Bad(パンクハザード3)
Name「誰なの!?」
「知らない人たちだよ……!」
おののいたように声を出すのは、“麦わらの一味”内で一番体の大きなフランキーよりも背の高い“子供”。
わーわーという声に顔を顰めて、サンジが頭をガシガシと掻いた。
「おいおいおい、何だこりゃ? 本当に子供か?」
「これだけ大きいと、巨人族か……?」
「え!? じゃあ巨人島!?」
「いいえウタ、チョッパー、普通の子もいるわよ」
「何がどうなってんのか、スーパーわかんねェ!」
一味も混乱していると、やんややんやと好き勝手に騒ぐ子供たちに向かって、侍が声を張り上げた。
「おい、おぬしら!! モモの助という子供を知らんか!? 男子だ!!」
その声に、しん……と水を打ったように部屋が静まり返る。
次の瞬間には、部屋のあちこちから悲鳴が上がった。
「首がしゃべったー!!」
「怖いよォー!!」
「わァああん!!」
「あっ、おぬしら! 少し話を──」
侍が質問を重ねようとすればするほど、子供たちは狂乱していく。
サンジが生首侍を小突いて「黙ってろ、何も聞けなくなる!」と叱責する。
ぐう、と歯を食いしばって侍が押し黙る。
しかし、押し黙ったからといって、生首が喋ったという事実は覆らない。故に、子供たちはパニックのままだ。
ウタは咄嗟に後ろを振り返る。
まだ、追手の気配はない。
侍の首を連れてきてしまった以上、その“モモの助”の救出にかかる情報は欲しい。
子供のことを知るなら、子供に訊くのが早い。
ウタは、大きく息を吸い込んだ。
「────♪」
ウタの口から、豊かで暖かな音が溢れる。
誰もが知っているような、単純な童謡だった。
それは、動揺した子供たちの耳にすっと染みるように入り、その恐怖の心を溶かした。
ウタウタの力ではない。
ただ、ウタの歌唱力の賜物だった。
「ウタ、凄ェなー」
目を輝かせて、チョッパーが呟く。
ウタは子供たちが落ち着いたのを確認すると、キリよく歌を終えて子供たちに語り掛ける。
「ねえみんな! 少し探している人がいるんだけど、モモの助って子供知らない?」
しかし、子供たちはやはり顔を見合わせた。
「そんな子いたっけ?」
「知らなーい」
「見たことないよ!」
しかし、成果は芳しくなかった。
子供たちの声からは、どうも情報を知っている者がいるような気配はない。
すると──
「いたぞ! 脱走者だ!!」
「逃がすな!!」
後方の通路から、追手の声が聞こえる。
しまった、と一味の皆は走り出し、そして何故か子供たちも彼らに並走をし始めた。
「ねえロボットさん! 島の外から来たの!?」
「おうよ、もちろんだ! だが少年、おれはロボットじゃなくてサイボー──」
「船は持ってるの!?」
「そりゃおめェ、ウチのサニー号は世界で──」
フランキーが律儀に質問に答えていると、彼に質問をしていた子供が一味の進行方向へ回り込んだ。
「助けて!!!」
その子供の言葉に、一味の口がポカンと開いた。
「助けて、お願い!!」
別の髪の黒い女の子が、目に涙を浮かべながら叫ぶ。
その言葉に、ナミの足が止まる。
サンジが振り返り「ナミさん止まるな!」と声をかけ、再び走り出そうそとしたナミの前に、今度は別の子供が飛び出してきた。
「ぼくたち、もう病気治ったんだよ! みんな元気だよ!」
「……病気ってなんのだ!?」
船医であるチョッパーが、病気という単語に反応して振り返る。
ナミはたじたじになりながらも、「ゴメン、今は追われているから……」と言った。
すると、黒髪の女の子が、泣きながら訴えた。
