アフターダーク(ドレスローザ23)

アフターダーク(ドレスローザ23)

Name?

 ガラガラと音を立てて、ドレスローザ国内にある瓦礫という瓦礫が、一斉に東の港に集まっていた。

 理由は、そこに集結した海賊たち。

 ドフラミンゴファミリーと戦った彼らの船出を阻止しようとするのは、無論、海軍。

 “海軍大将”藤虎の能力で集まった瓦礫は、空を覆い尽くし、見る者の戦意を挫き絶望を植え付けるには十分だった。

 あれが落とされたら──。

 誰もがその予感に戦慄する。

 彼らが待つのは、“麦わらの一味”の二人。

 しかし、彼らを待ったところで、これでは──。

「おい、あれ!!」

 真っ先にそれに気が付いたのは、“狙撃手”であるウソップだった。

 来たぞ、と指差す先には、こちらに向かって走ってくる黒髪の男と、二色髪の女。

「ルフィ先輩! ウタ先輩!! 急いでけろォ!! 一直線に船に乗ってけろォ!!!」

 手を振りながら叫ぶのは、“麦わらの一味”の大ファン、“人喰い”バルトロメオ。

 全員急げ、皆揃った、と港にいた海賊たちは口々に言いながら、船へと駆け込み始める。

「お二人とも、そこの藤虎をビュンとかわして!!」

 そんなバルトロメオの声に、ルフィが反応した。

「かわす?」

 腕に“武装色”を纏い、ルフィは大声を上げた。

「おい“トバクのおっさん”!! おれがわかるかァ!!?」

 ルフィの魂胆がわかったウタは、“指揮杖《ブラノカーナ》”を腰から外す。

「来やしたね、“麦わら”のォ──」

「殴るぞォ!!!」

 藤虎の言葉を遮って、ルフィが叫ぶ。

 宣言通り、ルフィが巨大化させた手で藤虎を殴る。

 藤虎が身を護るために掲げた刀と、“武装硬化”させたルフィの拳がぶつかり、鈍い音と火花をたてる。

 ルフィの隣にいたウタが、一瞬だけ驚いたように目を見開いて、すぐに呆れたように笑った。

「やる、でいいんだね?」

 ウタの問いに、ルフィが伸ばした腕を戻しながら「当たり前だ!!」と答えた。

「いつか、じゃねェ! “海軍大将”だろうが“四皇”だろうが、ぶっ飛ばして行かなきゃ!!」

 ルフィが確かな覚悟と決意を持って叫ぶ。

「おれは!! “海賊王”になれねェ!!!」

 それは、ウタに対してではない。

 ここにいる海賊たちと、そして仲間に対して。

 そのための二年間だったのだと。

 “大将”だろうと“四皇”だろうと、自分の守りたいものを守るため、自分の欲しいものを手に入れるための二年間だったのだと。

 フン、と鼻息荒く呼吸を整え、ルフィが藤虎に向かって地面を蹴った。

「蹴るぞ!!」

 まったく、と呟いて、ウタもルフィに続く。

 ルフィの攻撃を凌いだ藤虎が、返す刀で斬りかかる。

 ウタはそれを“指揮杖”を使って器用に受け流す。

「殴るぞ!!」

「蹴って殴る!!」

「もう一発、殴るぞォ!!!」

 ルフィのその言葉のせいか、藤虎の攻撃は、どこか鋭さに欠けていた。

 困惑?

 怒り?

