Always something

Always something


・一応原作沿いドレ🥗ホ、冒頭のみキラ🥗ホがある

・「So may we start?」と捏造設定などがモロに繋がっているためそちから読む、または読み返すことを強く推奨

・何事にも配慮してない


 1

 斬られた。まずは目で見てそれがわかった。鈍色の彼の刃に私がついている。私の血と驚く顔がついている。一旦分かれば後から痛みがやってくる。額の切断面へと、熱さと血潮が一斉に。それはトラファルガーにやられた時の比ではなく、「死」の一字が脳裏に一瞬で脳裏をよぎったからゾッとする。一気に全身の血の気が失せ、頭の中が覇王色を浴びたときみたいにくらくらする。それをどうにか踏ん張って耐える。耐える、耐えるんだ。まだ私はどうしても倒れるわけにはいかない、クルーのためにも、ミンクのファウストのためにも、自分のためにも、両腕に力を入れ———————————————両腕。両腕?両腕だって?バランスを取ろうともがく右腕と、質量が消えて服の切れ端と辺りに飛び散る血飛沫だけが未練がましく空を切る今は何も無い場所。そうよ、もう左手には何も無いじゃない。ついさっき取れたから当たり前よ。右手だけではどうしようもなく足りない、力が無くて踏みとどまれない。私の身体が前へと倒れていく。それが妙に遅い。

「行け、相棒!」

キラーの後ろ姿が見える。“相棒”キッドからの信頼を一身に背負い、見事やり遂げた傑物。彼の表情はわからない。けれど、きっと”人斬り鎌ぞう”の顔ではなく彼本来の面に戻っているのでしょう。SMILEを食べても絶対に屈することは無かった男。占わなくてもわかる、彼はこれから“登る”んだ。カイドウさんが降ってきてから下がり続けた彼の、彼らのツキはこれから上がる。……私は落ちていく。今実際に落ちている。彼らは上へ、私は下へ。”塔”の隠された意味と、本来の意味。

「ははははは……」

なんだかおかしくて笑うしかない。ははははは、愉快、愉快。因果応報、当たり前。理不尽に立ち向かった彼らと、向かわなかった私。比べることすら烏滸がましいじゃない?キラーが緩慢な動きでこちらを向く。ははは、はははは……ははははは。いつの間にか目と鼻の先に地面があった。

 夢見心地の私に衝撃。頭から地面へとぶつかった。音が、感覚が、意識が遠のく。いや、まだよ。私が死んだら船員はどうなるの?正直どちらが勝っても、私がいなければ碌な目に合わないことは確か。私はどうにか立とうと震える我が身を右へ左へとよじる。右手を地面に突き立て起きあがろうとしても、うまく力が入らなくて道半ばで崩れ落ちる。痙攣しながら地面をのたうち回ることしかできない。それがあまりにもみっともなくて、情けなくて、目の辺りに熱が集まった。丁度裂傷と同じ辺りに。……あっ、タロットが落ちてる。散らばったからワンオラクルになっているはず。腕を大薙にしてカードを裏返す。図柄は…再び”塔”、正位置。破滅、崩壊、悲惨、戦意喪失、風前の灯火、アンチテーゼ。嗚呼、嗚呼…。ははははは。





 私は動けない。もう動く気力も失せた。全身が痛い。左腕からは血が止めどなく流れ続けている。そして何より、あの”塔”のカードを目にした瞬間———心が、完全に折れたのだ。カイドウさんが降りてきた時とは違って、これは完全に”私”の選択。トラファルガーが逃げた辺りから、彼らの勝利は見えていた。0から1へ、それ以上へといつの間にか変わっていたのだ。……だからこれは、通すべきエゴ、裏切り者な私のある種の忠義。そのために私は死にかけている。いや、99%死ぬ。……私の大好きな船員たち、不甲斐ない船長でごめんなさい。自分の役割すら全うできない、情け無い船長でごめんなさい。弱くてごめんなさい。あなたたちはきっと私を許すでしょう。けれども私は自分を許せないのです。…..キラーがこちらに近づいてくる気配がする。身体はただただ震えるだけだ。見るな、来るな。私を見ないで。あなたには今助けるべき仲間が、相棒がいるでしょう?彼が私の前に立つ。彼のマスクが見えない。靴しか見えない。彼の弧状の刃•パニッシャーが空気を切り裂く音が聞こえる。殺しの道具にに似つかわしくない澄んだ音。

