Bad(パンクハザード5)

Bad(パンクハザード5)

Name?

 数刻前──

 鼻唄混じりに、雪原を歩く影が一つ。

 人……ではない。

 骨だ。

「いやー、寒さは骨身にしみますねェ」

 身はないですし、この程度なら寒さも感じませんけど、とブルックは独り、スカルジョークを呟く。

 目指すのは、目の前にある研究施設。

 どうにか内部に侵入して、捕らわれた仲間を助けねばならない。

 以前の職業柄もあり、ブルックにとって隠密行動は得意分野の一つである。

 骨となって軽い身もあり、その任務は十全にこなせると思ったのだが──。

「おや、何ですか──」

 吹雪の向こうに見える、妙なオブジェが非常に気になる。

 人のように見え、人のようでないものにも見える。

 まったく動かないわけではなく、何かを探すように無軌道に動いている。

 ブルックは足音を忍ばせてその影に近づいていく。

(……人の、上半身……ですか?)

 動く影は、人の上半身のようだった。

 首はない。

 上半身だから、腰から下もない。

 それがピョンピョンと跳ねながら、何かを探すように時折地面を撫でまわしていた。

 人?

 それとも別の生き物?

 少なくとも、敵意は見えなかったのでブルックは声をかけてみることにした。

 そうさせたのは、ブルックの異形というシンパシー。

「もし、そこのお方?」

 もちろん、返事はない。

 しかし、声が聞こえたのかどうか、その体がぴたりと動きを止めた。

 ブルックは近づき、もう一度声をかけ──。

「うわっ!!」

 咄嗟に抜き放った仕込み杖で、襲い掛かってきた刀を弾いた。

 ギィン……

 鈍い音が、雪原に響く。

(音と気配か──!)

 襲い来るその胴体は、少なくとも目は見えていそうになかった。ただ、その胴体は矢鱈に刀を振っているようで、そうではない。

 どこに敵がいるのかよくわからないなら、全方位に敵がいる想定で剣を振るう。

 そんな気概を感じさせる太刀筋だった。

(刀に──、これは剣豪リューマが着ていた服に似ています。やはり、“これ”が電伝虫が言っていた“侍”なのでしょう。それにしてもさすがに──)

「怖い、怖い! その動きっ! 足と首はどこにやったんですか!」

 何かの能力者か、あるいはそれに何かをされたのか。

 わかっていることは、少なくとも今、この胴体が敵対しているということ。

 そして、可能性としてはこの“侍”が、自分たちと似たような状態に置かれているかもしれないということ。

 刀を打ち払って、ブルックは魂の喪剣《ソウルソリッド》の切っ先を相手に向ける。

「“夜明曲《オーバード》”──」

 照準は、相手の刀。

 武器を破壊もしくは、弾き飛ばしさえすれば、無力化できるかもしれない。

「──“クー・ドロア”!!」

 ヒュッ!

 しかし、その突きは空を切った。

 殺気を見切ったのか、上半身はクイと肘をまげてその突きをかいくぐり、そして空いていた片手でもう一本の刀を抜き放つ。

「二刀流!?」

 ブルックは慌てて跳び退ると、チャキ、と仕込み杖を鞘に仕舞った。

 これでは骨が折れる上に、仲間の救出のために時間も無駄にしてしまう。

「もう、知りません! 私は用事があるので!!」

 あー怖い怖い、と言いながら、ブルックは全速力で坂を駆けあがっていく。

 残された胴体はひとしきり刀を振り回すと、何もいないことを確認したように刀を鞘に仕舞ったのだった。

────

 

 

 