「じゃあ、後で迎えに来て!!」
泣きじゃくりながら、叫ぶ。
「知ってるよ! この島何もないんでしょ!! だから誰も助けに来ない!! ……お父さんとお母さんに会いたいよ!! お姉ちゃんたち、後で助けに来て! 絶対だよ!!」
今度は、ウタの足が止まった。
子供が親に会いたい気持ちは、痛いほどよくわかるから。
ウタが振り返れば、今にも泣きそうな子供たちの顔が見えた。
「なあ、連れて行けねェかな?」
チョッパーがフランキーに言うが、フランキーはバカ言え、と眉間に皺を寄せて言う。
「おれたちでさえ、どこに行ったらいいのかわからねェのに! 悲劇の予感はするし助けてやりてェが、この状況じゃあよ」
「ナミさん! ウタちゃん! 早く!!」
サンジの叫びに、再びナミの足が止まった。
拳をぎゅっと握りしめて、意を決したかのように言う。
「助けよう!!! 子供たち!!」
ナミのその言葉に、サンジが足を止めて振り返る。
「何言ってんだナミさん! 理由がねェ! ここは病院かもしれねェし、会ったばかりで事情もわからねェ! 人助け稼業じゃあるめェし!!」
珍しく女性に異論を唱えるサンジに、ナミは「わかってる」と言う。
「だけど、子供に助けてって言われたら!! もう背中向けられないじゃない!!」
サンジが煙草を咥え、そしてフランキーとチョッパーも立ち止まる。
それを確認して、ウタは走り出した。
カシャン!
“指揮杖《ブラノカーナ》”を伸ばし、臨戦態勢になる。
ウタはナミの横をすり抜け、子供たちの隙間を潜り抜けて肉薄する。
「ガキどもが邪魔だ!」
「いい、逃げられるくらいならガキごとやっちまえ!」
そんな男の声が聞こえる。
一味を追ってきた追手の男たちの声だ。
ガス弾だろうか。それを発射するためのバズーカ砲のような物を一味と子供たちへ向けている。
「せい──」
相手の懐に入り込むのは間に合わないと判断したウタは、左足で地面を踏み込み、“指揮杖《ブラノカーナ》”を握った右腕を投石機のように後方へしならせた。
「──やっ!!」
掛け声とともに放たれた鉄の棒は、過たず一人の男の頭に直撃し、その男の意識を刈り取った。
「クソっ!」
もう一人の男が咄嗟に砲身をウタの方へ向けるが──。
「レディに物騒な物を向けるんじゃねェ!」
低い声が、その男の行動を遮った。
「“悪魔風脚《ディアゾルジャンプ》”!!」
男がその声の方向を向いた瞬間には、その眼前に迫るサンジの赤く燃え滾る右足があった。
「“首肉《コリエ》ストライク”!!!」
けたたましい音と悲鳴を残して、もう一人の男が吹き飛んだ。
タン、とサンジが着地し、ウタが“指揮杖《ブラノカーナ》”を拾い上げる間にも、追手の増援が駆けつけてくる。
「クソ、逃げるのをやめたぞ!!」
「なんとしても逃が──」
「ハチャー!!」
樽のような体形になったチョッパーが、下方からガスマスクを被った追手の男の顎を突き上げる。
“柔力強化《カンフーポイント》”という素早さと攻撃に特化した変形態だ。
「ちくしょう! この──」
「“ストロング・右《ライト》”ォ!!」
機械仕掛けのロケットパンチが、さらに増援を吹き飛ばした。
「ナミさんの頼みとあっちゃ仕方ねェな。──まったく、ホレ直しちまうぜ。おい、チョッパー」
サンジが親指で後方を指しながら、チョッパーの名を呼ぶ。
「ホチャー!」
チョッパーはそれだけで意図を理解したようで、掛け声とともにナミや子供たちの方へと向かって行った。
サンジが咥えた煙草に火を点けながら言う。
