Bad(パンクハザード6)

Bad(パンクハザード6)

Name?

「覚せい剤ィーっ!?」

 顔を顰めて、チョッパーの体でフランキーが言う。

 ウタの体に入っているチョッパーが、小さく頷いた。

「そうだ。ドクトリーヌが使ってたから知ってるんだ。でも、医療で使うときは、体に残存する量を使ったりしない。すでに子供たちは、中毒状態だ……! 何のために!? 子供たちをここから逃がさないためか!!?」

チョッパーが声を荒らげて、鎖で縛られた“茶ひげ”に詰め寄る。

「貴様らが誰であろうと、M《マスター》のことを悪く言うのは許さんぞ!! このヤブ医者が!!」

 しかし、Mに心酔する“茶ひげ”は、唾を飛ばしながら反駁した。

「現に見ろ!! 今日の治療を受けられなかった子供たちが、苦しそうにしているだろう!!!」

 “茶ひげ”が顎で示した方には、「ちょっと気分が悪いから」と、ルフィと遊ばずにじっと座っていた子供がいた。

 頭を抱え、ぜえぜえと苦しそうに息をしている。

 よく見れば、周りの子供たちの顔色も、どこか悪いように見える。

 今まで、ルフィと遊ぶことで誤魔化していた不調が、一気に表面に現れてきたようだった。……あるいは、時間切れか。

「大丈夫か!? いつもはこの時間に何をしてる!?」

 チョッパーの問いに、その子供が答える。

「け……、検査の後に、キャンディをもらうんだ……。シュワシュワで、甘いやつ……、あれを舐めると、とても楽しくなって……」

 ビシ、とチョッパーの手の中で試験官が割れる。落ちた検体と試薬が、雪の上に小さな穴を穿った。

 それを合図にしたかのように、子供たちがこぞって頭を抱えたり、吐き気を催したりと苦しみ始める。

 お、おい、とルフィが慌てたように言う。

「チョッパー、どうすればいい!? そのキャンディってやつを取ってくればいいのか!?」

「絶対にダメだ!!」

 チョッパーがそれを否定する。

 覚せい剤の性質上、中毒症状を抑えるだけであればもう一度それを摂取すれば済むだろう。だが、そうした先に待っているのは、さらに苦しい禁断症状と心身の崩壊だ。

「お兄ちゃん、キャンディ……取って来てくれるの……?」

 体の大きな子供が、ルフィに尋ねる。

 いや、とルフィは首を横に振った。

「それはもう舐めちゃダメなんだ! だから、もうちょっと我慢してくれ! うちの船医は凄いんだ! だから──」

「うそつき!!!」

 ルフィの喋っている途中で、子供の腕が振るわれる。

 ドゴンッ!!

 咄嗟にルフィは両腕を交差させて防御の構えを取るが、そんなのはお構いなしに吹き飛ばされ、そして背後にあった廃墟にぶつかって落下した。

 ゴム人間のルフィでなければ、大けがは必至の攻撃だった。

「ルフィ!!」

 ウタはルフィに声を掛けながら、チョッパーやロビンを庇うように一歩前に出る。

 その後ろでは、ウソップがパチンコ“黒カブト”を取り出し、いつでも射撃できるように構えていた。

 まずは子供たちを落ち着けなければならない。

 ウタは高速で思考を回す。

 殴る──のは選択肢の外だ。普通の歌で、この状態の子供たちを落ち着かせられるか? それとも、ウタウタの力を使った方がいいか?

 判断する時間が惜しい。

 今も苦しんでいる子供たちは、その苦しみから解放されようと、どんどん凶暴化している。

 とりあえず、両方試せ。

 すう、と息を吸い込んで、

 

Ah──……?


