Bad(パンクハザード2)
Name?まず真っ先に危険に気が付いたのは、ブルックだった。
「おや?」
首を傾げて、すぐに事態に気が付き口元を抑えようとするが──。
(あ! 私もう骨だらけで手で口を押さえても隙間が──!)
バタリと倒れたブルックを見て、ウタは慌てて彼に駆け寄った。
「ブルック!? ちょっと、どうした……の……」
ブルックの傍に駆け寄ってしゃがみこむと、強烈にウタの中に湧き上がるモノがあった。
眠気だ。
(これは、睡眠、ガス……!?)
伝えなくては、とウタが振り返ると、もう手遅れなようだった。
ナミとチョッパーは、既に甲板に倒れ伏している。
「フラ……」
フランキーに声をかけようとするが、言葉が出てこない。
ウタは首を巡らせてフランキーを探す途中で、意識を手放すしかなかった。
そして、しばらくして厨房からサンジが現れる。
「んナミさァ~ん! ウタちゅわ~ん! 今度は深海魚を冷たいクレープにしてみたよ! シャンパンと一緒に……」
目にハートを浮かべていたサンジが、その表情をさっと変える。
サンジの目に入ったのは、甲板に倒れ伏す仲間たち。
チョッパーに至っては鼻提灯を出しており、どうやら眠っている様子。
そして、薄っすらと甲板に漂うのは……。
(霧……じゃねェよな。……ガスか!)
サンジは持っていた料理を取り落とすと、口元を抑えて室内へと踵を返す。
電伝虫で、ルフィたち先遣隊へと情報を伝えなくては──。
(クソ、ガスを吸い過ぎたか! なんとか──)
急激に襲い来る眠気に抗いながら、サンジは電伝虫を目指す。
「……あいつらに……つた、え……ね……」
しかし、ガスの効果は凄まじく、電伝虫の手前でサンジも力尽きる。
サニー号の甲板に、起きている者は誰もいなくなった──。
────
ガン、ガンという音が、部屋に響く。
その悩ましい音に、ウタは頭を抱えた。
音自体がうるさいというわけではない。
問題なのは、“麦わらの一味”で高い戦闘能力を誇るサンジの蹴りが、その鉄扉には何も意味をなさないことである。
「うーん……」
頭をひねって打開策を考えてみるが、あまりいい案は浮かばない。
最終手段としては、ウタは『Re:Tot Musica』を歌うことも視野に入れていた。
しかし、それは本当に最終手段として取っておきたくもあった。
第一に、それを使ったからといってこの扉が壊せるかわからないということ。
第二に、体力の消耗が激しすぎるということ。もともと消耗が激しいが、今は伴奏を弾いてくれるブルックも、自分で演奏するための楽器もここにはないため、余計にリソースを割かねばならないだろう。
こんな状況の中、敵の規模もわからない敵地のど真ん中で使うのはためらわれる。
……今後、ブルックとはぐれてしまった時のために、何かしらの対策を立てておいた方がいいかもしれない。
「クソ、びくともしねェな……」
少し肩で息をしながら、サンジが言う。
そして、フガ、と鼻を鳴らして、フランキーがむくりと起き上がった。
「んん? サンジ、お前何ハシャイでんだ?」
機械の手で目元を擦りながら、フランキーが言う。
「見ればわかるでしょ?」
「おれたち閉じ込められちゃったんだー!」
部屋の隅の方で座っていた、ナミとチョッパーが言う。
「サンジさんが、脱出のために扉を壊そうとしてくれたんだけど……」
「びくともしねェんだ。我ながら情けねェぜ」
フランキーはそこでようやく覚醒したようで、「は!?」と声を上げて周囲を見渡した。
「おい!! どこだここ!? 確か船の上でデザート食いながら陸地を探してたんじゃ……」
「眠らされて攫われちまったんだよー! 人攫いかなーっ、おれたち売られちゃうのかなーっ!!」
不安から滝のように涙を流して、チョッパーが言う。
ウタはチョッパーを安心させるために、その頭をポンポンと叩いた。
「人攫いなら、動く骨っていう究極のアドバンテージを持ってるブルックが攫われていないのはおかしいでしょ」
「そうは言うがよ、あいつ寝ちまったらただの骸骨だぜ?」
