A LIVE(ある日の配信光景)

A LIVE(ある日の配信光景)

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 ウタがブルックと出会って半年と少し経ったある日のことだ。

 ライブ遠征の合間に戻ってきたエレジアにて、ウタは久々に音楽配信を行おうとしていた。

 電伝虫の周波数を確認し、接続させる。

「みんな! 久しぶり! ウタだよ!」

 ニコニコと笑いながら、ウタが電伝虫越しにリスナーへと語り掛ける。

 声だけでもわかる。

 何やら今日は、ウタのテンションが高い。

「へっへっへ、今日はねー、ちょっと新しい試みをしようと思って。というわけで、じゃじゃーん!」

 そう言ってウタは抱えたギターをジャーンと鳴らす。

「そう、ギターによる弾き語り配信をしようと思って! いやー、実はわたし、ピアノと打楽器には一通りの心得はあるんだけど、弦楽器は触ったことがなくてね」

 チャッと掌で弦の震えを抑えてから、ウタが続ける。

「でも、そんなところに彗星のごとく現れた、“魂王”ブルック! 前のアラバスタでのライブとか、あちこちでやってるゲリラライブを聴いてくれた人はわかると思うけど、ブルックってギター上手でしょ? だから最近教えてもらっててさ。ようやく一曲弾けるようになったから、お披露目しようと思ってね!」

 再びウタがジャーンとギターを鳴らす。

「ジャンルはフォークになるのかな、アコギ一本だし。じゃあ、行くよー!」

 ウタはCコードを抑えながらエイトビート・ストロークでギターを鳴らし始める。

 

ここは地獄の一丁目? それとも田舎の横丁?

 周りを見ても幸せなんてない そんな目をしたヤツばかり

 

 普段のウタでは書かないような歌詞。

 ブルックの過去やリスナーから届く生きていくのが大変だというメッセージから着想を得て書いた詩だった。


生きているだけで精一杯 一時の逃避に酒一杯

 骨折り損のくたびれ儲け

 それでも足は前へ 進んでくんだ

 

 作詞作曲は、一日で終わらせた。

 それもそのはず、ギターを習い始めたのは、ほんの数週間前。簡単なコードであれば弾けるようになったため、それならお披露目しようと、突貫工事で昨日のうちに作ってしまったのだ。

 

生きてるんだもの だって生きてるんだもの

 孤独は耐えられないけど いつかは霧も晴れるさ

 だから生きていくのさ 今日も息してるのさ

 世界に散らばった心

 燻るミュージックの 火を灯せ!

 

 それに、今回は新曲の発表が目的ではなく、ギターも弾けるようになったから聴いて欲しいというのが主な目的だ。もちろん、それによって曲のレパートリーが増えるよという宣伝効果も期待できるかもしれない。

 だから、歌詞の内容はそこまで重要じゃない。

 

泣いて喚いてハラ減って 心もすり減ってって

 何で生きてる? それもわからず いつも鼻唄にすがってる

 今日も明日も明後日も きっと不幸は降り積もる

 それでもちょっと幸せの種 きっと足下に転がってる

 

 それに、ウタの歌唱力を以てすれば、多少の歌詞のアラなんかは気にならない。

 ただし、それはきちんと伴奏に厚みがあればの話だが。

 

代り映えのない日々 心に入ってしまったヒビ

 ハートブレイクなんて日常茶飯事

 それでも顔、前へ 向けて行こうぜ

 

 問題なのは、ウタのギター演奏の技術だった。

 弦楽器でも、もちろん奏法技術や知識は重要だ。

 だが、もう一つ重要な要素として、『きちんと弦を抑えられるか』という要素がある。

 ギターの弦を抑える指が弦に慣れていないと、どうしても音がきれいに鳴らないのだ。

 

歩いていくんだよ 人生歩いていくんだよ

 世間はいつも荒波 泣いて笑って生きて行くんだ

 だって息してるんから 今日も息をしているから

 どこかに置いて来た僕の 

 埋もれたそのハートに 火を灯せ!

