Ah, I see, I forgot!

Ah, I see, I forgot!

平子♀に誕生日忘れられる藍染

藍染は激怒していた。必ず、記念日を忘れた無神経な恋人を謝罪(わからせ)なければならぬと決意した。

藍染には平子の考えは分からぬ。藍染は平子の横で日々の業務に勤しみ、趣味の研究を楽しみながら過ごしていた。しかし、大切な日に対しては人一倍に敏感であった。

誕生日とは単なる1日ではない。その特別な日の無為な経過を見過ごすなど、到底容認できる事ではなかった。そして藍染は恋人の手を握りしめて、声を上げた。


「何故僕の誕生日を忘れているのですか、平子隊長」


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「ええ!? 藍染副隊長、お付き合いしている女性が居るんですか!?」

 驚きの声が、霊術院の教員室に響き渡る。一度声を上げてから、若い死神は口に手を当てた。

「少し声が大きいよ。君から見て、僕は恋人のいない男なのかな?」

「すみません…藍染副隊長は何故かお一人なんだと思っていました」

 にっこりと笑いながら窘められ、年若い死神は恥ずかしそうに頭を下げた。若い死神にとっての藍染は落ち着いた立ち振る舞いと穏やかな話し方、尚且つとても頼りになるという、憧れの死神だ。

 そんな藍染の女性人気は高く、若い死神は藍染が恋人のいない理由を女性死神協会から[藍染惣右介抜け駆け禁止令]を出されているせいだと考えていた。

「あ、あの、お相手は誰なんですか?」

「それは秘密かな」

「えっ、ここまで教えたんなら言ってくださいよ!」

「秘密だよ」

 藍染は口元に人差し指を持ってきて、子供をなだめるように笑いながら黙秘を貫く。

「じゃあ、聞かない事にしますけど…藍染副隊長はモテるから、1人の女性を選ばないと思っていました。モテるし」

「誰しもいつかは落ち着いてくるさ、それが今だという話なんだ」

 目の前の死神が考える自分という虚像に藍染は少し苦笑する。

 確かに、藍染は女という女を遊び歩いていた。しかしあの夜…いや朝に起きた事から、平子と互いに時間を見つけては触れ合って過ごすようになり、女性関係は落ち着きがでてきた。

 初めこそ平子のペースであったが、幾人もの女を喰っている藍染と女として完成しきっていない平子では経験の差は大きく、平子は徐々に受け手側に回って行き、今日に至る。


『……ッ』


 目尻に涙を溜めて快感に屈しまいとする平子の姿は、健気で、そして艷やかだ。

 黄色味がかった長い髪を敷布に散らばせ、自分の手によって快楽の淵に追いやられ、震える成長途中の肢体。しなやかで美しい肢体をくねらせ藍染を搾り取ろうと全身で絡みつく様は、藍染を今までどの女以上にも興奮させる。


 しかしそれを若い死神に教えるつもりはなく、平子との甘い情事の追想は自分1人の胸に秘めておくとして、この若い死神をどうあしらうべきかと思考を回す。


「そうすると…29日はどうなんですか?」

「? 僕の誕生日かい?それが何か?」

「何かって…藍染副隊長のお誕生日じゃないですか。何か予定を立てていないんですか?」

「特にこれといってないかな…隊務の方が優先だよ」

 どうせ隊舎で会うのだ、その時に予定を立てればいい。藍染の返答に、若い死神の顔が訝しになる。

「二人きりで過ごそうと思わないんですか?」

「僕もあまり時間を取れないし、出かけた事はあまりないかな」

 そういえば顔は合わせるとはいえ、出合の類をした事がない。今更ながら気がつく藍染である。

「信じられません…藍染副隊長程の男性と付き合って、そんな態度をとる女がいるなんて」

「恋人同士なんてそんな物だよ」

 恐らく。平子の様な女が相手なら尚更。

「そんな事無いですよ!」


 若い死神は卓を叩くように立ち上がる。しかし藍染は少しも驚いたような様子は見せずに話を続ける。

「怒ってくれてありがとう。予定を合わせなくとも、彼女は僕のことを考えてくれているよ」

 藍染は若い死神の肩に軽く手を置く。常に穏やかな表情の藍染から放たれた言葉には、どこか冷たさが潜んでいる。

 それは他ならぬ藍染自身が最もよく理解している事だった。

 先日の平子の誕生日も共に過ごした、だが…平子が誕生日を覚えているかは確証が持てずに、日々は過ぎていく。


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「あの、藍染副隊長」

「 何かな」

「これ、受けとってください!」

「ありがとう。覚えていてくれたんだね」

 五番隊隊舎の執務室には、女性死神達が集まっていた。隊長である平子がいたらもう少し自重されていたかもしれないが、平子は上席会議に出席している。 藍染も『僕は君達の厚意を無駄にする程無粋な男ではないんだ、ありがとう』と微笑んで包みを受け取っている。