「さ、寒いよ……もう動けないよ……」

「お、お姉ちゃんたち、何か着る物ないかな……?」

 芯まで凍えてしまったように震えた声で、子供たちが言う。

 場所はパンクハザード研究所の裏口。

 やはり外は酷寒の吹雪の真っただ中であり、少なくとも人間が裸足で出歩いて言い場所ではない。

 凍傷は免れず、下手を打てば死が待っている。

「ねえ、やっぱり引き返して、まず衣類を探した方がいいんじゃ……」

 サンジの体でウタが言う。

「くそ、あてもなく連れ出すのはやはり無謀だったか……」

 チョッパーの体でフランキーが言う。

「人間の体ってこんなに寒いんだもんな。どこか寒さをしのげるところは……」

 ウタの体でチョッパーが言った。

 すると、ナミの手にぶら下げられて、目が回ったようにゼェゼェと息を切らせていた生首侍が、唾を飲み込んでから声を上げた。

「拙者に、任せよ……! おのおの方、頭上に、葉っぱを、のせよ……!」 

 その言葉に、フランキーの眉を寄せてナミが言う。

「あんたなに言ってんのよ! 子供たちが凍えているのよ!」

 なお、ナミの体に入っているサンジは鼻血を垂らすだけである。

 しかし、生首侍はいたって真面目に言う。

「冗談などでは、ない! 葉がないなら、石でもよい! それで寒さを、凌がせてみせよう、急げ!!」

 半信半疑で、一味は自分たちと子供たちの分の石を急いで拾い集める。

 頭の上に石を乗せると、サンジがようやく口を開いた。

「さあ、拾ってきたぞ! どうすればいい!?」

「ただのおまじないとか言ったら張り倒すからな!」

 フランキーが苛立ちを隠せずに言ったところで、生首侍はそれには答えず、ただ

「“ドロン”!!」

 と唱えた。

 すると、石を乗せた皆の体がどろんと煙に包まれて、そしてその煙が晴れると、皆が暖かそうな防寒着を身に纏っていた。

「えーっ!?」

「なんだこりゃ!?」

 ナミとサンジが驚いたように叫ぶ。

 暖かい! 助かった! と子供たちが笑顔で口々に言う。

 へえ、とウタは驚いたよう声を上げた。

「拙者、実は“世にも珍しき果実”を食し、己や他人を変装させることのできる能力を得たのだ」

 生首侍の言葉に、チョッパーが「悪魔の実か!」と言う。

「よくわらかぬが、恐らく。忠告しておくが、妖術ゆえ脱げばその衣装は消える。暖を取れるまでは脱がぬことを勧めよう」

 生首侍の説明に、子供たちが口々にお礼を言う。

 しかし、後ろでわなわなと震える者が一人。

 フランキーの体に入ったナミだった。

「あんた、できるなら最初からやりなさいよ!」

 スパンと生首侍を殴りつける。

 あ、とナミが気付いた時にはもう遅い。

 普段のナミよりも明らかに力の強いフランキーの拳が、侍の頭部に激突した。

「ぐふっ!」

 悲鳴を上げて、生首侍が転がった。

 たんこぶを作りながら、生首侍が抗議の声を上げる。

「ぐ、ぬ……、振り回され、目が回っており、しゃべれば舌を噛みそうだったのだから、仕方あるまい……」

 ごめんなさい、と運ぶときに乱雑になったことと、そして殴ってしまったことをナミが謝る。

「……それから──乳バンド」

「いっぺん眠っておきなさい!!」

「ぐふゥっ!」

 ガツン! と二発目の鉄拳が振り下ろされる。

 ウタはフォローもできずに頭を抱えて、軽くせき込んだ。

 普段煙草を吸っている体のせいか、それとも男の声帯だからか、喉の違和感がひどい。

「防寒着はなんとかなったけど、ここに居たらどのみち凍えちゃうよね」

「ウタちゃんの言う通りだ。何か建物を探して──」

 サンジがそれに答えた時だった。

 遠くから、おーいという声が聞こえてきた。

「あっ!」

