BSS-めぐる編
四月。部活のために家から離れた高校に入ったばかりで、友達もいない俺は一人で過ごすことしかできなかった。そんな俺を変えたのは一人の女の子だった。
「あ、サッカーの雑誌だー。サッカー好きなの? 私も好き!」
にこー。そんな効果音が付きそうな笑顔で黒髪に黄色のインナーカラーの入った彼女は笑った。サッカー部だが陰キャ寄りの俺は突然話しかけてきた女の子に戸惑いながら、しどろもどろにサッカー部に入るつもりだと伝えた。
「玲音ー、ちぎりーん! この子サッカー部入るんだって!」
そう言って彼女が話しかけたのは陰キャの俺でもわかるほどクラスの中心となっている女子生徒たちで。クラス中の注目が集まったのがわかって一瞬頭が真っ白になった。
「こら、めぐる。いきなりでかい声出すなって。ごめんなー、佐藤くんだっけ」
クラスの中心である御影玲音は彼女――蜂楽めぐるを小突きながら俺に謝ってくれた。クラス一の美人千切豹香も集まってきて、俺の席の周囲は一気に華やかになった。
「お。サッカーやんの? ポジションどこ?」
「い、一応フォワードだよ」
吃ってしまったことを若干恥じながら会話をする。三人は幼馴染で全員サッカーをやっていたこと、ポジションは全員フォワードであることを知った。
「好きな選手いる? 私は強いやつならみんな好き!」
「そうだな、やっぱりノエル・ノアかな」
「ノアかー、世界一ってのはやっぱりでかいよな。クリスも頑張って欲しいけど」
「私と豹香はマンシャインシティのクリス推しなんだよ」
「クリスもカッケーよな。あのシュートは止めらんねーよ」
「お。話わかるじゃん佐藤クン」
サッカーオタクを自負する俺は、クラス中の視線を浴びていることを感じつつも口を止めることができなかった。その後、クラスカースト上位女子のサッカーの話がわかる男友達という立ち位置を築いた俺は、陰キャながらクラス内でそこそこの友人たちに恵まれ自分が想像していたよりずっと楽しい高校生活を送る事ができた。
「お前たちは誰派なわけ?」
昼休み。サッカー部の部室でそんな話に花が咲く。うちのクラスどころかこの学校の男どもは清楚系お嬢様御影玲音派か、男前クールキャラ千切豹香派か、はたまた電波系元気っ子蜂楽めぐる派かの三分割されていた。
「俺はもち御影派! あのプロポーション! しかも金持ち!」
「ばっかお前なんか相手にされねーよ」
「俺は千切だな」
「お前貧乳好きかよ!」
ワイワイと騒ぐ連中に愛想笑いをしながら、サッカー雑誌を捲る。本当ならこの時間だって練習にあてたい。ただこんな馬鹿話に付き合わないとハブられるのは中学の経験で学んでいる。内心でため息を吐きながら、空気を読んで笑うことしかできない。
「で、佐藤は?」
突然自分に飛び火してきて驚く。みんな口々に「そういや佐藤のタイプって聞いたことねーな」「そういやそうだな」なんて話している。ああ、ここまできたら話すしかないな、と観念する。
「俺は蜂楽かな」
「あー。蜂楽なー、可愛いよな」
それ以上深掘りされず話がだんだんと自分の話題から逸れていくことにホッとする。
俺は蜂楽が好きだ。あの日、笑いかけられた時に惚れている。恋人になれたらいいなとは思うが、スクールカースト上位女子と付き合えるわけがないので諦めてかけていた。
諦めてかけていたと言うのは、脈があるのではないかと考えているからだ。以前、女子同士の会話で蜂楽の好みのタイプは「サッカーが好きな人」だと言う話を聞いた。容姿がいい人だったり金持ちな人だったらそのまま諦めていただろうが、サッカーが好きな人ならば俺だってそうだ。ただ告白する勇気はなくて、ただのサッカーの話がわかる男友達という立ち位置に留まっていた。