 ーいまだに平子真子から「おめでとう」も誕生日の贈り物もない。どういうつもりか。

 藍染の脳内では、この場を優しい藍染副隊長として切り抜けるという思考と、平子への不審のない交ぜになった思考がマルチタスクで処理されている。


ありがとう、ありがとう。

 結局仕事が終わるまで、藍染は太陽の微笑みで女性死神から包みを受け取って過ごした。


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「……」


 廊下を歩きながら、藍染の顔は憤懣に満ちていた。

 もう仕事も終わっており、執務室に残っている死神は居ない。しかし朝から一度として平子に『誕生日、おめっとさん』とも言われず、『長引きそうやから直帰するわ』と天挺空羅での連絡。

 まさか本当に藍染の誕生日の事など気に掛けていないのではないか、と邪推する。もはやその不審と不満は募りに募り、藍染は自室に戻るのではなく平子の元に行こうと決意した。


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 平子に与えられた隊首室には鍵がかかっていた。

「平子隊長、開けてください」

「ちょっと待っとけ!」

 中からは人が動く音。

 風呂上がりだろう、髪をかき上げながら、平子はため息をつく。

「悪かったなァ、俺のせいで今日は仕事増やして」

「いえ、それ自体は構いません…部屋の鍵はいつ着けたのですか?」

「最近や。どないし」

 藍染は恋人の手を握りしめて、声を上げた。


「何故僕の誕生日を忘れているのですか、平子隊長」

「?誕生日、今日やったか?

スマン、5月の最後の方なんは覚えとったんやワァ…お前も人が悪い。朝顔合わせた時に言えや」

 平子は軽く受け流して笑う。その仕草に藍染の眉間がぴくりと動いた。

 何故この女は自分の考えを優先させようとするのだろうか、と。

「忘れる筈なんてないと思っていました」

「惣右 」

「平子隊長」

 平子の謝罪を遮り、藍染は平子の手を握りしめる力を強めた。

「僕は貴方から何か欲しいなんて思っていませんよ。ただ一言、誕生日おめでとうと言って頂ければ十分です」

「 他に何も言うてこんか?」

「ええ、平子隊長。一言お願いします」

 

 平子は藍染が一体自分に何を求めているのか皆目検討もつかない。自分の言動が目の前の男を傷つけている事にも気がつかない。どうして藍染が自分の誕生日を祝わない事に腹を立てているのか、分かる筈が無い。


『良い匂いしますね…良いでしょう?』

『ん……』


 アレは藍染の裏切りを阻止するため、取り引きの為、仕方なくしている行為。

 平子の体は藍染を受け入れ浅ましく悦を見出そうとするが、心は藍染を受け入れていない。平子には藍染の思考など全くわからない。

 恋人だと考えている藍染と互いに駆け引きだと考えている平子。2人の間にある温度差は激しい。

「誕生日おめでとうさん、惣右介、忘れてゴメン。機嫌直してくれんか?」

「……」

 平子は藍染の欲しい言葉を言った筈だ。しかし目の前の男の顔は不満に染まっている。

「ありがとうございます」

「おう」

(どうせ難癖付けて来そうやから、黙っとこ)

 藍染は平子の返事を聞いて、何か言いたそうにしては言葉を飲み込み、平子はあえて藍染から視線を逸らしている。


(ここでいつものように平子真子の体を貪り、快楽に屈伏させるのは簡単だ。しかしそれをしては行けない)


「僕の誕生日は今日です。語呂合わせでいうと5月の肉の日ですよ。もう二度と忘れないで下さいね」

「せやな、気をつけるわ」

「…フリじゃないですからね。では僕はこれで。失礼します」

「あっ」

藍染は平子に一礼すると、踵を返し隊首室を後にした。

(ホンマに何もせんと帰った…引き留めた方が良かったか?)


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 今思い出してもイライラする出来事やった、と平子はレコードを整理しながら考える。

 あの頃は29日になると魚肉から干肉、果ては謎肉というありとあらゆる肉という肉を食べさせられた。

「藍染惣右介…誕生日オメデトウ」

 本日5月31日。一応口に出したが、何故自分は今、あの頃の藍染の行動を思い出しているのだろうか。この部屋は感傷を呼び寄せるのかもしれない。平子は軽く首を振ると、今日の休暇をどう過ごそうかと思考をシフトした。


『だから5月の肉の日だと言っただろう、平子真子』


無間の暗闇で1人、誰かが呟いたとかいなかったとか。

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