 原因はわからないが、それほどに覇気の籠っていないその攻撃であれば、能力を使っていないウタでも、なんとか凌ぐことができる。

 ルフィが攻撃を担い、代わりにウタが防御に当たる。

「頭突き!! 体殴るぞ!!」

 相も変らぬルフィのその態度にしびれを切らしたのか、藤虎が口を開いた。

「……確かに、言うだけの力はあるようだ──、その意気はいいが……!!」

 ギリ、と藤虎の歯が鳴った。

「うわっ!?」

 ギィン!! と一際力の籠った一撃に、ウタが後方へと吹き飛ばされる。

 そのまま藤虎は柄頭でルフィの胴体を突く。

 回避の間に合わなかったルフィが、ウタの隣まで吹き飛んできた。

「一体さっきから何のマネですかい!? 攻撃のたびにバカ正直に……! 同情ですか!? 私の目が見えないから!!」

 怒気を孕んだ声で、藤虎が言う。

「っ!!」

 ウタは咄嗟に立ち上がり、横なぎに振られた刀の一撃を弾く。

 びりびりと手を苛む振動に、ウタは顔を顰めた。

「あっしァ“海軍大将”!! みな怪物だと言いますよ!! 今更哀れまれたってかなわねェ……! あっしを怒らせたいなら大正解だ。すぐにその首──」

「ごちゃごちゃとうるせェ!!!」

 ウタに襲い来る返す刀を殴り飛ばして、ルフィが怒鳴った。

「おれは目の見えねェお前を! 無言でぶっ飛ばすことなんてできねェ!!」

 おっさんのことは嫌いじゃねェからな、と言う。

 ぷっ、と一瞬吹き出してから、藤虎の顔が憤怒に化けた。

「見損ないやしたよ……!! そんな筋の通らねェ話があるか!」

 だが、ウタは見逃さなかった。

 彼の額に浮いているのは、戦闘によってかいた汗ではない。

「足払いっ!」

 藤虎の足下目掛けて振るわれた《指揮杖》は、あっけなく藤虎に止められる。

「顔殴るぞ!!」

 ウタの背後から飛び出したルフィの拳を、藤虎はひょいと体を横に流して躱す。

 ビリ、と空気に亀裂がはしり、藤虎周辺の地面が軋みを上げる。

 “重力刀《グラビとう》”──。

 藤虎の、ズシズシの実の能力である。

 それを溜めながら、彼は怒鳴る。

「戦いにゃ“立場”ってもんがあるでしょう!! そう正直に同情や好き嫌いを口にする奴がありやすか!!!」

 防御態勢を取ろうとした二人の体を、強い力が叩く。

 ウタが息を吸い込み、歌を歌うよりも早く

「“猛虎”!!!」

 藤虎が能力を発動した。

 ズシズシの実は、重力の力。

「わっ!!?」

「うえっ!!!」

 水平に放たれた重力の力に、ウタとルフィは溜まらず吹き飛ばされる。

 荒い息を吐きながら、藤虎が言う。

「……バカじゃねェですか!? こっちだって、我慢して立場貫いてんだ……!!」

 その怒りは、ルフィたちに向かってのものか、それとも……。

「おい、“麦わら”だ! ハイルディン!!」

 空中高く吹き飛んだルフィは、ドレスローザで共闘した巨人、ハイルディンによってむんずと掴まれる。

「おい、まだ勝負は終わってねェ! はーなーせー!!」

「よし、そのまま船に乗せるぞ!!」

 巨人の手から逃れようとするルフィを掴んだまま、ハイルディンは踵を返して走り出す。

「イテテ……」

「おいウタ、立てるか!?」

 一方地面を転がっていたウタに、ウソップが声をかける。

「ウタ、選手交代か?」

「ゾロ君! キミは黙ってなさい!」

 唾を飛ばして、ウソップが言う。

 ウタは頭を押さえて体を起こす。

 選手交代ではなく、撤退だろう。

 なにせ、ルフィが味方によって戦線離脱を余儀なくされているんだから。

 ただ──。

「ねえ、“賭博のおじさん”!!」

 ウタは藤虎に向かって怒鳴る。

「立場がどうとかさァ!! くだらないことに拘ってどうするのさ!!」

「おい、バカ、ウタ!」

 ウソップが汗を飛ばしながら、ウタの腕を引っ張り「逃げるんだよ」と引っ張る。

 だが、ウタはなおも藤虎に向かって叫ぶ。

「海賊とか海軍とか、もう!!! ちゃんと!! わたしたちを!! 見てよね!!!」

 そう言って、ウタはフン、と鼻息を吐くと、すくりと立ち上がった。

「すっきりした。じゃ、行こっか」

「なに指揮ってるんじゃ!! さっきからそう言ってるだろ!?」

 勝手に走り出したウタを追って、そして刀に手を伸ばしたゾロの耳を引っ張ってウソップが走り出す。

 瓦礫に覆われた空の下、ドレスローザにて“麦わらの一味”に協力的だった海賊、“ヨンタマリア海賊団”の船が作った桟橋を、ウタたちは駆けていく。

 その背中の方へと顔を向けて、抜身の刀を提げたままに、藤虎がぽつりと呟く。

「…………ちゃんと見ろ、ですか」

 それができれば、どれだけ苦労しなかったろう。

 藤虎は思う。

 この目は、それができなかったから、自らの手で潰したのだ。

 ──この世界には、見たくもねェもんがいっぱいある。

 それから目を逸らすために、自分で潰したのだ。