「あ、そっかァ……」
フランキーに指摘され、ウタは小さく肩を落とす。
しかし、とサンジが口を開きかけた瞬間に、別の男の声が割り込んできた。
「もし! おぬしたち、“判じ物”は好きか!?」
不意に聞こえた声に、五人は周囲を見渡す。
一味の誰かの声ではない、男の声だった。
こっちだ、という言葉の聞こえる方へ行くと、床に転がっているのは人肌の色をした、積み木のようなものだった。
「な、何、これ?」
ウタの疑問の声に、「コレとはなんだ!!」とその積み木擬きが抗議の声を上げる。
うわっ、とウタは小さく飛び上がってそれから距離を取った。
「すまん驚かせた! おぬしらそう悪党ではないと見受ける! これは全て拙者の“顔”でござる! ちと組み上げてはくれんか!?」
「顔?」
「組み上げる?」
一味は顔を合わせて首を傾げながらも、バラバラになった自称顔を組み上げていく。
確かに、しっかり見れば目もあれば、先ほど喋っていた口もあり、鼻や耳、眉もある。
何度か組み直してみて、ようやくそれは形を取り戻した。
「首から下がないのは違和感だが、助かった! かたじけない!!」
今までは組み立てるのに集中していたせいで感じていなかった、『喋る生首』という違和感に、ウタを除いた一味がおののいて距離を取る。
ウタはその生首の横にしゃがみこんで、その頬を突きながら訊いた。
「なんで生首なのに話せてるの? そういう生き物?」
「違うわ!! 拙者とて好きで生首で生きているのではない!! 名も知らぬ者に斬られたと思ったらバラバラにされていたのでござる! 敵に斬られて生かされるなど“武士の恥”!!」
青筋を立てながらまくしたてる生首に、サンジが首を傾げた。
「“武士”って言やあ、確か“侍”の別の呼び方じゃねェのか?」
その質問に、生首は「だからどうした!」と言う。
「本来ならば腹を切って朽ち果てたいが、しかし今は切る腹もなし! そして何より、生き恥を晒しても──命に代えても成し遂げねばならぬことがある!!」
一通り言って少し落ち着いたのか、それとも疲れたのか。
生首の侍は息を一つして、さて、と言った。
「今更だが、おぬしら何者だ? 先ほど船から攫われたような話をしていたが……」
ああ、とサンジが答える。
「おれたちは海賊だ」
「!!? 海賊!?」
それを聞いた途端、再び生首の侍の形相が変わる。
鬼のように歯を剥き出し、目を吊り上げ、唾を飛ばして叫んだ。
「おぬしら海賊か!! 拙者、吐くほどに海賊が大嫌いでござる!!! この“氷の島”で出会えたのも何かの縁と思ったが、残念!! 海賊ではな!!」
吐き捨てるようなその台詞。
だが、海賊が嫌いというよりも気になるのは──。
「“氷の島”って言ったか? 燃える“炎の島”じゃねェのかよ?」
「……フランキーさん、ここって、もしかしてルフィたちの上陸した島と違うんじゃ……」
待って、とナミがフランキーとウタの会話を止める。
「一つ、可能性はあるわ。──あんた、ここを“氷の島”と言ったわよね? “氷の島”で、火山の噴火音を聞かなかった!?」
「……時折爆音はしたが、しかし拙者は流氷の海より“氷の島”に入っただけ。……海賊め、もう話しかけるな!!」
睨みつけながらも、質問には応える姿勢は、組み立ててもらった恩への義理立てか。
叫ぶ生首侍を気に留めず、ナミは一味の方を振り返って言う。
「やっぱり。船から見た空が“冬の空”だったのはそういうことだったんだわ。つまり、この島は半分が“炎の島”でもう半分が“氷の島”なのよ」
「みょうちくりんな島だな」
「でもサンジ君、この話はもうそうとしか考えられないわ。あとは、何故私たちがここに連れてこられたのかだけど……」
「だがナミさん、扉は硬くて……」
そんな会話を断ち切るように、ガコンと機械が動く音がした。
「どいてなお二人さん!」
扉に向けて両腕を構えるのは、フランキー。
その両手の隙間から、まばゆい光が漏れる。
「コーラは満タン!! “フランキーィ、ラディカルビーム”!!!」
