6人目 考古学者

6人目 考古学者




私の名前はニコ・ロビン、海賊麦わらの一味の考古学者。

私の故郷は|西の海《ウエストブルー》考古学者の聖地オハラ……だった。今はもう存在しない島、島に存在した人も町も歴史も何もかも世界政府という巨大な闇によって地図からも消された。挙句の果てに、クローバー博士たちオハラの考古学者は世間からはオハラの悪魔達とさえ呼ばれるようになった。


オハラの考古学者はただ歴史を解き明かしたいだけだった。

空白の100年、語り継がれなかった、葬られた遠い遠い過去900年から800年前という間の不自然に途絶えた歴史をリオ・ポーネグリフを探す、それが私の夢。

世界からは大きな罪だと言われる、夢。


8歳という幼い時に、バスターコールによって故郷のオハラを地図から消され、その日から私は命を狙われる日々が始まった。

今まで色々な場所で生きてきた。

どんな場所にいても、どんな組織に入っても騙され、利用され、そしてお前は死ぬべきだと言われ続けてきた。

サウロが言った、私を守ってくれるとても頼れる仲間なんてできやしない、もういっそのこと母とサウロの願いを忘れて死にたいとすら思った。

砂の王国アラバスタ、そこが最後の望みだった。確かにそこにポーネグリフは存在した、だけどそこに私が望むものはなかった。


恐怖、悲劇、絶望、これがどれだけ苦しい事か知っているのに、今度は私がそれを与える側になってしまった。

だからせめて、せめて最後にポーネグリフを見つけたらクロコダイルを殺して自分も死のうと思った、けれどあっさり返り討ちにあってしまい贖罪もできなかった。


もう死のうと思ったのに、麦わらを被った希望の彼が私を生かした。行く宛も帰る宛もない私は、モンキー・D・ルフィが船長を務める可愛らしい羊の船首の船にこっそりと乗り込んだ。


彼の船の仲間は賑やかだった、お金や宝石に目がないそしてちょっと手癖の悪い航海士さん、尋問だと言って取り調べをしようと「名前は?」と聞いてすぐに自分の方が名乗っていないと気づいて名前と挨拶をするとても尋問係とは思えない優しい長鼻くん、女性に目がないのかとても好待遇で美味しい料理を振舞ってくれたコックさん、愛らしい見た目と類を見ない素直さをもった船医さん、警戒心を隠すこともないけど驚異の方向音痴と高所から落ちたら普通は死ぬのに生きていた剣士さん。


その一味の中でクロコダイルが気にしていた存在がいた、動く意志を持った人形のウタだ。

彼女を初めて見たときにクロコダイルは確かに「あの国の奴の国のオモチャがなんでこんなところに……」と言っていた。

クロコダイルが気にする人形、いったい何者なのかと思ったがそんなことは杞憂だったとすぐに理解した、だってあんなに可愛らしいんだもの。


「これからよろしく、お人形さん「キィ!」……?」

「ぬいぐるみじゃねぇぞ、ウタっていう名前なんだ!おれが名前つけたんだ、しししっ!」

「そうなの?船長さんからいいお名前つけてもらったのね、お人形さん「キィ!!」……??」


先ほどまで船長さんや船医さんと一緒に私の能力で楽しそうに遊んでいて、警戒心を持つとは思えないほどだったのに「お人形さん」と呼ぶたびにどこか怒ったように抗議するその姿が、なんだか小さな子供みたいで微笑ましい、けれどなぜ怒っているのかが理解できなかった。だがその疑問はルフィが解決してくれた。


「ロビン~、お前仲間になるんだから名前で呼べよ~ウタ、って!おれ達のことも名前で呼ばなきゃだめだぞ!」

「え……でも」


いくらなんでも警戒心がなさすぎだと思ったがルフィは今も昔もそういうところがある、ウタは「その通り!!」と言わんばかりにジーっとその紫のボタンの目で私を見上げていた、意を決して「う、ウタ?」と名前を呼べば「キィ♪」と嬉しそうに返事をしてくれた。なんだか仲間として認めて貰えたみたいで嬉しかったのを覚えている、私が一味の仲間の名前を言えるようになったのはもう少し後のことだったけど、ウタだけは最初から名前を呼ばせてもらっていたの。