「……殺すなら……はや、く………して……!キッドのところ、へ……」

音が止む。そして彼は私のマントを破って、左腕の切断面に巻き始める。何してるの?慈悲のつもり?こんなものはいらない、早く行け、早く行け。行け、行って、出て行って、お願い、お願いだから!彼は私の髪を一房持ち上げた。私は顔を上げた。あまり上がらなかった……力が入らなかったのだ。顎から地面に激突するその直前にフルフェイスマスクがこちらを見下ろしているのが見えた。私が崩れ落ち、彼が私の髪を優しく置いて駆け出していく間の一瞬のことだった。その表情はわからない。けれどもマスクの穴から彼の瞳が見えたような気がする。色の薄い睫毛の帳の奥に、一際輝くガラス玉。憎悪に燃えて澱んでた彼の瞳は、今は何故か不気味なほどに凪いでいる。キラーとしっかり目が合った。やめて、そんな目で見ないで。分厚い鉄の仮面のせいで口元だけは見えない。それでもきっと嗤ってはいないでしょう。優しい人、強くて私とは違う人。あなたは「悪い魔女」を打ち倒したの。そして大切な人を救う、御伽噺の英雄よ。私はそこに居ないけれど。

「ファッ」

何故そんな目をするの?私のことを憐れむ……慈しむ必要なんか無いじゃない。どうして?

眼前に黒色。キラーの足音が遠のいていく。聞こえるかどうかわからない。命乞いはしない、する資格がない。けれども。

「クルー……は、クルーだけは、見逃し……て。彼…らは悪く……ない、から……!」

彼は一瞬立ち止まって振り向いた。悪いのは私、読み違えた私、選択をした私だから。彼の方へと腕を伸ばす。私は何をしているの?自分でもわからない。肩が外れてるみたいで痛くて痛くてたまらないし、私の視界が伸縮してる。地面にある塔のカードを押し退けてただ伸ばす。彼が行く。ああ、嗚呼……

私は意識を失った。














2

 なぜかまた目を醒ました。私はまだ生きている。出血のショックが弱まって少しは動けるようになっていた。私はふらふら立ち上がる。左腕が、私にあるべきものがそこに無いからバランスが上手く取れない。加えて気分がすこぶる悪いが、喪失感と淋しさのせいでどこか荒涼とした心地がする。どれだけ寝ていたのかしら?辺りには死の気配。周りには百獣の構成員が倒れている。…‥全員一太刀で斬られていた。しかしギフターズが見当たらない。報告にあった少女の妙な能力のよるものだろうか。上ではカイドウさんと誰かが戦っている。おそらくは、麦わら。2つの覇王色の重圧が重なり合って、私の心臓を食い破らんとしている。自分が達することのできない、至高の領域だ。

「ははははは……」

いいな、いいな、羨ましい。“麦わら”は天賦の才を持っている。あれだけの実力差があったにも関わらず頂上戦争を生き延びた。また彼に先明の見があったかは知らないが、トラファルガーと同盟を組んで、裏切らず裏切られずに七武海討伐。そしてキッド達と光月一派を引き入れて、まさに今四皇二人の喉笛を噛みちぎらんとしている。

……私は俯いた。流れ出る血と固まりかけた血が混ざっていて、それを見るだけで鬱蒼とした気持ちになる。轍の先には先程の“塔“。カードが私をせせら笑っているように感じた。そんなはずは無いのに。運命は誰かを絶対に笑わない。ただそこにあるだけ、意味は自身が決めるもの……

 “塔”の先に別のカードが落ちている。どうせここで死ぬのだから意味がないとわかっていながらも、その“先”を知りたいと思った。それはクルーのことなのか、この戦の行く末か、キッドとキラー達のことなのか、はたまた別のことなのか。私は震える体を抑えて近づいていく。

