57話
「───ごブっ…」
ランサーの口から鮮血が溢れ出す、霊格を貫かれ致命傷をおったランサーの手から槍が落ちる。
「み、ごと…まさか、余が策に溺れるとは」
どこか自嘲めいた声色で声を発するランサー。
「いや、私も主殿だけでは勝てなかった。美作殿がいたからこそ、貴殿の策を乗り越えられたのだ」
そう言ってライダーは落ちていた宝石を拾い上げる。既に中に込められていた魔力は霧散しただの宝石となっているがその一手がライダーの命を救い、勝負の決め手となった。
───
「そうそう、ライダー。これ持っておきなさい」
「…コレは?」
「私が手ずからカッティングしたダイヤモンドよ、蓄えた魔力を使って光を発するだけの術式が刻んであるの」
「ほほう?」
「そんでコレはこの宝石の制御用の術式ね、貴方の意思に反応して発光するようにしているわ」
そう言ってライダーの鎧の内側へ取り付けられる。
「しかし、この程度であれば必要は…」
「良いから!持っておきない、何かに役立つかもでしょ?」
「はぁ…、わかりました」
───
(助かりました、美作殿)
心の中で美作へと感謝を述べたライダーはその宝石を仕込んでいた位置へと戻しランサーへと向き直る。
「さて、先程私にした質問を返そう。何か貴殿のマスターに伝えることはあるか?」
「…問題ない、自ら伝える」
そう言ってランサーはゆっくりと出口へと向かう。
「…なるほど、こうなりましたか」
結界の外でハインリヒが何かを呟いたかと思うと結界が解除される。
「一体何を…」
神永はその行動の意図を読み取れず困惑する。
だが美作はその行動から現状を把握しため息とともに地面へとへたり込む
「はぁ──決まってるでしょ、ライダーが勝ったのよ!」
あげられた声には純粋な喜びと若干の疲労が含まれていた。
「っ!?そうか…!」
そう言って右手の令呪を確認する、残る二角をみながら勝利の喜びを噛み締める。
「主殿───!」
廃病院からライダーが駆け寄ってくる。まるでおもちゃを拾ってきた大型犬のように。
「主殿、やりました!」
「ああ、よくやった!ライダー!!」
そう言ってライダーを抱きしめる神永。ライダーはキョトンとした顔をしたと思いきや顔を真っ赤にし慌てふためき始める。美作はそれを見て呆れながらもやれやれと言ったように2人の元へ近づいていく。
「…お疲れ様です、ランサー」
一方で敗者となったハインリヒは自身のサーヴァントをねぎらう。立っているのもやっとなランサーはハインリヒへ謝罪をする
「マスターよ…申し訳ない、必勝を謳いながらこのような無様な結果に終わってしまった。我が槍も鈍ったものだ…」
「いいえ、ランサー。貴方は自分の信念に基づき戦い、負けたのです。誇ることはあれど卑下する必要はありません、それに───貴方が私のサーヴァントで良かったです」
そこには神父としてのハインリヒではなく等身大の、ハインリヒという男の純粋なランサーへの労いがあった。
「…ハハハ、我がマスターよ。貴殿ほど信心深く人を愛する男に私のような男が相応しいはずが無いでしょう…」
そういったランサーの身体は少しづつ魔力へと還っていく
「ランサー…。私は───!?」
───別れの瞬間が常に邪魔されないという道理は無い、未だ聖杯戦争は続いているのだから。
そして、残る英霊はキャスターとライダー。故にこうなるのは必然であった。
月を背に廃病院の屋上に1人の老人が立っていた。
「はっはっは、見事な戦であった。賞賛をおくらせて頂こうかのぅ」
「あれは…、キャスター!?」
美作が最も早く反応する、そしてその言葉を皮切りに周囲の影からぞろぞろと機巧人形(オートマタ)が現れる。それらは全て、黄巾を身につけ一糸乱れぬ動きでマスター達と満身創痍のサーヴァントを囲み込む。
「さて、この状況で抵抗するほど馬鹿ではあるまい?」
屋上のキャスターからは悪意と優れた知性が垣間見えた。
「…ライダー、行けるか?」
「…申し訳ありません、既に限界に近く…」
ランサーとの神経を削る局所戦を行ったのだ、精神的にも肉体的にも疲労は限界値を超えているだろう。
「…マスターよ、私に令呪を使え」
「ランサー、まさか…」
「我が身は既に敗将の身、ならば勝者の礎になるのも悪くなかろう」
そういったランサーは槍を手に持ち大きく吼えた。
「我が名はヴラド!ヴラド・ツェペシュ!!ワラキア公国君主にして悪辣なるものを貫く槍である!」
既に限界を超え指先に至ってはエーテル体が解け始めているにも関わらずその肉体からは恐ろしいほどの圧力が放たれていた。
「令呪全てを持って命じます、我らの退路を切り開きなさい!」
ハインリヒが残る令呪を用いランサーへと最後の命令を下す。
「おお!!我が力!これは全て地獄の具現、我らの敵を貫く槍である!!『串刺城塞(カズィクル・ベイ)』!!!!!」
そして放たれたのは、周囲の機巧人形を吹き飛ばしなおも貫き続ける槍であった。
「行け!東国のライダーよ!!!我がマスターを頼んだぞ!!!」
そして、その言葉を最後にランサーの肉体は霧散していった。
「承りました…!行きます!私が道を切り拓きましょう!!」
そしてライダーを先頭に4人は撤退する
───はずだった。
「まぁ、甘いのう」
その言葉と共に神永の動きが止まる、彼の背には呪符がいつの間にか貼り付けられていた。
「"手"をうつのは戦の前と決まっておろう。最低限の目標は果たさせてもうらうぞい」
キャスターの言葉を合図に神永へとまだ動ける機巧人形達が群がる
「隼人!!!!」
「っ…!行け!2人とも!!!俺のことは気にするな!!!」
その声が聞こえた瞬間、美作の表情が何かを決意した顔へと変わる。
「主殿!!!」
ライダーが悲痛な声を上げながら神永を救わんと向かおうとする、がそれを止めたのは神永だった。
「令呪を持って命ずる、美作と神父を連れて逃げろ!!」
令呪を切ってまでの命令、無論ライダーは混乱する。
「主殿!!?」
そして、令呪の強制力を耐えられるほどライダーの対魔力は高くない。そして命令は実行される。
ライダーは自身の肉体の限界を超え2人を抱え月明かりの下、逃走劇を繰り広げる。
自らの主を残し、唯ひたすら安全な場所まで駆け抜ける───