「…………歌のお嬢さん、あんたやっぱり、綺麗だねェ……」

 ぽつりと呟く。

 顔なんて、見えない。どんな身なりをしているのかも、彼の目では見ることはできない。

 だが、その心意気を綺麗と呼ばずして、何と呼ぶのか。

 ただ、汚い物を見ていない純粋無垢の綺麗さなのか、それとも、穢れを知っても尚、世界を信じるその強い心からくる綺麗さなのか。

 藤虎には、そこまではわからない。

 ただわかるのは、彼女は本気で“明るくて愉快で愛のある世界”を目指しているということ。

 故に──。

「あんたには、ちゃんと見えているのかい?」

 ぽつり虚空へと問いかける。

 ドフラミンゴ──“ジョーカー”を倒したことにより、“四皇”は動き出し、そして“麦わらの一味”は命を狙われることになる。

 その上、彼女はかの“赤髪”の娘である。

 半信半疑だったその情報も、もはや確定事項として世界に流れるだろう。

 “歌姫”ウタは、その利用価値からも付け狙われることになる。

 彼女の“夢”の世界は、また一歩と遠のくわけだ。

「…………そんな地獄で枯れる姿、見たくねェなァ……。あんたも、あんたの所の船長も」

 初めて二人と合った時のことを思い出す。

 まったく──、海賊らしからぬ優しさを持った人たちだった。

 だから、せめて自分の手で。

 ──他人の手で生き地獄へと堕とされる道なら、あっしの手で送ってやりましょう。

 藤虎が、刀を構え直す──

「いたぞ、ルーシーだ!!」

「他の海賊もいるぞ!!」

「追え!! レベッカ様をさらいやがって!!」

「ルーシー!! ヒーローだと思ってたのに!!」

 不意に後ろから群衆が現れ、藤虎の脇を抜けて即席の桟橋へと駆けていく。

 どうやら思考に意識を取られ、敵意のない存在への認知が遅れてしまったようだ。

「ドレスローザ国民の皆さん、こっから先は罪人だらけ。あっしがカタを……」

 瓦礫を落とそうにも、国民は巻き込めない。

 そもそも、海賊に対して一般市民が戦いに赴くのは命知らずの所業に他ならない。

 だが、制止する藤虎の声に、ドレスローザ国民は従うことはない。

「うっせェ!! 海軍の世話にはならねェぞ!!」

「この十年、おれたちがレベッカ様に大変な思いをさせたんだ!! その幸せを奪う奴らは、おれたちが許さない!!」

「海賊どもはおれたちの手で追い払うんだ!!」

「船はどこだ!? 沖まで追うぞ!!」

 待て、待ちやがれと言いながら、彼らはルーシーの名や、その仲間の名を口々に叫び、駆けていく。

 その中で呆然と立ちすくんだ藤虎は、ある違和感に気が付いた。

(……まるで敵意が──)

 藤虎の目が見えていれば、違和感を覚える前に、その事実に気が付いただろう。

 ドレスローザ国民は、一人残らず笑顔だった。

 敵意なんて、欠片もない。

 “見聞色”で彼らの感情を読み取って、藤虎はようやく気が付いた。

 彼らは、レベッカの事実をある程度知っていたのだ。

 ルーシーが、レベッカのことを思って行動したのだとわかっていたのだ。

 だから、こうやってルフィたちを追いかけるのは、自分たちがいれば海軍は下手に動けないだろうから。

 自分たちの不手際で、海賊に虐げられる生活を強いてきた国民に、今更海軍が大きな顔ができるはずもないだろうから。

「“麦わら”の──」

 藤虎には、にわかには信じられなかった。

 何しろ、この国は“海賊”に虐げられてきたのだ。

 彼らが今助けようとしているのは、まさにその“海賊”──。

『ちゃんと、わたしたちを見てよね』

 彼女の言葉が、藤虎の脳裏に想起される。

 ──そうか。

 と、ようやく藤虎の臓腑に、その言葉がすとんと落ちた。

「…………やっぱり目ェ、閉じるんじゃなかったかなァ」

 見えない目で空を仰いで、藤虎が呟く。

 信じ切れなかったのは、自分の咎だ。

 目は見えずとも、“見聞色”の“覇気”があれば、何をするにも大きな支障はない。

 しかし。

 ──“麦わら”の。あんた、どんな顔してるんだい? 歌のお嬢さん。あんたも、どんな顔してるんだい?

 “海賊”である以上に魅力的な二人の人柄に、藤虎の中にそんな欲が生まれてしまう。

 その行動で人の心を動かす男と、その言葉で人の心を揺さぶる女に対して。

 あまつさえ──

(──あんたたちの“夢”は、どんな色をしているんだろうね?)

 ああきっと。

 この真っ暗で冷ややかな地獄すらも笑い飛ばすような、そんな温かな色をしているんだろうね。

「──ああ、一寸だけでも、見てみたいなァ……」

 いや、もしかしたら、今からでも遅くはないのかもしれない。

『ちゃんと、わたしたちを見てよね』

 再び、彼女の言葉を思い起こす。

 ──まだ、遅くはないのかもしれない。

 藤虎の口角が、優しく上がっていた。



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