Bad(パンクハザード4)
Name?パンクハザード研究所、正面入り口──
対峙する二人の男がいた。
正面入り口を背に立つのは、長い刀を背に差し、黒いコートに白い帽子を被った男。
船を背に立つのは、葉巻をふかす、白いコートを着た男。
白いコートの男の後ろには、幾人もの人間が控えている。
海軍中将“白猟のスモーカー”。
それが白いコートの男の名前だった。
スモーカーの後ろに立った女が、手に乗せた録音電伝虫を再生する。
『ザ、ザザ──しもし? ──し“麦わらの一味”の音──、ウタだよ! ────っ対罠だ──こりゃ──!』
女の声と、続いて男の声が聞こえる。
それに続いて、聞こえた声は、先ほどの声よりも大きく聞こえた。
『ザ──……寒い、助けて……────サムライに殺──る!!! ──はパンクハザード!! 早く──ぎゃあああ!!』
焦ったような、必死な声が途切れて、電伝虫は沈黙した。
スモーカーが、黒いコートの男に声をかける。
「おれたちは、“麦わらの一味”を追っている。お前は“麦わら”と縁があるはずだ。シャボンディ諸島に、頂上戦争。さらに言えば、同じ“最悪の世代”の一員だ」
黒いコートの男は肩を竦めた。
「話が見えないな。そもそもおれの記憶が正しければ、そのウタとかいう女は、“麦わらの一味”に居なかったはずだが?」
「──まだ確認の取れていない情報だが、“歌姫《プリンセス》”ウタが先日シャボンディ諸島でのライブを最後に活動休止、“麦わらの一味”に合流したという噂が流れている」
「……へェ、そりゃうちの船員《クルー》が悲しむな」
「くだらねェ問答をさせるな。研究所の中を見せろ、“死の外科医”トラファルガー・ロー」
ドスの効いた低い声で、スモーカーが迫る。
名前を呼ばれたローは、淡々とした表情と声で答えた。
「断る。今はおれの別荘だ」
その言葉に、海軍の兵士たちが歯を軋らせているが、ローはそれを気にせずに続ける。
「お前らの捨てた島に王下七武海の海賊が居るだけだ。おれ以外は誰もいない。……もし、“麦わら”がここに来たら、首は狩っといてやる。話が済んだなら帰れ」
「……」
怪訝そうな顔のスモーカーに、退く様子は見えない。
ローが、もたれかかっていた扉から体を離した。
ピリ、という空気が、海軍とローの間に奔る──
────
「おめェら! あっちは行き止まりだったのかよ!?」
研究所の廊下を走りながら、フランキーが尋ねる。
「凄ェー怖かったんだぞ!」
「あんなところ通れないわ!」
それに対して、憤慨したように怒鳴り返すのは、チョッパーとナミ。
研究所に捕らわれた“麦わらの一味”たちは無事に合流して出口を探して廊下を走っていた。
いや、人間が走ると言った時にイメージする図とは、違った走り方をする男が一人いる。
「ろ、ロボットのおじさん、助かったよ」
「ぼくたち、息が切れちゃって……」
フランキーの膝の上に座る、比較的体格の小さな二人の子供。
フランキーはというと、正座した脛の辺りからキャタピラを出して、それで走っているのだった。
「なーに、おれ様のスーパーな体にかかればこんなもんよ!! それからおれはロボットじゃねェ、サイボーグだ!!」
「だけどロボットでもかっこいいよ?」
「かっこいいならしょうがねェな! おう、ガキども! 疲れたやつがいたら乗ってもいいんだぜ!?」
「しかし、こりゃどっちに行けば出口なんだ? 闇雲に走ったところで体力を消耗するだけだ」
上機嫌のフランキーを無視して、サンジが呟く。
ウタはサンジの言葉に小さく頷く。
ここはまだ正体の見えない敵地の中だ。接敵すれば子供たちを庇いながら戦わなければいけない。そのため、無駄に体力を消耗するわけにはいかない。
そう考えたウタの顔を、少しだけ冷たい風が撫ぜた。
「! ナミ!!」
「ええ、私も感じたわ! みんな、こっちよ!!」
ここが氷の島であるのなら、冷たい風が来る先は外に繋がっている可能性が高い。
分岐路を右へ曲がり、そしてその先にある階段を下へと降りる──。
「あった、出口だ!」
「よし! チョッパー、あの扉を大きく開けて!」
「任せろホアチャー!!」
そして、出口が見えて余裕ができたのか、何故かフランキーが
「ヘイヘイヘヘーイ♪ フランキー♪」
と歌い出した。
ウタはくすりと小さく笑って、それに便乗する。
「ヘイヘイヘーイ♪ タンクだぜ♪
そこのけそこのけ スーパーのけ~♪
邪魔するやーつは 踏んでくぜ!!