二年になった。春から蜂楽たち三人はアイドルを始めた。クラスは違うけど、合同授業の時に蜂楽から直接教えてもらった。キラキラニコニコと笑う蜂楽の可愛いことと言ったら! インターハイに出てかっこいい姿を見せてから告白しようと決めた。
サッカーの強い学校ではあったので、当然のように予選を勝ち進め、インターハイへの出場が決まった。先輩が怪我で出場できなくなり、スタメンに入ることができた。俺のサッカー人生にも、蜂楽との関係にもチャンスだと感じた。衝動のまま、蜂楽に話しかける。
「な、なあ蜂楽!」
「ん? あ、佐藤じゃん。おひさ〜。どうしたの?」
「今度のインターハイ、俺スタメンで出るんだ! よかったら観に来ないか?」
蜂楽は「ちょっと待ってね〜」というとスマホを触る。スケジュールを確認しているのだろうか。
「あ、もしかして埼玉との試合?」
「そうそう」
「それなら元から観に行くつもりだったから大丈夫!」
蜂楽はにこーと笑った。俺はよしっとガッツポーズを決める。
「じゃあ、インハイ頑張ってね!」
手をひらひらさせて、御影と千切の元に戻っていく蜂楽。相変わらず仲がいいようだ。とりあえず俺はサッカーを頑張ろう。いつにも増してそう思った。
夏。スタジアムに入ると、都大会とは比べ物にならないほどの観客に囲まれていた。インターハイという大舞台に緊張する背中を先輩が大丈夫だと叩いてくれて、少し力が抜ける。俺は俺のサッカーをすればいい。そうこうしている間にキックオフの笛の音がなり、試合が始まった。
「なあ、二年の佐藤ってアンタ?」
対戦相手にそう名前を問われる。短く肯定すると、にっこりと笑みを向けられた。背筋がゾッと粟立つ。こいつは確か……。
「アンタは潔世一、だっけ」
頭の双葉が特徴的な少年。強いとは聞いていたが、強さの底が知れない。本当に同い年なのだろうか。
潔中心のチームはどんどんと点を入れていく。俺たちの防御力が弱いというわけではない。相手が、潔世一が強すぎるのだ。ハーフタイムの頃には巻き返せないだろうというところまで点差は広がっていて、その高すぎる壁に絶望する。
後半二十一分。再び俺と潔世一はピッチ上で対峙した。ボールを持つのは俺。そして射程範囲内には俺が入れるべきゴールがある。
「佐藤! こっちだ!」
味方が一人、フリーの状態で走っている。回すべきか、それとも俺がゴールを入れるべきか。一瞬の思考。その隙を潔は見逃さなかった。
「俺のもん盗ろうなんて二度と考えんじゃねーぞ、ノロマ」
耳にその言葉が届いた瞬間、俺の足元にいたボールは無くなっていた。潔にとられたと思い至った頃には時すでに遅し。すでに相手ボールとなっていたそのボールを取り返そうと走るが、また潔が決めた。観客が湧き上がる。俺の中に絶望の言葉が広がる。
そのまま、俺たちは一点も入れることは叶わず大敗した。
ロッカールームで落ち込んでいる俺の元に、一件のラインが入る。蜂楽からだ。
『観てたよー。お疲れ様!』
こんな無様な負け方をしたのは初めてで、悔しさが滲み出る。ラインも短く『ありがとう』とだけ返した。それ以上何か返信するのも惨めな気がして、文字を打っては消して、結局スマホの電源を落とした。
それから蜂楽との仲はギクシャクしてしまい、ラインが来ても短文かスタンプで返すことが多くなった。しかし蜂楽もアイドル業が忙しいようで、なかなか会うこともできなくなった。俺が蜂楽の姿を見るのも液晶越しばかりになったのになんの感情も抱かなくなった頃、俺たちは高校を卒業して蜂楽とはすっかり縁が切れてしまった。
サッカーを辞めて大学生活を送る中、とあるネットニュースが俺の目に飛び込んできた。
『蜂楽めぐる、潔世一と熱愛か』
その文字を読んで、あの時の潔世一の真意が数年越しにわかった。俺は少し、泣いてしまった。