「………………10番、運命の、輪、正位置」

転換点、幸運の到来、チャンス、変化、結果、出会い、解決、定められた運命、結束。どれ?これは何?何枚引き?この百獣海賊団へと入ってから“運命の輪”の正位置を引くのは2回目な気がする。1回目はいつだった?私は辺りを見渡した。そして気づいた。前に“塔”、その右に“魔術師”逆位置、左に“悪魔”逆位置。

「これは…………?」

後ろに“審判”正位置、右後ろに“太陽”逆位置、左後ろは血で汚れていて見えなかった。……私の未来はわからない、ということか。私は”運命の輪”のカードをめくった。その下にもカードがある。

 ……私はそれを拾って歩き出した。死体に意思という名の糸を吊り、ただただ身体を動かした。死者が歩く、死者が往く。けれども心は私の命を燃やして輝き始めた。きっとここにいた方が生存確率は上がる。けれどもほとんど変わらないし、何より「嫌だ」。このまま死にたくない。いつもはこんなこと絶対に考えない。どうせ最後だ、自分のやりたいことをしよう。船員たちのことはキラーを信じることにした。彼ならやってくれる、私はそう信じている。

 壁をつたって歩く。ヘキサグラムスプレッドの中央のカードはものごとの「核心」を示す。過去、現在、未来、最善手、希望、自分の全6枚のカードが相関して中央のカードを編み出すのだ。

「……ッ!?…..!」

喉に何かが迫り上がってきて、思わず足を止めた。あまりにも痛くて前傾弓形になって血を吐いた。兎にも角にも気持ち悪い。何やらゆらゆら揺れている感じもする。これは……浮遊感?頭に血が足りなくなってきたのか、鬼ヶ島の異様な雰囲気に私が呑まれたのか、それとも地面自体が浮いているのか。さすがに気のせいだとは思うけど。

 前方にまた別のカードがあった。おそらくこれは……奥が私の顕在意識で手前が私の潜在意識。私の潜在意識を拾う。……あり得ないカード。認めたくないカード。今この場にそぐわない、冗談みたいなカードだった。私はそれを握り潰そうとする……できない。どこか納得している自分がいるのも許せない。私はそれを未練がましく懐にしまった。

……行こう、行くんだ。きっと私は話を聞いてくれる人が欲しいんだ。キラーが行ってしまった後に気が付いた。私はどうにも人から理解されにくい節がある。それでいい、わかって貰えなくてもいい。ただただ笑わずに聞いて欲しいだけ。同情も、哀れみも入れずに、対等な立場で。私はどんどん死んでいく。その前に辿り着かないと。いや、辿り着くはずだ。そう占いに出ているから。私はカードを強く握った。








中央のカードは「X番 運命の輪」そして「ソードのペイジ」———————————————私の核心に、私の内に彼がいる。つまりはそういうこと、なのだと思う。


 







 










3

 鬼ヶ島が落ちた。どうやら本当に浮いていたらしい。辺りからはサムライ達の勝ち関が響いている。けれどもそれは遠い。

「ドレーク……貴方、海兵だったのね……」

彼が喉から血を流して大の字に倒れ伏していた。誰にやられたのだろう、相当な手練れに違いない。

「……答えるか……!」

「『ソードのペイジ』……意味は警戒・裏切り・スパイ行為」

彼の動きが一瞬止まった。本当にわかりやすい。私はいつも内心彼のことをそう呼んでいたが、面と向かってそう呼んだことはほとんど無かった気がする。………確か、一回だけ。それでも覚えているから彼はさぞ優秀な海兵だった、いや実際に海兵なのだろう。だからこそ残念だ、それでも私は嬉しく思う。

「………、………。それを、聞きに……?」

彼がこちらを見る。私を見る。それだけで粘着質の血で詰まっているはずの喉が、胸がすいたような気がする。未だに気道にこびりついて息に重りをつけているのに。やっと壁まで辿り着き、私はそこへもたれかかるように座り込む。