だけどお花は避けてくぜ~(ピアニシモ)
ちょっぴり優しいフランキータンク~(フォルテシモ)」
「ホチャー!!」
ドゴン! という音とともに、金属の扉が勢いよく開いた。
「スーーパーー!!!」
真っ先に飛び出したフランキーが、両手の甲を合わせて体を左斜めに傾ける。
その姿を子供たちが真似をしながら、口々に叫ぶ。
「やったー、外だー!!」
「おうちに帰れるー!!」
「パパとママに会えるよ!!」
満面の笑顔の子供たちに、ウタの口が自然と綻ぶ。
いや、まだ気を抜いてはいけない、とウタは正気に戻って頬を叩いた。
そして何より──。
「さーむいっ!! なにこれーっ!!」
ウタが着ているのは、魚人島でナミに選んでもらった、へその出る白のクロップドティーシャツに紺のロングジーンズ。灼熱の海で捕らわれてしまったので、厚着をする猶予なんてなかったのだ。
「いやーっ! 寒いー!!」
ウタよりもさらに露出の高いナミも、ウタと同じように悲鳴を上げている。
「おいお前ら! まだ建物から出ただけだ! 気は抜くなよ!!」
後ろの方から、サンジが言う。
そして、そんな一味と子供を、呆然として見つめる者たちがいた。
何がどうなっているのか、状況がわからない海軍たち。
そして、どうしてここに“麦わらの一味”が、しかも子供を連れて来ているのかが全く理解できないように半口を開ける“死の外科医”。
あんた、とナミが気が付いたように声を上げた。
「見覚えがある! シャボンディにいた男ね!」
「どっかの海賊団の船長だ!!」
「え、じゃあ悪いやつなの?」
「…………」
ウタは、子供たちを閉じ込めていた男が彼か、と思いその顔を見るが、どうにも冷や汗を流して黙りこくるその男が、どうにも極悪人には見えなかった。
そして、正面に居る海兵たちを見て、サンジが声を上げる。
「どこの極悪人かと思えば、てめェはスモーカー!! ……といつものカワイコさーん♡」
東の海から顔を知っているスモーカーを睨みつけたあと、サンジは例のごとく女性海兵に目が一瞬ハートマークになる。
しかし、サンジはすぐに正気を取り戻す。
「まずい、まさかの海軍だ! こっちはマズい、別の出口を探すぞ!」
「ねえサンジさん、海軍っていい人なんじゃ?」
人によるとは思うけど、と頭の中で付け加えつつ、ウタがサンジに尋ねる。
そりゃそうだ、とフランキーが笑う。
「ガキども、おれたちはここまでだ! あの海兵たちについて行け!」
それに対して、子供たちはいやいやと首を振った。
「いやだ!」
「だってあの人たち顔こわいもん!」
「やくざみたい! 信用できないよ!!」
我儘か、とサンジはぼやいてから指揮を執る。
「よし、じゃあ裏口を探すぞ、ついて来い!!」
サンジの号令で、一味と子供たちは踵を返して建物内へと進路を取る。
その後方で、スモーカーが十手を構えて言った。
「いるじゃねェか! 何が一人だ!!」
それに対して、呆然とした風にローが答える。
「……いたな。……おれも、驚いているところだ……」
そんな二人を後目に、海賊が逃げるのを見た海兵たちが色めき立つ。
音頭を取ったのは、女性海兵のたしぎ大佐だった。
「みんな!! “麦わらの一味”を捕えます!!」
「クソ、あまりのことに呆気にとられた!」
「海兵が呆然としてちゃ世話ねェぜ!!」
たしぎの後に続き、人相の悪い海兵たちが行動を起こそうとして──。
「“ROOM”!!」
ローが左拳を突き出しながら能力を行使する。
ブゥンという音とともに、辺り一帯を薄い膜のようなものが包み込んだ。
「あいつら──面倒持ち込みやがって……!」
呆然が抜けたように、苛立ちの乗った声でローが呟く。
その能力と、そしてローの様子に、スモーカーは舌打ちをした。
「“タクト”!!」
ローが付き出した左人差し指を伸ばし、それをクイと上へ向ける。
「な、なんだァ!?」
「船が!?」
海軍の乗ってきた船が、ローの指の動きに従うように、空中に浮きひっくり返っていた。
スモーカーが背後の部下に叫ぶ。
「下がってろ!! お前らごときじゃ、手も足も|解体《バラ》されちまうぞ!!」
なんだか分からないが、海軍を止めてくれるのならありがたい、とウタは逃げながら後ろを振り返った。
さっきの膜も、何かの領域に入れられてしまったような気持ち悪さはあるが、しかし今の所、それに入っているからといってどうということもない。
(ん──?)
