APP18トリオ誘拐事変─9
冷や汗のついたメガネを拭いたり窓ガラスを鏡代わりに手櫛で乱れ髪を直す作業を挟んだため正確な時間はわからないが、出発から3分とたたない内に千切は戻って来た。
怖いからなるべく1人になりたくなくて特に急いだというよりは、普段から走り始めたら加速せずにはいられないのだろうという様子が感じられる。
移動している内に不安になるどころか、むしろ走ったことでテンションが上がっているのか行きよりも帰ってきた現状のほうが顔色が良い。
雪宮の脳内にはマグロとかカツオとか、そういう動いてなきゃ死んでしまう魚たちの姿が回転寿司みたいに流れていった。
「見てきたわ。『bloody rose』……日本語だと『血色の薔薇』ってところか? 俺似の子の額縁にはそう彫られてたぜ」
「それはまた……スノーホワイトより随分と物騒だね」
「だよなぁ。雪宮似の子が白雪姫なら俺似の子は何のプリンセスなんだろうって思ってたけど、別に姫縛りってわけでもねぇみたいだし」
「もしかしたらスノーホワイトも白雪姫の英題じゃなく、シンプルに白い雪ってことなのかも。次の玲王くん似の子の額縁でまたわからなくなる可能性もあるけど……」
少ない材料で読書家らしく考察未満の予測を重ねてみるも、やはり手掛かりが足りない。ゲームならお助けキャラがヒントを来れても良い頃合いだが、ここに来てから自分たち以外で出会ったのは玲王が見たという怪しい大男の人影だけだ。
窓の外では定期的に雷が鳴り続けている。だが落ちる場所が遠のいたのか、先ほどよりも騒音ではない。雨の勢いも弱まっていた。
「いやぁ、だいぶ細かいトコまで探したけどこれくらいしか出てこなかったわ」
部屋の探索を任せきりにしていた玲王が、そう言って経年劣化を感じさせる紙切れ片手に廊下に出てきた。薄茶色いし、羊皮紙ということもありそうだ。
「でも重要そうなことが書いてあるぜ。ほれ、読んでみ」
眼前にぺらりと突き出されたそれに2人で顔を近付ける。雷光が文字列に導くように窓の外からカッと紙を照らした。
「──この世にはバランスがある。美しい者がいるからこそ醜い者がいる。美しさが減れば醜さも減る」
「私達の醜さと対になる美しさを葬り去れば、きっと──」
2人で紙面を読み上げるも、そこから先は焦げて解せない。