 

 二番も終わって、さすがに演奏者であるウタも気が付いていた。

 伴奏と、歌唱のバランスが悪い。

 その上、普段であれば絶対に崩れない拍子《テンポ》のキープができていない。弦を抑えて弾くことに気を取られて、ズレてしまっている。

 

生きているだけで精一杯 一日の終わりに酒一杯

 折った骨が無駄骨だったって

 それでもオールを 漕いで行くんだ


わかったところで、じゃあ音楽中止します、とはなかなか言いづらい。

ウタとしてもプライドがある。

同時に、羞恥心もある。

顔は火が出そうなほど火照り、そして滝のような冷や汗が流れていた。


生きているんだもの だって生きているんだもの

 人生躓いてばかりでも そう音楽は いつも味方さ

 息していくのさ 今日も生きていくのさ

 世界に散らばった心

 燻ったミュージックの 火を灯せ!

 

 最後は覚えたてのたどたどしいアルペジオ奏法で曲を締める。

 ウタはちらりと電伝虫の方を見て、届いているメッセージを確認する。

『新しいことを覚えてくれるのは嬉しいけど、普通に歌ってくれた方が嬉しいな』

『“歌姫”も完璧じゃないみたいで少し安心しました』

『よくこのクオリティで配信しようとしたな……』

『“魂王”や“音父”は止めなかったのか?』

『いつものウタの歌の方が嬉しい』

『今日は代役の人?』

『うまくなったらまた聴かせてね』

『普通のお歌はまだー?』

 などなど。

 ウタはしばらく放心したように椅子に座って動かない。

 正確に言えば、放心しているのではなく、羞恥と後悔に頭を支配されてしまい、次にどうすればいいのかが決められないでいたのだ。

「えっと……」

 言い訳をすればいいのか? それとも、普通にいつもの歌配信に戻せばいいのか?

 しかし、今のウタには、普通に歌う自信はない。

 そして言い訳をしたところで、ひどい演奏を披露してしまったことには変わりない。

「………………きょ、今日の配信はここまで! みんな全て忘れてくれると嬉しいな! 首を洗って出直してくるよ! またね!!」

 どうすればいいのかがわからなくなり、ウタは無理やり配信を終わらせることにした。

 電伝虫のスイッチを押して、配信を終了させる。

 数秒の間電伝虫の前で固まってから、ウタは自分の頭を掻きむしってその場にしゃがみこむ。

「あァー! わたしのバカ! 調子に乗って何してんの! ……わー! バカ! 忘れろ! あー!!」

 いつも配信に使っている演奏室に、ウタの独り言が響く。

 ギターは素人とはいえ、ウタは音楽で収入を得ているプロの音楽家だ。

 しかし──。

(……プロの音楽家の演奏じゃないでしょ!)

 これなら、せめて歌詞だけでももっときちんと練って考えておくべきだった。

 しかし、既に配信が終わってしまった今、それを考えたところで後の祭りだ。

 ……なら、どうするか。

 ウタは羞恥で捩じっていた体の動きをぴたりと止め、考える。

 簡単な話だ。

 さっさと上達して、文句の言われない演奏をすればいい。

 ならば。

 ウタは居ても経ってもいられず、廊下へと飛び出した。

 探すのは、ブルック。

 練習室やブルックの部屋を探すも、いない。

 バタバタと駆けまわって、ウタはようやくブルックを見つけた。

 場所は食堂。

 ブルックだけでなくゴードンもいる。どうやら晩酌をしていたようだった。

「ウタ、どうしたんだ? そんなに血相を変えて」

 ゴードンの問いに、ブルックに用があるとウタは答える。

「ねえブルック。ギターってどれくらいで弾けるようになる?」

 ヨホ? とブルックが首を傾げた。

 飲みかけの黄金色の液体を喉に流し込み、ブルックが口元を拭って言う。

「そうですねェ、ウタさんは指も柔軟ですし、物覚えも早い。指が慣れてくれば比較的早く曲を弾けるんじゃないですかね。大体指が慣れるのにひと月ほどはかかるので、それまでは無理せず毎日ギターを触ることを勧めます。慣れるまでは配信等の演奏で使うのは難しいでしょうね」

 ウタはその場でがっくりと膝を地面に突いてしまった。

「もっと早く教えて欲しかったよォ……」

 うなだれて、ウタはぽろぽろと涙を零す。

「…………もしかしてもう、手遅れでしたか」

 この一件があったおかげで、ウタは基礎と基本を重要視するようになった。それが歌唱だけではなく、戦闘にも活かされているというのはまた別のお話し──。

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