一味の仲間に入れてもらって初めての夜、最初は甲板で寝ろと言われるかと思ったのにナミは普通にこう言ったの。

「さて、そろそろ私たちは休みましょ行くわよロビン、ウタ」と私を女部屋へと招待した、思わず「本当にいいの?」と聞き返した私に航海士さんは「いいに決まってるじゃない、なに?監視をご希望??ならウタ!」「キィ?」「ロビンと一緒に寝てちょうだい監視役よ!」「キ!」とまるで「あいあいさー!」と言わんばかりに敬礼していた、その動作が可愛くてキュンとしてしまったのを覚えている。

ウソップが新しいベッドを買うまでのつなぎとして、寝やすいようにと少し改造したソファベッドで体を休めながら可愛い監視役がポスポスと私の頭を撫でてくれるのを感じながらウタと一緒に眠りについた。

小さな頃は人形と一緒に寝るなんて経験がなかった、お人形さんを持っている子が羨ましいと思っていたあの時の小さな夢が、まさか大きくなってから叶うなんて思ってもみなかった。


航海や冒険が楽しいなんて初めて知った。


グランドラインの荒波と嵐、看板に波が入り込んで樽が転がるほどの揺れ、そんな嵐を抜けた先で見たヒカリがとても綺麗だと思えた。

波しぶきが上がった先には美しいイルカがいた、巨大過ぎてメリー号が波に浚われそうになったけど皆笑っていた。

不寝番のある夜、ウタと共に見張り台に登ったこともあった。ウタが持ってきてくれたケトルからホカホカと湯気の立つ温かいコーヒーをマグカップに注いでもらった、温かいそれを両手で持ちながら空を見上げた時、流星群の美しさに目を奪われた。ウタのポフッポフッと、かわいいアピールで寝ているクルー達を起こすように伝えてきて、ハナハナの能力で起こして一味皆であの美しい星の雨を見た。


ウタは音楽が好きだった。


紙に何を書いているかと思ったら、フリーハンドでヨレヨレの五線譜を書いて、そこに音符を書き込んでいた、それは確かに曲になっていて驚いた記憶がある。

残念ながら私は楽譜を見ただけでは、なんとなくの音階は分かってもどんな曲なのかは理解することはできなかった。

空島での宴では小さな樽を改造した小太鼓を軽快に鳴らして、ぴょんぴょんと跳ねて踊る姿は可愛かった。


そんなウタが作った曲は、後の仲間になった音楽家のブルックによって命を吹き込まれた。


彼女が書き溜めた曲達は沢山あった。

冒険のわくわく感とどこか一味の姿が思い浮かぶ曲、夢や未来を信じようとする曲、楽しい航海を予感させる曲、キラキラと宝石のようにヒカリ輝く明るい曲から、一番色あせた紙に書かれていた「風のゆくえ」と曲名が書かれたどこか切ないバラードまで、なかには「そげキングのテーマ」と書かれたものもあった、懐かしいなー!と言って木箱をステージに見立ててウソップがウタのオルゴールの音に合わせて歌えば「おほっ〜!ひーろ~そんぐぅ~~!!そういえばそげキング元気かなぁ~」「ウソップはどこで知り合ったんだ~?」「え!!か、彼は狙撃の島できっと元気に暮らしてるさ!!はっは~!!」とルフィとチョッパーが聞いて焦っていたウソップが微笑ましかった。ボソリとゾロとサンジにナミ達は「アイツらはなにをもってウソップと認識してたんだ?」「まあ、クソギツネのクソな変装も見やぶれないルフィだしなぁ」「いや、変装もなにもお面被っただけだったじゃないアレ」とボソボソと話していた、ウタはジト~という効果音が出るんじゃないかってぐらウソップを見つめていて、ウソップに「う、ウタ!しーっ、しーっー!!だっ!」なんて言われていて、なんだがおかしかった。そげキングのテーマのテーマを聞くとあの日のことを思い出す。


