学パロ綱女子まとめ

学パロ綱女子まとめ


初恋は小学生の頃の先生だった。

背が高くて、体格が良くて、物知りで、雅やかで、すこし意地悪な先生だった。

大きな手に撫でられるのが好きで、たくさん勉強を頑張った。あの低くて落ち着いた声に褒められるとドキドキした。「ドーマン先生」と呼ぶと、やわらかく「はい」と返事をしてくれる。

幼馴染には「趣味が悪い」と眉を顰められたが、とにかく好きになったのだ。

卒業式の日に告白して、丁寧に断られて……そうして初恋は終わったが、素敵な恋だったと思う。小学生の告白に頷く教師なんて、今思えば怖すぎるし。

その日幼馴染に「振られた!」と泣きつくと、彼は「そうか」と頷き、頭を撫でてくれた。

先生の手より小さかったけど、彼の手も大好きだった。

「慰めた方がいいか」

「いいよ…。綱そういうの下手だし」

「そうか」

彼は二つ年上だから、その頃は中学二年生だった。背も私より随分高かったように思う。

来年には彼と同じく学校に入学する予定だ。男子は学ラン、女子はセーラーが制服だった。

「うちに来るか」

「え?」

「今日は……これから雨が降る。傘がないと不便だろう」

「天気予報晴れだった気がする」

「……雨だ」

「そっかあ」

そっかあ。

桜が散る春の公園のブランコから立ち上がり、隣に腰掛けていた幼馴染が私の手を取った。

「雨が降るから……帰ろう」

「ん」

やっぱり学ランは似合ってないなあと思いながら、私は彼に続いて立ち上がった。

 

中学生になって、卒業して、高校に入学しても、幼馴染との関係は変わらなかった。

小さい頃のように二人で登下校したし、休日には遊びに行く。彼は高校では剣道部に所属しているので、大会を見に行ったりもする。当然お互い昔よりも忙しくはなったが、それを理由に疎遠になることはなかった。

ただ、学年が違うというのは小学生の頃よりも大きな差らしい。

綱と話しているのを見た同級生には「先輩と仲良いの、すごいね」と言われる。綱が部活仲間に何か揶揄われているのを見たこともあった。

初恋が綺麗で満足感のある終わり方をしたからか、私は恋愛にあまり積極的になれなかった。告白されることがあっても、これまでずっと断っている。

「渡辺先輩モテるんだよ。ボーッとしてたら取られちゃうよ」

とは、共に昼食を摂っていた友人の言である。普段は綱と一緒なのだが、その日は部活のミーティングがあるとかで都合がつかなかった。残念。

「綱がモテるのは知ってるよ」

剣道部のエースで、成績優秀で、優しくて、かっこいい。なんだか上品で、背筋なんかピンと真っ直ぐ。誰だって好きになるに決まってる。私だって綱のことは好きだ。

「でも取られちゃうとかはさあ」

「先輩に彼女ができたら、今まで通りにできないんだよ。二人で帰ったり、お出かけしたり。勉強会もできないし」

「うーん」

心配そうに眉を下げた彼女のためにも、考えてみる。

確かに彼女からしてみれば、彼氏に幼馴染とはいえ歳の近い女子とは二人きりになって欲しくはないだろう。

恋愛に疎い自覚がある私でも、それくらいの機微は分かるつもりだ。……

「ん。んー……」

一緒に学校に行けない。並んでお弁当を食べたり、好きなおかずを分け合ったり、イベントを楽しんだりできない。

それは……少し寂しい。

「……やだ、かも。です」

「ほら〜!」

もう、とミートボールを口に入れた彼女は、呆れたように首を振る。

「でもさあ、綱だって彼女の一人や二人や三人いたっておかしくないじゃん。じゃん……」

「自分で言って凹むなバカ」

別に、綱に彼女ができるのが嫌な訳ではない。ただ、一緒にいる時間が減るのが少し辛いだけだ。

だけだと、思う。

少なくとも私がどうこう言うことではない。

机に頬をつけて唸る。ほんのり赤くなった頬に、机の冷たさが気持ち良かった。……

 

