Behind the scenes
「……今日ぐらいは大人しく休んでいる姿を見せよう、とは思いませんか」
「私がそんな殊勝な精神を持ち合わせた生き物だと思っているなら、お前の観察眼に対する査定を下げざるを得ませんよ?」
「昼間、お諌めしたはずですが。もう忘れたと?」
「お前が補佐に入ることを認めはしましたが、私が休むとは言ってませーん。
七日目までは休むわけにはいかない。これに関しては確定事項と心得なさい。
何か不満でも?」
「……今の貴女には、以前見た状態と重なるところがある」
「ふーん。それで?」
「貴女の態度は、まるでこのただのリゾートツアーに霊王宮を侵攻する事と同程度の危険性があると考えているようだ」
「……私にとってはお前たちが楽しく過ごしてくれることは世界の行末と同じぐらい大切デスヨー?」
「………それも、真実ではあるのでしょう」
「………………。」
「………………………。」
「…………はあ。ま、お前ならいいか
んーと、何から話せばわかりやすいのやら。
そうですね––––
––––ローレアン・ラプラスの仲間を見ましたか?」
「……?」
「ではゲルトルードの夫君でも良いでしょう。もちろん私の兄のことではない、のは文脈でわかりますね?」
「………申し訳ありません。容貌すら存じ上げない方を「見たか」と問われれば、「わからない」としか」
「そうよね。では質問を重ねましょう。
この特異点の主–––––すなわち我が兄が、わざわざそれらを己の作った箱庭に招待すると思います?」
「…………言ってよろしいのですか」
「私がこれまでお前に美辞麗句の誤魔化しを求めた事があって?」
「では、なさいません。
陛下はああ見えて懐に入れた身内には非常に寛容なお方ではありますが、資源の有限さに関しては非常に深い理解と懸念をお持ちです。
誰かにとって特別であるというだけの取るにたらない存在に心を配るような事は–––––間違いなく、ない。塵芥も同然でしょう」
「うんうん。お前はそういうのちゃんとわかってる側よねー。
では、さらに重ねて質問。
そのような者どもが事実ここにいるという物証は、何を意味しているでしょうか」
「……異変が起きている。さらに言うなれば、陛下すらこの事態を制御下に置けていない?」
「やや具体性に欠けますが、前提知識がほぼないということを考慮すれば◯。
観測データはこちらで統制している状態ですが、実の所この特異点は徐々に拡大を続けています。
餌は当然、この空間を構成しているお客様の欲と見るべきでしょうね」
「欲、ですか」
「別に悪いものではないのですよ?
綺麗な風景を見て「ああ、あの人にも見せてあげたいなあ」とか。美味しいものを食べて「あの人ならどんな風に感想を言うかなあ」とか。誰だって考えるじゃない?
ただ、今回の場合は土台自体がフワッフワですもの。その程度でも呼び水には十分だったというだけ。
最初からいたのだという結果が、後から発生するだけ。
要するにこの特異点の本質とは、「会いたい人に会えること」なのです」
「それは……良い事ではないのですか」
「人間(ミクロ)の視点で見れば良いことこの上ないのですけれどね。
人が人を呼び、細部が詰め込まれていく。一見無限に拡大するように思われますが、実の所そうでもございません。
––––––頭の中に全世界がある人なんていないでしょう?ヒトがはっきり意識して想起できる世界など、精々街ひとつ分が関の山。
加えて、ほら…うちの国って基本的に自分と近しい誰かさえ良ければあとはどうだっていい人が大多数(マジョリティ)でしょう?狭いんですよね、世界が。
その空間を構成する人物全てにとって、世界を構成するすべてが揃ったとする。であれば、それは世界そのものの完成と何ら変わりない。
完成した一つの世界はもはや常世の国ではいられません。時空も何もかもがゴチャゴチャになった状態で顕現し、基底の現実を蝕む大穴と化す……というのが現在最も有力な仮説です。
夢想を描いただけの絵画であればまだ看過しようもある。ただ、それが現実に侵食してくるようであれば、あとは剪定されるのみですので」
「––––––––––––––あの、話を中断するようで申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか。
私は、あの、今回は陛下主導でリゾートをやるという趣向なのだと伺った時、ちゃんと明らかなお気に入りでない騎士(リッター)も招いておられることを確認して––––––
–––その–––てっきりこれまで長年奏上し続けてきた福利厚生の大切さについてようやくご理解をいただけたものだとばかり思っていたのですが––––––
–––あれも、まさか。まさか–––」
「そっちは私も本気で“そう”だと信じていたいから追求しないで?」
「…承知しました。
……………。
重ね重ね不勉強を晒してしまい恐縮の限りなのですが、一つご教示願いたいことが。
剪定、とは?」
「ほら、お前たちがよく言っていること、あるじゃない。誰かを不幸にするほど自分が幸せになれるんだよ、そういうもんだから仕方ない仕方ないよーし今日もいっぱい殺すぞー!みたいなアレ」
「………そこまで言った覚えはございませんが?」
「にゅ、ニュアンス的には同じじゃない。怒らないでよ…
私としてはなんかあんまり気持ちよくないので承服しかねる理屈なのですが、現行の世界単位で見れば実際問題としてリソース割り振りの問題というのはかなりシビアな話であるのです。
私やお父様のようなハイエンドならかなりの割合を緩和できますが、それでも供給量は無限に限りなく近いだけで無限ではないのですよね」
