62話

62話


土御門の工房、そこはまるで伏魔殿と言ってもいいような防御がはられていた。数多の式神や悪霊による撃退システム、空間断絶とまでは行かなくとも並の魔術ならば弾くような結界等。日本という国において最も強大な魔術一門の名に恥じない術が張り巡らされている。だが相手が悪かった、相対するはサーヴァント。現代の魔術では下手に傷を付けることも叶わない極大の神秘の塊。

結論として、内部の防衛術式は全てライダーにより一刀両断された。

「全く、あれだけの悪霊を用意するとは厄介ですね」

宝具を発動したライダーは呆れたように声を出す。

彼女の獲物───薄緑、またの名を膝丸、蜘蛛殺等様々な名を持ち数多の魔を払った刀でもある。故に彼女の刀は魔に対しては強力な武装となる。

遮那王流離譚第五景、吼丸・蜘蛛殺。

彼女の持つ薄緑の本来の力を発揮し退魔の力を発揮させる宝具だ。

通路を埋め尽くす程の悪霊を刀を抜き宝具を発動させただけで打ち払うのは規格外と言っても良いだろう。

その後ろで美作は礼装で神永のいる場所を探っていた。

「…見つけた、そこの壁の向こう側よ!」

美作の礼装が神永の場所を突き止め場所を支持した瞬間、ライダーが壁を切り裂いた。

音を立てて崩れる壁、目の前には壁に鎖で繋がれた神永がいた。

「ッ!?神永クン!無事!!?」

神永へと駆け寄る美作、鎖に繋がれた神永は美作を見て声を出す。

「…穂乃果、来てくれたのね」

「───!?か、神永クン?頭でも打ったの??」

「いいえ、体は至って健康よ。多少消耗はしているけれども」

声と姿は神永隼人そのものだ、だが…"中身"が違う。

「貴様…一体何者だ!主殿はどうした!!!」

ライダーは刀を突きつけ吠える、それを見た神永?は諭すように声を出す。

「とりあえず隼人は無事よ、今は眠ってる。それと私は…そうね、隼人のもう1つの人格って所ね。ジュンとでも呼んでちょうだい」

ジュンと名乗った何者かは手を動かして

「とりあえずこの鎖を外して欲しいのだけども」

「そうね、とりあえず外さないと。ライダー、お願い」

美作の指示に不承不承といった様子で鎖を切るライダー。

手首を擦りながらジュンは現状について端的に話し出す。

「すぐに撤退しましょう、工房内でキャスターと遭遇するのだけは避けたいわ」

「わかった、ライダー急ぐわよ!」

「わかりました、ついてきて下さい!」

再び先程降りてきた道を駆け上がっていく。だが先程術式を破壊し尽くしたとはいえ機巧人形の一体もいないのはおかしい。違和感を感じ美作がジュンとライダーに確認を取ろうとした瞬間、ジュンが口を開いた。

「…不味いわね、はめられた」

「は?どういうことよ」

「見ればわかるわ」

そう言って指を指した方向、出口があったはずの場所がただの壁となっている。それだけでは無い、工房が揺れ始めたのだ。

「嘘!?」

「これは…不味いですね。下手すれば生き埋めです…!」

「…仕方ない、下に向かうわよ」

ジュンの発した言葉に二人は驚愕する。

「ちょっと!?ここ地下よ!?生き埋めになるつもり!?」

「いいえ、もっと地下にも工房があるのは隼人が確認している。それに元々ここは洪水対策にと造られた大型の貯水槽を改造して工房にしたものだから耐震性は抜群。むしろ増築された上に行く方が危険よ」

上に向かうよりは地下に逃げこめば生き埋めだけは避けられるとジュンは語る。

「どうしてそんな施設のことを…」

「少し前に隼人が京都の色んな施設について調べていてね、その記憶を見ただけよ」

(明らかに隼人よりも能力が高い……。)

美作は違和感を覚えつつも、ライダーと見合い頷いてから3人は急いで土御門の地下工房へと向かっていく。

───

「ここが……土御門の工房、なんて大きいの…!」

洪水用の貯水槽、そこを改造し工房としているのだがその改造の結果半自動的に機巧人形を組み立てるシステムがまるまる入っているとは誰も想像出来ないだろう。

「道理であの絡繰人形達が無尽蔵に湧き続ける筈です、このような工場があったとは…」

「時間があれば見て回りたいけどもそんな時間は無いわ、急いで外に出る出口を探すわよ」

そう言って3人は工房内を走る。

「……すごい今更なんだけど違和感すごいわね、隼人の声で女性の喋り方って」

「まぁそこは慣れてもらわないと…っと、流石に見つかってしまったみたいね」

先頭を走っていたジュンが止まる、目の前にはキャスターとそのマスターである幹久が立っていた。

「成程、隼人に比べ思慮に富んでいるようだな」

「流石に此処でワシらとやり合うような馬鹿ではあるまい?降参せんか?」

工房の中でキャスターと戦うというのは確かに無謀と言ってもいい。

「降参したら私の命は助けてくれるのかしら?」

「わかってて言っているだろう、無理だ。だが少なくとも穂乃果に手を出すことはしないと誓ってもいい」

その言葉には一切の嘘が含まれていない、誠実なものであった。

「だ、そうよ?穂乃果が助かるのなら私は命を捨ててもいいのだけど」

ジュンが隣の美作に聞くと本当に呆れたように

「あんたバカ?助かったとしても霊脈がズタボロになるんだから魔術師としては死んだも同然よ、それなら最後まで戦って死ぬわよ」

回路を励起させたまま指先を幹久へ向け言い放つ。

「それと文句を言いたかったのだけど、よくも私を利用しようとしたわね!!あの手紙を送ったのもそれが理由でしょ!」

美作は土御門に利用されたことに腹を立てているのかその顔には怒りが満ちている。

「その件に関してはすまなかった、だが目的のために使えるものならばなんでも使う、それは魔術師として正しいものだろう?」

「だとしても私はムカついた、それだけよ!!!」

美作はいくつかの宝石を取り出し幹久へと投げつける。

ライダーがそれと同時にキャスターへと斬り掛かるが大量の機巧人形によりゆく手を阻まれる。一体一体は弱くとも数が多いというのはそれだけで脅威となる。

「Explodeer het vuur! !(火 炸裂せよ!!)」

赤い輝きを放った宝石は無数の火の玉になり土御門へと殺到する。

「全く、仕方の無い子達だ」

幹久は懐から札を取り出し小さく「水」と呟き、札を火球の前へと放る。その瞬間水が逆巻き火球を飲み込み鎮火する。

「チッ、腐っても土御門の魔術師か…」

「陰陽師、と言って欲しいものだがね。さて、私は下がらせてもらおう。ライダーの宝具の範囲より外れなければな。あとは任せたぞ、キャスター」

そう言って幹久は工房の奥へと向かう。残ったキャスターはやれやれといったように

「全く、老人には優しくせいというのに…さて、ここからはワシが相手をしようかの」

その顔は先程までの老人ではなく、鋭い目と油断ならない圧を放つ軍師のものだった。

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