ARASHI – THERA ①

ARASHI – THERA ①


 シモツキ村に生まれたアラシは小さい頃からマイペースな少年だった。武術家の両親が家中をひっくり返すような激しい夫婦喧嘩をしていても昼寝から起きてくることもないような、なかなかに神経の図太い子供だった。

 

 アラシは朗らかな笑顔と両親譲りの頑丈な身体の青年へ成長し、昔少し手習いをした剣術、と言ってもただの木刀で害獣を狩ったり、村や近所の町の人々の手伝いをしたりとたまに便利屋のような仕事をしながら暮らしていた。

 共に剣を学んだ友人コウシロウからは真面目に鍛錬すればアラシの両親を越える剣士になれると未だに剣の道へ誘われるが、のんびりした性格のアラシは性に合わないとその都度断っていた。

 

 ある日、アラシは山の中にいた。小腹が減ったので狩りをしようと山へ入ると、獣道を見下ろす崖の上に見慣れない人影が立っていた。

 細い体の若い娘。ゆるく巻いた柔らかそうな髪、小さな顔にくっきりとした二重の大きな目。左の耳には2本の細い金のピアスが揺れる。そして華奢な腕にはいかついマスケット銃。

 娘は銃を構えるといきなりアラシに向けてそれをぶっ放した。

 弾はアラシの顔の横を通りすぎ後ろに突進してきていた大きな猪の眉間を撃ち抜いた。

 それが二人の出会いだった。

 

 娘の名前はテラ、猟師だという。初めは警戒していたテラだったが、明け透けな笑顔でいろいろ喋りかけてくるアラシにペースを乱され、いつの間にか話し込んでしまい、あまつさえ次に会う約束までしてしまった。

 しかし、銃を向けられても怖がるどころか全く動じることもせず、猪いらないのかなら貰っていいかなどと言い出すこの変な青年にテラも少し興味が湧いたのだった。

 

 アラシは思ったことをそのまま口にする男だ。

 時どき二人は会うようになり、他愛もない話の中でも思いついたままにテラのいろんな良いところを褒めたりすることがある。笑顔がかわいいんだからもっとたくさん笑えばいいのに、というようなことを何の気なしに言ってくる。

 容姿にしても性格にしてもほとんど褒められるという経験がないテラは大いに戸惑い照れるが、アラシの笑顔を見ていると胸が暖かくなりこういうことも悪くないなと思えた。だが、それと同時にある後ろめたさも感じていた。

 

 テラはアラシに嘘をついていた。

 本当は猟師ではなかった。初めて会った日に深くも考えず言ってしまっただけだった。

 あの日、テラはここの町と村がある山の東と逆側から偵察の為に頂を越えて来ていた。

 テラの住む山の西側はさらに平地が狭く漁を生業とする寒村があるだけであとはすべて森におおわれていた。テラはその山腹をナワバリとする山賊の一員だった。

 

 荒くれ者数十人をまとめ上げるボスの娘としてテラは生まれた。一人前だと認められたかったテラは日々努力を重ねる。非力な身体はどうしようもないのでそれを補うべく頭を使い、武器も銃を選び腕も磨いた。

 そんな日々を過ごしていたテラはあまり笑うこともなくいつも厳しい表情をしていた。

 

 成長したテラは身軽さを活かした斥候や銃での後方支援、計画遂行の司令塔などの仕事をこなすようになっていた。

 そして海賊王の処刑以来数が増えた海賊も陸とはいえ見かける頻度が増え、先日ついに麓の漁村が襲われたとの知らせがあり万が一の場合の退路確保と奇襲の可能性の確認の為にテラは単独で山を越え、そしてアラシに出会ったのだった。

 

 普通の娘としてアラシとの時間を過ごすのは楽しかった。

 その日も夕暮れが迫り帰ろうとした時アラシがテラを呼び止める。山の中で一人でいるより村で…暮らさないか?と珍しく少し声を詰まらせながら言い右手をテラの方へと差し出した。

 その言葉の裏に一緒に、という文字を隠しきれていない表情を見て何だか可笑しくなったテラは、アラシが褒めてくれた極上の笑顔を返す。そして指先だけアラシの手に触れ、もし、そうできたら、楽しいだろうな、とだけ言った。

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