60話

60話


同時刻、神永邸にて───

ハインリヒからこの聖杯戦争の裏で起きていた陰謀を聞いた美作はいてもたってもいられないのか立ち上がった。

「…助けに行くわよ、こんなところで時間かけてたら相手に有利になっていくだけよ」

しかし冷静にそれを止めたのはハインリヒだった。

まぁまぁと言った様子で

「落ち着いてください、今貴方たちも消耗していますしこちらの方が不利です。やるのならばせめて1日は待ちなさい。」

「っ!でも!」

「…主殿の命は私が敗退しなければ保証されています、少なくとも多少は余裕があるでしょう。」

無論、何時までもという訳には行きませんが…。と、ライダーが美作を冷静に諭す。その表情は明らかに無理している様子で、すぐにでも神永を助けに行きたいという気持ちを押さえ込んでいた。だが英雄、牛若丸としての経験からか冷静に状況を観ていた。

「っ…、そうね。でも私たち二人だけで勝てるとは思えないのだけども」

「安心してください、私も手伝わせていただきます。精々露払い程度しかできないでしょうが」

そう言いながら胸元から黒鍵を取り出し自分も手伝うと言うハインリヒ、だがそれでも美作の不安そうな表情は消えない。

「だとしても足りない。キャスターの用意していた機巧人形(オートマタ)は100じゃきかない数だった。」

そう言いながら思い返すのは廃病院での戦い、相当な数の機巧人形(オートマタ)が周囲を囲っていた。

「一機一機は弱いかもしれないけど数はそれをうわまわる、流石に代行者と言えとも100を超えた数相手にするのは厳しい筈よ」

「そうですね、まぁ当てはありますし問題ないでしょう。一先ず貴方達2人は休息に務めてください。私は私で下準備をしなければなりませんので」

そう言ってハインリヒは立ち上がり玄関へと向かう。

「…貴方、随分優しいのね」

「勝率を上げるためです、常に魔術師相手に優しくしている訳ではありません。もしこのような状況でなければ貴方なんて肉壁程度にしか使いません」

さも当然のように言い放つ、その言葉を聞いた美作はやはり代行者は相容れない存在か…と考える

「あっそ、とりあえず私たちはここで休息を取るわ。そっちも用事が終わったらここに来てちょうだい。」

「わかりました、ではしっかり休んでくださいね」

ハインリヒは声をかけ外へと出ていった。向かった先は…協会の方角のようだ。それを見届けた美作は家を漁り出す。見つけた礼装入れの棚から回復の呪符を取りだし傷を負ったライダーに貼り付け布団へと向かう。

「悪いけどライダー、私先に寝るわ。貴方も早めに休息を取ってちょうだいね」

「ええ、おやすみなさい美作殿」

そう言って美作は襖を占め布団へと倒れ込む。

疲労が限界を超えていたのだろう、彼女は布団に倒れた瞬間に眠りについた。

ライダーはと言うと布団ではなく居間の片隅にて正座をし目を閉じ警戒と休息を同時にとっていた。

───

次の日の朝、十分な休息を取った美作殿ライダーは朝食を食べていた。

「…その、ごめんなさい」

「気にしないでください、まだ食べられますから…」

2人の目の前にあったのは黒焦げのトーストとボソボソで黄身が潰れた堅焼きの目玉焼き、そして水気が取り切れていなかったベシャベシャのサラダであった。

「その…料理したこと無くて…」

「だ、大丈夫です!食べれますから!」

そう言ってライダーがトーストを口に含むとガリッという固い歯ごたえと焦げの苦味が口の中に広がる

「その、無理に食べなくても…」

「いえ…食を無駄には出来ません…!」

その表情はどこか鬼気迫るものだったと後に美作は話す。

何とか二人で朝食を食べ切り一息つく。(食後のお茶は先程の料理と比べ物にならないくらい美味しかったようだ)。

「さて、とりあえずハインリヒが来るまでは待機しないとね。ライダーはなにかやりたいことある?」

「…でしたら、手紙でも書かせていただきます」

意外なものを見た表情をする美作、ライダーの顔に照れなどはなくどちらかと言うと少しだけ惜しいことをしてしまうような表情だ。

「おそらく、主殿とゆっくり別れの時間を取ることもできないでしょうから…」

「…そう、私は別室で礼装を用意しておくわ。ハインリヒが来たら呼びに来るからね」

そう言って美作は部屋を出る。ライダーは手紙をかけるような紙を探し、隼人が礼装を作る際に使う墨を使い手紙をしたため始めた───。

ライダーが手紙を書き終わり、筆を置いたタイミングで襖の外から声がかかる。

「ライダー?ちょうどアイツが来たからこっち来てちょうだい。作戦会議するわよ」

「畏まりました、今向かいます」

そういったライダーは硯などを片付け手紙を仕舞い部屋を出た。

───

「で、まさか貴女も来るなんてね。フィリアさん」

「何、報酬が貰える序に鬱憤を晴らせるんだ。来ないわけが無いだろ」

そう言ってハインリヒが連れてきたフィリアへ話しかける美作。

フィリアは煙草に火をつけながら確認をする

「で、嬢ちゃんとライダーは背景の諸々はコイツから聞いているってことで良いんだな?」

「ええ、全部聞いたわ」

「なら問題は無い、アタシの仕事はアンタらの道を拓く事。それでいいんだな?」

ハインリヒと美作に問いかけるフィリア、美作はハインリヒの方を見て頷きハインリヒが口を開く。

「それで構いません、今回の要はお二人が神永君を救出することにありますから」

作戦の内容はシンプル、土御門の工房へ殴り込み隼人を救出、その勢いのままキャスターを討伐といったものだ。

「最後はある意味魔術師らしい正々堂々とした戦いね」

「無謀な戦いとも言えますが、まぁ止める気は無いのでしょう?」

キャスターの工房に殴り込むなど聖杯戦争の定石からすれば無謀極まりないのだ、ハインリヒはそこを指摘する。だがそれでも

「当たり前でしょ。隼人を助ける、キャスターを倒す、何方も達成してみせてこそよ」

その目には微塵も怯えは無い、あるのは必ず目的を達成するという強い意志を称えた瞳だけだ。

「…若いな」

「そうですね、この歳になるとこういった若さは眩しく写りますね…」

「一緒にするな若作り神父め」

「はっは、貴女には言われたくありません。年齢詐称にも程がある格好をしている癖に」

互いに鋭い言葉で牽制し合うフィリアとハインリヒ。

それを見た美作とライダーはと言うと

「…大丈夫なのよね?」

「まぁ、心配ないでしょう」

そうして作戦会議は粛々と、時には口角泡を飛ばす議論になりつつも最終段階まで詰めることが出来た。

既に日は沈みつつある。

───今夜も月が古都を照らす。空に輝く月は聖杯戦争における最後の戦いを見守ろうとしていた。

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