 喉から発せられる、異音。

 いや、歌声には歌声だ。だが、イメージした音が出ていない。そもそも、音が低い。

 その段になって、ウタはようやく思い出す。

 この体はサンジのもので、その喉は歌唱に鍛えたウタのそれとは違う素人の喉であり、そして煙草によるダメージもあることを。

 こんな状態では、歌でどうにかすることはできないだろう。

 ウタウタの力も、行使できるのはウタの体をつかうチョッパーだ。そして、能力を上手く制御できなければ、チョッパーは深く昏睡してしまうだろう。そうなれば子供たちの治療どころの話ではない。

 しかし、そうしている間にも、子供たちの凶暴性は増す一方だ。

 ロビンが腕を胸の前でクロスさせ、ハナハナで生やした腕で子供たちの動きを止めようと試みているが、やはり手荒にはできないようで、すぐに振りほどかれてしまう。

「お前ら、どいてろ!!」

 ウソップの鋭い声が飛ぶ。

「待ってウソップ、子供たちを傷つけたら──」

 ナミの声に、ウソップが分かってる、と返した。

「必殺! “爆睡星”!!」

 “黒カブト”から放たれた弾が割れると、中からもくもくと煙が上がる。

 煙が晴れた時には、子供たちは鼻提灯を出しながらすやすやと寝息を立てていた。

「──この子たち、やっぱり拉致されたんだわ。……ひどい」

 フランキーの体で、ナミが怒りに身を震わせながら言う。

 なあルフィ、とチョッパーが言った。

「こいつら、家に帰りたがってた……親に会いたがってた……! 助けてやろうよ!!」

 拳を握り、目に涙を浮かべながらの言葉。

 ルフィはうーん、と少しだけ考えてから、口を開いた。

「……じゃあ、親の所まで送って行ってやるか?」

 ウタはそれに頷くが、異を唱える者が二人いた。

「バカ、まだ問題は山積みだ! 簡単に言うんじゃねェ!」

「そうね。すべてがまだ憶測でしかないわ。元凶に尋ねなければ、何もわからない」

 フランキーとロビンの言葉に、「だよなァ」とルフィは口をへの字に曲げた。

「……じゃ、まずはとりあえず、そのマスターってやつをブッ飛ばして話を聞けばいいか。子供たちはその次だな。侍はサンジたちが行ったから……」

「子供たちが心配だ! おれは残って看ているよ!」

「私も!」

 ルフィの言葉に、チョッパーとナミが進言する。

 その二人が残るなら、とウタも手を挙げた。

「わたしもこっちに残るね。じゃあルフィ、そっちはよろしく!」

「おう! じゃ、ロビン、ウソップ、チョ……フランキー、すぐに出発したいけど、その前に……」

 そう言ってルフィは、“茶ひげ”を縛ったような鎖で、特に体の大きな子供を柱を背にして縛り上げた。

「また暴れたら大変だからな」

「子供でも腕力はヘビー級だしな」

 ルフィの言葉に、フランキーが頷く。

 だけどよ、とウソップが少し不安げに言った。

「こいつらの入れ替わりの件はどうする? トラファルガーと接触しないといけないんだろ?」

 それに対して、ルフィはなっはっは、と口を開けて笑う。

「トラ男は良い奴だから、しっかり話せば戻してくれるだろ! 会ったら頼んどくよ!」

 そんなんでいいのかなァ、とウタは頬を掻きながら思う。

 しかし、彼と知り合いだというルフィが言うのなら、そうなのだろうか。

 緊張感とは無縁のまま、一味はM討伐隊と子供たち看護隊に分かれたのだった。

────

 

 

 

「ウタ、あんたも子供のことを結構気にするのね」

 廃材に腰を掛けながら、フランキーの体でナミが言う。

「あー、まあね」

 ウタもナミ同様に座りながら、手の平に顎を乗せてはにかんだ。ヒゲが手の平に当たってこそばゆい。

「父親と色々あってさ。親に会えない寂しさとか、切なさとか、そういうのに弱いんだよね」

「へえ、なんか意外。ルフィの幼馴染って言うから、もっと親のこととか、あまり気にしないのかと思った」

「あいつは気にしなさすぎでしょ」

 ウタはあはは、と小さく笑った。

 ナミはそんなウタを見て、小さく口元をほころばせる。

 懐かしい記憶を回顧して、ウタが目を細めた。

「シャンクスたちと一緒にフーシャ村にいた時も、一回も家族のことを話さなかったもんなァ、あいつ」

 ふざけ合った日々に思いを馳せたウタが、ふとナミの方へ視線を向けると、ナミが少しだけ苦い顔をしていた。

「……ウタ、あんたから時々シャンクスって名前が出るけれど、どのシャンクスのこと?」

「“赤髪海賊団”のシャンクスだよ。わたしのお父さん」

「……待って待って、待って。情報が重すぎて受け止めきれない」

「でも事実だし」

「それが問題なんじゃな──!?」

 ドォン!!

