Bite the bullet

Bite the bullet




脇を締め、グリップを左から包みこむ。反動を抑えこむように。ヘルメットのバイザー越し、白い的の中央に意識が収束していく。

不意にとある男の声が脳裏に浮かび、駆け巡る。その文言、一語一句を暗記してしまうまで再生を繰り返した、あの時の日付が記されたライブラリに残る口上。


『……相手の命だけでなく乗り手の命すら奪う──これは道具ではなくもはや呪いです』


やけに控え目な銃声と、中心からやや右下を撃ち抜かれた的が訓練の成果を物語っていた。


・・・


生命を弄び続けている。

その命は娘と同じ顔をしている。

顔だけではなく螺旋の一片まで同一の存在。ルブリスの中に繋ぎ留めた娘の為に、その存在を消費し続けている。


・・・


一時的に身を寄せていた、水星のパーメット採掘場とスペーシアン企業群が所有するプラントを直線距離で結ぶ中間地点に存在する小規模プラントの数々。

以前はここから企業群プラントと地球へと降ろすパーメットの振り分けが行われていた。

作業員は水星で採掘を行い、採掘したパーメットと共にこのプラントに一時滞在し、振り分け作業を行い、スペーシアン企業の担当者へ殆どを引き渡し、それ以外のパーメットと共に地球へ降りていく。そういう循環が行われていた。

パーメット採掘ラッシュに沸いていた時期、企業がこぞって建築した中継局群。月での採掘が主流になった現在、それらが使用されることはほぼ無い。


そのいくつもの中継局を転々としながら身を寄せていた期間は半年ほど。ほぼアーシアンで構成されていた作業員が一時滞在するのみの施設。その建築基準はエリクトの幼く脆弱な肉体を守るには不充分だった。


・・・


発熱由来の僅かな頬の赤み、そこに蛍光に発色する細かい青のラインが重なる。まるで鼓動のように光の明滅が早まっていく。

最終的には明滅すら忘れ、青白い発光が柔らかい頬を覆い尽くしていた。

ルブリスのコクピットで娘を抱えたまま、片手でコンソールの操作を行う。汗に濡れた頭髪が小さな額に貼り付いている。それを整えてやりたい気持ちと操作を急がなければという気持ちが指を急き立てている。

操作を終えて額に貼り付いた頭髪を指で撫で、整えた頃には浅い呼吸が更にあるかなきかの域へと踏み入ってしまっていた。その弱々しさが恐怖をかき立て続けている。

娘が最期に苦痛から解放されることを願いながら、同時に一分一秒でも永らえ続けることをも望んでしまっている。

様々な色の感情が暴れ、胸の内側にガリガリと無数に爪を立てていく。震える腕を制御しながら、小さな体をシートにそっと寄り掛からせた。


この場所ではもう、この子にしてあげられることは何ひとつ無いのだ。


呼び掛けようとする自らの唇はただ震えるのみで、明瞭な言葉はそこから紡がれることは無かった。


・・・


──悲鳴にも似た、喉から絞り出すような女の泣き声。その合間に、明らかに違う声帯から発する間延びした柔らかい喃語が混じる。


子供、エリクト、エリィ、違うそれは目の前、張りのあった眼窩はすっかり落ち窪み──体温、が、周囲の気温に馴染んで、失われて。

赤ん坊、の、声……?


間延びしていた喃語が少しずつ小さく、しかし切迫しながら途切れていく。やがてそれは小さな泣き声に変わっていった。


──酷い頭痛。エリィ。頬の発光は収まってしまった。もうこの器には。

コクピットが青白く明滅している。もし彼女が何か伝えようとしていても、それを読み解く手段は今はまだ無い。


膝と喉の痛みが亡骸に縋り付きコクピットの床に崩れ落ちていた時間の経過を痛感させている。

……赤ん坊の鳴き声は未だに続いている。ここの空気が乾燥していることを、ふと思い出す。あれだけ泣き続けてしまえば喉も渇いてしまうだろう。脱水すらあり得る。


「エリィ、あの子に何か飲ませなきゃいけないの。……少しだけ。そう、少しだけ待っていてくれる?」


固まっていた四肢を動かし、ぎこちなく頬を撫でる。指先をそこから離す瞬間、引きちぎられるような幻痛を感じた。


泣き声の方へとコクピットから体を蹴り出す。抱き上げ思わず頬を寄せれば湿った感触と温かさがこちらの頬へと伝わる。赤ん坊をしっかり抱き締めたままに床へと膝を付いたのは、頬の温もりと時々顎にぺたりと触れる指先に救いと同時にどうしようもない罪悪感を覚えてしまったからだった。

内側で張り詰めていた何かがぐずぐずに崩れ落ち、支えを失ってしまっていた。まだ何も始まってすらいないのに。


・・・


『慣れてきたようですので、次回からは私と銃撃の連携訓練を行う流れに』


「……分かったわ。今日はこのままフロントへ向かいます」


閉鎖空間に響くアナウンス。従業員というカバーの下から戦術指導員の顔を露にした男が丁寧な物腰で訓練の終わりを告げる。

あの時崩れた内側はそのままに、娘達への罪悪感を長々と一本ずらりと通した背骨を支えに無理矢理に立ち上がっていた。

全てはエリクトの為に。それを支える背骨は二律背反だ。立ち止まれば矛盾から崩壊するだろう。

放たれた矢であれ。薬莢が炸裂した銃弾であれ。全て崩れる前に成せ。あれが呪いと呼ばわるそれを、コクピットから解き放て。

そもそも呪いと呼ばわりながらもソレをばら蒔きたがっているのも、あれなのだから。

呪いと利で繋がった悍ましくも人らしいあれとの協力関係は何と呼ばわれば良いのだろうか。

益体も無い思考を嗤う。手入れを終えた銃をあるべき場所へしまいこむ。バイザーの視界を調整する。

狭い通路に響く硬質で乱れの無い自らの足音で自らの繰り糸を持ち上げる。動けるならばどうということはない。


立ち止まってしまうことこそが最大の恐怖なのだから。



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