「ねー綱」

「なんだ」

「綱ってカノジョ作ったりしないの」

「……何かあったのか」

「べつにぃ」

夕方の浜辺は薄ら寒く、沈みゆく太陽が水面にキラキラ光っていた。なんとなく海が見たくなって、制服のまま綱を連れてここにやって来た。砂浜に座って、どうどうと寄せては返す波を見ている。綱は私の斜め後ろに立っていた。

「べつに、なにもないよ」

「……そうか」

あ、落ち込んだな。

表情はほとんど変わらないが、声のトーンで分かる。

八つ当たりのような事をしている自覚はある。甘えていることも分かっている。

でも心がなんだかモヤモヤして、一人じゃどうしようもなかったのだ。

多分、綱にもバレている。彼に隠し事が成功したことなんて、ほとんどないんじゃないかな。……

「あのさ……私、綱のこと好きだよ。小さい頃から、ずっと」

「…………」

「親同士も仲良いから、家族ぐるみで遊びに行ったりしたでしょ。今くらいの季節にはこの海で遊んだり。まあ私は泳げないからずっと浮き輪だったけど……今年もさ、花火大会に行ったよね」

ダラダラダラダラ、何を話しているんだろうと思う。何を怖がってるんだろう。

「でもさ。でもさあ」

綱が心配そうに隣に座る。私はそれがなぜか嫌で、ざぶざぶと音を立てる波の幕間に足を突っ込みたくて、ゆっくりと立ち上がった。

「どこか行くのか」

「海」

「お前は泳げないだろう」

「泳げなくてもいいじゃん」

「お前」

するりとローファーを脱いで、靴下も脱ぐ。プリーツスカートの裾をたくし上げて、裸足のまま砂浜を歩く。綱も同じようにローファーを脱ぎ、着いてきた。

「いいんだよ、綱」

「……何が」

海は冷たかった。

白い脚に踏み潰された海水は弾け飛び、辺りにキラキラ光った。

夕日に照らされたシルエットが、水面に映ってはユラユラ揺れた。

ブレザーの制服が濡れる。腰まで浸かって。

「、おいっ」

どぶん、と頭から突っ込んだ。

水面は夕日でオレンジ色だったが、海の中は青色だ。光が液体になったみたいな感じ。海水に沁みて目が痛い。

いいんだよ。私のことは放っておいて。綱がやりたいことをやっていいんだよ。

私だって、綱がいなくても平気だし。

平気でなきゃいけないし。

「何やってる!」

「わ、ぶ」

綱が、泳げない私の腕を掴んで引っ張りあげる。

勢いがついているからそのまま後ろに倒れそうになって、そこを支えられた。顔に髪が張り付いて、目が開けられない。片手で顔を拭った。

「……、……大丈夫か」

彼は私の肩を掴み、息を切らしてそう言った。げほ、と咳き込むと背中を摩ってくれる。

あ、怒ってるな。……

「ごめんねえ、」

綱は大きかった。

身長も、腕の太さも、私の肩を掴む力強さも、全然違う。

女物の香と、男物の制汗剤。

潮の香り……。

「危ないだろう」

と、綱が声を荒らげる。久しぶりに聞く、少し掠れた低い声。

うん、と頷く私の喉は震えていた。

どうしようもなく泣きたかった。みっともない自分が嫌だった。

「……怒鳴って悪かった」

彼が顔を背けて言う。

「ううん。……あのね、綱」

「ああ」

はく、と一度口を震わせる。

ああ、気付きたくなかった。綱の優しさに甘え続けて、彼のことを利用するような……。

「好きよ」

「は……」

「好き。幼馴染じゃなくて、一人の男の子としての綱が好き。ごめん、急にこんなこと」

綱の体を押しのけて、曖昧に笑う。

「帰るね」

自分が惨めに感じて仕方なかった。恥ずかしくて、綱の顔を見れなかった。

海をかき分け、ローファーを拾って帰る。綱は呆然としたまま、海に取り残され、ただ黙って立っていた。

 

びしょ濡れのまま家に帰ると、母は血相を変えてタオルを持ってきた。私が泣いていたからだ。

「なにがあったの」

なにがあったの、可愛い子。

母はそう言って私を優しく抱き締めたけれど、私は何も言えなかった。

黙りこくる私に母は困った顔一つせず、温かいお茶を淹れ、肩を撫でた。

「綱くんのことでしょう」

「……なんで分かるの?」

「分かるわよ。親子ですもの」

お風呂に入って着替えた後、行灯の光を付けて三面鏡の前に座り、赤い櫛で髪を梳かれる。

鈴虫の声を聴きながらこうしていると、何故だか心が落ち着くのである。

黒檀の長髪には香のかおりがする。オイルをつけて少しの絡まりもないように櫛を入れれば、それは美しく輝いた。

「ちゃんと話をすることね」

そう言うと、母は立ち上がって障子を閉めて行った。

 