「……安心して、私は言ってないから……それにしても、貴方、本当に、向いてないわね……ケホッ」

 今の反応を見るに、私が彼がスパイだということに薄々気付いていたことを本当に知らなかったみたいだ。ワノ国ではなんだかんだで彼と行動することが多かった。てっきり私のことを監視しているとばかり思っていたから少し拍子抜けする。海賊のくせに情を持ち、海兵のくせに海賊のことを気遣う。……さぞかし生きにくいでしょう。難儀なことだ、片方に染まってしまえば楽なのに。

「貴様も、だろ……」

「………。」

「それにしても、惨憺たる姿だな……ハァ、ハァ……カイドウを裏切らなきゃあ“安全”だと占いで…‥ゲホッ…出たんじゃないのか……」

……そうでしょう、そう思うでしょうね。私もそうであって欲しかった。本当に。もしも“麦わら”と“死の外科医”が来なければ、アプーが裏切らなければ、そもそも私が読み違えて無ければ————————————悔しい。力が足りない。情報が足りない。思考力が足りない。時間が足りない。意志力が足りない。足りないものを挙げていって、それから実際何が足りているか、考えていくとゼロになる。自分には何がある?「ホーキンス海賊団 船長」バジル•ホーキンスはとうの昔に死んでいた、それこそカイドウが落ちてきた時に。もし生き残っていたとしても、無理矢理すげ替えられた「真打ち」バジル•ホーキンスとの軋轢で潰れて、擦れて、塵になってしまったように思える。その真打ちもキラーに斬られたときに死んだ。それなら私は今何者であるのでしょう?

「……占って、全部わかるわけじゃ無い……」

‥‥今なら立場も何も無い、そうふと思ったのがいけなかった。ずっと我慢していた、否、私でも気づかないうちに押し込めていたであろうものが溢れ出た。前々から感じていた“しこり”の正体を、今言葉にして初めて気がついた。一度口火を切ればもう抑えきれない。

「確率を出すのにも、結果の、解釈にも……大なり小なり…‥『私』がいた……」

「………。」

明確に可否が出る確率なんか無い。正解の選択なんて無い。大体のものは50%前後で出るし、いくら確率の大きいものを選んでも外すことはある。初期条件をどうするか、どこまで細かく占うか、どの可能性を試していくか。

「占うこと、を決めるのは私……それで何をするのも私………ガハッ!」

大きく咳き込んで血が口から飛び出る。また中でどこかが切れたみたいだ。私は1分1秒1瞬話すたびに、1字1句を発するたびに私は私の命を文字通りに削っている。それを見た彼は露骨に焦り出す。おそらく立ち上がろうとしたのだろう、彼の胸板が一度大きく上下した。

「……、……!……もう、黙れ!……死ぬぞ」

それはそう。私の99%、覚悟はしているけれど、やっぱり死にたくはない。もちろん喋るのをやめた方がいいのでしょう。占わなくてもそれはわかりきっている。けれとどうせ遅かれ早かれ私は死ぬ。ここで死ぬ。

「嫌、聞いて」

私は彼の方へと倒れ込んでそのまま片腕で地べたを這って進む。にじり寄る私から少しずつ離れようとしている彼を逃さぬよう、右腕で逃げ道を封じれば、こちらを信じられないようなものを見る目で見上げているのが見える。

「何、してる…‥離れろ……!」

 そうして身体の上に倒れ込むようにして彼を抑えつける。もちろん彼は抵抗している。ボロ雑巾のような両腕で身体をひっつかみ、私をなんとか持ち上げようとしているのだ。

……嫌、嫌よ。私は今寂しいの、虚しいの。浮きかけた自分の身体を一気に前に傾けてバランスをわざと崩す。私が彼に覆い被さる形になる前に、彼がすんでの所で受け止める。私の額から流れる血が彼にかかる。角ばった鼻筋から無骨な頬にかけて。彼の瞳が大きく見開かれている。眉間のシワが消えると青年みたいだ。私は彼の耳に顔を近づける。彼は顔を精一杯逸らす。行かないで、ここに居て、どうかお願い。お願いだから、

「逃げないで、」(私の運命)

私の言葉にならなかった言葉が吐息になって彼にかかる。彼の荒い息遣いが私の首筋に当たる。私はそのまま動かない。彼もそのまま動かない。血がポタポタポタポタ垂れ続ける音だけがあたりに響く。