 不意に鳴り響く炸裂音と、廃墟を揺らす振動。

 爆発が起きたらしい。

 もちろん、“麦わらの一味”の仕業ではない。

「な、何!? なんなの!?」

「攻撃されているのか!?」

 ナミの声に続いて、手持ちの薬による治療ができないか検討していたチョッパーが、慌てたように声を上げた。

「みたいだね」

 ウタは“指揮杖《ブラノカーナ》”を伸ばして、外へと飛び出した。

 敵が砲撃をしてきているのに、籠城戦を挑むのは悪手だろう。

 建物の強度もわからないし、周りは雪山、下手をすれば雪崩が発生して生き埋めになってしまう可能性もある。

 子供たちが大勢いるのだ。それは絶対に避けたい事態だった。

 しかし──。

「ウタ、敵は!?」

 ナミの声に、ウタは困惑した声で返した。

「いない!!」

 吹雪のせいもあるのだろうか。

 砲撃はどこからともなく飛来するのに、発射地点がわからない。

 こまめに移動を繰り返しているようで、その射線からの位置特定もままならない状態だ。

 ドォン!!

 頭上で鳴った炸裂音に、ウタは思わず頭を庇った。

 ドサドサと落ちてきた握りこぶし大の雪の塊が、頭や体に当たる。

「……ん? ああ、寝てしまっていたか──?」

 縛り付けられた“茶ひげ”がようやく目を覚まし、

「ぐほあ!!?」

 そしてその顔に、砲弾がさく裂した。

「なっ!?」

 驚いたように、チョッパーが目を見開いて声を上げる。

 ウタもナミも、口には出さずとも同じ気持ちだった。

 現状、“麦わらの一味”を攻撃する理由がある者はM《マスター》か海軍くらいのものだろう。

 しかし、肝心の海軍は、トラファルガー・ローとの戦闘時に船を真っ二つにされており、そしてそれはウタたちも確認している。

 つまり、この攻撃はMの勢力によるものの可能性が高いと思ったのだ。

 しかし、そのMの勢力下にあるはずの“茶ひげ”が撃たれたことにより、わからなくなった。

 海軍の増援か、それとも第三勢力か。

「このっ……!」

 悪手だとわかっていても、苛立ちから声を荒らげずにはいられない。

「いい加減姿を見せなよ!!」

 ごう、と一際吹雪いたかと思った次の瞬間、“茶ひげ”の前に男が現れていた。

大男だ。

 少なくとも、ウタやサンジ、フランキーそして“茶ひげ”よりも大きい。

 体中に毛の生えた獣人だった。それが、銃口をぴたりと“茶ひげ”の顔に向けていた。

「ゲホッ……、“イエティ・COOL BROTHERS”が、なんで銃口を、おれに……?」

 困惑し、怯えたような表情で“茶ひげ”が言う。

 淡々とした口調で、その獣人が言う。

「“麦わらの一味”と共に、お前も抹殺リストに入っているからだ、“茶ひげ”。……これを聞け」

 そう言って獣人が再生したトーンダイアルからは、“茶ひげ”のことを侮辱する言葉と共に、“茶ひげ”を抹殺するように指示を出すMの声が入っていた。

「う、嘘だ……!」

 両目に大粒の涙を湛えて、“茶ひげ”が言う。それほどまでに、彼はMに心酔していたのだろう。

 裏切られるなんて思いもよらず。

 引き金にかけられた指に、ぐっと力が籠められる。

 カチッ。

「はああ!!」

 ガン!

