A.D.2023 勝者蘇生夢想世界 勝者の夢よもう一度

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特異点初心者改めワンタくん特異点の人

2023年


「朝日杯、負けちゃったなぁ…」


ぽつりと呟き、ミライはため息をついた。手綱をとったのはアスクワンタイム。ともに重賞を勝った、大切な相棒だ。前走は大敗したとはいえ、ポテンシャルはかなりのもので、勝算もあった。何かが違っていれば、結果は変わっていたかも知れない。だからこそ、今回のレースを糧にしなくては。そう考えながら、朝日杯のパトロールビデオを再生した。そして、愕然とした。


「アスクワンタイムが、居ない…!?」


勝馬も、他の馬の着順も、何一つ変わっていない。ただ、そこにアスクワンタイムがいたという事実だけが消えている。まさかと小倉2歳ステークスの結果を調べると、そこからアスクワンタイムは消え、勝ち馬はミルテンベルクに繰り上がっていた。明らかに、何かがおかしい。ミライは”こういう案件“に詳しい先輩に、電話をかけることにした。


『もしもし?』

「リュウセイさん、ですか」

『そうだよ。…もしかして、なんかあった?』

「あの…アスクワンタイムって馬、知ってますか。」


ミライの問いかけに、リュウセイは暫く押し黙った。重い沈黙が電話越しに伝わる。


『ごめん、知らない。そんな馬、いたかな?』

「…そうですか。じゃあきっと俺の勘違いです。リュウセイさんでも知らないなら多分、居ないと思います。……この世界には。」

『今、なんて?』

「いえ、なんでもないです。突然かけてごめんなさい、切りますね。」

『え、待っ__』


申し訳無さそうに答えるリュウセイの様子に、ミライは確信した。これは、アスクワンタイムが存在しない特異点である、と。しかし、ならばなぜアスクワンタイムは消えたのか?アスクワンタイムは重賞馬で、かなり人気もあるはずだ。アスクワンタイムが消えるだけの特異点など、誰が願うだろうか。特異点という確信だけはあれど、その違和感がどうしても拭えない。

考えて、一つの可能性に思い当たる。


「ファンタジストか…!」


ファンタジストはアスクワンタイムの全兄で、レース中に急性心不全で亡くなっている。でも、もしかして、この世界には。


ミライの予想は当たっていた。ファンタジストは生きている。その次走は__阪神カップ。


「今週か…そういえば、有馬記念のある週やな。もしかしてこっちにも影響が……ッ!?」


嫌な予感は当たるものだ。有馬記念の出馬表に、ありえない名前が載っているのである。

“アスクビクターモア”。今年の夏、亡くなったはずの馬だった。


「この馬も蘇っとるなんて…」


思っていたより事態は大事らしい。これを自分一人で修正しなければならないのかと、頭を抱える。そして、一縷の望みにかけて、電話を掛ける事にした。発信先は横山カズオ。京王杯2歳ステークスでアスクワンタイムに騎乗した騎手だった。スマホを握りしめる手にじっとりと嫌な汗をかきながら、どうか繋がりますようにと願う。その想いが届いたのか、3コールほどでつながった。


『もしもし、ミライ?』

「はい!あの、カズオさんは、アスクワンタイムって馬、覚えてますか?」

『もちろん!よかった、ミライも覚えてたんだ…ファンタジストもアスクビクターモアも蘇ってるし、やっぱりこれって特異点だよね?』

「そうみたいですね…」

『そっか…どうやらアスクワンタイムに乗った僕らだけでなんとかしなきゃいけないみたいだ。』


協力してくれるよね?と電話口から聞こえてくる声が頼もしい。そうだ。俺は大切な相棒を取り戻さなければならない。…たとえその為に、2頭の名馬の命がまた失われることになっても。そう決心して、ミライは戦友の名前を呼ぶ。


「もちろんです。…行こう、ロータスランド。」

『そうこなくっちゃ。僕らも行こうか、レッドモンレーヴ!』


ギュウウウゥゥゥン……


•••••

「今週は、有馬記念か…君の名前を聞くと、アスクビクターモアを思い出すなぁ」

「ブルル…?」


いつかニンゲンさんが言っていた。アスクビクターモアという馬がいたらしい。僕と名前が似てるから、僕を呼ぶたび思い出すんだって。…その馬は、もう死んでしまったんだって、悲しそうに。


「よくやった!!お前の一族はほんとに小倉が得意だなぁ!……お前にはお兄ちゃんがいたんだ、ファンタジストっていうんだが…」

「ヒヒン」


いつか重賞を勝ったときに言っていた。僕に似たお兄ちゃんがいたらしい。僕を見るたび思い出すんだって。お兄ちゃんも、レース中に死んでしまったんだって、悔しそうに。


いつかニンゲンさんが言っていた。僕の名前には、もう一度っていう意味があるんだって。


お兄ちゃんもビクター先輩も、“もう一度”を求められてる。僕がこの名前を貰ったのもきっと運命だ。なら僕の身を捧げても、みんなの願いを叶えなきゃ。


そうして、僕は特異点を創った。僕自身が、願望機となって。





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