「………。」

彼が抵抗するのを諦めてゆっくりとこちらを向く。それををいいことに、私は彼に馬乗りになる。彼はへの字の口をさらに引き結んで私の方を、ただのバジル•ホーキンスを見ている。なぜだかすこぶる気分がいい。多幸感からか目の前がふやけて輝き始める。その中を射抜く青。

「従ってたんじゃないの……結局は全部私が考えて、選びとってた……!そうしなければ生きているとは、言えないの……!」

全身の力が抜け倒れ込んでしまう。彼の胸に縋るような形になる。実際彼の誠実さに、優しさにつけ込んでみっともなく縋っている。

「でも…‥感情と占いは別だった!……占いはどこまでも、合理的……」

……実を言うと、私はいつでも彼をライフにできる。今まではしていなかったというより、単に「ソードのペイジ」な彼の髪が手に入らなくてできなかっただけ。今は彼の頭がすぐ近くにあるし、毎日念入りに固めてあった髪も乱れている。そこに手を伸ばす。震えている。激しく揺れている。彼はまだ動かない。私は震えている。……もし、今、ここで、彼を、ライフにしたら……ライフに、できたなら、どれほど良かったのでしょう。辛うじてこめかみ辺りまでには手が届いた。そこまでは。そこまでだった。私にはできない。私は彼の頬に手を添える。手袋越しでも彼の体温と私が流した血が感じられて、私はそれをすらりと拭う。手は滑らかに動くけれど、胴に近づくほどにダメになっていく。このままだと1%を、私の未来を掴めない……!





……何かが私の頭の上に覆い被さった。まず柔くて弱いものを触るみたいに後頭部をひとさらいした後、子供をあやすように私の身体を引き寄せて頭を撫でる。何回も、何回も。慈しみを込められている。……X•ドレークの手。

「………よく、やった」

私は嬉しくなった。私は悲しくなった。こんな私の、ちっぽけな矜持を笑わずに聞いてくれた。何私は彼をライフにできなくなってしまった。自分が認められたようで、1%の望みが絶たれたようで、今は私だけを見てくれているようで、この時間がそう長くは続かないようで。清濁色々思うけれど、それより、何より、

(……………………………………..やっぱり、好き、なのかなぁ…)

 黒光りするレザーの奥から確かに感じられる温かさでは無い。彼の体温が上がった訳ではない。ただただ私の血潮がにわかに沸き立って、傷口から流れ出るよりも疾く熱く全身を駆け巡ってるのだ。なんだろう、妙に気恥ずかしくなって、彼の体に顔を埋める。そうしたらまた不思議なことに、今の今まで気にならなかった色々な気になり始める。ぐるぐるぐるぐる、ホロスコープやら”偉大なる航路”の後半での記録指針やらのように色々なことが駆け巡ってもう何が何だかわからない。それで何やらますます私は恥ずかしくなって、いや単に有頂天になってるだけかもしれないが、とにかくそれで脳が焼かれそうになっていて、顔のあたりがアプーになったみたいに太鼓の音が響いていて、頭の方から湯気がゆらゆら漏れ出ている。これはまずいと思って彼の頬に添えていた手で自分の顔を抑える。

 彼が唐突に私の頭から手を離して、両手で口を抑えた。そして咳き込む。

「ゲフッ、ゲフッ….」

心臓を幽霊に撫でられた時のように、沸き立った感情が一気に腹の底から冷えていく。古代種のタフネスがあるとはいえ、彼も今は満身創痍。彼を通じて自分のことを省みる。私は死ぬ。今、此処で。そうだ。そうだった。少し前までは自明のことだと受け止めていたたのに、急にそのことが私の覚悟を揺るがしにかかってきた。




…..恋だって知らなければ、気づかなければ、本当に良かったのに。こんなに苦しむこともなかったでしょうに。私は起き上がる。彼の顔を少しでも長く見ていたい。….私は今まで沢山の人を呪殺してきた。そんな私の愛はどれくらい重くなる?それで彼の身を滅ぼして欲しくない。私の信じた、私が惚れた彼の正義を貫いて欲しいだけなのだ。「魔術師」逆位置、混迷、無気力、スランプ、空回り、バイオリズム低下、消極性。心臓だけが私をどうにか生かそうとしていた。今は違う。生きたい。……嗚呼愛しい。だからこそ苦しい。悲しい。悔しい……!

