Bad(パンクハザード7)

Bad(パンクハザード7)

Name?

「ウタ、一人任せていいか?」

「もちろん!」

 そう言ってルフィと別れたのは一分程前。

 ウタは再び獣人と対峙していた。

 もう一人の獣人はルフィが相手をしているから、今度は横やりを心配する必要もない。

 目の前の敵に集中するだけでいい。

 鉄と鉄のぶつかり合う音が、雪山に響く。

「くっ──」

 うめき声を上げるのは、獣人だ。

 銃使いで、姿をくらます技能を持っている彼は、恐らく接近戦は不得手なのだろう。

 また、体格差をものともしないサンジの膂力も手伝っているのかもしれない。

 もちろん、ウタとて自分の体ではないのだから、思い通りではないことも多い。

 特に、敵に鉄棒を打ち付ける度に、手にかかる振動が、普段よりも大きく、煩わしく感じる。

(ごめんね、サンジさん。手は料理人の命だっていうのに)

 頭の中で、ウタはこの体の持ち主に謝罪する。

 おそらくこの体は、ずっと音楽をやってきて、そして武術も棒術を選んだウタよりも、振動に過敏になっているのだろう。

 だからと言って、攻勢を緩めるつもりはない。

 後ろには、子供たちと仲間が控えているから。

「ふっ!! せいっ!!」

「くっ──、こいつッ!!」

 接近戦は、ダンスを下地にブルックに鍛えられたウタに分があった。

 ウタは、最初はサンジの身体能力を持て余してしまっていた。イメージと、実際の体の動きにズレが生じていたのだ。

 しかし、イメージ通りに自分を操るのは、ウタの十八番だった。

 だからウタは、次第にその違和感にも順応していく。

 苛立ちを見せる獣人とは裏腹に、冷静なウタの攻撃は、次第に獣人の体を掠め始める。

 ガイン!!

 ジャゴン!!

 “指揮杖”の一撃を大きく振り払った獣人が、撃鉄を起こした銃口をウタへと向ける。

 近距離射撃──!

 ウタは咄嗟にバク転をして、その場を離脱する。

 ドゴン!!

 一瞬遅れて、地面で砲弾が炸裂し、煙が上がる。

 やったか、なんて獣人が思う間もなく、煙の中から無傷のウタが飛び出してきた。

「くそっ!!」

 悪態をまともにつく暇もなく、ウタは着実に獣人を追い詰めていく。

 驚くほどに、体が軽い。

それだけサンジとウタの肉体の能力が違うからだろう。

 能力なんて何も使っていないのに、自分の思い描いた通りに体が応えてくれる。

(わたしが自分の体をこんな風に動かしたら、体中傷めるんだろうけどさ!)

 しかし、参考にはなる。

「おっと」

 頭を狙ってきた銃身の薙ぎ払いを、ウタはスウェーバックして躱した。

「よっ」

 そのまま足払いをかけて、獣人の体勢を崩す。

「ぬあっ!?」

 尻餅をつきそうになったその巨体の膝の上にウタは飛び乗って、“指揮杖”をフルスイングした。

 バキッ!!!

「グゥ──!!」

 下から顎を殴打され、獣人は空を仰いで白目をむく。

 ズシン……と仰向けに倒れた獣人から、ぴょんと飛び降りて、ウタは笑顔で「だーい勝利!」と拳を突き上げた。

 さて、と息をついてから、ウタは踵を返して子供たちと仲間の元へと歩き出す。

 ルフィたちの方は応援の必要はないだろう。

 鼻歌交じりに歩くウタに、ナミが声をかける。

「ウタ、後ろ!!」

 咄嗟に振り向くと、気絶したかと思った獣人が、口と鼻から血を垂らしながら体を起こし、銃口をこちらに向けていた。

(油断した──!?)

