70-71&129-130

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同じ光を見た。

背格好も、性格も、走る姿も、何もかも。ひとつも似通うところはなく、唯一共通点といえば、ダービーウマ娘ということだけのはずなのに。

テイエムオペラオーは、ジャングルポケットの中にアドマイヤベガの光を見た。


「_________……」


口が、あってはならない動きをしたので、不自然にひくついた。"それ"を言ったらもう戻れないと、直感が告げる。


『"最強"はオレだ』

『お前を倒して証明してみせる』


あの日、真正面から宣戦布告を受けた日。瞳の奥に、密林の奥に、一等星と同じ輝きがあったのだ。チカ、と僅かな光だが、気づくには十分だった。

ジャングルポケットがアドマイヤベガと同じなのか、アドマイヤベガがジャングルポケットと同じなのかは分からない。しかし、さほど問題ではない。


『ああ、喜んで受けて立とう』


嬉しかった。嬉しかったのだ。気分が高揚した、血が滾った、魂が震えた!

きっと、もう二度と手に入らないものだとどこかで悟っていたのだろう。"それ"を満たしたのがメイショウドトウでもなくナリタトップロードでもなく、何故ジャングルポケットだったのかは分からない。

たとえ、どれだけ分からないことだらけでも、事実としてジャングルポケットは無意識の渇きを潤した。

もう、渇いていた頃には戻れない。


「……」


寮の共有スペースにあるソファで、すうすうと穏やかな寝息を立てているジャングルポケットに近づく。

彼女を慕っている子達が掛けたのであろうブランケットがずり落ちている。


「……君は」


奥底にある、どろりとした得体の知れない欲望をテイエムオペラオーはよく理解していた。褒められたものではないことも。

しかし、世紀末覇王は酷く強欲でもあった。


ブランケットをそっと肩まで引き上げる。傍から見れば、ライバルがうっかり身体を冷やさないよう気遣っている優しいウマ娘だろう。

しかし、果たしてこの顔は、気遣う優しい顔なのか。否、否。もう二度と、あの渇望を味わうものかと、我武者羅にしがみついていた。


同じ光を見た。

背格好も、性格も、走る姿も、何もかも。ひとつも似通うところはなく、唯一共通点といえば、ダービーウマ娘ということだけのはずなのに。

テイエムオペラオーは、ジャングルポケットの中にアドマイヤベガの光を見た。

堕ちてくれるなと、名前をつけてはいけない感情を、抱いていた。


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ジャングルポケットは走っていた。

一心不乱に、ひたすらに、しかし決して盲目的ではなく、我を忘れることもなく。

思い描くのはただ1つ。東京芝2400m左回り。

最終コーナーを回って、ラストスパート。呼吸すら置き去りにして、自慢の末脚を轟かせて。

ヒュウ、と頬を切る風は、またひとつ無責任な予感を芽生えさせた。


「……っあぁ!」


走りきって、勢いそのままターフに倒れ込む。冬の準備を着々と進める空気は澄み渡り、火照った身体をじわりと冷やす。すっかり日が落ちたこの時間帯ならばと思ったが、無駄だった。胸の奥底の火花は、いつまで経っても消えやしない。

酸素が足りない。視界が不愉快に薄れて、せめてもと瞼を下ろせば、ああ、しまったと後悔する。隙を見せれば、あの日の景色が思考を蝕んで止まないのだ。


『"最強"はオレだ』

『お前を倒して証明してみせる』


気づいたら、宣戦布告をしていた。

一途で、高慢で、やたらとターフのその先を見ている姿勢が、気に食わなかった。

アグネスタキオンに重なって、胸焼けがした。

勝利の先を当たり前のように見つめているのが気に食わねぇ。"次"を見ているのが、気に食わねぇ。テメェが今立っているのは、いつ来るか分からない未来じゃねぇ。"今"だろうが。そんな未来、オレが勝って粉々に砕いてやる。

ある種、八つ当たりだった。よりにもよって、歴戦練磨の覇王に。しかし、しかし……それほど、五里霧中、無我夢中だったのだ。

……目が、合った。ゆらりと、色が変わって。


『ああ、喜んで受けて立とう』


胸の奥で、ガチリと耳障りな音を立てて、歪に噛み合った。

テイエムオペラオーは、ジャングルポケットの飢えを満たした。満たしてしまった。欲しかった"それ"を、溢れんばかりに与えてしまった。

ジャングルポケットは、未来永劫、求めることすら許されない宿願を、身勝手に重ねて、酔い痴れた。


ジャングルポケットは夢想する。

あの走りをねじ伏せたのなら、どんな顔をするのだろうか。

あの喉元を噛みちぎったら、どんな味なのだろうか。

他を喰らい尽くさんとするあのギラつきを呑み込んでやったら、この眼にはどんな景色が映るのだろうか。

それは、果たしてかつての宿願の答えになり得るのだろうか。


おもむろに瞼を上げる。幾分か冴えた視界は、己の愚かさを窘めているようで、ずしりと重くのしかかった。


「ハッ……」


図らずも、乾いた笑いが零れる。

テイエムオペラオーは非常に聡い。こちらをどこまで見通しているのか、あの瞳にどこまで暴かれているのか、分からない。

どうか、気づいてくれるな。手遅れならば、1度だけ見逃してほしい。

この飢えには、どうあっても抗えない。


「……クソッ」


その日を夢見て、ジャングルポケットは走り出す。

思い描くのはただ1つ。東京芝2400m左回り。全てを抜き去り、喰らい尽くして、真に満たされるその日まで。


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