4.WHAT DO YOU LIVE FOR?

4.WHAT DO YOU LIVE FOR?




「───隠せた!」

「おめでとう。免許皆伝だよ」


 とある断界にて、藍染の指導により童女こと梨子は特定の状況下における霊圧の完全制御に成功していた。

「これで外でられる!?」

「ああ、今すぐにでもね。このあと瀞霊廷の書林に行くつもりだったのだけど、梨子もついて来るかい?」

「瀞霊廷………………うん、行く!」

 安全で賑やかな場所を期待していたらしい梨子は少し残念そうにしながらも、うきうきで外出の準備をし始める。


 そうして暫くの後、藍染が民家に偽装した拠点の扉を開いた。太陽の光が差し込み、梨子が眩しさに目を閉じる。

 再び開いた鈴のような瞳には、世界に対する怯えと期待とが入り交じっていた。藍染が幼い背を押してやれば、そろりと木枠を乗り越えた。

 風にのる木々の匂いと踏みしめた土の感触。視界に映る空の色を、梨子は呆然と見上げる。


「───さあ、行こうか」





瀞霊廷某所


 書林『兄万』--流魂街にほど近く、人の往来が多い地域にあるその店を女がひとり暖簾をくぐった。新しくできた甘味処へ行くついでに、同僚が執筆した小説を入手する為である。