エニエス・ロビーまでルフィ達が助けに来てくれたとき、凄く嬉しかった。「生きたい」と言わせてくれた、夢を追うことを許してくれた皆と一緒にいたい、未知の冒険に胸を高鳴らせたい、もっとみんなとこの海の先へ行きたいと、そう強く思った。


殴られても、蹴られても、みっともなくても、私を助けに来てくれる仲間が来るまで私も必死に抵抗した。スパンダムに連れて行かれそうになる私をウソップが司法の塔から狙撃して助けてくれた、地雷の攻撃を受けたフランキーもボロボロになりながらも私の盾になってくれた、そしてウタは文字通り飛んで私を助けに来てくれた。


「ウタっ!!」

「キィィ~~~!!」

「な、なんだぁ!!オメー麦わらのとこのぬいぐるみィ!?」

「ぶへっ!!なっ!?なんだこのぬいぐる……アンギャ~~!?」


飛んできたウタはスパンダムに思いっきり体当たりをして吹っ飛ばしたあと、鼻にカラシとワサビを口にデスソースを瓶ごと流し込み、まるで死にかけのセミのように地面をのた打ち回るあの男に|衝撃貝《インパクトダイアル》を打ち込んだ。醜いまるで屠殺される直前の家畜のように悲鳴を上げて苦しむあの男にどこかスッとした思いをしていたら、ウタが可愛らしくトテテッ!と駆け寄ってきて赤い色をした布の小袋を渡そうとしてきた。フランキーが不思議に思いながらそれを受け取るとそこには2本鍵が入っていた。


「なんだ?......こりゃあ!ニコ・ロビンの手錠の鍵か!?」

「え…?」

「キィ!」

『フランキー君フランキー君!ウタ君から鍵を受け取ったようだな!君のもっているのを合わせれば、すべてそろっている!それできっとロビンの手錠を開けれるはずだ!」

「アウッ!ちょっと、まってろ!!」

「キィキィ!!」

「急かすなってぬいぐるみぃっ!スーパー任せろ!」


フランキーが私の手錠に鍵を差し込み、一つ、二つと試していき、そしてついにガチャン!と手錠が外れた、脱力感がなくなると同時にウタが抱き着いてきた、思ったよりも勢いが強くて少しふらついてしまったがフランキーがすぐに抱き止めてくれた。


「キィ!!」

「っと!アブねぇ!!」

「ウタっ……長鼻くん!ありがとう!」


砂と埃、そして闘いによって解れながらも来てくれたウタの姿に嬉しくて抱きしめ返せばギュッとさらに抱き着いてきてくれた、仲間がいるんだって思えて涙が止まらなかった。


ウォータセブンを出てからも波乱万丈の冒険の連続だった。

シャボンディ諸島で一味は一度崩壊した。そして2年間私は立ち止まりそれぞれ力をつけた。

2年後、見た目は変化しても変わらない仲間たちと再会を果たして私たちはまた海へと冒険に繰り出した。


トラファルガー・ロー、じゃなくてトラ男君の海賊団と同盟を組んで私たちは愛と情熱とオモチャの国ドレスローザへとたどり着いた。

そこで出会った小人族の族長のガンチョさんやオモチャの兵隊さんから、一見楽しそうなこの国の闇、ドレスローザでの悲劇を聞いた。

可愛らしい小人たちを奴隷にして、そして大切な人のことを存在ごと忘れさせてしまうドフラミンゴ達が許せなかった。

私がもしも、サウロやクローバー博士、そしてお母さんのことを忘れてしまったらと思うと……オモチャの兵隊さんの話にウソップがどんどん顔を青くしていく、そして彼が気づいた事実に私たちは背筋が凍った。