「……子供のことは仕方ない……。毒ガス弾を、喰らえ……!」

 かすれた呟きを、ウタの耳が拾う。

 毒ガスは、まずい。

 どこで炸裂したとしても、面倒ごとは必至だ。

 咄嗟にウタは状況を整理し打開策を思考する。

 逃げる──ことはできない。子供と仲間が背後にいる。丁度射線上だ。

 今から駆け寄って再び──も難しいだろう。既に銃口はこちらを向いている。

 もちろん、その毒ガス弾を“指揮杖”で払いのけるのは論外だ。毒ガスがウタ中心に炸裂しかねないし、毒ガスがブラフだった場合のリスクが大きすぎる。

 なら。

 最速、最短で、味方から遠いところでそれを炸裂させてしまえばいい。

 例えば、その銃身の中とか。

 あるいは、発射されて直ぐに。

 右手に持った“指揮杖”を掴み直して、ウタは肩の上にそれを構える。

 この距離、この風。

 ウソップでもないのに、敵の銃口目掛けて飛ばせるか?

 しかし、やらねばなるまい。

 投擲しようとウタは右腕と足腰に力を籠めて──

ゴトン!

 それを遮るように、不意に獣人の両腕の肘から先が切り落とされた。

 ボトリと落ちたその腕からは、血も何も流れない。

 驚愕したように、獣人の瞳が見開かれたかと思うと、今度はその胴体が真っ二つに分かれた。

「……くそ、何のつもりだ、トラファルガー!!!」

 そんな状態になっても、最後のあがきと言わんばかりに、獣人がその腕を振るい、突如現れたその男を圧し潰さんとする。

 しかし、男は能力を使ってそれを躱すと、獣人の心臓付近に手を当てた。

「“カウンターショック”」

 バリ、という音とともに、獣人は血を吹いて今度こそ沈黙した。

 地面に降り立った男に、しかしウタは警戒心を緩めない。

 敵か、味方か。 

 それがわからないから。

 武器を両手で構えて、ウタは“死の外科医”を睨みつけた。

────

 

 

 

 

「ブオオオオォォ!!!」

「“六輪咲き《セイスフルール》!!」

「“ゴムゴムの象銃 《エレファントガン》!!」

「“必殺爆睡星”!!」

 一味の技の前に、ズゥンと巨体が倒れる音が、二か所から響く。

 一方は、ロックと呼ばれていた獣人。

 彼はルフィに殴られ、山肌にめり込みながら意識を失っていた。

 では、もう一方の巨体は誰かというと……。

「まったく、勝手にでかくなって勝手に暴れてりゃ世話ないぜ」

「そうね。フランキーには、二度とチョッパーの体に入らないで欲しいわ」

 ウソップの呆れた声に、ロビンが冷たい声で同意する。

 目の前で寝る巨大なトナカイは、みるみるうちに体を縮めて、すぐに見慣れたチョッパーの体になった。

 どうやら“ランブルボール”を服用して、暴走してしまったところを、ロビンが取り押さえてウソップが無理やり眠らせたらしい。

 よいしょ、とルフィがチョッパーを小脇に抱えて言う。

「んじゃ、一回戻るか! 大丈夫だとは思うけど、ウタたちが心配だ」

「そうね。体が入れ替わってしまっているから、無残に負けて爆散していなければいいけど」

「怖ェこと言うなよ!!?」

 ロビンの発言にウソップが驚いたように声を上げる。

 三人は再び道を引き返し、仲間との合流を急ぐ。

 そして、見えてきたのは──

「あれ、トラ男ー!! お前ウタたちを助けてくれたのかー!!」

 雪原に佇むローに、ルフィは手を振りながら近づいた。

 そんなルフィの様子に小さく溜め息を吐いて、ローが言う。

「丁度戻ってきたようだ。……少し考えてな。お前に話があってきた、麦わら屋」

 腰に手を当てて怪訝な顔をしているウタから、視線をルフィに向けてローは続ける。

「おれに?」

 首を傾げるルフィに、ローは「ああ」と小さく頷いた。

「“新世界”で新参者が生き残るためには、二つの路がある。一つは四皇の参加に入ること。もう一つは、挑み続けることだ。……麦わら屋、お前は──」

「誰かの下には付きたくねェ。おれは船長がいい!」

 当たり前だ、と言わんばかりにルフィが宣言する。

 その言葉に、ウタがうんうんと頷いた。

 だろうな、と呟いてから、ローが言う。

「だったら、ウチと同盟を結べ、麦わら屋。四皇を一人、引きずり下ろす策がある」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるローに、声を荒らげたのはナミだった。