「あら、すみません。もしかして『双魚のお断り!』は完売しましたか?」

 一つだけ空になったコーナーを確認した女が嫋やかな声で売り子に尋ねる。

売り子は緊張と興奮で身を強ばらせた。

 美しい容貌に胸元で結った独特な髪型、何より腰に差した"斬魄刀"が女の身分を証明していたからだ。

「それでしたら丁度在庫の方がありますので取って参りますねっ!」

 実はこのようなお得意様の為に、人気のある作品や希少価値のある本等が倉庫に保管されていたりするのだ。

 女はパタパタと走り去った売り子が戻って来るまでの間、良い本がないか意外に店内を散策する事にした。

 洋書の棚に並ぶ洒落た背表紙をなぞりながら移動していると不意にブツブツと呟く不審な童女の姿が目に映った。

「やはり……か……治ですらないのに当然ではあるが………し、仮にあったとて最初に見るなら劇の方が…」

 一頻り溜息を吐いた童女が横を向き、帯刀した斬魄刀を視界に入れると硬直する。そう言えばつい気配を殺して近付いてしまったなと女は心の中で反省する。

 硬直の解けた童女がおもむろに女の顔を見上げた。

「………こんにちは!」

「こんにちは。…御免なさい、驚かせて仕舞いましたね」

「ううん!ぜんっぜん!!」

「何か探していたようですが、良ければ一緒にさg「まったくだいじょうぶいらないよーーー!!」

 童女は全力疾走で女の横をすり抜け、書林の外へ逃げ去る。それを女は呆然としながら見送った。


 その後、女は小説を受け取り会計をして店を出るが頭の中では何故?という疑問符が消えずに悶々としていると、十二歳程の少年が店先に焦った様子で飛び出してきた。


「梨子ー?おーい!」


 ここにも居ない、と零す少年にまさかと思い声を掛ける。

「もしや、人をお探しですか?」

「あ…はい。一緒に来店していた子が、いつの間にか店を出てしまった様で…」

「それは五歳くらいの女の子でしょうか?」

「ッそうです!見ましたか!?」

 女はやはりそうかと瞼を閉じ、少年へ指示を出す。

「霊圧を追いましょう。付いて来て下さい」

「…!すみません、助かります…!」

 少年は、女が自身同様に斬魄刀を所持していることに気付き素早く誘導に従う。

「────どうやら朱洼門から一区へ出たようですね」

 瀞霊廷から流魂街を繋ぐ、四つの門のうち一つへ急ぎながら少年へ告げる。もし彼女が良家の子女ならば勝手に流魂街へ出てしまったのは問題だろう。

「良かった…貴族街へ行っていたらどうしようかと。彼女、最近"魂葬"されたばかりで土地勘もないんです…」

「成程そうでしたか。ではやはり私が驚かせてしまったせいかもしれません」

 見知らぬ土地で死神という力を持った存在に突然話しかけられたのだ。恐怖心から逃げ出すのも当然だろうと女は事情を説明する。

「嗚呼、あり得ますね…」と遠い目をした少年が漸く落ち着いたのか女の顔を注視し、首を傾げた。

「あの…?もしや貴女は…」


 ───刹那。


 悪寒を感じた女が流魂街の空を見上げた。

 澄んだ暑天に、まるで世界を切り裂くようにして黒い穴が開く。


「─────『黒腔』……!」


 穴から白い物体が幾つも零れ落ち、警鐘が瀞霊廷中に鳴り響く。

 少年の視界から女の姿が掻き消えた。

 数秒後、朱洼門の方から破壊音と人々の悲鳴が届く。


 少年は遠く離れてしまった"二つの魂魄"を霊圧知覚で追いながら、悠然とその相貌に弧を描いた。





南門隣接・南流魂街一区


 上空に開いた黒腔から落ちる虚の群れが、雨の如く町を襲っていた。


「────こっちだよッ!!!」


 膨大な霊圧を迸らせる童女・梨子がその小さな右腕から練り出された歪な形の霊力を、虚の群れへ連続で撃ち放っていく。

 焦燥に額を濡らしながら、もたつく足で地を駆け虚の攻撃を切り抜ける。

 左右前後から鉤爪が振り下ろされれば、瓦礫を宙に浮かべ遮った隙に前方の"中級大虚"を霊力で力任せに吹き飛ばして突破する。

 時折、上空の穴に向けて大量の霊力を放出してはこれ以上虚達が降りてこないように牽制していた。

「おい見ろよアレ!どこの隊士だ!?」

 大立ち回りで虚を引きつける童女と避難する町民達の殿を務める朱洼門の門番と非番の死神達。そこに駆けつけた死神十数名が加勢する。

「凄い、が…! 鬼道も使わない上、動きも滅茶苦茶だ…。院生か…?」

「それが事実ならたいしたもんだ…なッ!」

 死神達によって次々と虚が切り捨てられていく。

 それでも捌ける量を優に超えた大群を前に、平隊士の彼らは徐々に朱洼門まで押され始めた。

 しかし、瀞霊廷にまで侵入されるかと云うタイミングで死神達の間隙を縫うように、強烈な斬撃が虚の群れを駆逐した。


 塵と消えゆく骸の中、女が──斬魄刀を構え直す。


 ───横一閃。


 刃を向けられた虚が水飛沫のように弾け飛ぶ。

 そのまま女は流麗な動作で虚の群れに踊り出る。剣閃が幾つも光り、巨大な虚が一太刀もとに寸断されていった。

「あの霊圧は…!!」

「間違いない! あの人は───卯ノ花隊長!!」


 護廷十三隊四番隊隊長・卯ノ花烈


 護廷の救護と補給を担い、常に穏やかな笑みを浮かべる彼女が影の落ちた無形の相貌で尸魂界に仇なす虚に刃を振るっていた。

 隊士達から歓声が上がる。

 幾体かの虚は次々と斃れる同胞を前にいつの間にか開いていた黒腔の奥へと逃げ帰る。

 勝利は目前かに思われた──その時だった。


 女は虚を両断し、黒腔へと連れ去られそうになっていた町民を小脇に抱えていた。

 そこへ中級大虚が突貫してきたのだ。

 なんて事は無い。翻す刀で切り捨てれば良いだけである。

 だが戦場では何が起きるか分からない。喩え、最上級大虚を容易く屠るような強靭な死神であったとしても、相手が悪ければ一瞬のうちに死に至る。


────離れろ!!


 幼くも明瞭な口調で出された指示に女は咄嗟に従う。

 それでも、逃げるには一足遅かった。


 揺らいだ地面に両脚が呑み込まれる。これがあの虚の能力か。

 女は粘体化し絡み付く土からの脱出を即座に諦め、中級大虚の繰り出す触手を迎え撃つべく斬魄刀を構えた。


「違うッ…!」


 緑光が明滅し、次の瞬間には黒髪を翻した童女が追い越した中級大虚と女の間に割り入っていた。

 ───敵に"背を向けて"。


「ッ!!?」





 剣閃が爆ぜる。



 千々に飛び散る触手と、"融解"しかけた斬魄刀で中級大虚の脳天を貫く女。

 ぐちゃりと、斬り零した触手が地面にしゃがみ込む小さな胴体を抉っていた。

「………っぅ…!」

 地に両手をついた童女は何の能力か土を粘体化から戻し硬めた土で、歯と顎だけが地中から露出した虚の身動きを食い止めていた。


 戦の高揚の中、女は冷静に斬魄刀を引き抜く。

 そして刀身が溶け斬れ味を損ねたそれを地面ごと、女を喰らわんとして口を開いたまま固まる虚へ力任せに突き立てた。


 くぐもった悲鳴を上げ、浄化される虚。

 左腕で気絶した町民を抱える女は右手に斬魄刀を持ったまま器用に童女を拾い上げ、陥没して崩れる地面から飛び退いた。


 平地に童女と町民と降ろし、女は再び戦場へ戻る。

 吹き出る血を押さえながら童女もまた、霊力を放ち後方から女の戦闘を支援した。


 ──其の攻撃は、うつらうつらとした意識のなか慌てた様子で何事かを叫びながら近づく隊士によって半ば強制的に意識を手放させられるまで続いた。




 戦場を直線状に切り開いた卯ノ花烈は、更なる増援に来た席官と隊士数十名に対して「戦場に取り残された者達の救助」を命じる。


 黒腔の出現から時間にして僅か十数分。

 隊長及び席官五名と隊士三十七名の奮戦により事態は完全に鎮圧された。死傷者は流魂街の住民にのみ確認され、現在は倒壊した建造物からの救助が行われていた。

「───容態は?」

「はい。軽傷でしたが放って置くと危険でしたので今は眠らせています」

「そうですか。念の為、救護詰所に送って下さい。斬魄刀を溶かす程の粘液が付着している筈です」

 無惨に溶解した斬魄刀を見せる卯ノ花。部下である隊士は目を見張りつつも「承知しました」と迅速に、童女と負傷した隊士達の搬送を行う。


 卯ノ花が運ばれてくる患者の治療を行っていると、丁度現着したらしい童女の保護者であろう少年を遠目に発見する。

 搬送される童女を確認した少年が見回りと救護を行う隊士等に合流したのを見届け、卯ノ花は先ほどの童女の戦いぶりについて思いを馳せる。


 --副官にも劣らぬ膨大で異質な霊圧然り、物を浮かし土を硬めたあの力も。

 --斬魄刀を持たずしてどの様に行ったのか?鬼道の詠唱は聞こえなかった。

 --その上、あれが未だ魂葬されて日の浅い幼子だと云うのならば、



 嗚呼、いつの日か。



 あの子と思う存分────戦いたい。






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