ウタが本当は人間だという事実。


人は確かに忘れる、だから忘れないように人は思い出を振り返る。大切な人の声を、温度を、姿を記憶するもの全てを思う。時には日記や本や口伝や遺跡などの石に刻んだり、その思い出という歴史を人は紡いでいくのだ。

でも、それも覚えていればの話。

忘れてしまっては、だれも、思い出の品があったとしても意味も見出すことができない。


シュガーの能力によって、人々の思い出と言う記憶から忘れられた人間。ウタの家族は?いったい彼女はどこで生まれて生きてきたのか、誰も知らない。長い付き合いだというルフィが知らない、否知っていたとしても忘れられてしまっては分かりようがない。


この場にいる仲間も、そして電伝虫越しに仲間たちみんなの思いは一つになった。工場の破壊?そんなものでは足りないのは明白だった。ドフラミンゴを倒して海の藻屑として海獣たちに骨も残らないように食べてもらわなければ気が済まない。ウソップに「いや気持ちは分かるが恐えぇよ!!ぶっ倒すだけでいいだろっ!」と言われてしまった、やだちょっと出ちゃった私の悪魔の部分、ふふっ。


私とウソップはSOP作戦の最前線に参加することになった。


レオ達がこの日のために作った抜け穴でなんなくオモチャの家の地下の港まで侵入することができた。

そして、タタババスコの実を食べさせようとしたけれど触れることがトリガーとなる彼女、シュガーの能力によって体の一部を生やす私の能力とは相性が悪く、あっけなくオモチャにされてしまった。

ウソップ達がオモチャの私を見ると不思議そうな顔をした。まるで『いつの間にかオモチャがいた』と言わんばかりのその顔を見た瞬間に、忘れられてしまったんだと理解した。

仲間に忘れられる、それをほんの一瞬の時ですら私は恐ろしくなったのにこれを12年以上……。


ウタとウソップがトレーボルに捕まった、手も足も文字通り出ないほどボロボロにされたウソップ、ギィギィと暴れるウタの手に持っていた希望を、シュガーが取ってウソップへとタタババスコを食べさせた。


もう駄目だと思った瞬間に奇跡が起きた、ウソップがなんと渾身のリアクション芸をしてシュガーを気絶させたのだ。その時のウソップは凄かった、火炎放射のごとく火を噴き、目玉も舌も人体の構造からは信じられないくらい立体的な螺旋階段のように飛び出させたの。そんな化け物を見たシュガーはカクンっと意識を失った。


その瞬間に私の体に変化が起きた、身長が伸びて足が腕が戻るのを感じた。小人達の喜びの声が聞こえる、トレーボルの焦る声が、港の海賊達の雄叫びが、悲鳴が、歓喜と驚愕が入り交じった声が、色々な声が響く中で、私は倒れたウソップに足がもつれて転んで血が出ても、必死に駆け寄り縋り付いてお礼を言う女性を見て涙が出そうになった。


「ふほっぷ!う、うしょ、うそっぷ!!あーと、あーがと!!ありっ、がとぉ!!」


赤と白のツートンカラーの髪、サイズの合わない子供向けのワンピースを着たその女性を私は初めて見たけどずっと知っている。


「ウタっ!」

「ろびん!」


ウタを抱き締めると、いつかの時のようにギュッと抱き締め返してきた「ありがとう、ありがとう」と何度も言う彼女に胸が熱くなる。

ウタ、貴女が人間ならどんな姿なんだろうって思ってた、どんな声をしてるの?貴女の歌声は?言いたいことも、伝えたいこともあるけど、とりあえず今は……


「ウタ、まずはお着替えよっ!靴も服もサイズが合わないわ!コーディネートは任せてっ!!」

「それひまいうっ!?」

「ほ、ほびぃン、ほ、ほべほおほばっ?」


あら?ごめんなさいウソップつい、ね?


ウタ、人形のあなたとの旅も最高に楽しかったけど、今度からは人間のあなたと一緒に、この果てしない海を航海する冒険の思い出という歴史を作っていきたいわ。



Report Page