「そのリソースの問題が、剪定に繋がると?」
「そう。世界の分岐点を一本の木に見立てたとして。
成長性を失ったもの、間違った道を歩んだもの。そういったものをジャンジャン間引いていくことで、他の枝が成長していくためのリソースを確保できるのです」
「優れた者の道のために、他には礎となってもらうと。……不思議と、初めて聞く気がしない話ですが」
「こんな私にとって全然気持ちよくない機構が世界を牛耳ってるなんて考えれば考えるほどすッげ〜〜〜ェムカつく話です。ですので私の目が黒いうちにこんな仕組みはどこかにうっちゃってしまうつもりでおりますが、それはまあ今は置いておくとして。
勘違いしないでね?別に優れたものが必ず残されるというわけではございません。ましてや善悪の話でもない。重要なのはどちらかと言えば継続性、発展性と言うべきにございましょうか。
エンディング、あるいは袋小路。これ以上広がらないから、見る必要もないと断じられるのです」
「……はあ。正直なところを申し上げれば、バカンスをしたいというだけの願望がいきなりそのように世界の構造にまで波及するというのは、些か唐突に感じますが」
「別に無からマルチバースが生えてきたわけでもございません。
本領を発揮するに至った全知全能(ジ・オールマイティ)とは、要するに一つの枝を力技でぶち折り、そこに割かれていたリソースを別の一つに移し替えることで強制的にそちらの枝にジャンプしているようなものなのですよ。
リソース集積・再分配機構としての一つの極地。息をするが如く、息一つすることにすら収奪を必要とし続けた存在だからこそ辿り着いた超絶技巧。己もできるぞと嘯く者もおりますが、あんな物はすでに確立した理論を上辺だけなぞった形ばかりの模倣に過ぎないのです。当然私も全く同じことはできません。
ただし兄様的には呼吸したり心臓を動かすのと同じような物ですし、「するな」と言ったところで不随意筋を随意に動かせと言われるようなものなのではないかと」
「……………わかりました。
いえ、実の所よくわかっていないとは思うのですが、とりあえず、貴女を全面的に信じるという腹だけは決めました。
その上で、諸々の用語を省き、私の理解する範囲で要約した上で貴女の行動を分析するのですが––––
––––つまり、このバカンスを成功させないと、世界が滅亡すると?」
「はい」
「具体的な解決策は」
「みんながみんな、「あー満足した!もう心残りとか全くないなー!さあ帰ろ帰ろ!」という心持ちになれば、場の力場が薄れて解体しやすくなるという公算です。
お父様に泣きついて出してもらった解決策なので、結構確度は高いと思います。
だからカルデアにもそのようになるように命じているでしょう?」
「具体的な期限は」
「七日目の終わりまで。
今までは具体的な日付を意識させないことで限りなく遅延させていましたが、カルデアという外部観測者が来訪した時点でそのヴェールは破綻しました。
万が一の手としてロールバックして泣きの一回ぐらいはできるかもしれませんが、望み薄です。おそらくそれ以上はそもそも「私」が保たない。世界一つ分の愛すべきヒトが視界の中に収まっているなんて、空前絶後の大チャンスですからね!」
「……………………」
「………………」
「……一つよろしいでしょうか」
「よろしくてよ」
「何故このような洒落にならない事態を今まで隠匿していらっしゃったのか、合理的に納得のいく説明をしていただいてもよろしいですか?」
「ピィッ……
だ、だって!最初に言ったじゃない!みんなに楽しく過ごしてほしかったの!
世界滅亡の瀬戸際で楽しくバカンスできる人なんてそうそういないでしょう!
逆に「世界が終わる瞬間までみんなと乱痴気騒ぎして過ごせるなんて最高だウェ〜イ!」って開き直って邪魔しに来られても困るし!何人か本当に言いそうだし!
純粋な悪意とか私利私欲でこの特異点を維持してるエネルギーを奪いにきそうなやつもいるし!」
「…………前者はともかく、流石に後者は存在しないのでは?」
「……うん。お前はそのままでいてね……」
「?」
「あー、えーと、うん、なんでもない!本当になんでもないから!
お前だって…ね!いっぱい遊んで楽しかったでしょう!水着ギャルいっぱい見れて嬉しかっただろ!ね!」
「……………」
「え?なにその顔」
「……………………ええと、その。
貴女や陛下の采配に問題があるわけではなく、本当に、本当に私個人の問題なのですが……
陽の光が降り注ぐ中をあちこち動き回るというのは、まあ、一時の楽しみが無いとは申し上げませんが、あまり心が休まらないというか。
暑いし、潮風はベタベタしますし、水着ぎやるを見たところで今更心が弾むようなこともありませんし、あと引率で疲れましたし……
どうせ休暇を取って目新しい所に行くのなら…その、温泉旅館とかいう物の方が…よかった、かな?というか……うん。できれば二人で」
「そんなの後でいくらでも連れてってやるわよう。
最近いい感じのところ見つけたから。ロリ美少女剣士の女将がいるとこ」
「滞在する場所はサービスの良さで選ぶべきでは?」
「サービスも良いの!
…ま、タイムリミットまではあと僅かですが、 そういうわけだから色々手伝ってよね。
私、今の役柄結構気に入ってるから……お前が老衰で死ぬまでぐらいは羽織っていたいもの」
「……ふふ」
「何。私が感傷的な物言いをしたら可笑しいとでも?」
「いえ、この期に及んで寿命程度で終わりにできるつもりなのかと思って」
「ひぃん……」