 ウタはすぐにその声の主がわかった。

 振り向いて、その声のする方へと飛び跳ねながら手を振った。

「おーい、ルフィー!! みんなー!!」

「おお、あいつらようやく来たか!」

 フランキーがやれやれと言わんばかりに言う。

 ルフィたちは、見たことのない、茶色の髭を持つ上半身は人間で下半身は四つ足の爬虫類のようになった、かなり大柄な人物の背に乗っていた。

「……にしても、グル眉のやつ、なんかいつもと雰囲気違わねェか?」

 ゾロの言葉に、ルフィたちと先に合流していたブルックが頷く。

「ええ、あの様子はウタさんに似ていますね」

「あいつ、ついに女と一緒にいると性格をトレスするようになったか」

 そんなやり取りも、ウタの耳は聞き逃さなかった。

「ゾロ! 全部聞こえてるからね! わたしがウタだよ!」

 怒ったように声を張り上げるウタを、チョッパーがまあまあと宥める。

「みんな、とりあえず先に吹雪を凌げるところを探してくれ! 長時間ここにいたら、子供たちがもたない!」

 そんな人格を入れ替えられた一味や、生首や巨大化した子供を見て、ルフィは腕を組んで首を傾げた。

「探すのは良いけどよ、一体どうなってんだ?」

────

 

 

 

 パンクハザード、研究所裏手、廃墟内──。

 風雨を凌げる建物の中に入って、“麦わらの一味”一行は状況を整理していた。

 ルフィが子供たちと……あるいは子供たちがルフィと遊んでくれているおかげで、非常ににぎやかである。

「まず一つ、わたしたち攫われた組は、能力者のせいで体と人格を入れ替えられているんだ。正直戦闘面ではあまりアテにならないと思う」

「そうか、そりゃ大変だな、サンジ」

「わたしは、ウタ、だよ!」

 ウソップに見た目の名前で呼ばれて、サンジの体に入っているウタが怒ったように言う。

 ウソップは「本当にややこしいな……」とぼやきながらもウタに謝ってから言う。

「とりあえずだ。当初の目標だった“侍”の人斬り事件の首謀者は、お前たちの連れてきたあの“侍”が原因と」

 あの、とウソップが指差した先には、足腰の上に生首を乗せた、珍妙な生物がいた。

 どうやら、ルフィたちが運よく侍の下半身を見つけて連れて来ていたようだ。

 同じ体同士だからか、その首と足腰は引き合うようにくっついて、少しの衝撃では外れないようになっていた。

「この侍に斬られた、あそこの下半身が鰐になってる茶色の髭をした男──ワニタウロスの部下が、あいつへ向けた“緊急信号”が、発端だ。だけど──」

「またややこしいことに、この侍野郎は、話を聞く限りだとどうやら被害者はこちららしい」

 ウソップの説明に、サンジが頭を掻きながら言う。

 いかにも、と侍が寸のない首で頷いた。

「攫われたと見える息子を探すため、邪魔する者を斬った! それだけである! 現に子供たちもこれだけ捕らわれていたのだ! きっと息子もまだ中に……!」

 悔しそうに歯ぎしりをしながら、侍が言う。

「ああ、そう言えば先ほど、胴体だけの人を見かけましたよ」

「なにっ!? その話、詳しく……」

 ブルックの言葉に、侍が話の続きを所望する。

 そんな状況の中、さらに話をわかりづらくするのは、この島を統括するM《マスター》と呼ばれる男の話だった。

 それに関して話をしたのは、ルフィたちにワニタウロスとして乗り物にされており、今は柱に鎖で縛りつけられている元海賊の“茶髭”だった。

 曰く、この島に住む彼らにとって、Mは救いの神にも等しいとのこと。

 パンクハザードにおけるベガパンクの実験が失敗したことによって蔓延した毒ガスと、その毒ガスのせいで歩くこともできなくなった者たちへ処置を施し、生活をできるようにして“部下”として召し上げた。

