6. fatalcrack⑤
梨子の指先から光が直線上に放たれ、十丈先の岩へと着弾する。舞った煙が薄れると硬い岩が深く抉れているのが確認できた。「おお…!」と浮竹が感嘆の声を漏らす。
「うん、完璧だ! 指導の必要は無さそうだな」
「やったー!」
梨子は嬉しそうに飛び跳ねる。
「もしかして、時灘から教わったのかい?」
「そうだよー! 兄様と知り合いなのー?」
「ああ、霊術院時代の同期なんだ。彼は元気かい?」
「すっごい元気だよ! いつもニヤニヤしてる!」
「あはは…そうかぁ…。それは良かったよ」
浮竹は少し悩まし気な顔をするも、同期が健勝なのは良い事だと頷く。
「それじゃあ梨子君、次は破道の二を試してみようか!」
「はーい!」
その後、応援に来た二人の死神と浮竹の指導のもと、生徒達は順調に成果を上げる。そして梨子が破道の三で苦戦し始めた頃。
浮竹が突然、——血を吐いて倒れた。
Ⅲ
浮竹の部下二人が生徒達の鬼道を見ている間、村長は甲斐甲斐しく浮竹の看護をしていた。
「有難う……村長さん…」
「良いんですよ〜」
血の付いた布を桶で洗いながら、村長は困り顔で微笑んだ。
「何だか懐かしいですね。貴方と現世で初めて出会った時も、こうして倒れましたっけ」
そう言われ、浮竹は平隊士の頃を思い出す。魂葬に訪れた先で霊体となって彷徨う彼女と出会った日だ。
「急に血を吐いて、虚が何だと訳の分からない事を言いながら無理矢理"魂葬"してくれるものだから、初対面の印象は最悪でしたよ」
「あはは、その節はすまない…」
魂葬には成功したもの浮竹の手元が狂ったせいで女は尸魂界への転送中、ずっと激痛に苛まれていたらしい。
「良いですとも。今はちゃんと分かっていますから。……それにしたって、よくあんな状態で仕事を続行しようなんて考えましたよね?」
「それは…、そうしたいと思ったんだ……」
「……そうですか。あーあ、羨ましいなぁ。………………………………………………………………………あの頃から、私は貴方が羨ましい。『誰かを護る』という事がどんなものなのか。私には…とんと分からないんです」
女の脳裏に、黒に混じる深緑の髪がよぎる。まるで滑稽な芝居でも見るかのような、残酷な視線が頭から離れない。
見下ろせば、浮竹が優しい眼差しで言葉の続きを待っていた。女は口ごもる。そして、伝えるべきでは無いと——口を閉じた。
暫く静かな時間が流れたあと、部屋の襖がそっと開いた。
「…村長さん」
「あら、梨子様。どうなされましたか」
「うーんとね、浮竹隊長とお話がしたくて」
それは浮竹の体に障るから駄目だと村長が伝えようとした時。浮竹が「ああ、俺も丁度…話があったんだ」と口にした。
「村長さん、済まない。少しだけ席を外してくれないか」
「…分かりました」
村長が部屋を出ると、襖の前を数人の生徒が陣取っていた。梨子の保護者達である。おそらく相手が病人の浮竹十四郎と言えど、目を離すわけにはいかないのだろう。
先ほど問答した生徒に会釈すると、相手も会釈を返す。やはり今期の生徒さんは良い子達ばかりだな、と村長は心の中で呟いた。
嫌悪こそすれ、悪戯に弄ぶような真似だけは、しないのだから…。