しかし、ウタの目に入ったのは、こちらに向けて何故か刀を振るうローの姿。
そしてローは、親指から三本指を立て、それをクイと動かした。
「“シャンブルズ”」
ドクン!
一瞬のめまいに襲われる。
「ねえみんな、今あの黒い男が──」
声を出して、ウタはすぐに違和感に気が付いた。
声が低い。
その上に肺に入ってくる煙が不快で、せき込んでしまう。
「どうしたウタちゃん! 今は脱出が優先だ!」
サンジのような口調で、ナミが言う。
「ちょっとサンジくん、今は私の声真似してる場合じゃ……」
ナミのような口調で、フランキーが言う。
「アチョー! 子供たち! おれについて来い!!」
チョッパーの口調で、ウタが言う。
「建物の構造は大体読めた! 裏口探しは、おれにスーパー任せとけ!!」
そして、フランキーの口調でチョッパーが言った。
(違う──!)
ウタはすぐに気が付く。
おそらく、これは悪魔の実の能力で、自分たちは人格を入れ替えさせられたのだろう。
子供たちが困惑の声を上げるが、ウタはそれを気に留めずに状況を整理する。
今、ウタの体にはチョッパーの人格が。
チョッパーの体にフランキーの人格が。
フランキーの体にナミの人格が。
ナミの体にサンジの人格が。
そして、サンジの体にウタの人格が入っている。
引き返してこれを解除させるか。
いや、それは悪手だろう。
まず、自分の体とは感覚が違うため、戦闘もままならない可能性が大きい。
チョッパーの戦闘は能力と蹄が要だし、フランキーも機械仕掛けの体が主な戦闘手段だ。
ナミがフランキーの体を使うにしろ、その体の機構を理解していないとその力を十全には発揮できないだろうことは、想像に難くない。あるいは普段のように“天候棒《クリマタクト》”を使うにしろ、フランキーとナミでは体格が違い過ぎる。
足技で戦うサンジも、その体がナミのものとなれば、手荒に扱うこともできないだろう。
すると──。
(──わたしだけか!)
唯一まともに動けるのは、自分だけだということにウタは顔を顰めた。
少なくとも、そんな状況で海軍や得体のしれない能力者と戦えるなんて思えない。
呼吸の邪魔になる煙草を投げ捨てて、ウタは自分の体に向かって声をかけた。
「チョッパー! “指揮杖《ブラノカーナ》”貸して! あとナミ、これ持ってて!」
「おい、おぬし拙者をコレとは──?」
怒りかけた生首侍が、異変に気が付き顔を顰める。
「え、何この体!? って、わっ!」
「えっ、あっ、これウタの体か!? どうなってんだ!?」
ナミもチョッパーも事態に気が付き、目を丸くしながら困惑している。
「多分あいつの能力! 今は一旦逃げよう! 子供たちもいるし、ルフィたちかブルックと合流できれば状況も変えられるから!」
そうだな、と言ってチョッパーは腰に提げた鉄の棒をウタに投げて寄越した。
ウタはそれをキャッチすると、くるりとひねって手ごろな長さに伸ばし、いつ敵が出てきても対応できるように臨戦態勢を取る。
「悪いなウタちゃん、ナミさんの体じゃなけりゃおれがみんなを──!」
サンジがはそう言って視線を落とす。
ウタは眉を平らにして冷たい声で言った。
「サンジさん、そういうのは鼻血を止めてから言おう?」