻防を眺めていたトモエは息を呑んだ。つられて視線の先を見つめたチェリノも、ぎょっと目を見開く。

「んもっ♥ もごご♥ んぐ♥ んぼぉおお……♥」

「うわっ、火炎瓶投げろ、早……あっ♥ やだ、そんなとこ……ん゛お゛お゛お゛ッ♥」

sそれはまさに前線の崩壊、その前触れだった。

果敢に突撃するマリナが本日6度目の捕獲に遭い、元々臨月を迎えていた腹が雪だるまのように膨れ上がってサラダを排出する。

マリナを助けようと動いていた工務部部長安守ミノリが慌てて制圧を指示するも、マリナが口から吐き出したサラダにアナルを串刺しにされ、絶叫しながら連結する憂き目に遭う。

間抜けな光景だが、それは前線指揮系統の崩壊に他ならない。他の保安委員、工務部員たちも、あっという間に悲鳴を喘ぎ声に変えていった。

「い、いけません! お逃げください、チェリノ会長! このままでは……!」

「……いや、待てトモエ」

レッドウィンター最後の日と見るや、トモエは血相を変えて退避を促す。既に普段のクーデターの規模では済まず、本格的なキヴォトス全土の危機がレッドウィンターにも迫っていると否応なく理解させられた。

そんな焦るトモエをチェリノは小さな手で制す。諦めになられたのか、とトモエは顔を上げるが……その瞳は注意深く、戦場を見つめていた。

「トモエ、そのミレニアムの技術者の名は?」

「は、はい……確か、白石ウタハと……」

「ではウタハ勲章と名付けるとしよう」

そう言って、チェリノは凄惨な捕食の場と化した戦場に、号令をかけた。

「総員――そのまま、食らい尽くせ!」

「「「ん゛ッほおおおおおおお!!!!♥♥♥」」」

サラダと人が9:1。サラダと人が7:3。サラダと人が5:5。

どんどん、どんどんとサラダの数は減り、そして人が大きく膨れていく。

「んごっ♥ おぼ♥ たべりゅ♥ たべりゅぞ♥ チェリノ会長の命令だぁ♥♥♥」

「ちくしょう、このサラダめ♥ サラダなら大人しく配給に並べ♥ お゛ッ♥ ケツ穴でまた食べてりゅううううううッ♥」

彼女たちは――食べていた。口に、女陰に、尻穴に突っ込んでくるサラダたちを、喘ぎ声を上げ、腹を、胸を膨らませながら呑み込んで、しかし外に出さない。

たちまち人間アドバルーンとなり動けなくなってはいたが、サラダたちはこの異常な状況に臆することも、疑問を呈することもなく彼女たちの3つの口に飛び込んで、更に満たそうと試みていった。

「トモエ、勝てるぞ。反抗の準備を」

「……はい! 控えの工務部員たちを大至急総動員し、装置を量産させます!」

そうして残り2割のサラダが呑み込まれていくのを見ながら、チェリノはふと本棚に並んだ絵本を思い出す。

子どもの為に描かれた教訓と可愛らしさのたっぷりと詰まったそれには確か、食材たちが女の子に美味しく食べられようと奮闘する話があった筈だ。

劣勢の戦況の中、何故サラダたちが喜々として自ら口に飛び込むのか。それは彼らにとって“食べられる”ことこそ目的だからではないか……そうまで考えて、チェリノは考えを打ち切る。どう考えたって、自分は野菜は食べたくなかったのだ。

「野菜は温かいボルシチにして食べるのが一番だ! 直ちに大量の暖かいスープを用意させろ!」

「只今より、“ボルシチ反抗作戦”を開始する! 世界を救うのは、レッドウィンターだ!」

こうして、キヴォトス史に残る奇妙な作戦が始まった。

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