699号の……
「にひ。今日はゲヘナ学区を案内してくれてありがとね」
「このような機会でもなければこちらまでいらっしゃることも無いでしょうしお気になさらず」
午前九時。
秒針代わりに銃撃音が響く学区。
広場の備え付け時計はボロボロだ。
「ゲヘナ限定ヒノム火山級アイスクリームを食べられるなんて思わなかった‥‥」
二人の生徒と二体の量産型アリスが朝食が終わり十時の間食にもいささか早すぎるゲヘナの喫茶店の扉をくぐり外に出た。
背に店が小さくなりながらゲヘナ特有の黒く尖った悪魔尾羽を持つ生徒ーー黒舘ハルナが
「見た目良し、ムードよし」
「サプライズ良し‥‥だね」
桃髪のおっとりとしたトリニティの生徒ーー柚鳥ナツがそう続け
「あんなに高く積んだアイスクリーム初めて見ました❗️」
「ミント!チョコミント!バニラ!ミントバニラ!ミントその他もろもろフレーバー全部乗せなんてアリス死んでしまいます❗️」
早口興奮身振り手振り大袈裟に量産型アリス2101号はふっくら顔で大はしゃぎ。
三者三様各々の評価を口にする中ーー
「「「ほとんど2101号が食べちゃいましたけどね」」」
ニコイチ修理により誕生したボディにツギハギ痕が残る618+699+1449+1110号が笑いながら呟き、腹を抱える。
ーーハルナのうしろをトボトボ歩きながら。
彼女たち618+699+1449+1110号ーー俗にいう美食研究会アリスは四つの意識が混ざり合い一つの身体を共有している。
故に個々の意識に差異が産まれると言動がチグハグになり挙動の可笑しさが顕著に現れるのだ。
今回のその原因は彼女たちの一部の699号にあった。
彼女は元々ゲヘナ給食部のアリスであった。
現マスター黒舘ハルナが会長務めるゲヘナ美食研究会から最も被害を被ってるであろうゲヘナ給食部である。
彼女はその襲撃の際に余波にて破壊され生涯を閉じのだ。
美食研究会と給食部はその後の壮絶な言い争い、襲撃、のちに和解。
給食部が複数所有していた量産型アリスは一体に。
初めは量産型アリスを調理器具としてしか見ていなかった黒舘ハルナも路地裏に捨てられていた618号との交流の中で量産型アリスに料理人としての可能性を見ることになる。
さて699号がどうなったかについて話そう。
結論から言うと意識が二つに別れた。
給食部の最後の一体には修理に使用された量産型アリスの意識が宿った。
給食部のアリスが壊れてその部品を使い生き残りを補修しまた壊れ‥‥
そして一体は個にして群になった。
その部品中には699号のものも‥‥
そしてある日、美食研究会の618号がゲヘナの日常、流れ弾に当たり中破。
彼女たちが頼ったのが給食部であった。
給食部のアリスに悪態を突かれながらも部長のフウカに許可を得て修理の際、余った量産型アリスの部品を拝借。
その部品こそが699号のものだった。
修理が終わり目を覚ました618+699号は不思議な感覚に襲われた。
意識が二つある。
給食部アリス(美食研究会アリス)を見て699号は頭がおかしくなりそうだった。
目の前に自分がいる。
「リサーチには努力を感じましたね」
「山のように積み重なったアイスクリーム‥‥こどもの夢だね」
699号は量産型アリスの中でも怖がりな個体だった。
姉のような強かさはなく、妹のように探究心もないただの量産型アリスだった。
ゲヘナと気質が合わなかったのだ。
給食部にいた頃は美食研究会がくると食洗機に逃げ込んで決まっていつもジュリに引っ張り出されていた。
それもいまや四人で一つの身体のせいで銃撃一つに逃げることもできない。
彼女以外の同居人はただただゲヘナだった。
それも彼女の不幸だった。
ハルナ先輩が『悪い』お店を爆発しようが、アカリ先輩がお店の食材を平らげようが、イズミ先輩がゲテモノを食べさせようが、ジュンコ先輩が団子を落とそうが699号以外の姉妹は動じなかった。
699号はすこぶる臆病だったが味の良し悪しと常識を知っていた。
ーーそれが不味かった。
会長の顔を見る。
微笑んでいる。
隣のトリニティの生徒を見る。
笑っている。
姉妹たちを気にかける。
呑気なものだ。
2101号‥‥あまり美味いものではなかったがアイスを食われた許さない。
もう一度会長に意識を向けてーー
ゲヘナに爆発音が一つ増えた。
「なんか爆発しなかった? 」
「ゲヘナじゃいつものことです」
ハルナが答えた