APP18トリオ誘拐事変─8
「……ごめん、お願いしても良い? 玲王くん似の子の部屋は俺が見るよ」
自分に似ているだけに動く所も喋る所も想像し易い肖像画の少女が、得体の知れない男に囚われ散々に甚振られる。
そんな光景をリアルに脳裏に描いてしまった雪宮は、数時間前の夕食を胃袋から吐き戻さない内にと玲王の申し出に甘え入れ替わりで廊下に出た。
「雪宮、扉なら俺が押さえとくから休んどいていいぞ。顔色最悪だ」
「いや、流石にそこまでは甘えられないよ。俺も押さえて……いや、わざわざ押さえなくてもこれでいっか」
千切の労いを振り切り、雪宮は履いているスリッパを両方とも脱ぐとそれをドアストッパー代わりに扉と床との隙間に捩じ込んだ。これで勝手に扉が閉じることはない。顔色が最悪なのは千切も同じだ。座って休めるなら2人ともそうしたほうが良い。
室内の捜索を玲王に任せきってしまうのは心苦しいが、次の部屋に行った時に借りを返すためにも今は束の間の休息をとるべにだ。
ふぅ、と溜息と共に廊下に腰を落ち着け壁にもたれかかる。ちょうど肖像画の真下の位置だ。あの部屋の中を見たくなくて、なんとなく視線を顔ごと上に向けた。額縁の下側が視界に入る。『snow white』。ローマ字でそう彫刻されていた。人名とは思えない。少女のあだ名だろうか?
「確か、白雪姫が海外だとそんなタイトルなんだっけ」
「いきなり何の話だよ」
「いや、この額縁の下の所にそう彫ってあって。千切くん似の子の絵にも彫ってあったのかな」
疑問に応えてこぼれた言葉を受けて、千切は雪宮と同じく壁に背を預けていた姿勢からすっくと立ち上がった。そして韋駄天の肩書きに相応しい迅速にも程がある足取りで来た道を戻って行く。この場がサッカーコートに見えるくらいの疾走だ。
「ちらっと何書いてあるかだけ確認してくるわ! ヤバいのに会ったら脚で撒いてから戻ってくる!」
「えっ、ちょっと千切くん!?」
精神的デバフを感じさせないハキハキとした言葉だけを残して、スピードスターは颯爽と雪宮の視界から消え去ったのだった。華やいだ容姿に似合わぬ男気はこんな時でも健在だ。
緊張と恐怖で汗ばんだ手の平を寝巻きのズボンで拭く。出口が見えない状況ならば突破口は己で作ると訴えんばかりの言動は、雪宮の心を鼓舞するに足るものだった。