 ドゴン!!

 銃身を、鉄の棒が打ち払う。

 目標を逸らされた銃口が火を吹き、明後日の方向にある廃墟で砲弾が爆発した。

 チッ、という舌打ちの乾いた音が、吹雪の雪山に響く。

「“麦わらの一味”の“黒足”か……! ロック!」

 獣人が飛び退ってウタから距離を取りながら、誰かの名前を呼ぶ。

 ウタは咄嗟に身を翻して、その場を離れた。

 それから一瞬遅れて、ウタのいた地点に砲撃が炸裂する。

(二対一はキツいけど……!)

 それでも、戦わねばなるまい。

 ルフィたちが異変に気が付き戻ってくるか、サンジたちが侍の胴体を見つけて戻ってくるまでは、少なくとも一人でこの難局を乗り切らなければならない。

 後ろには仲間と、そして子供たちが控えている。

 そして──。

「別にその人を庇い立てする義理はないけど、さすがに腹立たしいよね」

 ウタにはMが海賊かどうかなんてわからないが、Mは彼女にとって嫌いな海賊像にぴったりと当てはまっていた。

 子供を攫い。

 薬物で子供たちを苦しめ。

 仲間は使い捨て。

 裏切りなんて当たり前。

 人の命すらなんとも思っちゃいない。

 ウタが再び足に力を籠め、目の前の獣人に肉薄しようとした瞬間、

「ガハッ!!」

 再びの炸裂音が、背後の“茶ひげ”を襲った。

 ウタウタの力があれば砲弾も銃撃も恐くはないのに、とウタは歯噛みするが、しかしないものをねだっても仕方がない。

 今はあるもので戦うしかないのだから。

 まずは目の前の敵を倒すことが最優先。

 だっと駆けだして、“指揮杖”を横なぎに振るう。

「えっ!?」

 すっ、と獣人が身を屈めたかと思うと、その姿が消えた。

 能力か。

 あるいは技術か。

 虚しく空を切った鉄棒をくるりと翻して、ウタは周囲に視線を走らせる。

 視界が何かを捉えることはなかったが、代わりに耳に入る、吹雪を裂く異音。

 咄嗟にウタは身を屈める。

 唸りを上げて飛来した砲弾が、頭上を掠めて飛んでいった。

(そっちか!)

 射線の示す方向へ、ウタは突貫する。

 吹雪の先に、ウタは再び獣人を捕捉した。

 ウタの方を向いた銃口が火を吹くが、ウタは斜め前へと跳んでそれを難なく躱す。

銃を連射するにも、時間がかかるだろう。

獣人に跳びかかりながら、ウタは“指揮杖”を頭上に構えて──。

「かかった!!」

 左方から聞こえた声に、ウタが視線を走らせる。

(しまった!!)

 ウタの方を見る銃口。

 もう一人の、おそらくロックと呼ばれていた獣人だろう。

 空中にいるウタは、回避行動を取ることができない。

 いや、魚人島でサンジが見せていた“空中歩行《スカイウォーク》”をすればあるいは──。

 だが、ウタにはその技術はない。

 なら、とウタは腹をくくる。

 一度の砲撃を喰らっても、目の前の敵を一人倒す。

 回避できないのであれば、肉を切らせて骨を断つしかあるまい。

「おれの仲間にィ──!!」

「!! ルフィ!!」

「手ェ出すんじゃねェ!!!」

 ヒュッ、とルフィの拳が唸り、地面に当たって派手な音を立てる。

 どうやらロックはその拳の回避に成功したようだ。

 ガイン!!

 気合と共に振り下ろされた“指揮杖”を、もう一人の獣人は咄嗟に銃身で受け止めて、追撃を避けるように再び距離を取る。

「ウタ、みんなは!?」

 ウタの横まで跳んできたルフィが、伸ばした腕を元に戻しながら言う。

「大丈夫、子供たちも無事だよ! まずはあいつら何とかしないと!!」

「だな!!」

 ルフィが両拳を打ち付けて言う。

「よし、やるぞォ!!」


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