「全く…急に…‥なんだってんだ……?」

それでも彼は私を退かすそぶりを見せない。墓場まで持って行きたい恋心が揺れる。このまま終わるの?本当に?…..

 彼の唇に、触れるように口付ける。

「………………!???」

溢れんばかりの親愛と感謝、その奥にある醜い恋心、そして僅かばかりの独占欲と優越感を込めて。指でなぞった時とは違いより血で滑って彼の形が掴めない。私は唇をさらに強く押し付ける。

 彼の心に私をいつまでも残せるのならどれだけ幸せなのでしょう。ふとしたときに蘇る痛みと喪失になれたのなら。けれど———烏滸がましくも、彼の「呪い」にだけは絶対になりたくない。

 自分は彼が好きだ。でも今更どうこうなりたいとは思わないし、先がないこともわかっている。それでも私の前には今彼だけがいて、彼の前には私だけがいて、周りには誰もいない。彼の目には私が一杯に広がっていて、今私だけを見ている、こんなに幸せなことはない。アイスブルーの瞳が大きく見開かれた後、彼は私から逃れるように身じろぎする。彼が伏目がちになって、彼の睫毛と荒削りな顔のかたちが非現実的な私の視界に光の画みたいに焼き付いて、それでまた私からはしたなく思慕が漏れ出る。私は衝動のままに片手精一杯の力で彼の顔を私の方へ、逃げないように向ける。そして長く、長く、口付けた。

 恋をしている。いや、違う。そんなに心躍るものじゃない。確かに初めは……彼と鬼ヶ島の中庭で出会った時だけはそうだっかたもしれない。けれども今ではどうしようもなく汚れて醜くなっている。愛している?何かしっくりこない。多分純粋な「愛」じゃない。憧憬とか私淑、……嫉妬、劣等感が混じっている。

 もしも、どこか別の時、別の場所で恋に落ちたのならよかった。例えばシャボンディ。そのころならばまだやりようはあった。黄猿から逃げていれば。それよりもっと前。まだ北の海にいた頃。もしくは大航海時代じゃないいつか。嗚呼ただただ彼だけを想えるのなら。

「ホーキンス」

 彼の腕が伸びてきて、私の頬を包みこむ。……違う、流れる涙を掬い取っている。声も震えなかった。自分がが言葉少なになったと思ったら、諸々がいつの間にか口の代わりに眼から押し出されているのだ。燐と輝くガラス玉がハラハラ落ちて、その飛沫がぽったりと音を立てて血を禊ぐ。それがあまりにも綺麗で、汚いものは自分の中に全て押し込めることができていてよかったな、と頭の隅で考える。全部を、初めて会ったときのことを、彼がトラファルガーを逃したときのことを、今のことをぶち撒けてしまいたいとも思う。

 けれどそれは、きっと彼を傷つける。彼は終身徹尾、私のことを海賊として、一船の船長として、”最悪の世代”の一角として見ていた。……それに、応えなければならない。

「……私の、後悔。貴方になら……話して、いいかも」

私の海賊としての後悔を、自分の本心に蓋をして。

「……。」

「私は、怪物…‥カイドウの前で、絶対に勝てないと……死ぬとわかった、わかってしまったの……。ゲホッ、だから従うことにした……でも、キッド達は立ち向かった……!」

初めて私の声が震えている。目の前がふやけて暗くて彼の顔すらもうわからない。

「もしも。もしも、彼らの勝利が見えていたとしても……今更彼らの方に、つけると思う……?」

彼が息を呑む気配がする。……まさか。

「……!なるほど、占ってた“ある人物“ってのは………」

覚えていて、思い出してくれた。そう安心した途端に全身の力が抜ける。また血がせり上がってくる。それでも。そう、それは———————

「私よ……!」


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