「おいガキ共! お前たちは“カンフー狸”と一緒にいる“キレーなお姉さん”についていけ!! 追手はここで食い止める!! だが勘違いするな、おれはナミさんの美しい心に──」
「ナミー! チョッパー! 子供たちを頼んだよ!!」
「ここはスーパー任せとけ!!」
うん、というナミの返事を背に、サンジ、ウタ、フランキーが気合を入れ直す。
そして、戦闘が始まった。
攻勢に回った三人に、雑兵は敵にもならない。
しかし、次から次へと増援は現れるために終わりが見えない。
「むっ、くっ! こやつっ──!」
すると、床に置かれた生首侍が顔を顰めながら呻き出した。
「どうしたおめェ」
フランキーが首を傾げて聞くと、侍は息を切らしながら言う。
「敵だ、容易に倒せん……!」
「はァ? だから何言ってんだ?」
「胴体の話だ!」
首がない状態の胴体が動くのか、生首なのに体の感覚はあるのか等の疑問は尽きないが、どうやら彼の胴体もピンチであるらしい。
「早くここを切り抜けて、ナミたちと合流しよう!」
ウタの声に、フランキーが「おうよ!」と声を上げる。
「頭上に注意しろよ! “フランキー”ィ──」
ガコン! という音がして、フランキーの肩部装甲が開き、砲身が顔を出した。
「“ロケットランチャー”!!!」
肩から放たれたロケットが飛んでいくのは、この部屋と追手の湧いて出る通路の天井──。
激しい爆音とともに、ガラガラと瓦礫になった天井が崩れ落ちて来る。
「わわっ」
ウタは頭を抱えて即時フランキーの後ろへと非難した。
ズゥン……。
重い音が鳴り響き、崩落は終わったようだった。
パラパラと細かな破片や土埃が落ちているが、もう大きなものは落ちてこないだろう。
「よし、さっさと行くぞ! ナミさんがが不安で泣いてるかもしれねェ!」
「ふむ……」
フランキーが思案顔で顎に右手を当てる。
サンジの台詞にではない。
左手でつかんだ、敵の雑兵を見てのことだった。
「しかしなんだ、コイツら、下半身が羊だぞ!?」
「不思議だよね。悪魔の実の能力?」
「動物系《ゾオン》か? だがそれにしちゃあ羊野郎が多すぎる」
フランキーの指摘する通り、地面に転がる雑兵たちも、足や頭に羊らしさが見えている。
戦闘が終わったのか大人しくなった生首侍を拾いながら、サンジが言った。
「そいつらのことは今考えても仕方ねェよ。ここの全貌がわかるまで、な」
ほら、行くぞ、と先を促すサンジに、異を唱える者が一人。
「拙者はここへ置いて行け!! ここに残る!!」
豪語する生首侍に、ウタが驚いたように言う。
「何言ってるの!?」
「逃がした子らの中に息子の姿はなかった!! まだ他に部屋はあるはず! 拙者はここに残って──」
「体もないのに?」
「ぐ……。しかし、拙者は息子を探しに──」
はいはい、とウタが手をパンと叩いた。
「どうせ乗りかかった船なんだし、あんたの息子さんも体も探してあげるから。みんなもそれでいいよね?」
ウタの問いに、男二人は肩を竦めた。
「連れ出した時点でこっちの負けだわな」
「そういうこった。ウタちゃんに感謝しろよ“侍”」
そう言われて、生首侍は渋い顔をした。
「ぬぬ……、しかし、悪党に感謝など……ぶへっ!」
反論しようとした侍に、サンジが軽く蹴りを入れてから「さて」と言う。
「とりあえずはナミさんと合流して、それから子供たちを逃がしつつ侍の体や息子を探す。で、一旦サニー号を見つけて子供を置いてからだな、こいつの要件は」
「妥当な所だな」
「了解」
サンジの案に、二人が頷く。
三人と一体は出口を目指し、ナミたちが走っていた道を走り出したのだった。