「同盟ですって!? 四皇を倒せるなんて、バカバカしい!! 何が狙いかは知らないけど、ルフィ、この話には乗っちゃダメよ!!」

 ナミを一瞥して、ローはつまらなそうに肩を竦めた。

「何もすぐに、確実に倒せると言ったわけじゃない。順序を追えばそのチャンスが見いだせる……そういう話だ。──どうする、麦わら屋?」

「なあ、その四皇って誰のことだ?」

 そもそも、その存在をよくわかっていないルフィが、首を傾げる。

 ちょっとルフィ、と言うナミに、ウタが「もうこうなったらムダだって」と声をかける。

 ルフィへの説明を担ったのは、ロビンだった。

「この“新世界”の海で絶大な影響力を持つ四人の海賊のことよ。まず、あなたが魚人島でケンカを売った“ビッグ・マム”。それから、“百獣”のカイドウ。それからあなたたちと縁の深い“赤髪”のシャンクス。もう一人は“白ひげ”だったのだけれど、あの頂上戦争の後はその後釜に“黒ひげ”が入っているわ」

「“黒ひげ”かァ……」

 その名前を聞いて、一瞬だけルフィの顔が曇る。

 だが、すぐに表情を明るくして、ルフィは言った。

「よし、やろう!!」

「待て待て待て待て!! こんなびっくり人間解体ショー人間と同盟を組むだと!? 寝言は寝て言いやがれ!!」

 ルフィの言葉に、目をむいてウソップが反論する。

 そうだそうだ、とナミとチョッパーがそれに賛同し、ロビンが冷静に言う。

「……私はあなたの決定に従うけど……、“海賊同盟”には裏切りが付きものよ。人を信じすぎるあなたには向かないかも」

「とは言っても、ルフィが決めちゃったんだから、もう変わらないでしょ。だってルフィだよ?」

 ウタは半ば諦めたような口調で言う。

 どうせ遅かれ早かれ、だ。

 問題は、トラファルガー・ローが裏切るのかどうか。

 ウタにとってはそれだけが懸念材料だが、ルフィたちの

「お前裏切るのか?」

「いや……」

 というやり取りを見ていると、どうにも疑うのもバカらしく思えてくる。

 とにかく、とルフィは明るい笑顔で言い放つ。

「“海賊同盟”なんて面白そうだろ!? それに、トラ男は良い奴だと思っているけど、もし違っても、おれにはお前らがついてるからよっ!!」

 心配すんな、とルフィは笑う。

 それを聞いて照れる一味に、ウタは(まったくこの人たちは……)と頬を緩めた。

 一方のローはと言うと、信じられないものを見ているように、呆然とした顔をしている。

 とりあえず、とウタはローに話しかける。

「トラ男さん、わたしたちの体、元に戻してよ。いろいろ不便してるんだから」

「……そうだな。“シャンブルズ”」

 ローが三本指を立てた手をクイッとひねって、再びウタたちの人格を入れ替える。

「Ahー♪ よし! やっと戻った!」

 ウタはウタの体に。

「……なんだか、とても眠いぞ……」

 チョッパーはチョッパーの体に。

「……んお? おれはどうしてたんだっけ……?」

 フランキーはフランキーの体に。

「……なんで私だけたらい回しなのよ……」

 そしてナミはサンジの体に入って涙を流していた。

 それに対して、ウソップが笑いながら、仕方ねェよと言う。

「サンジは侍を探しに行っちまったからな! 体がなけりゃどうしようもねェ!」

「……そういうことだ。合流したら戻してやる。我慢しろ」

 そう言うローに、ルフィが思いついたように声をかける。

「そうだトラ男、お前医者だったよな?」

「ああ、おれは医者だ。それがどうかしたか?」

「少し見てほしいものがあってよ」

 こっちだ、と言うルフィに続いて、ローが廃墟の中に入る。

 一瞬だけローが目を見開いて、すぐにその目をすぼめた。

「……こいつらか」

「ああ! 助けてェんだ、こいつら!!」

「……やめておけ、こんな厄介なモン……」

 ローもどうやら少しは事情を知っているらしく、薬漬けにされた子供についてと、その理由が『巨人化』のための研究であることを語る。

「……本気で助けるつもりか? どこの誰かもわからねェガキ共だぞ?」

 そのローの言葉に、ナミが言う。

「泣いて“助けて”と頼まれたから、放ってはおけないわ。騙されて連れてこられたこの子たちも、もうこの施設がおかしいことには気が付いてる。この子たちの安全を確保するまで、私はこの島を出ない……」