地響きのようなズゥンという音を響かせて、光があふれ出る。
光が収束した後には、先ほどあれほどサンジが蹴ってもびくともしなかった扉が、ものの見事に溶解していた。
「開いたぞ、出よう」
「うぉー! おれもビーム出してェなー!!」
「伊達に変な体してねェな」
「はー、すっごい」
部屋の外へ向かう前に、サンジが振り返って生首侍に問いかける。
「……で、お前はどうするんだ?」
「……」
生首侍は、そっぽを向いたまま歯を軋らせて返事をしない。
「おれたちが海賊じゃなけりゃ、一緒に逃げたかったんじゃねェのか?」
「黙れ海賊! さっさと行け!!」
ウタは怒鳴り散らす生首侍の横にしゃがんで、その側頭部にデコピンを食らわせた。
「ねえ侍さん、命に代えてもやらないといけないことがあるんじゃないの?」
「むう……」
生首侍が押し黙る。
ウタは疑問に思ったのだ。
十中八九、サニー号が拾った“緊急信号”で言っていた“侍”とは彼のことだろう。
この侍は、自分を斬った相手を“侍”と呼ばなかったし、そしてワノ国が鎖国中ならそうそう外に侍が出て来るとは考えづらい。
そして、この生首の侍は、どうやら大の海賊嫌いらしい。
海賊嫌いの男が、何故人を斬った?
可能性として一番高いのは、相手が海賊だからだろう。
そして、この島に海賊がいるとすれば、それが性質の良いものである可能性は低い。
現に今、“麦わらの一味”はガスで眠らされて幽閉されていたのだから。
「おい、サンジ、ウタ! 向こうから声が聞こえてきた、急げ!!」
フランキーの声に、サンジが小さく舌打ちをする。
「クソ、時間がねェ。おれたちはお前に斬られた奴らからの“緊急信号”のせいで、ここに来ることになったんだ! 事情くらい話したら──」
「拙者!! 己を恥じるような人斬りはせぬ!!」
侍が叫んだ。
「この島に!! 息子を助けに来た!! 邪魔する者は何万人だろうと斬る!!!」
必死の形相での宣言に、ウタがサンジに言う。
子供を助けに来た、という台詞に、ウタが目を開いて、そしてほんの少しだけ、口元が緩む。
「……サンジさん、この人連れて行こうよ」
「おれが抱えていく。ウタちゃん、行こう」
サンジが侍の髷を掴んでその首を持ち上げると、踵を返して駆け出した。
生首侍が顔中の筋肉を動かして、その手から逃れようと悪あがきをする。
「拙者、海賊なんぞに……!!」
「いいからいいから」
ウタは走りながら生首侍に声をかける。
「子供も助けてくれるのを待ってると思うよ? 手遅れになっても知らないよ?」
「……」
「それにさ」
歯を見せて、その侍に言う。
「海賊嫌いなのは結構だけどさ、わたしたちってさっき逢ったばかりでしょ? どんな人なのか、知らないじゃん。だからさ、しっかりその目で見てから判断してよ」
「…………むう」
生首侍はウタの言葉に目を伏せると、大人しくなった。
「ウタちゃん! その天使のような優しさに、おれはっ!!」
生首を持ったままくねくねと身を捩らせてハートマークを飛ばすサンジに、ウタは少し困ったような表情を浮かべる。
「その、サンジさん」
「なんだい?」
「その感じで来られると、ちょっと距離を置きたくなると言うか……うん、困る」
「ぐふっ」
ウタとて、サンジの優しさや心配り、そして頼もしさを理解できていないわけではない。
だが、彼のようなタイプの人は、ウタの今まで関わってきた“赤髪海賊団”や音楽家たちの中にはいなかった。ファンの中にはいたかもしれないが、それでもファンと音楽家という立場の違いがある。
仲間としてその態度で来られてしまうと、距離感を測りかねてしまうのだった。
「あっ、ご、ごめんね?」
「いいさ、ウタちゃんのその優しさも、身に染みる……」
そんなやり取りをしているうちに、廊下は突き当り、目の前にはまた鉄扉がある。
「どいてろよ!! “ストロング・右《ライト》”!!」
フランキーのロケットパンチで、扉はひしゃげ吹き飛んでいく。
そして、そこにいたのは……。
「子供!?」
一般の大人よりも体の大きい、子供たちの姿だった。