翌日は外に出る気がしなくて、母にそう伝えた。母は「そう」と優しく頷いてくれた。

一人で部屋に閉じこもっていると、インターホンが鳴らされる。両親はとっくに出掛けているから、重い体を引きずって横開きの扉を開けた。

「……え」

目を見開く。

「綱?」

制服姿の綱が立っていた。彼は学校指定の鞄と竹刀袋を担ぎ、いつもの無表情でこちらを見ている。

……学校は?

もうとっくに授業が始まっている時間帯だ。そう聞くと、彼は居心地悪そうに目を逸らした。

「……サボりだ」

「なにやってるの……」

「なにをやっているんだろうな」

ふふ、と少し笑う。

昨日はどんな顔をしてこれから会えばいいのか分からなかったが、なんだ、ちゃんと話せるじゃないか。

「綱もサボったりするんだね」

「これが初めてだ」

「……どうして学校じゃなくて、私の家に来たの?」

声が少し震えた。きっと、綱は昨日の続きを話に来たのだ。目を閉じる。

こんな顔を、綱に見られたくなかった。

「昨日の」

「うん」

「返事を……しに来た。お前が言うだけ言って居なくなるから」

「……うん」

「好きだと言ってくれただろう」

「……うん」

「俺もお前のことを好いている」

「うん……うん?」

ひとつひとつ頷いて、それから綱の顔を見上げた。

彼はやっぱりいつもの無表情で、しかしいつになく真剣だった。

それがなんだか恐ろしくて……私の聞き間違い、勘違いじゃないかと目を背けたかった。

彼はそんな私の心の内を見透かしたように、言葉を重ねてゆく。

「お前が、担任の教師のことを好きだと言ったことがあっただろう」

「え、うん」

「その時からお前が好きだ。四年前からずっと」

「…………」

「お前の奔放さも、心根の優しさも俺には一等可愛らしい」

そう、涼やかに言ってのけた。

ぶわわ、と熱が首の辺りから頬まで一気に上がってくるのが分かる。今の自分の顔は恥ずかしいくらいに赤いのだろう。

なんでこの男は恥ずかしげもなくこんなことを口にできるのだ。昨日の私の格好のつかなさはなんだ。……

「つ、……綱」

「なんだ」

「私のこと、好きなの」

「ああ」

「な、なんで?」

「何故と言われても……お前のことが可愛いからだ」

彼は首を傾げた。

私は頬を両手で挟んだ。

すると彼は何を思ったのか、私の片手を掴んで再び話し始める。

「昨日は驚きが先に来たから、すぐに返事が出来なかった。お前は俺の事を慕ってはいたが、それは兄のようなものとしてだったろう」

「は、はい」

「だからずっと言わないままにしておこうと思っていた。だがお前が俺を好いていると言うから」

「だから……こ、告白を?」

「ああ」

き、気付かなかった。

四年間。四年間と言ったか?その間ずっと私のことが好きだったらしい。

私なんてこの人が好きだと気付いて数日で、堪えきれずに告白したのに。

忍耐力ってすごい。

「そ、そう。私のこと好きなの……」

「ああ」

「私も、綱のこと好き……」

「そうか」

ありがとう、と彼は声を柔らかくして言った。それにドキリとする。なんだか綱がカッコよく見える。これまでの人生、ほとんど一緒にいたのに。

握られた手が熱い。心臓の鼓動が速くなって仕方がない。聞こえてたりしないかな。……

「お前は月の心臓のようだ」

「……よく分かんないけど、褒めてる?」

「ああ」

褒めているらしい。

綱の言うことは小難しかったが、小難しいことを言う彼の横顔はカッコよくて好きだった。

「ならいいや」

小さく笑う。

外にいたら冷えるでしょう、と言って彼の手を握り返し、私は彼を家に招き入れた。

たくさん話をしたい気分だった。

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