『B小町』

『B小町』


面会に来ていたのは、有馬と、MEMの二人だった。

「来たわよ」

有馬がそう言う。

「おひさー」

MEMも明るくこちらに笑いかける。そして、続ける。

「大丈夫だよ。ミヤコさんも、壱護さんも」


そして、有馬がこちらを見て、俺が問いかける前に言った。

「……ルビーも、元気よ」


俺と、ルビーと、ミヤコさんと、壱護さん。

四人で抱え込んでいた地獄は、ある意味、あっけなく終了してしまった。

アリバイ工作で、有馬とMEM、双方を巻き込んだのが間違いだったらしい。

有馬には、適当に口車にのせて、話を合わせて貰った。

有馬は俺の依頼には快く同意してくれた。

ただ、俺の態度を少し心配された。表に出したものは無かった筈なのだが。

MEMは役に立つと言ってくれた。だから、すこし突っ込んだお願いをした。

ネット上の噂を集めて貰い。その上で、配信の中でちょっとした噂を流してもらった。

本当に、不自然にならない程度。

でも、ルビーが起こした色々の中で、少しネット上で噂になりかけていたようなものへの、予防措置。

多分、どちらかだけの依頼なら、そこまでだったのだろう。でも、二人は親しき仲間だった。

そして、二人とも、俺とルビーを心の底から心配してくれていた。

二人は情報を交換し、一つの結論に達したらしかった。


二人は、ミヤコさんを説得した。そこがウィークポイントと見たようだった。そして、ミヤコさんはついに陥落し、四人による自首として、しかるべき機関に連絡を取った。二人は……、自首しなければ、そのまま通報する、と言ったのだそうだ。

俺達には、連絡を終えてから、その事実が伝えられた。

それで全てが終わった。


俺は、改めて二人に聞いた。

「ルビーは、どんな様子なんだ」


「あのね……アクたん」

MEMが言いづらそうに口を開いた。

「ルビーはね……」

そこで途切れる。


有馬が、ため息をついた。

「だから、元気よ。元気過ぎて、ずっと黙ってこちらを睨んでいられる位」

そこで寂しそうに笑う。

「せめて一言位、何か声を出して欲しかったけどね」


ルビーの夢は強制的に切断された。

そして、それを引き起こしたのは、ルビーの視点では、言うまでもなく、この二人、ということになるのだろう。


「お前らは……調子は、どうだ」


聞かなくても、分かる。色々と、酷い有様なのは。


伝わってくる情報では、この二人も、無事では無かった。

MEMは、『自粛』として、一時的に配信をストップさせているらしい。

パフォーマンスとして、それが正解とMEMが判断したのなら、それが良いのだろう。


……そして、有馬は。

ルビーの所属するアイドルグループ。そのセンターとして、B小町を導く役割を担わされていた、有馬は。

ほぼ全ての仕事を失った。


「元気よ、元気。まぁ、お察しの通り、ヒマはヒマだけど」

有馬は笑う。

「私達のことは気にしなくていい。まずはアンタ自身。いい?」

それは、有難い言葉ではあった。ただ、心は沈む。

皆に酷い迷惑をかけた。

迷惑というレベルではない。それは、回復不可能な、損害。

決定的な破壊。

……それに、ルビーは。


「それよりも、伝えなきゃいけないことがあるわね」

有馬が静かに言った。

MEMも頷く。

予想はしている。

既に事務所は停止状態。

だからこそ、動ける人間は、次の場所を見つける必要がある。

当然、この二人も。

「お察しの通り、色々中途半端な状況だから。私も、MEMちょも。色々と、ちゃんと考えないといけない」

有馬はこちらの目を見ながら、そう言う。

それは、本当にその通りとしか言えない事実。

「……あのね、アクたん」

MEMも言った。

「私達……一つ、決めたことがあるんだ」

覚悟はしている。俺は二人を見た。

有馬が、そんな俺を見て、何故か楽しそうに笑う。

そして、宣言した。

「B小町は維持する」

「……は?」

俺は少し混乱した。今更。今更、なんで。もはや、その名前も、メンバーも、汚れてしまったのに。

「勿論…開店休業状態だけどね。引退し損ねちゃったわ」

どこか自嘲気味に、でも、どこか、明るく。

「どうして……」

「維持するのよ。ルビーが戻ってくるまで」

有馬は重ねていった。

その表情は、真剣だった。

「待ってようと思うんだ。私も。かなちゃんも」

MEMもそう言った。

「ルビーにも伝えたよ。何も……返事はしてくれなかったけど」

想像はできる。裏切者を拒絶する。それが、今のルビーなのだろう。

それでも、この二人は。

本気なのか。本気で、まだ、そのかたちを。


有馬が、真剣な顔で言った。

「……でも、待つわ。これが決定事項」


俺は泣いていた。情けなく。

ここまで。

ここまでになっても、この二人は、ルビーを。


「……ねぇ、アクア」

その声に、俺は顔をあげた。有馬を見る。

「相談して欲しかったのよ、ちゃんと。私も、MEMちょも、そこは、本当に悲しいのよ?」

有馬が優しく俺を責める。

「君はさ……本当に無茶をするんだから」

MEMも、そう言って、苦笑する。


それでも、この二人は、ルビーの夢のかたちを、維持してくれる、と言うのだ。


たとえ、夢が強制的に一度切断されたとしても。

その先を、もう一度望んでも、悪い事は、ない。

それが本当になるのかどうかは分からない。

ただ、その可能性を、希望を、二人は見せてくれていた。


「……ありがとう」


俺はただ、二人に頭を下げた。

二人は、そんな俺の前で、ただ笑っていた。


BITTER END『B小町』

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