 ナミがしゃがみこんで、眠る子供の顔を優しく撫でる。

「……お前は一人でここに残るつもりか?」

 腕を組んで尋ねるローに、ルフィが「なんでだ?」と首を傾げた。

「仲間がそうしたいってのに置いてくわけないだろ? あ、そうだトラ男、サンジたちが侍の胴体をくっつけたがってたから、同盟組むならそっちも協力しろよ!!」

 明るく言うルフィに、今度はローが困惑顔で首を傾げた。

 本当に何を言っているのか、理解が追いついてないらしい。

 呆れた、とウタは呟いてから、ローに声をかける。

「トラ男さん、たぶんルフィが思っている“同盟”と、トラ男さんが言っている“同盟”って、意味が少しズレてると思うよ? やりたいことのあるルフィが、他人の言うこと聞くわけないじゃん」

 ウタの言葉に、ウソップがそうだそうだと頷く。

 当のルフィは「“同盟”って友達みたいなもんだろ?」と気にした素振りはない。

「あとお前ェ、思い込んだら曲がらねェタチの悪さはこんなもんじゃねェ! 身勝手さはすでに四皇クラスと言える」

 ウソップの言葉に、「だが……」とローは反論を試みるが、どうもそれに意味がないことを悟ったらしい。

 すぐに、子供の件は手伝うから侍は自分たちでどうにかしろ、と言った。

「子供に関して資料と薬がないかを探す。船医はどいつだ? 一緒に来い」

「お、おれだけど……、今はまだ眠くて仕方ねェんだ……」

 弱々しい声で、チョッパーが言う。

 原因は、その体に残る“爆睡星”の影響だ。元凶を辿れば、それはフランキーが暴走した結果なのだが。

 ローは溜息を吐くとチョッパーを袋に入れて肩に担ぐ。

 そんなローに、ルフィが声をかけた。

「じゃ、そっちは頼んだ! おれたちは──」

「“M《マスター》”、科学者シーザーの誘拐を頼む」

 そう言ってローは、シーザーの素性を話す。

 元世界政府の科学者であり、四年前に島に毒ガスをまき散らすという大事件を起こしてから三億の賞金首に成り下がった男だった。

 “ガスガスの実”の自然《ロギア》系能力者であり、捕縛も一苦労するとのこと。

 そして、自然系能力者と対等に渡り合える覇気使いは──。

「おれとゾロとサンジと……あとトラ男か」

 ルフィが指を折りながら、まあ何とかなるだろ、と言った。

 でも、とナミが言う。

「目的は? まさか身代金とか言うんじゃ……」

「今はそのことを話す必要はない」

 ナミの言葉をバッサリ切って、ローが淡々と言う。

「必要なのは“混乱”だ。シーザーの誘拐に成功すれば、事態は自然と動き出す。そして、具体的な話はその時にする。……引き返すなら今のうちだが?」

 最終確認だ、と言わんばかりにローが言う。

 ウタは少し唇を尖らせて、そんなローを見た。

(……わざわざ確認を取るところとか、やっぱりあんまり悪い人には見えないんだよね……)

 そもそも、ルフィなんて御しがたい相手と同盟を組むよりも、同盟は白紙にして放っておいた方が話は手っ取り早い。

 だが、そのルフィの滅茶苦茶な要求を呑む潔さといい、いちいち確認をはさむことといい、どこかしら優しさのようなものがにじみ出ている気がする。

 言うなれば、“赤髪海賊団”の船医、ホンゴウに似た雰囲気だ。

 もちろん、その“混乱”の捨て駒としてルフィを選んだ可能性も捨てきれない。

 計画を立てている以上、きっとロー自身も巻き込まれるのだろう。だから、ロー自身も妙な所で裏切られないように、配慮しているのかもしれない。

(……考えた所で仕方ない、か)

 どのみち決定権はルフィにあるし、つまるところ“信じる”か“警戒する”かの二択だろう。

 そのウタの予測を肯定するように、ルフィが頷いた。

「大丈夫だ、お前らと組むよ!」

 そのルフィの決断を機に、混沌へと舵を切っていた時代が、さらに大きなうねりに呑まれることを、世界はまだ知らなかった。

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