 “茶髭”自身はその時はまだここにいなかったようだが、同様の状況でこの島へ流れ着いたところを救われたらしい。

「その足は、Mによるもの、ということか?」

 サンジの質問に、“茶髭”は首を横に振った。

「いや、それは王下七武海のトラファルガー・ローによるものだ。生きている動物の足をもらえたから、こうやって歩くこともできるのだ」

 感極まったような口調で、“茶髭”が言う。

 ……確かに、話だけ聞けば、良い話だ。

 だが問題なのは。

「じゃあ訊くけれど、子供たちは何?」

 ナミがフランキーのだみ声で“茶髭”に訊く。

「病気だと聞いている。……Mを疑うのか?」

 しかし、“茶髭”は何を言っているんだ、と言わんばかりに首を傾げた。

 少し怪訝そうな表情を浮かべたウタに、ナミが小さく耳打ちした。

「さっき逃げてる時に子供たちから聞いたんだけど、親と別れの挨拶をした子は一人もいないらしいよ」

 その言葉に、ウタは顔を顰めた。

 自分たちは海賊だから、まだ攫われる名目は立つが、幼子を誘拐する名目なんてあるはずがない。あったら堪らない。

「とりあえず、やらないといけないことは三つね」

 ロビンが指を立てながら、落ち着いた声色で言う。

「一つ、あなたたちの人格を元に戻すこと。特にあれは気に入らないわ」

 あれ、と言われたフランキー入りのチョッパーがどぎつい顔で「褒めるなよ」と言い、ロビンが「二度と喋らないで」とぴしゃりと返す。

「二つ、連れて来てしまった子供たちをどうにかすること。とりあえず、これに関してはチョッパーの検査結果を待ちましょう」

 ウタがチョッパーの方を振り返ると、ツートンカラーの髪の女が試験管を傾けて試薬を扱っているのが見える。

 非常に違和感を覚える姿だった。

 三つ、とロビンが言う。

「件の侍をどうするかなのだけれど……」

「あれ? ねえブルック、侍さんは?」

 振り返れば、侍の姿が見えない。

 声を変えられたブルックが、ああ、と声を上げる。

「先ほど胴体だけの人を見つけたと言ったら、詳しい場所を聞かれまして、そのまま外へ向かわれました」

「しまった、妙に静かになったと思ったら──!」

 ナミに睨みを利かされていたせいもあり、神妙な顔で下を向いて押し黙っていたサンジが頭を抱えた。

「おや、何かサンジさんに不都合でも?」

「ああ、あいつを連れ出したのはおれたちだ。“お節介”を焼くにしろ、ケジメってもんがあるだろ」

「ああ、侍と言えど、今の彼は戦えませんからね。……では、つけに行きますか? ケジメを」

「それじゃ、わたしも──」

 サンジがそう言うならば、侍を手伝おうと言った自分も責任を取らねばならないだろうと、ウタが手を挙げる。

 しかし、サンジは首を横に振った。

「なに、そこまで人手はいらねェだろう。それからウタちゃんは子供たちと一緒にいてやった方がいい。何かあった時に落ち着かせることができるだろ?」

「……わかった」

 サンジの判断に、ウタは頷いた。

 ブルックもいれば大丈夫だろう。

 サンジがルフィにこの場を離れる許可を貰っている時、何かに気が付いたように、ナミがハッと目を見開いた。

 この二人だけで行かせるのは、ナミの体の危機だ。

「ウタ──じゃなくてゾロ! あんたもこいつらと一緒に行きなさい!!」

 焦ったようなその声に、しかしゾロは頭を掻いて答えた。

「なんでだよ、めんどくせェ」

「あんた“侍”に興味があるでしょ!」

「そりゃこいつらが連れ帰ってからでも遅くは……。……ったく、わかったよ」

 そのフランキーに入ったナミの形相から、その意図を察したように渋々と体を起こした。

 三人の背を見送って、作戦会議を続行しようとした時、チョッパーが震える声で呟いた。

「……違う」

 そのただならぬ雰囲気に、子供たちと戯れていたルフィがその手を止めて、ウタの体に入ったチョッパーに尋ねる。

「どうしたウタ、違うって?」

 おれはチョッパーだ、という訂正もせずに、チョッパーは続けた。

「こいつらは……病気なんかじゃない。微量だけど検出されたのはNHC10──、覚せい剤だ!!」

 一味の顔色が、さっと変わった。

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